2017 年 59 巻 8 号 p. 1663-1672
【目的】上部消化管出血患者に対して予後予測におけるスコアの有用性が報告されているが,内視鏡治療の適応において,これらのスコアの有用性は十分に評価されていない.われわれは,日本人における上部消化管出血患者の,内視鏡治療の必要性のために,予測スコアの有用性を検討し,新たなスコアモデルを構築した.
【方法】吐下血を主訴に受診し,緊急内視鏡検査を行った上部消化管出血患者の212例を対象とした.内視鏡治療,手術,IVRをアウトカムとし,初めに,Glasgow-Blatchford score(GBS)とClinical Rockall score(CRS)とAIMS65のROC曲線下面積(AUC)の比較を行った.次に,上部消化管出血に関連する因子についてロジスティック回帰分析を行い,その回帰係数より新たなスコアモデルを作成した.最後に,新予測スコアと既存の予測スコアにおける有用性の評価を行った.
【結果】治療を必要としたのは109例(51.4%)であった.AUCはGBSが0.75[95% CI 0.69-0.81],CRSが0.53[0.46-0.61],AIMS65が0.52[0.44-0.60]で,GBSが治療必要性の予測においてCRSやAIMS65より優れていた.ロジスティック回帰分析の結果,収縮期血圧<100mgHg,失神,吐血,ヘモグロビン<10g/dL,尿素窒素≧22.4mg/dL,eGFR≦60ml/min/1.73m2,抗血小板剤内服の7つが有意な因子であった.これらの因子に基づいて作られた新予測スコアのAUCは0.85[0.80-0.90]で,治療適応の予測において,既存のスコアより優れていた.
【結論】日本人の上部消化管出血患者における治療適応を予測するために新スコアは既存のスコアより優れていた.
上部消化管出血は消化器疾患領域において緊急を要する疾患の一つである.可及的速やかに重症度の評価を行い,内視鏡治療の必要性を判断する必要がある.上部消化管出血の患者の予後や治療の必要性を評価したスコアの中で,Glasgow-Blatchford score(GBS)とClinical Rockall score(CRS)とAIMS65は特に有用性が報告され,一般に使用されている 1)~3).しかし,これらのスコアはそれぞれにアウトカムが異なり日本人において十分に検証されていない.CRSとAIMS65のアウトカムは死亡であるのに対し,GBSのアウトカムは輸血を含めた臨床的な治療である 1)~3).上部消化管出血患者において輸血の適応は定まっておらず,個々の症例に応じて行われている 4).そのため,上部消化管出血の治療の必要性を評価するにあたっては,輸血はアウトカムから除外するべきである.輸血を除いた上部消化管出血の治療を,これらのスコアで評価した少数の報告はあるが 5)~9),日本人においての評価は存在しない.さらに,ヘモグロビン値が低く輸血を必要とする患者において,これらのスコアの有用性は十分に検証されていない.われわれは,本邦における上部消化管出血患者に,GBS,CRS,AIMS65の輸血を除いた治療適応の予測の有用性を比較し,治療予測のための因子を検討した.
弘前市立病院にて2010年4月から2014年9月までの間に上部消化管出血が疑われ,緊急内視鏡検査を行い,所見を認めた212例を対象とした.同期間に上部消化管内視鏡検査は12,287件行われた.吐血,コーヒー残渣様の嘔吐,下血を上部消化管出血が疑われる所見と定義すると対象は254例であった.受診後12時間以内の緊急内視鏡検査が249例に施行された.食道胃静脈瘤患者は除外した.アウトカムを内視鏡治療,手術,IVRとし,輸血は含めなかった.Forrest分類ⅠやⅡaの潰瘍や活動性出血病変に対して,内視鏡治療を行った.上部消化管内視鏡検査を受ける前にプロトンポンプインヒビター(PPI)の投与がすべての患者で行われた.Helicobacter pylori(H. pylori)感染の診断は,血清抗体検査,便中抗原検査,尿素呼気試験のいずれかにて行われた.便中抗原検査と尿素呼気試験はPPI投与後8週間後に行われた.
