日本薬理学雑誌
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特集 革新的テクノロジーが切り拓く生体脳分子探査
扁桃体を介した情動制御の新たな分子・神経機構の探索
上田 修平竹本 さやか
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キーワード: 拡張扁桃体, 情動, 恐怖, 不安
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2024 年 159 巻 5 号 p. 316-320

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要約

扁桃体中心核(central nucleus of the amygdala:CeA)と外側分界条床核(lateral division of the bed nucleus of the stria terminalis:BNSTL)を含む中心拡張扁桃体(central extended amygdala)は,恐怖や不安などの感情状態の原因となる脅威の処理に関わる中心的な脳領域である.これらの脳領域は環境の変化に適応するため,神経回路活動を変化させ必要な機能を発揮する一方で,過度な脅威やストレスに直面すると,その神経回路機能が障害され様々なストレス関連精神疾患の原因となると考えられている.CeAとBNSTLは,相互に密な神経接続があり,構成する細胞や他の脳領域との入出力パターンの類似性から,古くは同一の機能を有した神経核であると考えられてきたが,近年の研究から情動行動制御に対して異なる機能を担っている可能性も示唆されており,またそれぞれが複数の亜核からなる複雑な回路構造を有しているため,神経亜核単位での機能分離は不十分であった.本稿では,筆者らが行った神経亜核単位での遺伝子発現プロファイルや回路機能の比較の研究から明らかとなった,CeAとBNSTLの類似性と差異について紹介し,ストレス関連精神疾患をはじめとした神経・精神疾患の分子病態の理解にどのように貢献できるか議論する.

Abstract

The central extended amygdala, including the central nucleus of the amygdala (CeA) and the lateral division of the bed nucleus of the stria terminalis (BNSTL), is a pivotal brain region involved in the threat processing responsible for emotional states such as fear and anxiety. These brain regions alter their circuit activities and exhibit necessary functions to adapt to environmental changes. When faced with excessive threats or stress, it is thought that these neural circuit functions are disrupted and cause various stress-related psychiatric disorders. The CeA and BNSTL were suggested to be the same nuclei separated during development because of their dense neural connections, and the similarities in cellular composition and connectivity patterns with other brain regions. On the other side, some recent studies suggested functional differences between these two regions in controlling emotional behaviors. However, functional segregation at the subnuclei level was insufficient since the two regions have complex circuit structures composed of multiple subnuclei. In this review, we introduce the similarities and differences between the CeA and BNSTL that have been clarified from our recent comparative studies of gene expression profiles and circuit functions at the subnuclei level. Additionally, we also discuss how it can contribute to understanding the molecular pathogenesis of neuropsychiatric disorders, including stress-related psychiatric disorders.

1.  はじめに

恐怖や不安は,生物種を超えて広く進化的に保存された情動であり,脅威的な状況や刺激に対して,生存に有利な行動選択をするために不可欠な生理機能である.恐怖と不安は共に負の感情状態を示す言葉であるが,前者は具体的で差し迫った脅威や危機に対して一過的に抱く感情である一方で,後者は漠然としていつ発生するか予測できない脅威に対して持続的に抱く感情であるとされる.

拡張扁桃体(extended amygdala),特に中心拡張扁桃体(central extended amygdala)はこれら恐怖や不安といった負の情動を制御する中心的な脳領域としてこれまで多くの研究が行われてきた.拡張扁桃体は,1923年にミネソタ大学Johnston博士によって発表された脊椎動物の脳の発達過程の比較解剖学的研究論文の中で,扁桃体(amygdala)と分界条床核(bed nucleus of the stria terminalis:BNST)の類似性を示した記述をもとに1),1988年にバージニア大学のAlheid博士とHeimer博士によって提唱された解剖学的概念で2),扁桃体中心核(central nucleus of the amygdala:CeA)と外側分界条床核(lateral division of the BNST:BNSTL)から構成される中心拡張扁桃体と,扁桃体内側核(medial nucleus of the amygdala:MeA)と内側分界条床核(medial division of the BNST:BNSTM)から構成される内側拡張扁桃体(medial extended amygdala)に分けられる.特に中心拡張扁桃体のCeAとBNSTLは,入力・出力する神経回路や構成する細胞の種類の類似性から,発生過程で構造的に分離した同一の神経核であると考えられてきた.一方で近年の人を対象とした画像研究から,脅威の種類やタイミングによってCeAとBNSTLの活動性が異なることが報告されており35),両者が情動行動制御において異なる機能を果たしている可能性が示唆されているが,齧歯類においてこれらの神経核を比較した研究は少なく,また拡張扁桃体が分子・解剖学レベルで多くの微小亜核に分類可能で,かつそれらの亜核が複雑な核内局所回路を形成することから,亜核単位の機能分離は不十分であった6)

本稿では,最近の筆者らの研究を中心に,拡張扁桃体の亜核単位における機能レベルでの分離について,また新規テクノロジーを用いて明らかにした神経亜核間の遺伝子発現に基づく差異について紹介する.

