2023 年 52 巻 2 号 p. 67-74
The two large abalone species caught in the Japanese archipelago, Haliotis discus discus and H. madaka, are genetically close, and although their distribution areas overlap, the two species exhibit unique morphological and ecological characteristics. On the other hand, these two species can be crossbred under laboratory conditions, and the first generation of hybridization is reproductive. These facts suggest that the two species are reproductively isolated by ecological factors in natural environments (i.e., ecological isolation). Of these two species, the landings of H. madaka have declined dramatically in recent years, therefore, an effective conservation strategy for this species is needed. However, two problems make the conservation of this species complex. The first is the morphological characteristics used to identify H. discus discus and H. madaka. The two species are usually identified based on several qualitative traits, but their morphological differences have not been adequately tested quantitatively and remain unclear. The second is about hybridization between the two species in natural environments. While previous population genomics analysis showed that the two species that caught in Tokushima and Kanagawa prefectures are genetically distinct, this study also suggested hybridization between the two species that caught in Niigata prefecture. These results indicate that the strength of reproductive isolation between the two species may vary by region. This “blurring” of biological species boundaries is an issue should be resolved for the conservation of these abalones. Here, we clarify the biological reality of H. discus discus and H. madaka based on genetic and morphological studies, with a brief introduction to abalone speciation processes.
アワビ類は一部の地域を除き、世界中の温帯から熱帯の潮下帯から60 mの岩礁性海岸に分布しており、60種程度が存在すると言われている1)。これらのアワビ類は小型の細長いタイプの貝殻を持つ種と、大型の丸い貝殻を持つ種の大きく2つに分けられる。前者の小型アワビ類は、ヨーロッパからインド洋、東南アジア周辺の熱帯域に分布している一方で、後者の大型アワビ類は北アメリカや日本列島沿岸、オーストラリアなどの温帯域に分布している。いくつかの小型アワビ類の種がインド太平洋地域の比較的に広い分布域を示す以外は、それぞれの種の分布域は特定の地域に限られており、それぞれの地域ごとに種分化が生じてきたと考えられている2)。その結果として、形態的・生態的に多様なアワビ類が世界中に分布している。
アワビ類の水産資源としての価値は非常に高く、特に大型の種は高い漁獲圧にさらされている。また、近年における環境変動の影響もあり、世界的に個体数が減少している3)。2022年にアワビ類を対象として行われた IUCN レッドリスト評価4)によると、世界のアワビ類のうち23種が絶滅の危機に瀕していることが明らかになった(絶滅危惧 IA 類:CR、絶滅危惧 IB 類:EN、もしくは、絶滅危惧 II 類:VU にランクされている種)。特に、北アメリカの太平洋沿岸に分布する大型アワビ類の6種は、全て絶滅危惧種(絶滅危惧 I 類 (CR+EN))として指定され、それらの資源量の減少は極めて深刻なものになっている5)。
大型のアワビ類であるエゾアワビ(Haliotis discus hannai)とクロアワビ(H. discus discus)、マダカアワビ(H. madaka)、メガイアワビ(H. gigantea)は、日本における重要な磯根資源である。これら大型アワビ類の中で、クロアワビとマダカアワビ、メガイアワビは暖流系の種に位置付けられ、それらの漁獲量は近年減少傾向にあり、北アメリカの大型アワビ類と同様に IUCN レッドリスト評価によって絶滅危惧 II 類 (EN)にランクされた6,7,8)。特にマダカの減少は著しく、近年ほとんど漁獲がされてない状況になっている9)。したがって、暖流系アワビ類の個体数を増加させるための保全管理方策の立案が急務となっている。
しかし、これら日本の暖流系アワビの保全管理を困難にしている問題点が二つある。一つ目は、種を判別するための形態的特徴についてである。互いに近縁なマダカアワビとクロアワビの判別は貝殻の呼水高の高さや足蹠部の色彩などの形質によって、質的に行われてきた傾向がある10)。種間における形態学的な違いは定量的に十分に検証されておらず,それらの形態学的な違いは明確ではない。二つ目は、自然界におけるマダカアワビのクロアワビの交雑についてである。前述した形質で同定された徳島県と神奈川県のマダカアワビとクロアワビが生殖的に隔離されていることが集団ゲノミクス解析によって示された一方、新潟県佐渡島のマダカアワビにおいて、クロアワビからのゲノム浸透が高い頻度で生じていることが示唆された11)。この結果は、2種の生殖隔離の強さが地域によって異なる可能性を示している。日本の暖流系アワビ類で見られる、このような生物学的な種の境界の“曖昧さ”は、それらの保全管理を行なっていく上で解決するべき課題である。本論文では、世界と日本のアワビ類の種分化プロセスについての知見を紹介しつつ、日本の暖流系アワビ類の形態的・遺伝的な特徴を整理し、それらの生物学的実態について明らかにすることを目的とする。
多くのアワビ類は地域固有に存在している。これらのアワビ類はどのように種分化してきたのだろうか。明らかな物理的障壁のない海洋環境において、広範囲にわたる遺伝子流動は、集団の地理的分化や種分化を制約すると予想される12)。特に、海産無脊椎動物では卵と精子が海洋に放出され、遺伝子流動が広範に起こるため、種分化が起こりにくいと考えられる。しかし、このような予想は、海洋における海産無脊椎動物の高い種多様性と矛盾する。したがって、海産無脊椎動物の種分化がどのように進むのかという問題は、海洋生物学の重要なテーマである13)。
このようなプロセスを説明する数少ない実例の一つが、北アメリカ沿岸のアワビ類における配偶子のタンパク質をコードする遺伝子の変異である。北アメリカ沿岸のアワビ類の種間では、精子側の Lysin と卵側の VERL をコードする遺伝子に多くの非同義置換があり、種間の受精を妨げ生殖的隔離を引き起こすと考えられている14)。このような受精に関連する遺伝子(受精遺伝子)の共進化は、多精子受精(polyspermy)に起因する性的対立(sexual conflict)が原因であると考えられている11)。すなわち、精子は受精効率を高めるように進化する一方で、卵は受精効率を下げるように進化することで多精子受精が減少する。これまでの理論的研究では、海産無脊椎動物の種分化の初期段階において、性的対立と受精遺伝子の共進化が、生殖的隔離を促進するというモデルが提案されている15)。このモデルは、受精をめぐる種内競争が精子側の受精遺伝子である Lysin の変異を増大させ、種分化を引き起こすと説明する12)。したがって、受精遺伝子の共進化が、全世界のアワビ類の種分化に関与する、共通のメカニズムである可能性がある(図1A)。

図1. 大型アワビ類で想定される二つの種分化モデル
日本の大型アワビ類であるエゾアワビとクロアワビ、マダカアワビ、メガイアワビは、北アメリカに分布していた祖先種が、日本列島に分布拡大することで最近に種分化したと考えられており16)、遺伝的に非常に近い関係にある(図2)。これらの種の中では、メガイアワビの Lysin 遺伝子で非同義変異が検出されているが、他の種では非同義置換が生じておらず17)、VERL 遺伝子については全ての種で非同義置換が生じていない8)。また、全ての種は実験室下で交配させることができ、F1、F2、戻し交配世代を作出することが可能で18)、接合前、接合後の隔離がまだ不完全であることを示唆している。このことは、日本の大型アワビ類では、受精遺伝子とは異なる要因が生殖隔離をもたらしている可能性を示している。
ここで着目すべきは、日本の大型アワビ類は、独自の生態的特徴を有しているとされている点である(図2)19)。まず、エゾアワビとクロアワビは Haliotis discus に属する北方系と南方系の亜種と考えられており、10 m 以浅の比較的浅い水深帯に生息する。そして、分布域がクロアワビと重複するマダカアワビは15 m 以深、メガイアワビはクロアワビとマダカアワビの中間的な水深に生息する種とされている。これらの種の繁殖期は同期しており、主な生態的な違いは生息水深である(図2)19)。アワビ類の受精には高濃度の精子が必要であり、親貝同士が1m から2m 離れるだけで受精率は50%以下になることが、オーストラリア沿岸に生息する Haliotis laevigata で示唆されている20)。また、北アメリカのアワビ類においても、種間で生息水深が違うことが示されている21)。これらのことを考えれば、生息水深の違いなどによる生態的な隔離が、配偶子による隔離に先んじてアワビ類の種分化を促進するというモデルが考えられる(図1B)。

図2. 日本と北アメリカの大型アワビ類の核 SNP 座に基づく最尤系統樹(Red:Haliotis rufescens、Pinto: H. kamtschatkana、White: H. sorenseni、Black:H. cracherodii、Pink:H. corrugate、Green:H. fulgens)(左図)。日本の大型アワビ類の形態的・生態的特徴および地理的分布(右図)。写真のスケールバーは 2 cm を示す。分布域図中の矢印は2亜種(エゾアワビとクロアワビ)間の分布境界域を示す。
これまでの遺伝学的研究により、メガイアワビは、クロアワビおよびマダカアワビとは遺伝的に異なることが明らかになっていた一方で、クロアワビとマダカアワビ間の遺伝的分化の程度は低く、それらが生殖的に隔離された種であるのかどうかは明確ではなかった。Hirase et al.(2021)11)は、3種のアワビ類からゲノムワイドに取得した SNP 座の塩基配列を用い、分子系統樹を作成した。その結果、3つのクレードが示され、それぞれがエゾ・クロアワビとマダカアワビ、メガイアワビの種の分類と一致した(図3)。したがって、3 種が自然界において生殖的に隔離されていることが遺伝学的に確かめられた。これらの結果は、日本のアワビ類では生息水深の違いなどの生態学的な要因によって種の独自性が維持されていることを示唆している11)。

図3. 日本の大型アワビ類の核 SNP 座に基づく最尤系統樹(左図)とデモグラフィックモデリング解析で支持された種分化モデル(右図)。デモグラフィックモデリングでは、クロアワビからマダカアワビへの遺伝子流動のレベルが高いことが示唆された(太矢印)。
過去のフィールド調査では日本のアワビ類間で交雑が生じている可能性が示されている22)。Hirase et al.(2021)11)は、このような交雑の実態をゲノムワイド SNP マーカーに基づくクラスタリング分析によって、各個体のゲノム構成を調べることで検証した。その結果、種間の交雑に由来する遺伝子流動はほとんど検出されなかった一方で、新潟県の佐渡島のマダカアワビにはクロアワビからの遺伝子流動が生じていることが示された。したがって、クロアワビとマダカアワビ間における生殖的隔離の強さは地域によって異なっており、種分化が今まさに進行していることが明らかとなった。また、種間のアリル頻度パターン(アリル頻度スペクトラム)から過去の集団動態を推定するデモグラフィックモデリング解析23)は、これら3種のアワビ類が交雑による遺伝子流動を伴いつつ種分化してきた可能性を示した。このような種分化モデルは、「speciation with gene-flow」24)と呼ばれ、海洋生物種を含む、多くの生物種の種分化がこのモデルに当てはまることが示唆されている。
「speciation with gene-flow」モデルは、分岐の初期から遺伝子流動が継続してきたモデル(primary divergence)と、分岐の初期に遺伝子流動が減少し(なくなり)、その後に遺伝子流動が再開するモデル(secondary contact)25)にさらに区別される。日本のアワビ類3種のデモグラフィックモデリング解析は、メガイアワビとエゾ・クロ・マダカアワビの祖先種間の種分化、エゾ・クロアワビとマダカアワビの種分化の両方で、後者の secondary contact モデルを支持した。したがって、これらのアワビ類の種分化の初期段階に、地理的隔離などによって遺伝子流動が減少した時期があったことが予想された(図3)11)。また、デモグラフィックモデリングでも、クロアワビからマダカアワビへの遺伝子流動が高いレベルで継続的に生じてきたことが示唆された(図3)。
クロアワビとマダカアワビ間のゲノムワイドFST値は0.007と極めて小さく、新潟県佐渡島のマダカアワビにおいて、クロアワビからのゲノム浸透が高い頻度で生じていることが示唆され、地域によって生殖隔離の強度が異なる可能性が示された。しかし、Hirase et al.(2021)11)では、クロアワビとマダカアワビ共に10個体しか解析に用いられておらず、また、同じ県内で採集された2種が解析に用いられているものの、採集地点が異なるクロアワビとマダカアワビの標本が用いられており、同所的なクロアワビとマダカアワビの集団間の交雑については十分に検討できていなかった。
クロアワビとマダカアワビ間の低い遺伝的分化のため、ミトコンドリア DNA やマイクロサテライト DNA などの少数の DNA マーカーで交雑の実態に明らかにすることは困難であった。しかし、Hirase et al. (2021)11)で行った集団ゲノミクス解析により、クロアワビとマダカアワビ間で遺伝的分化が非常に高くなっており、2種間でアリル頻度が大きく異なっている SNP 座(分岐 SNP 座)が特定された(図4)。これらの分岐 SNP 座を対象としたアンプリコンシーケンス26)によって、同所的なクロアワビとマダカアワビの集団間の交雑の実態について調査した。

図4. 分岐 SNP 座におけるクロアワビとマダカアワビの遺伝子型(上図)。分岐 SNP 座に基づく3地域のクロアワビとマダカアワビの ADMIXTURE 解析のプロット(下図)。プロット上の点線は、90%と10%の Admixture proportion(q)を示す。
分岐 SNP 座に基づく ADMIXTURE 分析の結果、徳島県牟岐のクロアワビとマダカアワビの標本集団に関しては、90%以上の Admixture proportion(q)を示した一方、神奈川県三浦半島のマダカアワビの標本集団、新潟県佐渡島のクロアワビとマダカアワビの標本集団には、90%未満の q を有する個体が存在し、これらは一方の種からゲノム浸透を受けた個体と考えられる(図4)。特に、新潟県佐渡島のマダカアワビの標本集団の個体の多くがゲノム浸透を受けていることが示され、先行研究を支持する結果となった。また、新潟県佐渡島のクロアワビの標本集団では、ゲノム浸透を受けたと考えられる個体は少数であったため、クロアワビからマダカアワビへのゲノム浸透の程度が、その逆のパターンよりも高いと考えられた。そして、Hybrid index と Interpopulation heterozygosity27)の関係から、この方向性のあるゲノム浸透は F1 とマダカアワビとの戻し交配によって生じている可能性が示され、新潟県佐渡島ではこのような戻し交配が起こることで、純粋なマダカアワビの遺伝子型を有する個体が少なくなったと考えられる。以上の結果から、クロアワビとマダカアワビ間の生殖隔離の強度は地域によって異なっており、生殖隔離が弱い地域においてはクロアワビからマダカアワビへのゲノム浸透が高いレベルで生じていると考えられた。
新潟県佐渡島のマダカアワビ個体の中には、ほぼクロアワビの遺伝子型を有する個体も含まれていた(図4)。他の2地域には、形態的な判別結果と、遺伝学的な判別結果が異なっていた個体は存在しなかった。遺伝解析に用いられた個体の貝殻標本は残っておらず、詳細な検証は困難である。しかし、3地域のクロアワビとマダカアワビの判別は同じ形態的な基準で行われていたこと、新潟県佐渡島ではクロアワビからマダカアワビへのゲノム浸透が高いレベルで生じていることを考えると、ゲノム浸透が起因となって、外部形態がマダカアワビに非常に近いクロアワビが存在した可能性が考えられる。
大型アワビ類の3種は形態的に独自の質的形質を有しているとされており、貝殻の形態に基づいて種判別が行われている10)。クロアワビの殻は楕円形で殻高が高く、螺塔が高く発達し、螺溝を有すること、マダカアワビの殻はやや円形で呼水孔が太く高く突出し、螺溝を有すること、メガイアワビの殻は円形で呼水孔と螺塔が低く螺脈が明瞭であることなどで他種との判別が可能であるとされている。しかし、これら日本の大型アワビ類間の形態的な差異が、多数の貝殻を用いて定量的に調査された例は限られている。
そこで、日本の大型アワビ類3種の判別に関連する既知の形質を定量化し、種間の形態的な差異を評価することを試みた。2001年から2021年までに九州沿岸で漁獲されたクロアワビとマダカアワビ、メガイアワビの貝殻標本を用い、種判別に利用される既知の形態形質を参考として、殻長と殻幅、殻高、呼水孔高、螺塔高、殻口幅の計測を行った(図5)。殻幅と殻高、呼水孔高、螺塔高、殻口幅を、それぞれ殻長で割ることで標準化し、それらのデータを用いて種間の形態的差異を定量化した。

図5. 貝殻の外部形態解析のために計測を行った項目。S は殻長(Shell length)、B は殻幅(Shell breadth)、H は殻高(Shell height)、R は呼水孔高(Respiratory pore height)、P は純呼水孔高(Pure respiratory pore height)、E は殻口幅(Shell lip breadth)、A は螺塔高(Apex height)を示す。
その結果、メガイアワビの貝殻標本は、螺塔高の数値など多くの数値でクロアワビとマダカアワビの貝殻標本と明確に分けることができ、定量的に判別可能なことが示された(図6)。しかし、クロアワビとマダカアワビの標本について、2 種の判別形質として一般的な呼水孔長の分布は連続的で、中間的な形質を持つ個体が複数存在し、明確に分けることができない可能性が示された(図6)。

図6. 貝殻の外部形態解析の結果。クロアワビ(HD)とマダカアワビ(HM)、メガイアワビ(HG)における螺塔高(Apex height)と純呼水孔高(Pure respiratory pore height)の分布(左図)。各種の計測数値に基づく nMDS解析のプロット(右図)。
日本の大型アワビ類の種分化モデルとして支持された「speciation with gene-flow」モデルを考慮すると、地域によって異なる生殖隔離の強度は、クロアワビとマダカアワビの種分化が進行していく連続的なプロセスを体現している可能性がある。地域によって異なる生殖隔離の強度の要因については、現段階において不明である。2種の生殖隔離が、生息水深によって生じている可能性を考えると、新潟県佐渡島などでは生息水深が重複しており、クロアワビとマダカアワビ間の交雑が生じやすい状況である可能性がある。また、新潟県佐渡島で見つかった交雑個体の多くは、F1 とマダカアワビとの戻し交配個体である可能性が示されたが、F1 の生息水深がクロアワビと比較して深く、マダカアワビの生息水深と重複した場合、このような交雑が生じると考えられる。その可能性を支持する生態学的な知見はないが、このような方向性のある交雑が、近年におけるマダカアワビ資源の激減に繋がっている可能性がある。
大規模なゲノム浸透が観察された新潟県佐渡島の標本が、最近に採集された標本であることも着目すべき点である。前述のアンプリコンシーケンスで使用したクロアワビとマダカアワビの標本集団は、それぞれ採集年が異なっており、徳島県牟岐のクロアワビとマダカアワビの採集年は2000年、神奈川県三浦半島のクロアワビとマダカアワビは2003年から2005年にかけて、新潟県佐渡島のクロアワビは2004年、新潟県佐渡島のマダカアワビは2008年である。したがって、例えば、近年の環境変動によって2000年代後半にクロアワビとマダカアワビの生殖隔離が弱まり、全国的にゲノム浸透が生じ、その傾向が最近に採集された新潟県佐渡島のマダカアワビにおいて検出された可能性がある。この可能性について検証するため、異なる年代に採集されたクロアワビ、マダカアワビの DNA 標本を確保し、各地域における種間のゲノム浸透の経年的な変遷を調べる必要があるだろう。
本稿は、令和4年12月10日に開催された水産育種研究会シンポジウムにおける講演の内容に基づいている。本稿の前半の日本の大型アワビ類の集団ゲノミクス解析の内容は、「Hirase S et al. 2021. Genomic evidence for speciation with gene flow in broadcast spawning marine invertebrates. Molecular Biology and Evolution, 38, 4683-4699.」の内容であり、日本学術振興会(科研費21580240、17K19280)の助成を受けた。後半は、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻の池谷蒼太氏の修士論文の内容の一部を要約したものである。日本産アワビ類の DNA 標本をご提供頂いた原素之博士、日本産アワビ類の貝殻標本をご提供頂いた有限会社カラープラネット&装飾工房『瑞緒』の立花瑞夫氏に深謝する。本研究に対し貴重なご意見を賜った東京大学水産実験所の諸氏にも感謝申し上げる。