上部消化管出血における輸血を除いた治療の予測のために,以下の3つの検討を行った.初めに,GBS,CRS,AIMS65の有用性を評価するために各スコアのROC曲線下面積(AUC)の比較を行った.次に,新たな治療予測スコアを決定するために,ロジスティック回帰分析にて治療を必要とする因子の検討を行った.GBS,CRS,AIMS65に含まれる因子と,その他の治療に関わる因子を評価した.性別,年齢,収縮期血圧,拡張期血圧,脈拍数,失神,吐血,ヘモグロビン値,アルブミン値,尿素窒素値,推算糸球体濾過量(eGFR)値,International normalized ratio(INR)値,既往疾患(肝疾患,心不全,腎不全,膠原病,H. pylori感染,転移性腫瘍),薬剤内服(抗血小板剤,抗凝固剤,PPI,H2ブロッカー,ステロイド,NSAIDs)を評価項目とした.そして,ロジスティック回帰分析にて,多変量解析で有意となった因子の回帰係数に基づき,上部消化管出血における新たな治療を予測するスコアモデルを作り上げた.最後に,新スコアのROC曲線より至適カットオフ値を求め,感度,特異度,AUCを既存のスコアと比較した.さらに,新しい予測スコアと既存の予測スコアにて,ヘモグロビン値10g/dl未満と,10g/dl以上で有効性の評価を行った.
治療を要する予測の正確性はAUCの比較にて評価を行った.ロジスティック回帰分析において単変量解析で有意であった因子を多変量解析に取り入れた.新予測スコアの適合性はHosmer-Lemeshow解析にて評価した.その他の統計的有意差は,Chi-squared test,Fisher’s exact test,Mann-Whitney U-testにて評価し,p<0.05を統計的有意差ありとした.統計的解析はSPSS version 20.0にて行った.
本研究はヘルシンキ宣言に基づく倫理的原則および人を対象とする医学系研究に関する倫理指針に従い,弘前市立病院の倫理委員会の承認を得たものである.
212例の患者のうち,男性が148例(69.8%),女性が64例(30.2%),平均年齢は64.7±14.9歳であった.治療を必要としたのは109例(51.4%)であった(Table 1).治療を必要とした群,治療を必要としなかった群で,最も多い疾患はいずれも胃潰瘍であった(Table 2).胃潰瘍,胃・十二指腸びらん,逆流性食道炎で,2群間に有意差を認めた.手術が8例,IVRは1例であった.輸血は114(53.8%)例に行われており,活動性出血は15例(7.1%)に認めた.ヘモグロビン値が10g/dL未満であった124例の中で活動性出血を認めたのは11例(8.9%),ヘモグロビン値が10g/dL以上の88例の中で活動性出血を認めたのは4例(4.5%)であった.再出血を認めたのは6例(2.8%)であった.入院中に死亡したのは4例(1.9%)で,その原因は心不全,肺炎,脳梗塞,転移性胃癌であり,消化管出血に関連した死亡はなかった.H. pylori感染の検査は166例に行われ,88例が陽性であった.
患者の特徴.
患者の治療と内視鏡所見.
GBSは,スコアが2点以下の19例で,治療を必要とするものは存在しなかった(Figure 1).一方,CRSとAIMS65では,スコアが0点であっても,治療を必要とした例が存在した(Figure 2,3).ROC曲線の解析結果より,AUC[95% CI]は,GBSで0.75[0.69-0.81],CRSで0.53[0.46-0.61],AIMS65で0.52[0.44-0.60]であり,GBSはCRSやAIMS65より治療予測において優れていた(Figure 4).
Glasgow-Blatchford scoreによる治療必要者と不必要者のスコア分布.
Clinical Rockall scoreによる治療必要者と不必要者のスコア分布.
AIMS65による治療必要者と不必要者のスコア分布.
Glasgow-Blatchford score,Clinical Rockall score,AIMS65でのROC曲線.
