高齢者におけるポリファーマシー(多剤服用)は,薬物有害事象のリスクを高める重要な問題であり,この背景を受けて日本老年医学会は2025年7月に「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2025」を発刊した.このガイドラインでは,高齢患者に対するポリファーマシー対策のための一助となるべく,特にリスクの大きい薬物についての見直しのための方策を示している.高齢者に対する処方を見直すうえで,高齢者総合機能評価(CGA)が重要な役割を果たすとされ,高齢者のADL(日常生活動作)や認知機能,生活環境を評価するもので,多職種が協力して行うことが望ましい.問題項目を簡便にスクリーニングできるCGA7により多くの患者に対し評価されることが望まれている.本ガイドラインでは,12の領域にわたる治療薬の評価が行われており,特に慎重な投与を要する薬物や開始を考慮すべき薬物のリストが作成されており,とりわけ薬剤を変更する際の一助として示されている.とりわけ医療者が非専門領域での治療を行う際にこのガイドラインが役立つことが期待される.さらに,薬物の減量や減薬を行う際のステップを示したフローチャートが提供されており,特に慎重な投与が求められる薬物についての使用方法も示されている.これにより,高齢者の安全な薬物療法の実現に向けた具体的な指針が提供されている.このように,高齢者の薬物療法においては,リスクの評価と適切な処方の見直しが不可欠であり,ガイドラインに基づく十分な薬物見直しの実践ができ,高齢者の健康を守るためにも適用されたい.
わが国では認知症および軽度認知障害(MCI)の有病者数は今後さらに増加すると推計されている.非薬物的な予防戦略の確立は喫緊の課題である.近年,複数の危険因子に同時に介入する多因子介入が注目されている.わが国ではJ-MINT研究が実施され,日本人のライフスタイルに即した多因子介入の有効性が検討された.
J-MINTはMCI高齢者を対象とした18カ月のランダム化比較試験であり,運動,栄養,認知トレーニング,生活習慣病管理を組み合わせた介入を行った.主要評価項目である認知機能のコンポジットスコアでは,介入群と対照群の間に有意差は認められなかったが,運動教室へのアドヒアランスが高い群では有意な改善が確認された.さらにサブグループ解析により,APOE ε4保有者,GFAP高値群,未治療またはコントロール不良の血管危険因子を有する者において,より顕著な認知機能改善が認められ,多因子介入の効果は対象集団に依存することが示された.費用対効果の解析では,J-MINTは医療・介護費の削減とQALYの向上を同時に達成する介入であることが示された.
多因子介入の社会実装においては,エビデンスに基づくプログラムの不足,人材不足,参加者の確保や継続の困難さ,持続可能なビジネスモデルの欠如といった課題がある.これらを踏まえ,6カ月間の地域版J-MINT Brain Healthプログラムの開発,インストラクター養成・認証制度の構築,さらに事業化を担う組織の設立を進めている.現在,全国20自治体におけるクラスターRCTにより,地域版J-MINT Brain Healthプログラムの検証が進行中である.
今後の課題としては,効果を最大化する対象集団の選定,血液バイオマーカーの活用,対面・オンラインを含めた介入方法の最適化,作用機序の解明などが挙げられる.認知症においても早期発見・早期介入が重要な戦略となることが期待される.
高齢者医療では多疾患併存,機能低下,意思決定能力低下の可能性などを背景に,将来の医療・ケアの意思決定を支えるAdvance Care Planning(ACP)の重要性が高まっている.本稿では,日本老年医学会の定義を踏まえ,高齢者におけるACPの必要性,海外の研究エビデンス,日本の実践状況と普及を阻む要因を概観した.さらに,CGAやShared Decision Makingとの統合,多職種連携や在宅医療との関係を踏まえ,価値・目標に基づく高齢者医療におけるACPの今後の方向性を考察した.
高齢者医療においてACPは重要であるが,導入のタイミングや方法が課題とされている.本稿では,高齢者総合機能評価(CGA)を契機としたACP導入の実践モデルを提示した.CGAは身体・認知・心理・社会的側面を包括的に評価する過程で患者の価値観や生活背景を引き出すことができ,ACPの自然な導入につながる.CGAを繰り返し実施することで意思の変化にも対応可能であり,患者中心の意思決定支援の質向上に寄与する可能性がある.
認知症を有する人のためのアドバンス・ケア・プランニング(ACP)では,意思決定能力の揺らぎを前提に,「過去」の意思と「現在」の意向を統合し,非言語的サインも含めて本人の推定意思をくみ取ることが重要である.家族を本人の想いを伝える代弁者として位置づけ,その心理的負担を医療・ケアチームが支える必要がある.また,関係依存性自律を踏まえ,多職種協働で本人中心の対話を継続することが求められる.さらに,想いのかけらを情報通信技術(ICT)等で共有し,ACPを組織的に実施する体制整備が重要である.
