抄録
古代日本の郷とは,「令義解」が端的に示すように郷戸を構成単位とする戸籍上の行政単位であったぼかりでなく,諸史料からみて郷戸が生活の基盤とする空間的な広がりに根づいた行政領域でもあったと考えられる.この郷の空間的側面としての行政領域たる郷域が如何にして形成されたかを知るため,近代から古代に至る断片的資料のある備中国南部と古代の豊富な坪付史料を残す大和国平群郡東部とをとりあげて検討してみた結果,古代の郷域が同じ一定の水源から取水する権利をもつ水利単位と密接な対応関係を示すことが明らかとなった.このことは郷域形成にあたって特に干損場の場合,当時存在した水利を主たる紐帯とする生活空間のまとまりが最も有力な指標として着目されたであろうという推定を導くといえる.