1985 年 58 巻 12 号 p. 789-806
19世紀中頃の薩摩藩領で著わされた2種類の農事記録を用いて,それぞれの土地利用方式を復原し,両者の比較を行なって,共通点と相違点を抽出するとともに,その要因を考察した.農事記録のひとつは,薩摩藩領下では先進地である谷山郷の上層郷士が著わした『耕作萬之覚』であり,もうひとつは同領内の後進地に含まれる高山郷の上層郷士が著わした『守屋舎人日帳』である.
考察の結果,両記録は,薩摩藩領の土地制度と地域的条件の制約のもとで,それぞれの地域の中では,ともに先進的な土地利用を行なっていた点では共通するが,両地域の自然および人文条件の相違が両記録の土地利用集約度の差異としてあらわれていること, 20世紀前半の南九州における土地利用集約度の向上に貢献した緑肥作物栽培の萌芽は,『守屋舎人日帳』にすでに見られることが明らかになった.