ナラティブ・ベースドACPは,本人の語りを日常の断片として丁寧に拾い,多職種で共有・分析し,ストーリーラインとして統合することで,その人らしさや価値観を深く理解し,ケアの方向性を共に考えるアプローチである.AIを活用することで,現場の負担を減らしつつ,より立体的な理解が可能になる.こうしたナラティブを中心に据えたACPは,単なる制度や手続きではなく,人生の物語を基盤とした意思決定支援へと深化する.
日本では高齢化に伴い,がん・認知症・心不全など複数の慢性疾患を併存する高齢者が増加している.認知症は意思決定能力や治療継続に影響し,BPSDにより治療選択が難しくなるため,ACP(Advance Care Planning)の重要性が高い.多疾患を抱える中で「病気が人生の主役になってしまい,『人生のイニシアティブ』を病気にまかせてしまう」状況を避けるため,早期からのACPが必要である.
またがん治療は治療法の進歩により長期化し,予後の不確実性が増している.高齢者ではがん以外の疾患が死因となることも多く,がんは多疾患併存の一要素として捉える必要がある.しかし現場では,がん診断が他疾患治療より優先され,治療中止と同時に心不全・腎不全などの治療まで縮小される「過小診療」が生じ得る.
マルチモビディティ高齢者では,治療目的の再定義,臓器予備能の評価,認知症進行に応じた調整が必要である.CGAやe-prognosisの活用,多職種連携の強化が求められる.
目的:地域在住高齢者における介護予防運動プログラム参加頻度と身体的・精神的健康の関連について明らかにすること.方法:大阪府豊能郡能勢町の介護予防事業「いきいき百歳体操」への参加住民を対象とした.分析①(横断):2018年に体操に参加し,体力測定を行った530名を同年の参加頻度別に体力測定値を比較した.分析②(縦断):2019年も継続参加した391名を対象に,1年間の体力測定値の変化を参加頻度別に比較検討した.参加回数の四分位を基準に参加回数を「少群」と「多群」に分類し,体力測定値・アンケート項目について2群間で比較を行った.結果:分析①:参加回数は男性で平均27.5回・中央値28回,女性で平均28.2回・中央値は30回であった.多群/少群間の比較で男性では有意差は見られなかった.女性の多群では,5 m歩行が有意に速く,おもりの数が多く,趣味活動不参加・うつ傾向が少なく,交流の機会が増加した者の割合が高かった(p<0.05).また,後期高齢者の5 m歩行,TUG速度において多群の方が有意にスコアが高かった(p<0.05).分析②:参加回数は男性で平均29.8回・中央値31回,女性で平均30.1回・中央値は32回であった.多群/少群間の比較で男性では有意差は見られなかった.女性では,多群は少群に比べてTUG速度が改善した者の割合が多く,趣味活動不参加・運動機能低下ありの割合が低く,交流の機会が増加した者の割合が高かった(p<0.05).結論:男性では「いきいき百歳体操」への参加頻度と身体的・精神的要因との関連はみられず,他の要因の影響が関連している可能性がある.一方,体力測定値が同年代の下位である女性では,この体操の効果に参加回数が影響していることが示された.これには,この体操による身体機能維持向上効果が関与していると考えられ,体操への高頻度の参加が推奨される.
目的:舌機能は食事摂取に関わる重要な機能であり,栄養状態との関連が報告されている.一方で,栄養状態を評価する指標は多様であり,どの段階の栄養状態において舌機能が関与しているのかは明らかでない.本研究では,舌機能の中で測定可能な舌圧に注目し,地域在住高齢者における舌圧と栄養状態との関連を低栄養リスク,低栄養傾向,低骨格筋量の3つの指標に分けて検討した.方法:兵庫県香美町に在住の地域在住高齢者109名を解析対象者とした.調査は,自記式質問紙,身体計測,口腔機能検査を実施した.舌圧は最大舌圧値を測定し,30 kPa未満を舌圧低下とした.栄養状態はMini Nutritional Assessment Short-Form(MNA-SF)を用いて低栄養リスク,Body Mass Indexを用いて20.0 kg/m2未満を低栄養傾向,四肢骨格筋量をBMIで除した四肢骨格筋指数(ALMBMI)を算出し男性は0.789 kg/BMI未満,女性は0.512 kg/BMI未満を低骨格筋量とした.舌圧低下による各栄養指標を用いた栄養状態低下オッズ比(95%信頼区間)を多変量ロジスティック回帰分析にて算出した.結果:平均年齢±標準偏差は78.1±6.9歳,女性は79.8%であった.低栄養リスクは舌圧正常群で16.4%,舌圧低下群で33.3%(p=0.039)であった.低栄養傾向はそれぞれ13.1%,25.0%(p=0.112),低骨格筋量は11.5%,35.4%(p=0.003)であった.舌圧低下群における低栄養リスクの調整オッズ比は2.88(1.06~7.87),低栄養傾向は3.03(1.01~9.08),低骨格筋量は1.93(0.62~5.99)であった.結論:舌圧低下は,低栄養リスク及び低栄養傾向と関連したが,低骨格筋量とは関連を認めなかった.この結果は,舌圧低下が低栄養発現の早期に影響を及ぼす可能性を示唆した.
