ミニ特集:創立150周年を迎える国立医薬品食品衛生研究所―安全と安心のための薬学の追究―
ミニ特集にあたって:本年,国立医薬品食品衛生研究所は創立150周年を迎える.同研究所は我が国で最古の国立の試験研究機関であるとともに,薬学会や本誌とも関わりの深い日本薬局方の制定にも大きく貢献してきた.さらに現在は,名称が表すように,多方面の分野で国民の健康と福祉に奉仕するべくレギュラトリーサイエンスをリードする研究所として,国内外に活躍の場を拡げている.本ミニ特集では,その歴史的な変遷とともに最先端の取り組みを紹介していただいた.
表紙の説明:戦時統制下,各道府県では売薬メーカーの整理統合が進み,長野県では数百の売薬メーカーが統合して,「長野県製薬株式会社」が誕生した.社名は当時の名残であり,現在まで胃腸薬「百草丸」を製造してきた.「百草」と呼ばれる薬の歴史は更に古く,江戸時代に御嶽を訪れた修験者たちから伝えられたとされる.工場の見学通路には,各家庭で作られていた百草の薬袋,民間薬で用いられた生薬や押し葉標本などが展示されている.
令和6年1月1日,能登半島北部を震源とする大地震が発生し,特に奥能登地方では揺れによる甚大な被害だけでなく一部では津波による被害も生じた.金沢市内は比較的被害が少なかったものの,当院においても建物を中心に被害が生じた.今回の大地震では,かなり早期から被災地において薬剤師の活躍が実感できたのが非常に印象的であり,当院でも後方支援というかたちでご助力いただいた.そこで,本稿では令和6年能登半島地震について,特に薬剤師の活躍を中心に発災当初の写真を掲載する.
国立医薬品食品衛生研究所は,明治7年に医薬品試験機関として設立された我が国で最も古い国立試験研究機関である.当時は近代的な衛生行政の揺籃期にあり,時の政府は粗悪な輸入医薬品の対策を急務としていた.時代を経て、機関の名称は変わり,業務も拡大してきたが,その使命を一言で表すとすれば,名称にある通り国民の「生(生命,生活)を衛(まも)る」ことにあり、健康・衛生科学分野におけるレギュラトリーサイエンスの研究と実践に従事している.
有機触媒を利用して希少な龍涎香の香り成分を合成,良好な経口吸収性を有する新規VHLリガンドの創出,FDAが新たなT細胞エンゲージャーを承認,免疫チェックポイント阻害薬抵抗性の制御機構の解明,低用量アスピリンが肝脂肪を減少させる:第3の臨床応用の可能性,地域における高齢者のポリファーマシー対策
国立医薬品食品衛生研究所(国立衛研)は今年で創立150周年を迎える我が国最古の国立の試験研究機関である。明治初期の設立当初は海外から輸入される医薬品の品質検査を主な業務としていたが、現在では医薬品だけでなく、医療機器、再生医療等製品、化粧品、洗剤などの生活用品、食品や食品添加物・残留農薬、食品の容器・包装に使われるプラスチックなど、我々の生活環境中に存在するあらゆる化学物質、さらには食品中の微生物なども研究対象としている。これら医薬品、化学製品、食品等について、その品質、有効性および安全性を正しく評価するための試験・研究・調査を行い、それらの成果を、厚生労働行政をはじめとした国の施策に反映させ、国民の健康と生活環境を維持・向上させることを使命としている。国立衛研の歴史を紹介すると共に、今後の展望を示したい。
2020年12月に発生した抗真菌薬製剤への睡眠導入剤の混入を契機に,多くの医薬品製造業者等で承認書と異なる方法による製造や試験実施が判明し,業務停止や業務改善命令が出されるに至っている.薬機法では,「医薬品等の品質,有効性及び安全性の確保」を国の責務として明記しており,現在、製造販売業者や国、都道府県による対応が進められている.本稿では,医薬品の品質について概説し,品質確保に向け国が行っている取り組みを紹介する.
