地理学評論
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近世末における甲州郡内領と上州桐生領の織物の生産構造
奥山 好男
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1967 年 40 巻 4 号 p. 183-210

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抄録

契約は,一定期間にわたる権利・義務の関係についてなされる-「ヘブライの契約」は「戒律」と「恩寵」の契約である.
「十字架による契約」いわゆる「新約」は,しかし,神の人間への〈愛〉と人間の神への〈愛〉の契約である.上級の下級への〈恩〉と下級の上級への〈恩〉の契約によって構築される社会が封建制社会である.ここでは,契約は,一定期間,継続しておこなわれる,ないしは経過したのちにおこなわれる授受〈交換〉の関係についてなされている.
この授受〈交換〉の対象は,あきらかに同質なるもの-同一範疇に属するところのもの-である.契辞(等号)の左右は同質(等量)でなければならないという修辞学(論理学)の,いいかえればヘレニズムの影響を,ここにみることができる.とともに,そこにあるのは,「目には目を」「歯には歯を」なる通念につらなるものである.この観念は,他方,「汗には汗を」「労働には労働を」もってする〈交換〉の理念につながる.
売買すなわち〈商品〉の〈交換〉は,〈死んだ〉労働の〈交換〉にすぎないが,〈死んだ〉労働に対するに〈生きた〉労働をもってするには,〈生きた〉労働が空間的存在でないが故に-時間とともにあるものなるが故に-,契約の観念をその前提とする.〈生きた〉労働の出手は,この〈商品〉の契約にもとついて,一定量つまり一定期間(一定時間)の労働の〈支出〉を義務づけられる-この労働強制(労働義務)は,〈商品〉の契約なる物質的ないしは経済的契約にもとつくが故に,経済的強制とよぼれる.とともに,取手は,〈死んだ〉労働の〈支出〉を義務つげられる.-方の義務は他方の権利である.資本制社会は,かかる〈商品〉の契約によって構築される.
とすれば-.非西欧・非クリスト教社会は,資本主義にとって不毛の地となる.なんとなれば,かかる契約の理念は,ヘブライズムとヘレニズムの統一をなしたところのクリスト教-ルネサンスをへたところの西ヨーロッパ-社会に固有のものであるはずだからである。資本主義化すなわち近代化は,それ故,西欧化でなけれぽならない.-しかし.それでは,理念つまりは観念が存在を規定することになる.
労働の〈交換〉-すなわち,「労働には労働を」もってする授受〈交換〉-は,しかし,古く共同体に源流をもつ.ユイは,テマ〈労働〉の-テマとテマガエシにかかわる権利・義務についてなされるところの-〈契約〉である.テマはネウチ〈価値〉を生む.財貨〈商品〉の授受〈交換〉は,このネウチにもとついてなされる.売買は,まさしくテマの〈交換〉である.しかし,それは,ネウチと乖離したところのネダン〈価格〉にもとついてなされるにいたる-ネダンには,相場〈変動〉がつきものである.いまや,テマの受取に対して,テマガエシではなくしてテマチン〈労賃〉の支払がなされるにいたる-テマチンには,相場〈変動〉がつきものである.
テマチンなる〈死んだ〉労働と交換されるなにものかは,やはり,〈死んだ〉労働でなければならない.それの生産に要するテマ,それの生産に要する商品のネウチが,それのネウチを規定する-あきらかに,ある種の商品の相場がテマチンの相場を規定する.このことは,テマチンと交換されるなにものか-すなわち,労働カーが,一個の商品として観念されていることを意味する.そして,この観念は,〈契約〉の理念にともなわれるのでなければならない.
この国の近世社会が,まさしく,非クリスト教社会なるが故に:かかる観念は存在の反映であるとしなくてはならない.この小論は,この国の資本主義的発の萌芽を,主として上州桐生領において-甲州郡内領との対比の上に-見ようとするものである.

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