抄録
わが国における最近の人口動態の特徴, 平均寿命の延長, 老人人口の増加にも関連し, また手術や麻酵の手技, 手術前後の管理技術の向上などもあいまって, 老人に対する腹部手術数もいちぢるしく増加し, 以前から老人に対する手術が頻繁に行なわれていた泌尿器科の数字にも近ずきつつある現状である. 術前の全身状態, 臨床検査成績などを通覧してみると, 老人層, とくに70歳代の後半から重要臓器の機能異常などがかなり高率に出現するようになり, surgical risk の判定上, poor とみなされるべき症例が増加し, また既往に心筋硬塞や脳卒中の発作をもっている症例など, 不利な条件下にさらされている患者が多い一方, 老人の外科的疾患としては癌性疾患が多く, また良性疾患であっても過去に炎症をくり返したなどのために器質的な変化も強く, 合併症を発現した段階で手術を受ける症例も少くないなど, 手術の必要度も高く, また手術自体が比較的大きなものになりがちな基盤をもつ. さらに急性腹症としては腸管硬塞, 阻血性腸炎など, 予後がなお不良な血管性疾患も少くない. 心・肺・腎などの急性機能不全もなく, 心筋硬塞や脳卒中発作の直後でない患者, あるいはいわゆる「寝たきり老人」でなければ, 胃癌に対する胃切除などにも80歳代の患者が十分耐えうる今日となったが, 全般的に70歳以上に対する手術の危険度, とくに救急手術例における手術死亡率をさらに低下させることが必要である. 老人に対する腹部手術にさいして, とくに注意したい点は他の年齢層に対してかなり高率な合併症, 心・肺・腎などの重篤な合併症の発生であるし, 1つの合併症が他の合併症を続発させる悪循環であり, 手術前後の管理の要点はこれら合併症の予防, 万一発症しかかった時には早期治療に向けられるべきである. なお老人層においても遠隔成績にかなりの期待をもたれるが, 胃全摘術など, 臓器機能の欠損が多い術式についてはなお一層の工夫を要する.