大陸地殻の主要構成鉱物である石英について、結晶構造水や流体包有物として含まれる水は、石英の塑性変形を促進させることが知られている。しかし、天然の石英中の水の形態や含水量、およびこれらと塑性変形との関係性ついて不明な点が多い。そこで本研究では、阿武隈山地東縁から採取した異なる変形様式を示す割山花崗岩に含まれる石英について、赤外分光法を用いて水の分析を行った。
分析試料は1. ほぼ原岩、2. 弱変形、3. 強変形試料、の3種を用いた。1.のほぼ原岩試料では、偏光顕微鏡下において、領域によっては石英の粒界でバルジングが起こっており、10 µm程度の粒子が一つまたは数個生成しているが、全体の組織としては大方原岩の状態を保持している。2.の弱変形試料では、試料は弱い面構造を示し、ホスト石英粒子の近傍に、バルジングや亜粒界回転によって生成した動的再結晶粒子が最大数百µmの領域で見られる。長石類もポーフィロクラストとなっている。3.の強変形試料では、強い面構造を示し、石英領域は100 µm程度のホスト粒子とその内部に発達した10 µm程度の若干の亜粒子が見られる領域もあるが、ほぼ動的再結晶が完了しており、細粒石英粒子が基質を占める。
上記のような3種の変形度を示す試料について、赤外分光法面分析を用いて、石英含水量の2次元分布を測定した。試料の厚みは100 µm前後で、十分なシグナルを示す赤外スペクトルが測定でき、かつ偏光顕微鏡下で試料の微細構造も観察できる。面分析領域は最大400 x 400 µm、空間分解能=アパーチャーサイズは最小25 x 25 µmで分析を行った。ほぼ原岩試料は石英一粒子内部、弱変形試料はホスト石英粒子と動的再結晶石英領域、強変形試料は動的再結晶石英領域を分析した。
分析結果を以下に述べる。ほぼ原岩試料の石英粒内の赤外スペクトルは波数2800-3800 cm-1に幅広い吸収帯を示し、流体包有物として分子状の水が含まれている。含水量は不均質で、一つの粒内で、数十wt ppm H2O から1500 wt ppmまで幅広く変化する。弱変形試料では、ホスト石英粒子内部の含水量はほぼ原岩試料と同様に不均質であった。一方、動的再結晶領域は強変形試料と共に分子状の水の吸収帯を示し、含水量は200-350 wt ppm、平均250 wt ppmとほぼ均質であった(下図)。このような水は動的再結晶石英粒内と粒界に存在していると考えられる。
以上の分析結果は、Fukuda et al. (2012)で見られた、長石の溶解-沈殿機構による細粒化が起こる際、ホスト粒子(150-2200 wt ppm)からの水の放出と、含水量が均質な細粒長石領域の生成(150-300 wt ppm)とよく似た結果となった。一方、Fukuda and Shimizu (2019)の三波川変成岩中の石英集合体領域で見られた含水量分布とは相反する。Fukuda and Shimizu (2019)では、石英粒径が150 µmから30 µmへと減少するに従って、含水量は40 wt ppmから300 wt ppmへと増加した。これは石英の粒界の面積が相対的に増加し、粒界により多くの水が保持されていることを示唆する。三波川変成岩中の石英の場合では、動的再結晶による細粒化が起きたのか、元々粒径が異なるのかは不明であるが、粒界がより多くの水のリザーバーになっている。一方、本研究での割山花崗岩の場合では、ホスト粒子よりも低い含水量が細粒石英領域の粒内、粒界に含まれており、水はホスト石英粒子の動的再結晶時に放出されたことを示唆する。
引用文献
Fukuda J., Okudaira T., Satsukawa T., Michibayashi K. (2012) Solution-precipitation of K-feldspar in deformed granitoids and its relationship to the distribution of water. Tectonophysics, vol. 532-535, pp. 175–185
Fukuda J. and Shimizu I. (2019) Water distribution in quartz schists of the Sanbagawa Metamorphic Belt, Japan: Infrared spectroscopic mapping and comparison of the calibrations proposed for determining water contents. Earth, Planets and Space, vol. 71:136, pp. 1–14