特集:未来のがん治療
特集にあたって:現在,生涯でがんに罹患する確率は,男女とも2人に1人と言われている.一方,診断技術の向上による早期発見や分子標的薬の登場により,一部のがんを除いて5年生存率が上昇してきた.免疫チェックポイント阻害薬によるがん治療や光免疫療法など,ひと昔前は考えも及ばなかった治療法が現在では臨床現場で使われるようになったが,それらに続けとばかりに,がんに対するいろいろな治療法が創出され,その有効性が検討されている.その多くは,副作用の軽減や高い治療効果など,患者の願いと期待を背負っている.そこで本特集号では,よく耳目を集める治療法から目から鱗の治療法まで,「未来のがん治療法」としていくつかを解説していただく.
表紙の説明:がん細胞は,転移や耐性など生物学的機能を駆使し,がん微小環境をも作り出して生き延びようとする.それらを打ち破るべく,数十年前では想像もできなかった治療薬や治療法も,近年では臨床で使用されるようになってきた.そして今現在も,がん治療の効果の増大や副作用の軽減に向けて,化学的,生物学的(ウイルスや細菌,各種細胞の利用など),物理的(腫瘍摘出術,粒子線の利用など)手段を含めた様々なモダリティの開発が行われている.
プレシジョン医療は、患者の遺伝子や環境などに基づき最適な治療を提供する医療で、がんゲノム医療が中心となりつつある。わが国の国民皆保険制度下では、治療選択や費用、エビデンス不足、希少疾患や小児がんへの対応や、海外との格差などの対応が必要とされる。次世代のプレシジョン医療の方向性で新技術や創薬の方向性が大きく変わる中、国内の医療クラスター・エコモデル形成の遅れへ対応が進んでいる。
漢方医学の教育および診療の実践に関する現状と課題,Population Balance Modelを用いた原薬の粉砕挙動予測,ヘルペスウイルスはリシンラクチル化を利用して免疫を回避する,大麻で嘔吐が止まらない:カンナビノイド悪阻症候群の実態とリスク,医薬品の承認申請における日本人データについて,電子処方箋システムの2次利用
陽子線治療はその優れた物理学的な特性(ブラッグピーク)により、腫瘍周囲の正常組織への被ばく線量の低減が可能である。その特性を生かして、大型の肝細胞がん、頭蓋底腫瘍を含む頭頸部がん、小児がんなどでその有効性が確立している。更に強度変調陽子線治療が臨床応用されており、X線による強度変調放射線治療を上回る線量分布実現も可能となり、その有効性検証が期待される。保険収載も2016年から進んでおり、治療へのアクセスが格段に容易となってきている。
ロボット支援手術は、外科医が高精度の手術支援ロボットを操作する技術で、大腸がん治療において注目されている。直腸がんでは開腹手術移行率低下や機能温存が、結腸がんでは合併症減少や短期成績向上が期待されている。
2024年版大腸癌治療ガイドラインでは、直腸がんに「強く」、結腸がんに「弱く」治療選択肢として実施することが推奨されている。将来的にはコスト低減、AI活用、遠隔手術の進展が期待されており、さらなる技術革新が求められる。
ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy: BNCT)は腫瘍細胞選択的粒子線治療である。これまで悪性脳腫瘍(グリオーマ、髄膜腫)、メラノーマ、頭頸部がんなどに適用されてきた。原子炉で行った500症例以上の臨床研究の成果をもとに、最近は病院に設置可能な加速器中性子線源を用いて医療として普及しつつある。現在の臨床の課題点やその改善に求められるホウ素化合物について説明する。
分子生物学の進歩は生物のゲノム解析を可能とし、さらに遺伝子工学技術を駆使することで遺伝子改変ウイルスをがん細胞のみを殺傷する治療用医薬品として用いることができるようになってきた。ウイルスはその生活環として、本来ヒトの細胞に感染、増殖し、その細胞を様々な機序により破壊する。この細胞障害性をがん細胞のみで発揮することで安全性を確保し、臨床的にがん治療用ウイルスとしての使用が期待できる。本稿では、遺伝子改変アデノウイルス製剤を中心に、がんに対するがん治療用ウイルスの開発状況を紹介する。
