抄録
久慈川・那珂川下流には,比高2~4m程度の崖で接する上下2面の沖積平野があり,その下位面は最高洪水時に殆んど水没するが,上位面は水没しないか,または殆んどしない程度の高度にある.上位面のへりには旧期の自然堤防があり,これにダムアップされた後背湿地に条里遺構が認められる.久慈川のものは形が整い,後背湿地のほぼ全面をおおって連続する.那珂川のものは後背湿地のうち,自然堤防寄りの部分に限られる場合が普通で,かつ地割は不整形であるとしても,豊崎卓は吉田文書などを基礎に,ここに条里水田があったことを強く主張している.ここではそのことを根拠に論を進める.条里の分布範囲は,筆者の調査では,従来の諸説に反していちじるしく狭いし,問題点も多い.なおこれら不整形の地割を条里水田とすると,それ以上に形の整った,同種の用水環境の水田を見逃がすわけにいかなくなる.たとえば那珂川上中流部右岸の小型後背湿地や,久慈川水系の小支谷の谷田などに点在する地割の整った水田である.