2024 年 159 巻 5 号 p. 343
Na+/Ca2+交換輸送体(NCX)は,3Na+と1Ca2+を両方向性に逆輸送する細胞膜トランスポーターである.哺乳類にはNCX1~3の分子種が存在している.NCXは細胞内Ca2+濃度を制御する重要なトランスポーターであることから,新規Ca2+調節薬の創薬標的として以前から有望視されており,1996年にベンジルオキシフェニル(BP)系NCX阻害薬のプロトタイプとなるKB-R7943が開発された1).筆者らは,KB-R7943をはじめその後の改良型阻害薬(SEA0400,YM-244769)の特性・薬効解析に取り組んできた.これらNCX阻害薬は虚血再灌流障害に対する保護作用や食塩感受性高血圧に対する降圧作用など注目すべき薬効を有していた2,3).興味深いことに,NCX阻害薬はモード選択性を示し,単一方向に駆動しているCa2+流出モードに対して影響を及ぼさず,Ca2+流入モードを特異的に阻害した.さらに分子種特異性も認められ,SEA0400はNCX1を選択的に阻害し,KB-R7943およびYM-244769はNCX3を最も強力に阻害した.筆者らは,この特性を利用したNCX1/3キメラ解析および変異解析により,NCX1阻害作用に関わる主要アミノ酸(Gly833)および分子種特異性に関わる主要アミノ酸(Phe213)を同定し,膜トポロジー解析と合わせて,図1に示すNCX阻害薬結合部位の推定モデルを提案した4,5)(この原図はMol Pharmacol. 66巻1号2004年の表紙に採用された).この推定モデルの直截的検証には構造解析が必要であるが,これまで古細菌や酵母のNCXホモログの結晶構造が解析されたものの6),哺乳類NCXの全長構造解析は長年に渡り達成されなかった.
Gly833(G),Phe213(F)はBP系NCX阻害薬の阻害活性に影響する主要な変異部位である.Gly833Cys変異体では阻害活性が消失する.(文献5より改変)
ところがついに今年1月,クライオ電子顕微鏡法によりヒト全長NCX1.3(腎臓型スプライシングバリアント)とSEA0400の複合体構造が3.5 Åの高分解能で報告された7).通常,クライオ電子顕微鏡法ではFab抗体が膜タンパク質の安定化に利用されるが,この報告ではSEA0400を構造安定化剤として利用してNCX複合体構造が解析された.感動したことに,上述したGly833相同アミノ酸(ヒト型Gly832)およびPhe213相同アミノ酸(ヒト型Phe248)はSEA0400の直接的な結合部位となっており,その複合体構造は正に約20年前に提案した推定モデル(図1)と酷似していた5).トランスポーターの輸送機構は「内開き構造」⇔「外開き構造」の構造変化を基本とする交互アクセスモデルで説明されるが,SEA0400はNCX1.3の「内開き構造」に安定的に結合していた.SEA0400の結合部位はイオン通路の近傍にあり(アロステリック阻害部位),Na+依存性不活性化に陥りやすいCa2+流入モードにおいて安定的に形成された.この構造基盤は,筆者らのNCX阻害薬の作用機序仮説「Na+依存性不活性化状態への固定化」と良く合致している4,5).一方,Na+依存性不活性化には細胞内領域の自己抑制ドメイン(XIP)や制御Ca2+結合部位(CBD1,CBD2)が関係しているが,SEA0400は細胞内領域に直接作用しないものの,間接的に不活性化機構と相互連関すると考えられる.
このように,BP系NCX阻害薬はNCX1に直接結合してCa2+流入モードを阻害することが実証された.近年,BP系NCX阻害薬が市販され,NCX機能を解析する研究ツールとして汎用されているが3),これら阻害薬の非特異的作用の関与が懸念されている8).最近,筆者らはBP系NCX阻害薬非感受性NCX1変異体ノックインマウス(Gly833Cys相同変異導入)を作出した.このマウスはBP系NCX阻害薬を用いたNCX1機能解析のネガティブコントロールとして有用である.このマウスを利用することにより(RIKEN BRCへ寄託予定),野生型マウスとの比較実験においてBP系NCX阻害薬の特異的作用が検証可能となる.
開示すべき利益相反はない.