がん免疫治療は、開発されてからまだ浅い治療法であるが、樹状細胞発見や免疫チェックポイント阻害療法の登場により、現在では手術、化学療法、放射線治療に次ぐ第4の治療と言われるようになった。先進医療としてのがん免疫治療の中には、CAR-T療法、光免疫療法、腫瘍溶解性ウイルス療法など様々なものがあるが、本稿では免疫細胞療法、特に樹状細胞を用いたネオアンチゲンワクチン療法に焦点をおいて述べたい。
細菌治療は、腫瘍環境に特異的に集積し治療因子を産生する特性を活用する画期的な手法である。合成生物学の進展により、安全性と効果を両立する細菌設計が可能となった。
本稿では、細菌を用いたがん治療の歴史、現状、将来の展望を概説する。
がん免疫療法は、過去数十年で飛躍的な進歩を遂げ、がん治療の新たな柱として確立されつつある。本稿で述べたように樹状細胞療法、mRNAがんワクチン、CAR-T療法やTCR-T療法、我々が新しく開発してきた人工アジュバントベクター細胞など、多岐にわたる免疫療法が進化を遂げている。
このようながん免疫細胞療法を中心とした最新動向を概観し、新たな細胞製剤による創薬開発の考え方、及び最新の研究成果、今後の展望を詳述する。
がんはケモカインを産生してマクロファージを呼び込むと、抗炎症型であるM2類似のがん関連マクロファージ(TAM)に分極させ、がんを免疫の攻撃から回避できる「免疫抑制環境」に変えてしまう。この性質を逆手に取り、我々はM2分極時に発現するアルギナーゼに応答して強い急性炎症を引き起こすサイトカインTNF-αを放出する遺伝子組換えマクロファージ「MacTrigger」を開発した。このMacTriggerを担がんマウスに静脈内投与すると、がんに集積したのちTNF-αを放出することで免疫抑制組織のがんは炎症性組織に転換し、自己の免疫でがんを治療できる。ここでは、その基礎的データを基にその特徴を紹介する。
抗がん剤を腫瘍へ送達するためのDDS製剤は、EPR効果を利用することを前提として設計・開発されることが多い。しかし、EPR効果がほとんど認められないがんも存在することから、EPR効果に依存しない新たなDDS技術の開発が望まれている。近年、免疫細胞や幹細胞の一部が自発的に腫瘍へ浸潤することが明らかにされ、抗がん剤キャリアとしての応用が期待されている。本稿では、これらの細胞を利用したがん指向型DDSの開発について、現状と課題も含めて概説させていただく。
リードファーマ(株)は、独自の「BROTHERS技術」を基盤に、安全性と効果を両立した革新的な核酸医薬の開発を推進している。ASOに「弟鎖」と呼ばれる安全装置を付加することで、生体内での非特異的相互作用や副作用を抑制し、標的RNAへの結合特異性を向上させることに成功している。同社は、この技術を活用して循環器疾患や希少疾患であるゴーシェ病など、従来の治療法が確立されていない疾患領域において新たな治療薬の創出を目指している。
日本新薬(株)山科植物資料館は、サントニン原料植物ミブヨモギの栽培研究試験農場を起源とする有用薬用植物園で2024年に30周年を迎えた。総面積2400坪に、薬用油用植物を中心に約3,000種の植物を保有している。CSR活動として予約制のガイドツアーの形で見学を実施している。また、京都の寺社林の植物調査なども実施している。
私の母国である韓国と日本は地理的に近いため、古くからの交流により基本的な生活、文化も近い。しかし、日本での生活を通してコミュニケーションの細かな違いを感じた。日本人の「つかず離れず」の距離感に関するエピソードに対して韓国人としての感想を述べた。現在、日本生活8年目を迎えた私は、自分なりに日本人と距離を縮める方法を考え、日本に住む韓国人として、異文化コミュニケーションを楽しんでいる。
筆者は抗体デザイン研究に取り組んでおり,タンパク質工学と有機化学の両面からの技術開発によって,従来にはない機能や作用機序を示す抗体医薬品モダリティを開発している.周囲の研究者の方々に支えられ,また偶然にも左右されつつ,異動の度に多角度の研究アプローチを積み重ねてきた.今後も未だ触れぬものへの興味,飛び込む気概をもって研究・教育に邁進していきたい.
筆者は, 薬剤師だからこそ出来る研究があると信じて, 医療現場のクリニカルクエスチョンを解決し, 患者一人一人に最適な薬物療法を提供するため研究に従事してきた. このようなPharmacist-Scientistの存在は, 薬物療法に関するエビデンスを薬剤師が主体的に報告する上で重要であり, その育成が望まれる. 本稿では, Pharmacist-Scientistの理想を追い続ける筆者の経験を紹介する.
7-アミノインドールは,医薬品や生理活性物質に広く見られる重要な骨格である.この骨格を効率的に構築する手法として,インドールの位置選択的なアミノ化反応が注目を集めている.しかしながら,従来法で導入できるアミノ基はN-保護体に限られており,その後の脱保護を経て目的の7-アミノインドールに変換する必要があった.本稿では,Wangらによって報告された,インドールの位置選択的な第一級アミノ化反応による7-アミノインドールの的合成について紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Prabagar B. et al., Chem. Soc. Rev., 50, 11249-11269(2021).
2) Wang Z. -L. et al., Angew. Chem. Int. Ed., 63, e202412103(2024).
3) Ma C. -R. et al., Nat. Catal., 7, 636-645 (2024).
核医学治療は,生体に投与した放射性同位元素(RI)の放射線で病巣の細胞を殺傷する治療法であり,特に生体に投与して局所的に内部照射を行う「標的アイソトープ治療(targeted radioisotope therapy: TRT)」に注目が集まっている.しかし,強力な治療効果を示すにもかかわらず,適応疾患は一部の難治性がんに留まっている.その原因は,腫瘍組織だけでなく,正常組織の殺傷を引き起こすことにある.そのため,腫瘍組織への集積・滞留と正常組織からの排出のバランスが重要となる.他方で,生体内で共有結合を形成するコバレントドラッグも近年注目を集めている.主に抗がん剤の領域で,標的共有結合性阻害薬(targeted covalent inhibitor: TCI)として,上皮増殖因子受容体阻害薬等が既に上市されている.TCIの特徴として,がん標的リガンドに求電子的な共有結合形成ユニット(warhead)が連結しており,標的と近接した時にのみタンパク表面の求核性残基と共有結合を形成する.そのため,腫瘍組織に滞留し,薬効持続性を発揮する.今回,上記2つの薬剤メカニズムを組み合わせた新しい戦略が報告されたので,本稿にて紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) de Vries E. G. E. et al., Nat. Rev. Clin. Oncol., 16, 241-255(2019).
2) Boike L. et al., Nat. Rev. Drug Discov., 21, 881-898(2022).
3) Cui X. -Y. et al., Nature, 630, 206-213(2024).
4) Giesel F. et al., J. Nucl. Med., 60, 386-392(2019).
天然物の構造決定は,ここ数十年にわたるNMR装置を含めた各種分析機器の発展に伴い,比較的容易になった.しかしながら,依然として,天然物の構造決定に誤りが見つかることも珍しくない.誤って構造決定された天然物の存在は,更なる誤った発見につながる可能性があるため,そのような天然物を発見し,真の構造を解明することは重要である.本稿では,このような背景のもと,NMR化学シフトの実験値と計算値を踏まえ,人工ニューラルネットワークを使用したパターン認識分析(artificial neural network- pattern recognition analysis: ANN-PRA)とDP4+解析を組み合わせたアプローチにより,天然物であるヘリアンヌオール類の構造を検証したMartoranoらの研究を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Martorano L. H. et al., J. Org. Chem., 89, 8937-8950(2024).
