抄録
「高度成長」下の農業経済の急速な変化の過程で,水資源開発を主軸とする地域開発がどのような意味.をもつかという問題について,愛知用水事業の対象となつた地域を例にとつて明らかにしようとした.愛知用水計画は本来,基本的には農業水利開発による農業の振興を目的にしている.関係地域内の農家は反当6~8万円の負担金を払わなければならない.ところが急速な農民層分化のために,この負担金支払を農業経営発展のための有効な設備投資とみなしうる農家は一部の上層に限られるであろう.経営規模1町歩前後の中農についていえば・愛知用水導入による農業労働日数の削減を兼業労働にふりむける農家が多いものと思われる.関係地域内で多数を占める6~7反歩またはそれ以下の下層農家の大部分にとつて,負担金支払は自給作物の生産費を高めるだけのものとなり,かれらの多くは愛知用水導入を機会に,農業経営を縮少するか,雑農をよぎなくされるであろう.このように,愛知用水事業は現在進行中の農民層分化を促進するものと考えられる.また土地改良事業の通例としてこの事業のうけいれには,農村社会の共同性がある程度必要であるが,商業的農業の発展の結果,'上層農家相互間に経営の個別性,排他性が強くなつており,これが農業水利開発事業の進展を困難にしている・一方・中京工業地域の発展の結果,工業化,住宅地化の波が関係地域の農村に及び,愛知用水「受益」農地の面積を減らすだけでなく,土地価格の高騰を招いて,農地への投資意欲を減退させている.このようにして・地域全体として農業用水への需要は減り,その減り分はなんらかの形で,増大する工業用水需要の充足にあてられるものと思われる.