諸外国の中には、食経験がない新しい食品や素材/成分の安全性を確保するために、それらを特別に規制する「新規食品(novel food)」の制度を導入しているところがある。今後、新たな食品の開発や販売の加速化が予想され、新規食品制度の適用例も増していくと考えられることから、本稿ではいくつかの国の新規食品の定義と制度について簡単に紹介する。
我が国においてドラッグ・ラグやドラッグ・ロスなど医薬品の迅速かつ安定な供給が喫緊の課題である。創薬力の強化には、新たなツール、ヒト予測性を有する非臨床試験法、リアルワールドデータ解析などが重要である。特に最近、医薬品の安全性・有効性評価において動物実験代替法の動きが国際的に加速しており、ヒトiPS細胞技術やインシリコなど新たな方法論(New Approach Methodologies; NAM)の利用が期待されている。本総説では、レギュラトリーサイエンスにおけるNAMの動向と今後の展望を述べたい。
2023年2月のトルコ・シリア地震に対して、国際赤十字・赤新月社連盟はシリア・アラブ赤新月社のニーズに応じて、巡回診療チームと緊急対応能力の強化を目的とした移動診療型緊急対応ユニットを展開した。日本赤十字社は医薬品と医療資機材分野を担当し、薬剤師/メディカル・ロジスティクス(医療物資の供給調整管理)要員を派遣した。多国籍要員と現地災害医療チームの質向上を支援し、適正な医薬品の提供と管理体制の構築をはじめ、現地薬剤師の直接介入に寄与した。
近年、我が国において遺伝子組換え技術を用いて抗原性、増殖性等を改変した組換えウイルスを有効成分とするワクチンが実用化されている。この新しいモダリティの円滑な開発促進を目的とした「感染症の予防を目的とした組換えウイルスワクチン開発に関するガイドラン」が2024年3月に発出された。本稿ではガイドラインの概要を解説する。
令和6年1月1日,能登半島北部を震源とする大地震が発生した.当院が位置する金沢市でも地震による被害が発生した.当院からは,日本医師会のJMATとして発災6日目から穴水町にチームが派遣され活動した.本稿では,発災時の当院薬剤部の状況とその後の対応,平成19年の能登半島地震の経験から進めてきた対策,そして災害派遣中の病院薬剤師としての活動内容について紹介する.
皮膚の表面は「角層」とよばれる薄い膜に覆われ、脱水や異物侵入から保護されている。角層は、角層細胞と細胞間脂質から構成されており、細胞間脂質は約13 nmの長周期ラメラと約6 nmの短周期ラメラが六方晶あるいは直方晶の側方充填を示している。薬物の皮膚透過の律速段階といわれる角層の微細構造を知り基盤情報として活用することで、より有効な外用剤や経皮吸収型製剤の開発や皮膚疾患の治療法につながる可能性がある。
筆者は、3か所のアメリカの大学で、合計3年半の留学経験がある。留学先は、若手研究者海外挑戦プログラムでバーモント大学で4か月、博士号を取得後にテキサス大学健康科学センターサンアントニオ校で約2年、マイアミ大学で1年弱である。留学先ではin vivo Caイメージングをキーワードとし、研究を進めていった。3年半の留学経験を研究と私生活、アメリカの地域性の違いなどを含めてカジュアルに執筆したので、気軽に読んでいただきたい。
進学・研究におけるハードルの1つは資金面のサポートである。学生がアプライ可能な競争的資金は限られており、長井記念薬学研究奨励事業は薬学生にとって最もアプライしやすいと思われる。本支援事業によって少しでも大学院進学へのハードルが低くなり研究思考を持った薬学生が増えるよう後進の育成にも励みたい。
~明日を今日よりも一人でも多くの人が健康である日に~。博士課程での学びにより養われた研究力は日本の創薬研究が抱える本質的な問題の発見・解決にも通用した。私はこの問題の解決方法を見出すために、スタートアップやアカデミア、コンサルを渡り歩いた。そして現在は問題解決のために起業し、株式会社COCO et alの代表取締役社長を務めている。本コラムが博士のキャリアパスは基礎研究だけではないと気付くきっかけになれば幸甚である。
芳香族ハロゲン化物は,医薬品や化学製品の合成中間体として欠かせない化合物群である.N-ハロゲンスクシンイミド(NXS)は芳香族ハロゲン化反応に広く利用されているが,ニトロ基やシアノ基が置換された電子密度の低い芳香環のハロゲン化は困難といった問題がある.このような課題に対して,これまでルイス酸やルイス塩基を活性化剤として添加する手法が報告されてきた.今回,Konaらは硫黄―カルボラン触媒を新たに開発し,不活性な芳香族類や医薬品のハロゲン化を達成したので,紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Wang W. et al., J. Am. Chem. Soc., 144, 13415-13425(2022).
