2024 年 159 巻 4 号 p. 229-234
神経活動に伴う細胞内カルシウムイオンの動態や神経伝達物質の動態を可視化するための蛍光プローブが精力的に開発されており,中枢神経系の薬理学研究においても生きた脳でこれらのシグナルを高速かつ効率的に画像化する技術の必要性が高まっている.そこで本稿では脳活動イメージングに用いられる一光子顕微鏡法として広視野イメージングとヘッドマウント顕微鏡を取り上げ,その基礎と最近の進歩,および薬理学研究への応用例について紹介する.広視野イメージングはメゾスコピックな大脳皮質領野レベルの活動の観察に適しており,蛍光カルシウムプローブを発現させた覚醒マウスを用いることで学習や行動に関わる皮質活動を広範囲にイメージングすることができる.一方,ヘッドマウント顕微鏡は動物の頭部に装着できるように小型化されており,社会行動や睡眠など動物の自然な行動に関連した神経回路活動の観察に適している.一光子顕微鏡の利点には,発光ダイオードのような安価な励起光源を用いることで簡便でコストパフォーマンスに優れた顕微鏡システムを構築できる点がある.また二光子顕微鏡とは異なり励起光が視野全体を同時に照明するため,高感度なカメラやイメージセンサーを用いた高速な撮像を簡単に行うことができる.一方その欠点には,組織による光散乱の影響を大きく受けるために観察が脳の表面近くに制限される点や,焦点外からの蛍光が高いバックグラウンドを生じる点がある.これまで脳活動イメージングにおける一光子顕微鏡の利用は二光子顕微鏡に比べて限られていたが,近年はその良さが見直されつつあり,薬理学研究者が生きた脳の活動を可視化する上で有用な手法になると考えられる.
The development of genetically-encoded fluorescent probes for the detection of intracellular calcium ions and various neurotransmitters has progressed significantly in recent years, and there is a growing need for techniques that rapidly and efficiently image these signals in the living brain for pharmacological studies of the central nervous system. In this article, we discuss one-photon fluorescence microscopy techniques used for brain activity imaging, particularly wide-field imaging and head-mounted miniaturized microscopy, and introduce their basic principles, recent advances, and applications in pharmacological research. Wide-field calcium imaging is suitable for mesoscopic observation of cortical activity during behavioral tasks in head-fixed awake mice, while head-mounted miniaturized microscopes can be attached to the animal’s head to image brain activity associated with naturalistic behaviors such as social behavior and sleep. One-photon microscopy allows for the development of a simple and cost-effective imaging system using an affordable excitation light source such as a light-emitting diode. Its excitation light illuminates the entire field of view simultaneously, making it easy to perform high-speed imaging using a high-sensitivity camera. In contrast, the short wavelength of the excitation light limits the field of observation to areas on or near the brain surface due to its strong light scattering. Moreover, the out-of-focus fluorescence makes it difficult to obtain images with a high signal-to-noise ratio and spatial resolution. The use of one-photon microscopy in brain activity imaging has been limited compared to two-photon microscopy, but its advantages have recently been revisited. Therefore, this technique is expected to become a useful method for pharmacologists to visualize the activity of the living brain.
