2025 年 168 巻 p. 103-122
本論文では,ウクライナ語で観察される中段母音の閉音節における高段化,中段母音の開音節における削除,および前置詞および接頭辞の直後における[i]の挿入について,これまでの理論研究において提唱されてきた普遍的な音韻原理に基づいて分析を行った。高段化および削除については,通言語的に有標とされる中段母音の回避が関連していると考えられ,音節構造に応じた局所的忠実性との競合によって交替が生じる。語彙的な例外性についても,使用頻度の低い語で交替が生じにくいことから,特に借用語音韻論において仮定されてきた,語彙的な性質によって優先度が異なる忠実性制約によって定式化される。一方で高段化における[i]への中和については,同言語では概して前後の交替が生じないため問題となるが,母音挿入によって裏付けられる[i]の無標性によって引き起こされると主張した。