2) Nishii Y. et al., J. Am. Chem. Soc., 142, 1621-1629(2020).
3) Kona C. N. et al., Chem, 10, 402-413 (2024).
治療薬候補の臨床効果にはばらつきがあり,その要因として薬剤のオフターゲットやアロステリック効果,分子糊効果によるインタラクトームの変化が影響すると考えられる.薬剤の標的同定やインタラクトーム解析は重要であるが,従来の細胞内におけるプロファイリング技術には課題が残っている.本稿では,細胞内における網羅的な薬剤のインタラクトーム解析ツール:BioTACを開発した,Taoらの成果を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Ferguson F. M., Gray N. S., Nat. Rev. Drug Discov., 17, 353-377 (2018).
2) Tao A. J. et al., Nat. Commun., 14, 8016 (2023).
無植物から得られた生物活性分子のなかには,植物に共生する微生物が真の生産者である場合がある.このような微生物の多くは,特定の共生環境でのみ生育が可能で,一般的な実験室環境下では培養が困難であり,工業生産などへの応用が難しい.Kudoらは,in vitro Cas9反応とバクテリア人工染色体(bacterial artificial chromosome: BAC)上でのギブソンアセンブリーを応用し,相同性が高い配列が繰り返されるI型モジュール型ポリケチド合成酵素遺伝子の標的領域を制約なく編集できる革新的な技術「in vitroモジュール編集」を報告している.本技術を用いて天然物の設計図とも言える生合成遺伝子を編集し,異種発現ホストに発酵生産させることができれば,自由にデザインされた化合物の生産が可能になると期待できる.本稿では,培養困難な微生物由来化合物生産における課題の解決策の1つとして,in vitroモジュール編集を活用したFR900359の生産に関する文献を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Kudo K. et al., Nat. Commun., 11, 4022(2020).
2) Hashimoto T. et al., Angew. Chem. Int. Ed., 63, e202317805(2024).
3) Fujioka M. et al., J. Org. Chem., 53, 2820-2825(1988).
4) Taniguchi M. et al., J. Antibiot., 56, 358-363(2003).
ラマン散乱分光を用いると,生理学的条件において周辺環境の影響を排除することなく生体分子を検出し,その構造を調べることができる.しかしながら通常の測定では,大多数を占める分子から平均化されたスペクトルが得られ,集団のなかに存在する少数分子からの信号を検出することは難しい.LiuとHuangらは,プラズモン光トラッピングを基にしたハイスループットの単一分子表面増強ラマン散乱(surface-enhanced Raman scattering: SERS)分光法を開発し,アミリン(膵島アミロイドポリペプチド)のアミロイド線維形成に関わる2種類の過渡種を検出することに成功したので,本稿で紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Fu W. et al., Nat. Commun., 14, 6996(2023).
) Ashkin A., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 94, 4853-4860(1997).
3) Shoji T., Tsuboi Y., J. Phys. Chem. Lett., 5, 2957-2967(2014).
マラリアは,ハマダラカによって媒介され,マラリア原虫がヒト生体内に侵入することで発症する原虫感染症であり,今後我が国においても気候変動に伴う流行が危惧されている.マラリア原虫は蚊の体内で複数の形態をとり,有性生殖母体のガメトサイト,有性生殖可能なガメート,動性を持つオーキネートの順で形態を変化させ,中腸上皮細胞中で接合子嚢であるオーシストになると,内部で唾液腺感染型虫体スポロゾイトを形成する.一方で,蚊はマラリア原虫に対する対抗手段を有している.蚊の感染防御の中心である中腸では,極性を持つ上皮細胞による物理的バリア,エフェクター分子を介した免疫応答,病原体のメラニン化,抗菌ペプチド分泌,一酸化窒素による攻撃などの防御機能が備わっている.本稿では,中腸前駆細胞によるマラリア原虫に対する新たな感染防御能についてBarlettaらの論文を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) World Health Organization,World malaria report 2023, 94-106(2023).
2) 横山卓也ほか,化学と生物,50,196-202(2012).
3) Barletta A. B. F. et al., Nat Commun., 15, 1422(2024).