2) Sarotti A. M., Org. Biomol. Chem., 11, 4847-4859(2013).
3) Zanardi M. M., Sarotti A. M., J. Org. Chem., 80, 9371-9378(2015).
4) Grimblat N. et al., J. Org. Chem., 80, 12526-12534(2015).
近年,超音波を用いた細胞制御技術である音響遺伝学(sonogenetics)が,新たな生命科学のツールとして注目されている.音響遺伝学は,光を用いる光遺伝学(optogenetics)と比較して,生体深部への到達性に優れ,非侵襲的な応用が期待されている.この技術の実現には,メカノセンシティブチャネル,マイクロバブル,ガス小胞(gas vesicle: GV)などの音響応答性の媒介物質が重要な役割を担う.このうちGVは,一部の微生物が浮力を得るために進化させたタンパク質の殻(シェル)から成る中空の円筒形構造体であるが,超音波イメージングにおける造影剤として,またはレポータータンパク質として応用されてきた.本稿では,GVを従来のような造影剤やレポータータンパク質ではなく,超音波刺激の活性化剤として活用することで,音響遺伝学に新たな展開をもたらす論文を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Hahmann J. et al., Angew. Chem. Int. Ed., 63, e202317112(2024).
2) Jazbec V. et al., ACS Nano, 18, 16692-16700(2024).
3) Huber S. T. et al., Cell, 186, 975-986(2023).
「人の肌は弱酸性」というのは多くの人が聞いたことのある話であろう.これは,pH電極やpH指示薬を用いた手法により実験的に示されており,皮膚の内側から表面に向かって中性から弱酸性となるpH勾配を示すと考えられてきた.しかし,これら従来の手法では侵襲性が高い,あるいはpH指示薬を溶解する有機溶媒の影響により,定常状態におけるpH分布が正確に反映されていない可能性があった.本稿では,ライブイメージング技術と独自のレポーターマウスを用いることで定常状態における生体皮膚表面のpH分布を可視化し,従来考えられていなかった「皮膚表面における三層の異なるpH領域に区画化された構造」を明らかにしたFukudaらの論文を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Ohman H., Vahlquist A., Acta Derm. Venereol., 74, 375-379(1994).
2) Niesner R. et al., Pharm. Res., 22, 1079-1087(2005).
3) Fukuda K. et al., Nat. Commun., 15, 4062(2024).
「痛み」は,身体に異常が生じていることを知らせる警告系の役割を果たす重要な感覚である.一方で,長期間続く痛みは,警告系の意義を果たしておらず,患者の生活の質を著しく低下させる要因となるため,積極的に取り除く必要がある.麻薬性鎮痛薬に分類されるモルヒネは,最も強力な鎮痛薬の1つである.しかし,近年では麻薬性鎮痛薬が不正に利用され,薬物依存者数の増加,過剰摂取による呼吸抑制作用での死者数の増加など,深刻な社会問題となっている.したがって,モルヒネがもたらす強力な鎮痛効果の作用メカニズムを解明し,上記に示した現在の麻薬性鎮痛薬の諸問題を回避する新たな鎮痛薬の開発が重要である.これまでに麻薬性鎮痛薬は,脳内の縫線核における延髄腹内側核(rostral ventromedial medulla: RVM)に作用し,脊髄後角へ投射する下行性疼痛抑制系を賦活することにより,その鎮痛効果を発揮することが示されている.しかし,本機構に関与する詳細なRVM神経細胞群は不明であった.本稿では,モルヒネが鎮痛効果をもたらすための作用メカニズムを詳細に解析し,新たな神経基盤の同定に成功したFattらの研究成果を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Corder G. et al., Annu. Rev. Neurosci., 41, 453-473(2018).
2) De Preter C. C., Heinricher M. M., Trends Neurosci., 47, 447-460(2024).