ロジスティック回帰分析により単変量解析で収縮期血圧,脈拍数,失神,吐血,ヘモグロビン値,BUN値,eGFR値,肝疾患の罹患,抗血小板剤内服,NSAIDs内服といった因子で有意差を認めた(Table 3).多変量解析の結果,上部消化管出血患者において,治療を必要とする予測因子として,収縮期血圧<100mmHg,失神,吐血,ヘモグロビン<10g/dL,BUN≧22.4mg/dLが正の予測因子,eGFR≦60mL/min/1.73m2,抗血小板剤内服が負の予測因子となった(Table 4).それぞれのリスク因子の回帰係数に基づき,治療予測スコアモデルを作り上げた(Table 5).ROC曲線での解析では,新スコアのAUCは,0.85[0.80-0.90]で,治療の必要性を予測するうえで,最も優れていた(Figure 5).新スコアは,カットオフ値3で感度78.0%,特異度77.9%,尤度比3.5であった(Table 6).ヘモグロビン10g/dL未満の患者においても,ROC解析の結果から,AUC[95% CI]は,新スコアでは0.82[0.75-0.90],GBSで0.64[0.54-0.75],CRSで0.50[0.39-0.61],AIMS65で0.46[0.36-0.57]となり,新スコアは既存のスコアより治療必要性の予測に優れていた(Table 7).また,ヘモグロビン値10g/dL以上の患者においても,AUC[95% CI]は新スコアで0.84[0.74-0.93],GBSで0.84[0.76-0.92],CRSで0.53[0.40-0.65],AIMS65で0.50[0.37-0.63]であり,新スコアは既存のスコアと比べて治療の必要性の予測に同等以上の結果であった.
治療予測因子での単変量解析.
治療予測因子での多変量解析.
治療予測のための新スコアモデル.
新スコアとGlasgow-Blatchford scoreでのROC曲線.
新予測スコアと既存の予測スコアの比較.
ヘモグロビン低値例と高値例での予測スコアの評価.
本研究でわれわれが作り上げた治療予測のための新スコアは,既存のスコアより優れた結果を示した.上部消化管出血を疑うすべての患者は,内視鏡検査が必要である.しかし,緊急の内視鏡検査が必ずしも必要でない患者も存在する.われわれの新しい予測スコアは,治療を必要としない患者をより正確に識別し,不必要な夜間の緊急内視鏡検査を減らす事に貢献すると考えられる.
多変量解析の結果,上部消化管出血患者の治療の必要性を予測するために,7項目が有意な因子となった.収縮期血圧の低下,ヘモグロビン値の低下,失神,吐血,BUN高値が正の因子,eGFR低値,抗血小板剤内服は負の因子となった.これらの正の因子は,吐血を除き,GBSの項目の中に含まれているものであった.一方,負の因子であった腎機能低下や抗血小板剤の内服は一般には,上部消化管出血のリスク因子である 10),11).しかし,治療の必要性の観点から考えると,これらの因子は,出血傾向を伴うために,例えば,逆流性食道炎や,胃・十二指腸びらんといった内視鏡治療を必要としない小出血を助長した可能性がある.慢性腎不全患者の最も多い原因は,angioectasiaや消化管のびらん性病変であったという報告がある 12),13).本研究では,胃・十二指腸びらんを認めた患者の6例(75%)がeGFR≦60mL/min/1.73m2であった.慢性腎不全を伴う患者における上部消化管出血の根本的な病態生理は不明である.しかし,消化管粘膜において尿毒症の影響が消化管出血に関わっているとされ,尿毒症が血小板の接着性にも影響を与えていると考えられている 14).抗血小板剤を内服していた20例において,10例(50%)は逆流性食道炎,胃・十二指腸びらん,Mallory-Weiss症候群であった.14例はアスピリン,6例はクロピドグレル,3例はチクロピジン,2例はシロスタゾールを内服していた.また,5例は少なくとも2種類の抗血小板剤の内服をしており,これらのうち4例は治療を必要としなかった.eGFR低値例や抗血小板剤内服例には内視鏡治療を必要としない小出血例がある程度存在していたために,eGFR低値と抗血小板剤内服が治療予測の負の因子になったと考えられた.
上部消化管出血のスコアは欧米で開発されたが,H. pylori感染は,日本を含んだ東アジアに多い.また,胃癌との関連があるcytotoxin-associated gene Aは欧米より東アジアのH. pylori菌に多い.H. pylori感染と関連のある疾患は日本人の患者においてスコアリングに影響を与える可能性がある.しかし,本研究では,H. pylori感染という因子は治療の必要性を予測する因子にはならなかった.また,他のアジアにおける研究でも既存のスコアの有用性が示されている 9),15),16).日本からの報告でも,上部消化管出血のリスクの低い患者を特定するのにGBSが有用であること 17),上部消化管出血患者の予後予測のためにAIMS65の有用性を示したものが存在する 18).東アジアはH. pylori感染率とH. pylori関連疾患が欧米とは異なるが,上部消化管出血のためのスコアは,日本を含めた東アジアでも有用であると考えられる.