脳では無数のニューロンがネットワークを形成し,多様な神経伝達物質の作用が運動や知覚だけでなく,思考,記憶,判断,社会性などの高次な脳機能を担っている.神経活動に伴って増加する細胞内カルシウムイオンに対する遺伝子コード型蛍光プローブに加え,種々の神経伝達物質の動態を可視化するための蛍光プローブの開発が近年急速に進んでおり1),中枢神経の薬理学研究においても生きた脳でこれらの蛍光シグナルを高速かつ効率的にイメージングする技術の必要性が高まっている.固定組織切片の蛍光観察で多くの研究者に馴染みのある一光子励起では,観察する蛍光よりも短い波長の励起光を用いて,より長い波長の蛍光を発生させる.脳活動イメージングで用いられる一光子蛍光顕微鏡のシステムも,一般的な落射蛍光顕微鏡と同様に,脳表面に励起光を照射する光路と蛍光プローブが発する蛍光をカメラで撮像する光路の2つの光路で構成される.一光子励起の利点の一つとして,ほとんどの蛍光プローブが多光子励起よりも一光子励起に対して高い励起効率をもつため,多光子励起で使われる高価なパルスレーザー(数百万~数千万円)の代わりに,発光ダイオード(LED)などの安価な(数万円程度)励起光源を使うことができ,簡便でコストパフォーマンスに優れたイメージングシステムを構築できる点がある.また,共焦点顕微鏡や二光子顕微鏡などのレーザー走査顕微鏡とは異なり,励起光が視野全体を同時に照明するため,高感度のカメラを用いることにより1秒間に数十から数百枚の高速な撮像を容易に行うことができる.逆に一光子励起の主な欠点には,対物レンズの集光点以外からの蛍光がバックグラウンドとなり,空間解像度やシグナル/バックグラウンド比の高い画像を得ることが難しい点が挙げられる.また一光子顕微鏡は励起光の波長が短いため,光散乱の大きな生体組織では観察が組織の表面近くに制限される.近赤外光を励起光に用いてより深い神経回路を観察できる二光子顕微鏡に比べて神経回路研究で使われる場面はこれまで限られていたが,近年のヘッドマウント顕微鏡の普及や高速での撮像を必要とする蛍光膜電位イメージングなどの進歩によって,その良さが見直されつつある.そこで本稿では脳活動イメージングに用いられる一光子顕微鏡法として広視野イメージングとヘッドマウント顕微鏡を取り上げ,その基礎と最近の進歩,および薬理学研究への応用例について紹介する.多光子脳活動イメージングにも興味のある読者は,著者らによる最近の総説2–4)を参考にしていただければ幸いである.また,脳内に刺入した光ファイバーで局所の蛍光シグナルを集合的に測定するファイバーフォトメトリーについては本稿では割愛させていただいたが,その詳細に興味のある読者は最近の優れた総説を参考にされたい5).
GCaMP型蛍光カルシウムプローブのような高感度で蛍光変化の大きい遺伝子コード型カルシウム指示分子(GECI)の普及により,背側大脳皮質のほぼ全ての機能領域の活動を同時にイメージングできる広視野カルシウムイメージングが行われるようになった6,7).この手法は,GECIを発現する脳の表面に励起光を照射して得られた蛍光をカメラで撮影することで,数ミリ四方にわたる広い脳領域の活動をイメージングする.しかし脳組織の光散乱のために深さ方向の浸透性が乏しく,かつ焦点外からの蛍光の混入が高いバックグラウンドを生じるため水平方向の空間分解能にも限界がある.従って,この手法は個々の細胞を解像する必要のないメゾスコピックな皮質領野レベルの活動の研究に適している.GECIを発現させたマウスを用いた広視野カルシウムイメージングを用いることで,麻酔下での感覚刺激に対する皮質の応答8)や自発的な皮質活動9)のマッピングのほか,覚醒マウスが頭部固定下で学習課題を行う際の複数の皮質領域の活動をイメージングすることができる10,11).
