地理学評論
Online ISSN : 2185-1719
Print ISSN : 0016-7444
ISSN-L : 0016-7444
日本の湖水の水素イオン濃度(下)
吉村 信吉
著者情報
ジャーナル フリー

1931 年 7 巻 11 号 p. 943-969

詳細
抄録
一、ある湖の水素イオン濃度の研究にはその湖の緩衝能力を知つてをくことが絶對的に必要である。
二、日本の湖では大正一五年以後この方面が開拓されて近年には大いにその状態が明かになつた。
三、湖水は大體緩衝能力の多少で大別され、多いもの程pHの變化が少く、少いもの程變化が多い。その各のものは植物の生産力により二種に分たれ、植物の多いものは繁殖期に表層が甚しくアルカリ性になる。
四、日本の湖は皆石灰質が乏しく緩衝作用の弱い型に屬し循環期には上下共中性に近い。少數のものは植物性プランクトンが饒産し上層は停滯期にはアルカリ性となることがある。二、三の湖は火山地方からの遊離酸を含む注入水により全湖水が強酸性となる。
五、pHの停滯期の垂直分布から湖水を他の化學成分に於けるが如く表水層・變水層・深水層の三層に分けれる。日本の深底に溶解性酸素の消失する湖では必ずその層の直上に最強酸性反應が見られ溶解性酸素の消失した還元層は緩衝作用が強く反つて中性を保持する。
六、pHの日中變化は主に植物の同化作用に左右され、特に沿岸帶の同等植物の繁茂する所では晝間に強アルカリ性となる。
七、年中變化は主に水の停滯軸、循環と俘游植物の同化作用により支配され、停滯期に表層で植物性プランクトンが繁殖すると強アルカリ性を示すことがある。
八、水平分布は局部的に注入水により影響されるが、大體に於て沖部では均一であつて沿岸部では植物帶に左右される。
九、強酸の注入する湖又は泥炭池を除いては特にpHの爲に棲息生物が影響されると思はれるものはなく、今の所直接水産に關係すると思はれるものは少いやうである。
この文は水産方面の技術者の爲に現在までに判明してゐる日本の湖沼の水素イオン濃度の状態に關する諸問題を解説したものであつたのを都合により急に本誌に掲載することとしだので記載法其他につき不充分や不適當の點が少くないと思ふ。殊に元來半通俗的に書いたので決して論説と稱すべきものでなく詳細の議論をも省いたので、非常に不完全で慚愧の次第に堪えないものとなつた。本文中田の逆轉沿岸帶と沖帶の比較に關する部分は近く發表する拙著英文論文中に詳説する積りであるし又本文全體は改訂の上Archiv für Hydrobiologieに發表する豫定であるが、それらが本文の多少の補ひともなれば幸である。尚本文中同一湖沼の觀測値は先輩の資料がある際にも多くは私自身得だ値を使用したがこの點は御諒解を願ひだい。
未發表の資料を供給されだ田中館・高安・菅原・宮地・菊池・上野の諸氏に感謝の意を表する。
著者関連情報
© 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top