GBSのAUCは,CRSやAIMS65のAUCより優れており,GBSは上部消化管出血患者の中で,輸血を除いた治療の必要性を予測するために,既存のスコアの中で最も正確であった.さらに,GBSだけが治療を必要としない患者を特定することができた.Blatchfordらは,GBSのスコアが0であった上部消化管出血患者は外来治療が可能であると報告している 1).日本でも,GBSが2未満であれば輸血を含めた治療を必要としない,低リスク群であるとの報告がある 17).
本研究では多くの症例が,ヘモグロビン値が7g/dLから9g/dLの範囲に保たれるように輸血が行われていた.ヘモグロビン低値例は,慢性的な出血や過去の出血を反映することもあり,輸血を必要とするが,内視鏡治療を必要としない例も存在した.実際にヘモグロビン値が7g/dL未満の患者の中で,40例は活動性の出血を認めておらず,内視鏡治療は必要としなかったが,その中の22例(55%)には輸血が行われていた.一方,ヘモグロビン高値例は間近の活動性出血のためにヘモグロビン値の減少を認めていないこともあり,内視鏡治療を必要とするが,輸血を必要としない例も存在した.実際にヘモグロビン値が9g/dL以上の患者の中で,7例は活動性出血を認め内視鏡治療を行ったが,その中の2例(29%)は輸血を必要としなかった.このように,輸血の必要性と内視鏡治療の必要性は相関するものではない.われわれは,実際の内視鏡治療の必要性を評価するために,輸血を治療から除外して検討を行った.過去に,上部消化管出血患者において輸血を除外して治療の必要性を評価したものは少数である 5)~9).治療の必要性を予測するために,既存のスコアは,輸血が治療のアウトカムに含まれているため,輸血を必要とするようなヘモグロビン低値の患者においての正確性に問題がある.輸血をアウトカムに含むGBSはヘモグロビン値が高い患者においては有用であった.しかし,われわれの新スコアは,輸血をアウトカムに含んでおらず,患者のヘモグロビン値の影響をうけないため,すべての患者に有用であった.
新スコアと既存のスコアにおいて,輸血,入院期間,手術やIVR,再出血といった項目の予測能を評価したが,新スコアが既存のスコアより有用であった項目はなかった.スコアリングシステムの有用性は,それぞれのアウトカムによって異なると考えられる.
胃食道静脈瘤患者に対して,既存のスコアを使用した報告は少ないため,本研究では胃食道静脈瘤出血を除いて検討を行った.静脈瘤出血の患者について,内視鏡治療や手術でのGBSとCRSのAUCを評価したものでは,GBSは0.34,CRSは0.51で,臨床的予測に使用することはできないとの報告がある 19).
本研究には,いくつかの研究の限界が存在する.本研究は単施設で行われた後方視的な研究であり,症例数も多くない.また,内視鏡検査を行った患者だけを対象としている事も問題として存在する.内視鏡治療の適応について,Forrest分類のⅡb潰瘍に対する治療については,定まっていないのが現状である 20).本研究では,Forrest分類Ⅱb潰瘍に対しては治療を行わなかったが,再出血を認めた例は存在しなかった.また,すべての患者は緊急内視鏡の前にPPIが投与されており,その事が内視鏡治療の必要性を減少させた可能性が存在する.しかし,Forrest分類ⅠやⅡa潰瘍が検査前のPPI投与で改善する事はなく,胃十二指腸潰瘍を認めた74.5%の患者は,内視鏡治療の必要性が減少することは無かったと考えられる.さらに,17例(8.0%)は以前よりPPIの内服が行われており,検査前のPPIの影響を受けるものではなかった.従って,緊急内視鏡検査前のPPI投与は,影響を与えたとしても,少数の微小な出血例に対してであったと考えられる.
新しいスコアは,GBSの項目に加え,吐血,eGFR,抗血小板剤内服が含まれており,日本人の上部消化管出血患者における内視鏡治療の必要性を判断する上で,既存のスコアより,優れていた.また,新スコアにより,内視鏡治療の必要のない患者を特定することで,不必要な緊急内視鏡検査を回避することができる.GBSは特にヘモグロビン値が高値の患者において,既存のスコアの中では,内視鏡治療の必要性を判断する上で,最も有用なスコアであった.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし