ファルマシア
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オピニオン
健康長寿を目指す社会における薬学者の責任
大泉 康
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2014 年 50 巻 4 号 p. 275

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抄録

近年,我が国は医学・薬学および高度医療技術の著しい進歩により,世界一の長寿国となった.しかしながら急速な高齢化社会を迎えて,認知症や生活習慣病の罹患率は増加の一途をたどり,その結果医療費が高騰し,医療保険制度も崩壊の危機に直面している.そのため,その削減が今後の国家的課題となり,治療重点から予防を重視した医療へと転換を図り,健康長寿社会を目指さざるを得なくなった.
健康寿命を延ばす方策の1つとして,現代医療に漢方医学を大幅に取り入れ,西洋医学と調和を図ることが急務である.もう1つの方策として,健康食品による代替療法を確立することも重要である.人類は,有史以前から疾病治療に動植物を活用してきた.また,薬材が食材と同様であったため,「医食同源」あるいは「薬食同源」といわれるようになった.最近の国民の健康志向の高まりから,健康食品関連産業の市場は年間1兆4,000億円を超え,潜在的規模は3兆5,000億円にも達している.しかし,たびたび健康食品による健康被害も起きて,国民に不信感を与えていることも事実である.この大きな原因として,健康食品の効果とその安全性についての科学的研究が必ずしも十分でないことを挙げることができる.天然薬物や機能性食品における基本的な研究の方向としては,これらの有効成分を科学的に明らかにしていくということに加え,それらの有効性・安全性を重視し,国民の不信感を払拭しなければならない.そのためには,食品研究に薬理学的研究,前臨床研究,さらに臨床研究を大幅に取り入れ,食品に関する基礎と臨床を統合した総合的な研究を推進することが最も重要な課題である.
筆者は,アルツハイマー病などの認知症の予防薬・治療薬あるいは機能性食品の開発の新しい戦略として,天然界から①記憶障害改善作用,②神経再生活性,③アルツハイマー病の原因物質とされるβ-アミロイドタンパク質やタウタンパク質の沈着抑制活性を併せ持ち,その予防法あるいは原因療法となり得る低分子性の化合物の探索研究を進めてきた.その結果,上記の3つの条件を満たす新しいタイプの認知症の予防・治療技術開発につながる可能性のあるものとして,柑橘類の果皮の成分ノビレチンを発見した.この研究成果は機能性食品の開発の道を拓くものと期待されており,国のプロジェクト研究として「未利用みかん果皮の抗認知症成分活用技術と高付加価値品種の開発」(2008年度から3か年)および「柑橘類果皮を利用した抗認知症機能性食品の開発に向けた基盤技術の開発」(2011年度から3か年)が進められてきた.
「薬学とは何ぞや」ということについては古くから議論されてきたが,「生命や健康について化学的,生物学的さらに物理化学的に研究する総合的な応用科学であり,その研究成果により,人類の健康,福祉に貢献することを目的とした学問である」といっても大過なかろう.筆者も薬学研究者の1人として,この目的を達成するためには,これまでライフワークにしてきたノビレチンの基盤研究成果に基づき,その前臨床研究および臨床研究を推進し,人類の健康,福祉に貢献するまで研究を進める責任をひしひしと感じる昨今である.

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© 2014 The Pharmaceutical Society of Japan
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