「こころの病」と聞いて多くの人がまず思い浮かべる疾患の1つは「うつ病」ではないだろうか.厚生労働省の「令和2年(2020)患者調査の概況」では,治療を受けたうつ病患者の総数は172万人にも上る.抑うつ気分や興味関心の低下,希死念慮などの様々な精神症状を呈するうつ病は,患者個人だけでなく社会全体にとっても重大な損失を与える.これまで,うつ病の克服のために多くの抗うつ薬が開発されてきた.一方で,効果発現まで時間を要することや治療抵抗性を示す患者が存在すること,持続性に乏しいことなど課題も多い.特に持続性は,再燃や離脱症状のリスクを回避するために重要な検討課題であるといえる.
このような背景のもと,即効性と持続性の課題を同時にクリアしうる期待の星として,ケタミン代謝産物のヒドロキシノルケタミン(HNK)が新たな抗うつ薬候補として注目されている.本稿では不明であったHNKの抗うつ作用の分子機序を解明し,うつ病を含むストレス関連疾患の新規治療標的を見いだした研究を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Berman R. M. et al., Biol. Psychiatry, 47, 351-354(2000).
2) Kawatake-Kuno A. et al., Neuron, 112, 1265-1285(2024).
哺乳類の発生は,卵子および精子の配偶子が結合し形成される受精卵から始まる.マウス受精卵が卵割した着床前胚の2細胞期胚において,すべての細胞に分化可能な全能性を獲得する.この全能性は接合子ゲノム活性化(zygotic genome activation: ZGA)やエピゲノムのリプログラミングなどの工程によって特徴付けられる.この受精卵の細胞分裂の過程で多様な組織へ分化能を有する内部細胞塊(inner cell mass: ICM)や将来胎盤へ寄与する栄養外胚葉を有した胚盤胞を形成する.一方で,全能性から多能性への移行過程の分子機構は未だ完全には解明されていない.本稿では,ゲノム内に散在する内在性レトロウイルスであるlong terminal repeat(LTR)型のレトロ転移因子(レトロトランスポゾン)と全能性および多能性獲得との関連について,最新の知見をもとに紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Ishiuchi T., Sakamoto M., Life Sci. Alliance, 6, e202302225(2023).
2) de la Rosa S. et al., Sci. Adv., 10, eadk9394(2024).
がんに伴う倦怠感はcancer-related fatigue(CRF)と呼ばれる.「なんとなくだるい」という主観的な感覚は,患者自身も症状として訴えにくく,医療者もまた,その訴えを過小評価しているとの報告がある.CRFに対し有効とされる副腎皮質ステロイドの使用は,海外報告が多い一方で,日本人を対象としたエビデンスは少ない.本稿では,日本人進行がん患者のCRFに対するベタメタゾン4mgの有効性を評価したMiyazakiらの論文を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Passik S. D. et al., J. Pain Symptom Manage., 24, 481-493(2002).
2) Miyazaki K. et al., J. Pain Symptom Manage., 67, 393-401(2024).
3) Matsuo N. et al., J. Palliat. Med., 15, 1011-1016(2012).
令和4年6月、「ペルフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)とその塩及びPFHxS関連物質」が、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs(persistent organic pollutants)条約)に関する廃絶対象物質に追加されることが決定された。これを受け、「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」においても、当該化学物質の製造・輸入・使用等を制限することを目的に、「PFHxS若しくはその異性体又はこれらの塩」の第一種特定化学物質への指定がなされた。
東京大学名誉教授、日本薬学会名誉会員の福田英臣先生は、令和6年7月11日に満96歳で御逝去されました。
福田先生は、運動系の神経薬理学、特に脊髄反射の制御と筋緊張異常のメカニズム解明及び治療薬の開発に専心され、下行性神経伝達機構の解明、チザニジンやバクロフェンの作用解明、GABAの機能解明やベンゾジアセピン類との受容体共役などの御研究を進められました。
先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
最近、鹿児島県の知覧を訪問する機会に恵まれた。知覧特攻平和会館には、特攻により亡くなった隊員の写真や遺書、遺品が所狭しと展示されている。この地を訪問し、また、関連する書籍を読んで感じたことについて、アカデミアの人間の立場から稚拙ながら書かせていただいた。機会があれば、皆さんも一度、知覧を訪問されることを強くおすすめしたい。