本稿では,水産物直売所の開設が漁業経営にどのような影響を与えたのかを,大阪府岬町の深日漁業協同組合に所属する経営体を事例に考察した.深日においては,1950年代以降漁協が運営する共販市場が主な出荷先として機能してきたが,2017年4月にA店が町内に開店したことで流通構造が大きく変化した.直売を始めた経営体は漁獲金額を大幅に上昇させた.一方で,水産物の処理や箱詰め,店舗までの輸送といった作業が必要となり,集出荷作業に要する時間は増加した.加えて,直売の開始によって市場価値が低く共販市場で取引されてこなかった水産物の出荷先が確保されたことも判明した.この出荷の傾向は,くず魚を多く漁獲する底引網を営む経営体には有利に作用したが,その他の漁業種類を営む経営体には影響しなかった.このように,新たな流通システムが地域に導入される際,経営体間で変化の度合いにどのような差異があったのかは検討すべき重要な課題である.