野生大型哺乳類の分布は,それらを人類の居住空間における競争者とみなすとき,地理的に意義がある.動物を熊・羚羊・鹿および猪に限り,地域的には最も資料の豊富な九州島の北半においてこれを検討した.とくに,国東半島については種々の資料と実地調査とにもとづいて,野獣の生態と環境の歴史的変遷の吟味を行なつた.
得られた成果を要約すれば,銃器の進歩によつて人類の攻撃による個体の減少が,その増殖数を上回つてきた場合には,地形的にこの地方で人類が農耕によつて生活しうる限界(距離1kmにつき起伏量300m)以上の急峻な部分の存在すること,およびそのような地域に生活しうるか否かの生態的条件を各動物がもつかどうかの2つが,最も重要な分布決定要因となることが確認された.急峻な地形に生存し,かつ分布の最も広いのは鹿であり,この限界以下の緩傾斜地のみに生態的条件によつて居住を制約される猪は,居住空間が人類と完全に重復するために,量的ならびに面積的減少の速度がいちじるしい.