2.  遺伝子発現プロファイルが類似する2つの拡張扁桃体亜核

CeAは構成する細胞種や入出力回路の様式から,外包部(capsular part of the CeA:CeC),外側部(lateral part of the CeA:CeL),内側部(medial part of the CeA:CeM)に分離することができる.中でもCeLは,隣接する扁桃体基底外側核(basolateral amygdala:BLA)などからの入力を受け,恐怖条件刺激により神経活動の亢進するCeLon細胞(主にprotein kinase C-δ陰性細胞,PKCδ陰性細胞)と神経活動の低下するCeLoff細胞(主にPKCδ陽性細胞)がCeL亜核内で双方向の局所回路を形成し,恐怖反応表出の調節を行っている7,8).PKCδ陰性細胞は主に,somatostatin(Sst)やcorticotropin releasing hormone(Crh)などの分子マーカーを発現する9,10).また近年,BNSTLの亜核の一つである分界条床核oval核(BNSTov)においてもPKCδ,Sst,Crhの分子マーカーで標識される細胞種が分布していることが報告されている11,12).筆者らは,まずPKCδ陽性細胞,Sst陽性細胞,Crh陽性細胞の分布を確認するため,各細胞が遺伝学的に蛍光標識されるPrkcd-cre; Ai14,Sst-cre; Ai14,Crh-cre; Ai14マウスの脳を評価したところ,BNSTovとCeLの両方の亜核で,いずれの細胞種も密に分布していることを確認した13)図1A).さらに両亜核の細胞構成を比較するため,Sst-cre; Ai14とCrh-cre; Ai14マウスの脳に対してPKCδ陽性細胞を免疫組織化学的に標識し検討したところ,各細胞種の構成比がBNSTovとCeLでほぼ同等であることが確認された13)図1B,C).続いて扁桃体の様々な亜核における分子プロファイルを比較するため,高精度顕微鏡下極小パンチアウトシステム14)を用いて,BNSTov,CeLを含む9つの神経亜核単位のサンプリングを行い,RNAシーケンスによる遺伝子発現解析を行った13)図2A,B).その結果,BNSTovとCeLが非常に類似した遺伝子発現プロファイルを持つことが明らかとなった.興味深いことに,BNSTovとCeLのPKCδ陽性細胞の主要な投射先である分界条床核fusiform核(BNSTfu)とCeMの2つの中心拡張扁桃体神経亜核も互いに類似した分子プロファイルを持ち,さらに内側拡張扁桃体の亜核である分界条床核前内側核(BNSTam)と扁桃体内側核後背部(MePD)も互いに類似した分子プロファイルを持つことがわかった(図2C).これらの結果から,分界条床核と扁桃体で共通した亜核構成を持つことが示され,特にBNSTovとCeLの構成細胞と分子プロファイルの類似性が明らかとなった.

図1拡張扁桃体亜核間の細胞構成の比較

(A)Prkcd-cre; Ai14,Sst-cre; Ai14,Crh-cre; Ai14マウスの脳のBNSTov(上段,矢印)とCeL(下段,矢頭)におけるtdTomatoで蛍光標識された各種マーカー遺伝子陽性細胞の分布.スケールバーは1 ‍‍mm.(B,C)BNSTovとCeLにおけるPKCδ陽性細胞とSst陽性細胞(B),PKCδ陽性細胞とCrh陽性細胞(C)の構成比.文献13から引用改変.

図2扁桃体亜核間の遺伝子発現プロファイルの比較

(A,B)新規テクノロジーを用いた微小神経亜核を対象とした遺伝子発現解析の概要(A)と,微小神経亜核単位の組織採取前(中段)後(下段)の画像(B).スケールバーは200 ‍‍μm.文献13から引用改変.

3.  BNSTovとCeLの機能的な違い

分子・細胞プロパティにおける分界条床核と扁桃体の類似性が確認されたが,人の画像研究や,齧歯類における神経核単位の操作研究から,両領域では回路機能的に異なる可能性が示唆されている15).筆者らは,分子プロファイルの類似性の高いBNSTovとCeLの2つの亜核が情動制御において異なる機能を持つかを検証するため,両亜核のPKCδ陽性細胞を対象に破傷風毒素(tetanus toxin:TeNT)による神経伝達遮断実験を行った13)図3).BNSTovのPKCδ陽性細胞の神経伝達遮断では,不安を評価する高架式十字迷路試験(elevated plus maze test)においてopen armへの滞在時間の増加(不安レベルの低下)が見られたが,恐怖情動反応学習を評価する恐怖条件付け学習試験(fear conditioning test)には優位な差は見られなかった.一方で,CeLのPKCδ陽性細胞の神経伝達遮断では,不安様行動に優位な差は見られなかったが,恐怖条件付け学習試験において恐怖反応のfreezing時間の低下(恐怖学習の低下)が確認された.これらの結果から,負の情動行動制御の中でもBNSTovはより不安様行動に,CeLはより恐怖学習に関与していることが示された.同一の細胞種を対象とした,同一手法の神経回路操作による評価を行うことで,分子レベルで類似する亜核単位での機能性の違いが明らかとなった.

図3BNSTovおよびCeLにおけるPKCδ陽性細胞の神経回路操作

BNSTov(上段),CeL(下段)のPKCδ陽性細胞に破傷風毒素を発現させ神経伝達遮断を行った際の,高架式十字迷路試験(elevated plus maze test)と恐怖条件付け学習試験(fear conditioning test)の行動評価.文献13から引用改変.

4.  恐怖条件付け学習におけるBNSTovとCeLの遺伝子発現応答の違い

拡張扁桃体は,環境の変化に適応するため脅威やストレスに直面すると,その神経回路活動を変化させ,必要な機能を発揮する16).神経回路操作の実験から恐怖条件付け学習においてBNSTovとCeLの機能的寄与が異なることが明らかとなったが,その差異がどのように生じるかを解明するため,各亜核の恐怖条件付け学習時の分子レベルの変化を評価した.神経亜核間の分子プロファイルの比較に用いた高精度顕微鏡下極小パンチアウトシステムを利用して,恐怖条件付け学習を行ったマウス(CS+US)と行っていないマウス(CS only)から5つの神経亜核のサンプリングを行い,恐怖条件付け学習による発現変動遺伝子の抽出を行なった.その結果,分子プロファイルの類似したBNSTovとCeL,さらにBNSTfuとCeMにおいても,発現変動遺伝子のオーバーラップが非常に少ないことが明らかとなった13)図4A).また,BNSTovで発現変動の認められた遺伝子のCeLでの発現変動率,CeLで発現変動の認められた遺伝子のBNSTovでの発現変動率ともに,変動率の低い遺伝子が多く,このことからもBNSTovとCeLが異なるパターンの遺伝子発現変動を示すことが示唆された(図4B).以上の結果から,分界条床核と扁桃体,特にBNSTovとCeLの2つの亜核について,構成する細胞のプロパティや基底状態における発現遺伝子のプロファイルは非常に類似しているが,脅威やストレスに応答した際の分子応答が大きく異なることが示され,回路機能修飾において重要な役割を果たす可能性が示唆された.

図4恐怖条件付け学習による扁桃体亜核の遺伝子発現応答の比較

(A)恐怖条件付け学習24時間後の5つの扁桃体亜核における発現上昇遺伝子(左)と発現低下遺伝子(右)のオーバーラップ.(B)BNSTovとCeLにおける発現変動遺伝子の発現変動率.文献13から引用改変.

5.  おわりに

近年シングルセルオミックス解析技術の進歩により,細胞単位での分子的特徴の評価や変化を捉えることが可能になり,様々な神経・精神疾患における細胞レベルの分子病態の理解が飛躍的に進みつつある.一方で,細胞単位の変化が脳全体としての変化にどのように反映されるかを評価するためには,特定の細胞,特定の神経亜核や細胞集団,特定の脳領域,脳全体と,ミクロからマクロまで幅広い視野での理解が必要になってくる.本稿における極小パンチアウトシステムを用いたトランスクリプトーム解析は,神経亜核を構成する細胞集団としての個性や変化を捉えることで,これまでにない視野での分子病態の理解につながると考えられる.

本特集の安楽博士の稿で紹介される,非侵襲的に脳分子を回収する革新的コンセプトのテクノロジーは,これまで生体においてブラックボックスであった血中や末梢組織には出てこない脳分子情報を読み出すものであり,これまでの研究により蓄積された脳内分子の情報と融合することで,神経・精神疾患の分子病態理解に大きなブレイクスルーをもたらすことが期待される.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

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