3) Fatt M. P. et al., Science, 385, eado6593(2024).
本稿では,ウイルス増殖環の理解を深化させるうえで極めて重要な知見となる,輸送小胞のリサイクリングエンドソーム(RE)への成熟および輸送制御機構の一端を明らかにしたStockhammerらの研究を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Stockhammer A. et al., Nat. Cell Biol., 26, 1845-1859(2024).
2) Waguri S. et al., Mol. Biol. Cell, 14, 142-155(2002).
3) Bottanelli F. et al., Mol. Biol. Cell, 28, 1676-1687(2017).
抗菌薬は,様々な感染症の治療に用いられる薬剤の1つである.感染症は,ときに臓器障害を伴う敗血症を呈する.敗血症の治療において,抗菌薬は投与の遅れが生命予後を悪化させるほど,重要なキードラッグである.抗菌薬の治療効果は,薬物動態学/薬力学(pharmacokinetics/pharmacodynamics: PK/PD)理論に基づくパラメータを目標値以上に到達させることで高まり,βラクタム系抗菌薬(β-lactam antibiotics: BLs)は細菌の最小発育阻止濃度を超える時間を,より長くさせることが求められる.BLsの血中濃度は,腎クリアランスに大きく依存する.しかし,敗血症の病態は炎症によるサードスペースの増加などに伴い,推定糸球体濾過速度が130mL/min/1.73m2以上と正常よりも高くなる,過大腎クリアランス(augmented renal clearance: ARC)を生じる場合もあれば,一方で急性腎障害を生じる場合もあり,腎クリアランスが変動しやすく,従来の間欠投与(intermittent infusion: II)では血中濃度を維持しにくい.この課題を克服できるのが持続投与(continuous infusion: CI)である.本稿では,集中治療室(intensive care unit: ICU)入室を要する敗血症患者を対象として,ピペラシリン/タゾバクタム(piperacillin/tazobactam: PIPC/TAZ)およびメロペネム(meropenem: MEPM)のCIの有用性をIIと比較したBLING-Ⅲ試験を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Joel M. D. et al., JAMA, 332, 629-637(2024).
2) Monti G. et al., JAMA, 330, 141-151(2023).
3) Bavaro D. F. et al., J. Antimicrob. Chemother., 78, 2175-2184(2023).
4) Abdul-Aziz M. H. et al., JAMA, 332, 638-648(2024).
昭和大学薬学部の板部洋之教授が「動脈硬化発症に関わる脂質代謝の研究:生体内酸化LDLの構造解明と細胞内脂肪滴制御機構」の業績により、2025年度日本薬学会学術貢献賞を受賞された。受賞対象の業績について、その概要を紹介した。
名古屋市立大学大学院薬学研究科の安部賀央里博士は、医薬品等の副作用の予測研究に定量的構造活性相関((Q)SAR)の手法を導入した研究課題に取り組み、日本薬学会女性薬学研究者奨励賞を受賞した。特筆すべきは、従来の(Q)SARに機械学習法を取り入れた点である。機械学習モデルを作成するプロセスのなかで、化学物質の特徴をどのようにコンピューターに「学習」させるかと言う観点では、自らの有機化学研究の経験を活かして独自の機械学習モデルを構築した。
静岡県立大学薬学部の山口深雪博士が2025年度日本薬学会女性研究者奨励賞を「触媒による反応の位置選択性制御を活用した多置換化合物類の合成」の業績により受賞した。本稿では、受賞者である山口博士の経歴、および今回の受賞に至った主業績であるパラジウム触媒を用いるインドール類やピロール類の位置選択的反応について、簡単に紹介する。
東京理科大学名誉教授の鍜冶利幸先生が日本薬学会教育賞を受賞された。鍜冶先生は衛生薬学を「疾病予防と健康増進に関する薬剤師の活動を支える薬学」と定義し,継続的に啓発された。数多くの教科書を編集・執筆するとともに,衛生試験法関連書籍の発刊維持に尽力し,また「学校薬剤師必携の書」を日本薬学会/日本薬剤師会の共同編集で発刊された。さらに,衛生薬学に基づく研究活動の実践を通じて,衛生薬学教育を担う多くの大学教員を含む薬系人材を輩出された。
船山信次氏(日本薬史学会会長・日本薬科大学客員教授)が、「著作や講演活動などによる国民各層に対する薬学知識の啓発」で2025年度日本薬学会教育賞を受賞された。年少者から高齢者に至るまでの国民各層を対象とした多くの薬学関連の書籍や新聞・雑誌記事の執筆、T Vやラジオへの出演、講演活動などが評価されたものであり、心からお祝い申し上げる。
「PISCSを基盤とした薬物相互作用マネジメントの推進」に関する業績で,東京大学医学部附属病院の大野能之副薬剤部長が2025年度佐藤記念医療貢献薬剤師賞を受賞された.大野氏は,シトクロムP450(CYP)を介した薬物動態学的相互作用の予測を網羅的なレベルで可能とする研究を推進するとともに(CR-IR法,CR-IC法),その情報を実際の医療現場において利用可能な形態で提供している.現在も継続してその啓発活動を行っており,医薬品の適正使用の面からも,薬学に基づいた薬剤師の医療への貢献に大きく寄与している.
約3年間のSARS-CoV-2によるCOVID-19パンデミックは、グローバル化が進んだ現代社会において全ての人々の活動に甚大な影響を与えた。この感染症クライシスを一刻も早く終息させるための治療薬の開発において、その3CLプロテアーゼ阻害作用を有するensitrelvirは、研究開始から2年8か月での承認、上市という驚異的なスピードで創製された。本稿ではこのスピード創薬によるensitrelvir創製の創薬科学賞受賞について紹介する。
本業績は、がん患者の治療に大きく貢献するものである。抗体薬物複合体(ADC)は、「リンカー」を介して「抗体」と「薬物」を結合させた薬剤で、がん細胞に選択的に作用する。今回、受賞の対象となったDXd-ADC技術は、多くの特長を有しており、本技術を用いて創製されたトラスツズマブ デルクステカンは、異例の短期間で承認された。現在、本技術を他の抗体へと適用した多様なADCが臨床試験中であり、がん治療薬の開発に新たな道筋を拓いた。
野島庄七先生(1947(昭和22)年東京帝国大学医学部薬学科卒業)は,2024年12月27日に満100歳でご逝去された.先生は,我が国のリン脂質研究の草分け的存在として脂質の化学・生化学の発展に大きく貢献された.また,東京大学では評議委員,薬学部長・研究科長,帝京大学では薬学部長・副学長などを務め,大学運営にご尽力された.さらに,日本学術会議会員,大学設置審議会専門委員,学術審議会専門委員,中央薬事審議会委員,などを歴任され国家行政にも大きく貢献された.
Amos B. Smith, III先生は, 2025年2月3日に満80歳にてご逝去されました.
Smith先生のご研究は複雑な天然有機化合物の全合成,生物有機化学,材料化学の分野と広範囲にわたり、世界の有機合成化学の最前線でご活躍されていました.天然物合成においては,標的化合物を華麗にかつ効率的に組み上げる技術が傑出しており,その中でも,各フラグメントを連続的に連結できるAnion-Relay-Chemistry(ARC)を開拓されたことは特筆すべきものとして挙げられます.
薬剤師国家試験の対策は、卒論研究発表後の11月中旬から本格化し、わずか3ヶ月で膨大な学習量をこなす必要がある。しかし、卒論研究の優先により、学生の勉強開始は遅れがちである。国試を「スタート時間の決まっていないマラソン」と例え、早めの取り組みを促すものの、毎年同じ苦労が繰り返される。研究と国試勉強の両立に疑問を持つ声もあるが、合格後の学生はその経験を誇りに思ってくれていると信じ、私は今後も彼らを支え続けていく。