抄録
海底熱水活動のタイムスケールは、鉱床の資源量、その周辺に発達する化学合成生物群集の種、遺伝子レベルでの分化などの「岩石-熱水-生命」の相互作用を議論する上で重要な要素となっている。海底熱水鉱床における年代測定にはいくつかの方法が試みられている。数千年から数万年の比較的長い熱水活動には、230Thと234Uの間の放射非平衡年代測定法が利用されている。ウラン・トリウム放射非平衡年代測定は、これまでに放射線計測を用いたものが多かったが、最近では質量分析計による測定も可能になった。大西洋中央海嶺のTAG地域では、15000年前から現在まで、間歇的な熱水活動が続いていることが報告されている(You and Bickle,1998)。 本研究ではプラズマイオン源質量分析計を用いて、より若い活動が予想される沖縄トラフと南部マリアナトラフの海底熱水活動域の熱水噴出孔から採取した閃亜鉛鉱と黄鉄鉱を主とする硫化鉱物の230Th-234U放射非平衡年代を測定する方法を検討した。 沖縄トラフは伊是名海穴の試料で、酸分解により不溶の重晶石を分離した硫化鉱物を分析した。南部マリアナトラフは、岡山理科大学のアイソダイナミックセパレーターを用いて分離した硫化鉱物を分析した。重晶石(BaSO4)中のBaは、プラズマイオン源質量分析計によるウラン・トリウムの同位体分析時に妨害元素となり、精度の良い年代測定にはBaの分離が必要となる。また、硫化鉱物中の鉛も同位体比測定の妨害となる。鉱物分離により重晶石を除去し、さらに試料溶液をカラムクロマトグラフィーで分離し、ウラン・トリウムを精製した。 伊是名海穴の試料の一部からは1000年よりも若い年代が得られた。しかしU/Th比が低く、精度の良い年代測定には、年代測定の前提条件となるTh/Uの初生比の検討が必要であることがわかった。 マリアナトラフの試料では、高いU/Th比を持つデータが得られた。全岩試料の1点と、電磁分離による試料の9点からは、1800~740年前からマリアナトラフのチムニーが活動をしていることが示唆された。 より精度の良い年代測定のために、熱水活動領域の堆積物から230Thの初生比を求め、電磁分離を用いた試料を多数測定する必要があることがわかった。