広視野イメージングの主な利点は,マウスの背側大脳皮質のほぼ全てをカバーする広い脳領域の活動を観察できること,頭蓋骨を通して撮影できるために侵襲が少ない条件でイメージングできること,そして顕微鏡システムが比較的安価に構築できることである12).励起光源は蛍光プローブの吸収ピークに一致する波長のLEDが通常用いられる.画像の取得には高感度のcomplementary metal oxide semiconductor(CMOS)カメラやelectron multiplying-charge coupled device(EM-CCD)カメラが使われる.レンズは従来の内因性シグナル光学イメージング13)で使われたような一眼レフカメラレンズを組み合わせたタンデムレンズ12,14)が使われるほか,低倍率の蛍光顕微鏡用対物レンズも使われる10,15).広視野カルシウムイメージングでは広い面積の皮質をGECIで均一に標識する必要があり,標的となる細胞集団に広範囲かつ安定的にGECIを発現させることは再現性の高い結果を得る上で重要である.個体間の標識のばらつきを避けるためにはトランスジェニックマウス15,16)による標識が推奨されるが,目的とするマウス系統が入手できない場合や,マウス作製のための時間を節約するためには,広範な標識が期待できる新生仔マウス脳へのアデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus:AAV)ベクターの注入17,18)などを用いることもできる.Creリコンビナーゼを細胞タイプ特異的または皮質層特異的に発現するドライバーマウス系統19)を用いてGECIを特定の神経細胞集団に発現させることで,それらの活動を特異的にイメージングすることも可能である11).また,カルシウムプローブ以外の遺伝子コード型蛍光センサーを用いてアセチルコリンなどの特定の神経伝達物質の動態を可視化したり18),大脳皮質以外にも小脳皮質などの脳表面に近い他の部位で行うこともできる20).さらには,特定の皮質領野の活動を薬理学的10,11)または光遺伝学的11)に抑制にした条件でのイメージングや,皮質活動をもとにしたブレイン・マシン・インターフェースの構築21),ラット22)やマウス23,24)を対象としたヘッドマウント広視野顕微鏡による自由行動下でのイメージングなどの研究例も報告されている.
一般に,マウスの脳活動イメージング実験の成功に重要なことは,頭部固定用のヘッドプレートとイメージング用のウインドウの手術を注意深く行うことである.組織からの出血や感染がなくウインドウの透明性が十分に維持されていれば,手術した動物は数週間から数ヵ月間の長期にわたって実験に用いることができる.手術では,滅菌した器具を用い,術野の消毒と洗浄を心がけ,抗炎症薬や鎮痛薬などを適切に投与することが推奨される.通常,広視野カルシウムイメージングのウインドウ手術では頭蓋骨除去術は行わず,表面に透明な樹脂を塗布して光の透過性を向上させた頭蓋骨越しに蛍光画像を取得する12).頭蓋骨が保存されているため手術の侵襲性が低く,頭蓋骨除去術の必要な二光子イメージングに比べると組織の傷害による問題は起こりにくい.
広視野カルシウムイメージングの実験を組む上で注意すべきことは,GCaMPのような緑色の蛍光を発するGECIを用いる場合,組織中のヘモグロビンが青緑色の光を強く吸収するため,脳活動に伴う血行動態の変化によってシグナルにアーチファクトが生じる可能性があることである.このアーチファクトはGCaMPの405 nm付近の等吸収点の波長を用いてカルシウム非依存的な吸光度を測定し,これをカルシウム依存性のシグナルから差し引くことで補正できる12,15).
広視野カルシウムイメージングの著者らによる例を図1に示す15).この研究では広視野顕微鏡の下に頭部を固定したマウスを,実際のマウス行動実験に使われるオープンフィールドを再現したバーチャルリアリティ環境で探索させ,両側の背側大脳皮質の50の領野の活動を経頭蓋カルシウムイメージングで記録した(図1A~C).実験にはEmx1-CreドライバーマウスとCre依存的にGCaMP6fを発現するレポーターマウスの交配で得られたマウスを用い,大脳皮質の全層の興奮性細胞にGCaMP6fを発現させた.広視野カルシウムイメージングで得られた各皮質領野の活動データを1秒ごとに区切って領野間の活動の相関を計算し,マウスの行動状態が歩行と静止の間を遷移するときの機能的ネットワークの変化をグラフ理論を用いて可視化した(図1D).ヒトの15q11-13 染色体領域の重複を模倣した自閉スペクトラム症(ASD)モデルマウスの大脳皮質機能ネットワークを解析すると,これらのマウスでは運動開始後のネットワーク結合が密で,かつモジュール性が低下していることが明らかとなった.さらに機械学習を用いてASDモデルマウスの皮質活動パターンの識別をすると,運動野と他の皮質領野との機能的結合が識別に重要であることが明らかとなった.このように,脳疾患モデルマウスの皮質活動を広視野カルシウムイメージングで可視化することにより,行動によって変化する大規模な皮質ネットワークの機能の異常を明らかにすることができる.