目的:地域在住高齢者を対象に,2年間の身体機能の変化とロコモティブシンドローム(ロコモ)の推移との関連を検討し,とくに筋持久力指標である30秒椅子立ち上がりテスト(CS-30)の有用性について検討した.方法:2021年度の介護予防教室に参加した60歳以上の住民のうち,2年後の再評価が可能であった高齢者58名を対象とした.ロコモ度はロコモ25(GLFS-25)および2ステップテストにより正常およびロコモ度1~3で判定し,進行群と非進行群(維持・改善)に分類した.握力,長座体前屈,CS-30など8項目の身体機能指標の変化量を算出し,群間比較およびROC解析を行った.ロコモ度の維持・悪化を目的変数とし,年齢を調整変数としてロジスティック回帰分析を行い,CS-30変化量の独立した関連を検討した.CS-30の最小可検出変化量(MDC)および最小臨床重要差(MCID)も算出した.結果:2年間でロコモ度が進行した者は16名(27.6%)であった.年齢,握力,長座体前屈,CS-30の変化量において群間で有意差がみられ(p<0.05),ROC解析ではCS-30のAUCが0.705と中等度の予測能を示し,「+1回」の回数増加がロコモ度維持・改善のカットオフ値となった(感度81.2%,特異度61.9%).また,ロジスティック回帰分析の結果,CS-30の変化量は年齢を調整後もロコモ度の維持・改善に有意な関連を示し(オッズ比1.24,p=0.04)た.CS-30のMDCは5.64回,MCIDは4.00回であった.結論:CS-30のわずかな改善(+1回)であっても,ロコモ度の維持・改善と関連しており,筋持久力の変化は移動能力低下に先行して現れる可能性が示された.CS-30は,年齢の影響を考慮したうえでも,地域在住高齢者におけるロコモ進行の早期指標として有用であると考えられる.
目的:健康格差縮小には健康無関心層へのアプローチが重要となる.これは軽度認知障害(mild cognitive impairment;MCI)を持つ者であっても同様で,その後の認知機能低下抑制や認知症を含めた疾病発症予防のためにも健康への意識付けは不可欠である.本研究は,地域在住高齢者におけるMCIと健康関心度の関連を明らかにすることを目的とした.方法:埼玉県和光市で実施した和光コホート研究のベースラインデータを用いた横断解析を行った.和光コホート研究では,和光市に住む65歳以上の1,004名を対象に2023年9~10月に会場調査を実施している.本研究では認知機能検査を受検した1,000名を分析対象とした.認知機能は日本語版Montreal Cognitive Assessmentを用い,25点以下をMCIと判定した.健康関心度は,健康関心度尺度(12項目;得点範囲:12~48点)で評価した.共変量として,性別,年齢,婚姻状況,世帯構成,就労状況,教育年数,暮らし向き,主観的健康感,保有疾患数,抑うつを用いた.分析対象者全体での解析に加えて,性別,年代による層別解析,下位尺度(「健康への意識」「健康への意欲」「健康への価値観」)をアウトカムにした解析も行った.結果:男性は48.2%,平均年齢は75.3±6.4歳,MCI該当は65.0%であった.健常群とMCI群の健康関心度尺度得点は38.4±4.6点と38.1±4.9点であり,共変量を調整した重回帰分析の結果,MCI群は健常群と比べて健康関心度尺度得点が低かった(b=-0.67,95%信頼区間:-1.31,-0.04).層別解析では,男性および75歳以上でその関連が顕著であった.下位尺度別では,「健康への価値観」の得点が健常群よりもMCI群で低かった(b=-0.45,95%信頼区間:-0.75,-0.15).結論:MCI者は健常者に比べ健康への関心が低く,その傾向は特に男性および後期高齢者で顕著であった.さらに「健康への価値観」でのみ群間差が観察され,MCI者の特徴として示唆された.MCI者の健康関心を高める働きかけへの工夫が求められる.