(A)バーチャルリアリティシステムと広視野カルシウムイメージング用顕微鏡.(B)マウス大脳皮質のイメージングウインドウ.(C)左右に設定された50の大脳皮質領域.(D)バーチャルリアリティシステムにおけるマウスの行動状態と広視野カルシウムイメージングで得られる皮質領野活動の例.1秒間の時間窓における領域間の活動の相関から機能ネットワークを可視化する.(文献15より改変)
広視野イメージングで一般的に用いられる卓上型の一光子顕微鏡は,対物レンズの下に動物の頭部を固定する必要がある.頭部固定は実験条件の厳密な制御を可能にする一方で,動物の自然な行動の一部を制限してしまう.そこで自由行動下での脳活動イメージングを行うために,マウスの頭部に装着できるように小型化されたヘッドマウント落射蛍光顕微鏡が開発された25).このような小型の顕微鏡は「ミニスコープ」とも呼ばれ,企業から製品として販売されているもののほか,比較的シンプルな構造のためにオープンソースで低コストのものも各種存在し26),神経科学のコミュニティで広く利用されている.一般的なヘッドマウント顕微鏡は蛍光分子を励起するためのLED光源と蛍光シグナルを検出するためのCMOSイメージセンサーを内蔵している.その多くはワイヤーでデータ収集システムに接続されており,研究室で一般的に行われる行動課題を遂行しているときの脳活動をイメージングすることができる.屈折率分布型(GRIN)レンズのようなリレー光学系を脳に埋め込むことにより,一般的な多光子顕微鏡の対物レンズの作動距離よりもさらに深い脳領域の活動を観察することが可能である.GRINレンズの埋め込みは侵襲を伴うため,組織傷害や感染の防御に十分留意した手技が求められる.AAVベクターの微量注入とGRINレンズの埋め込みを同一の動物に対して行う場合には,実験全体の成功率がそれぞれの成功率に依存するため,各手技の確実性を高めることが重要である.近年の技術の進歩により,光遺伝学との併用27),ワイヤレス化28,29),複数のヘッドマウント顕微鏡による複数脳領域の観察30)なども可能になっている.得られたイメージング動画の解析は,企業が提供する解析アプリケーションの他,神経科学コミュニティでいくつかの解析パイプラインが利用できる31–33).
GECIによる細胞の標識は,トランスジェニックマウスやAAVベクターを用いた手法によって,特定の細胞タイプや領域に特異的に行うことができる.ヘッドマウント顕微鏡は,広視野イメージングと同様に脳組織による光散乱とバックグラウンド蛍光の影響を強く受けるため,その脳活動の観察は脳内に埋め込んだGRINレンズの先端近傍に限られる.多光子イメージングに比べれば得られる画像のシグナル/バックグラウンド比は低いが,GECIの蛍光変化が十分に大きいため,注意深く画像を解析することによって実質的に単一細胞レベルの空間解像度を得ることができる.
ヘッドマウント顕微鏡は,社会行動や睡眠など,卓上型顕微鏡ではしばしば実験が困難な行動の神経基盤を明らかにしてきた.著者らの研究の一例を図2に示す34).この研究では,マウスの社会相互作用時の島皮質の錐体細胞活動をヘッドマウント顕微鏡で観察することで,一部の細胞の活動が他個体との相互作用によって正または負に調節されることを明らかにした.マウスの島皮質にAAVベクターを用いてGCaMP6fを導入しGRINレンズを埋め込んだのちに,ヘッドマウント顕微鏡を用いて自由行動下でのカルシウムイメージングを行った(図2A,B).顕微鏡を取り付けたマウスをホームケージに入れ,同じケージの中に他の新奇マウス個体を入れたときの島皮質の細胞活動を解析すると,錐体細胞の中に他個体との社会相互作用に相関した活動を示すSocial ON細胞と,逆に社会相互作用を示さないときに活動が亢進するSocial OFF細胞が含まれることが明らかとなった(図2C,D).またSocial ON細胞を詳しく解析すると,社会相互作用時にマウスが歩行しているか静止しているか,あるいは相手マウスの身体のどこに接触にしているかによって,異なるSocial ON細胞が活動することも明らかとなった.
(A)ヘッドマウント顕微鏡による島皮質のGCaMP6f標識細胞のイメージング.GRINレンズを介して脳深部の無顆粒島皮質(AI)をイメージングする.右は実験後に作成した切片におけるGRINレンズの埋め込み位置の蛍光顕微鏡写真.スケールバー=200 μm.(B)ヘッドマウント顕微鏡で観察される島皮質錐体細胞のGCaMP6fの蛍光強度変化.スケールバー=100 μm.6つの細胞の活動を例に示す.(C)ホームケージテスト.ヘッドマウント顕微鏡を取り付けた被験マウスと社会刺激としての新奇マウスをホームケージ内で4分間相互作用させる.(D)社会相互作用時に活動が亢進する2つの細胞(ON)と,活動が低下する1つの細胞(OFF)のGCaMP6f蛍光の時系列変化.網掛けで示された時間が新奇マウスとの相互作用を示す.(文献34より改変)
ここで一光子イメージングの薬理学研究への応用例を紹介する.ケタミンは全身麻酔薬として用いられるNMDA型グルタミン酸受容体の非競合的アンタゴニストである.投与によって感覚と情動反応が切り離され現実感が失われる解離状態を引き起こすが,その脳内メカニズムは不明であった.スタンフォード大学のDeisserothらのグループは,マウスの広視野カルシウムイメージングを用いて,ケタミンの解離作用に関与している大脳皮質領域を同定した35).大脳皮質にGCaMP6sを発現するThy1-GCaMP6sトランスジェニックマウスに麻酔を引き起こさない用量(50 mg/kg)のケタミンを腹腔内投与すると,およそ2分後から脳梁膨大後部皮質(retrosplenial cortex:RSP)で1~3 Hzの周期的活動が観察された.この活動はフェンシクリジンやジゾシルピン(MK-801)など,ケタミンと同様に解離を引き起こすNMDA受容体アンタゴニストの投与でも見られた.またRSPの層特異的にGCaMPを発現させ,ケタミン投与後の神経活動を二光子顕微鏡で記録すると,RSP第5層の神経細胞でこの周期的活動が起こっていた.光遺伝学によってこのRSP第5層の周期的活動を人工的に再現すると,マウスは嫌悪刺激に対する反射は保たれるが情動反応が抑制される解離様の行動を示した.さらに,この周期的活動がヒトでの解離にも関与していることを示すために,てんかん発作の直前に解離を経験する患者の脳波を調べたところ,マウスのRSPと相同な深部後内側皮質(deep posteromedial cortex)で同様の周期的振動が見られ,かつこの領域の電気刺激は解離経験を引き起こした.このように,マウスの広視野カルシウムイメージングで皮質全体の活動を解析することで見出だされたRSPの周期的活動が,ヒトに共通するケタミンの解離作用のメカニズムの解明につながった.
ベンゾジアゼピン誘導体(BZD)は,GABAA受容体に対する正のアロステリック作用薬として働き,鎮静作用,催眠作用,抗けいれん作用や抗不安作用など様々な効果を示す臨床上極めて有用な薬物である.BZDの抗不安作用の脳内メカニズムは長らく不明であったが,扁桃体中心核(CEA)への作用が重要であることを明らかにした近年の研究では,BZD投与によるCEA活動の調節の証明にヘッドマウント顕微鏡によるカルシウムイメージングが効果的に用いられた36).CEAは恐怖と不安の情報処理に重要な役割を果たす脳部位である.内側CEA(CEAm)から脳幹への出力は外側CEA(CEAl)のソマトスタチン陰性(SST-)/プロテインキナーゼCδ陽性(PKCδ+)ニューロンによって抑制的に制御され,さらにその活動はSST+/PKCδ-ニューロンによって抑制的に制御されている.SSTまたはPKCδプロモーター下にCreリコンビナーゼを発現するマウスを用いた実験で,BZDが作用するGABAA受容体αおよびγサブユニットはSST+/PKCδ-ニューロンで強く発現していることが示された.文脈恐怖条件付けの後に同じ環境に再び置かれたマウスのSST+/PKCδ-ニューロン,SST-/PKCδ+ニューロンおよびCEAmニューロンのそれぞれについて細胞タイプ特異的なカルシウムイメージングを行ったところ,SST+/PKCδ-およびCEAmニューロンの多くはジアゼパムの投与後に活動の抑制を示したが,SST-/PKCδ+ニューロンの多くは逆に活動の増加を示した.これらの結果から,BZDはCEAlのSST+/PKCδ-細胞に作用してその抑制性回路の活動をSST+/PKCδ-ニューロン優位からSST-/PKCδ+ニューロン優位へシフトさせ,その結果CEAmからの出力が抑制されることで抗不安作用を現すことが明らかにされた.
本稿では脳活動イメージングのための一光子顕微鏡法として,特に広視野イメージングとヘッドマウント顕微鏡を取り上げて,その手法と薬理学研究への応用例について解説した.これらの技術が,ケタミンやベンゾジアゼピン誘導体など古くからよく知られた中枢神経作用薬の作用機序の理解に画期的な知見をもたらしたことがご理解いただけたことと思う.
将来の一光子イメージングは顕微鏡と画像解析の進歩を通じて,より大規模な神経回路活動を,より高速,高感度,高解像度に記録することができるようになると考えられる37–39).また,異なる波長の蛍光を発するより多くのプローブの開発が進むことにより,細胞内カルシウムと特定の神経伝達物質の動態など複数モダリティの同時イメージング18)もより広く行われるようになるだろう.こうしたイメージングの高度化の一方で,簡便で安価なin vivoイメージング用の顕微鏡を研究者コミュニティに普及させ,その裾野を広げることも重要である.例えば,著者らが研究対象とする海馬では,背側CA1野の錐体細胞の細胞体が海馬表面から約100~150 μm下の錐体細胞層に薄い層となって並んでいることから,市販の光学部品を組み合わせた卓上型のカスタム一光子顕微鏡でもほぼ単一細胞レベルのカルシウムイメージングを行うことができる(図3).このような自作の顕微鏡は,高価な二光子顕微鏡に代わるものとして,特に研究予算の限られた若手研究者にとって有用なツールになると思われる.脳活動を画像で見る技術のさらなる進歩は,種々の認知や行動の背景にある脳機能の解明と疾患モデルマウスを用いた神経回路病態の理解,そして新たな薬物治療の開発に今後ますます重要な役割を果たすことが期待される.
(A)覚醒マウスの脳活動イメージングのためのカスタム顕微鏡の例(著者提供).G-CaMPを励起する470 nmのLED光を液体ライトガイドで10倍の対物レンズに導入し,得られる蛍光画像を顕微鏡上部のCMOSカメラで記録する.マウスは円筒状のトレッドミル上に頭部固定される.(B,C)カスタム顕微鏡によるThy1-G-CaMP7トランスジェニックマウス40)の海馬CA1野のカルシウムイメージング.大脳皮質に埋め込んだウインドウ40)を介して海馬をイメージングした.G-CaMP7 蛍光の最大値投影画像(B)と,画像中にアスタリスクで示した92個の細胞のG-CaMP7蛍光強度の時系列変化(C)を示す.実験は所属機関承認の実験計画に従って行われた.
開示すべき利益相反はない.