日本らい学会雑誌
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小川卵黄培地に長期間継代された鼠癩菌ハワイ株の増殖促進因子の研究
(第2報)卵黄蛋白質画分と還元剤の影響
森 龍男MAR-MAR NYEIN
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1981 年 50 巻 3 号 p. 105-115

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抄録

鼠癩菌が1%小川卵黄培地に増殖することが確認(1,2,3)されていらい,私は鼠癩菌の増殖促進因子を卵黄の中に求めて研究を進めてきた。前報(4)において卵白2と1%小川基礎培地1の割に混じ塩酸でpH6.1に修正して凝固せしめた培地が最小栄養培地として卵黄の増殖促進因子を追跡するのに好都合であることを報告した。卵黄を有機溶媒で抽出した時,脂溶性画分には鼠癩菌の増殖を促進する因子はなく,抽出残渣の蛋白質画分に増殖促進因子がみられた。今回はこの卵黄の蛋白質画分の増殖促進因子を追跡すると同時に数種の還元剤の影響を検討した。増殖の判定は増殖した菌量を湿菌として秤量し培地1本あたりの平均量で比較した。表1に示すように最小栄養培地に卵黄の加熱抽出液の遠沈上清を濃縮して加えても鼠癩菌の増殖促進作用はみられなかった。表3に示すように有機溶媒による抽出残渣の卵黄蛋白質分画に活性があり,しかもこれらの活性は酸,アルカリ,蛋白質分解酵素により失活することがわかった。
卵黄を水にとける画分ととけない画分に分けたとき,各々の画分のみでは増殖促進活性は弱いが,水不溶画分に卵黄加熱抽出液を加えると増殖促進活性を増すことで,増殖促進因子が水に不溶の高分子画分と加熱抽出液(これのみでは増殖を支持しなかった)に存在し,卵黄加熱抽出液の代用として酵母の加熱抽出液では不充分であった(表6)。
卵黄の増殖促進因子が卵黄の水加熱抽出液のみでは不十分で,高分子の蛋白質画分にみられるが,これらを酸,アルカリあるいは蛋白質分解酵素で水解すると失活することからこのような高分子の蛋白質が鼠癩菌によって栄養として利用されているとは考えにくい。しかしながら表4と図2に最小栄養培地に加える卵黄の量と増殖菌量との関係を示したが,かなりの小量の卵黄画分で増殖を促進することより,卵黄の還元性物質以外に何か不明の増殖促進因子が卵黄の高分子画分に付随しているようにも思える。
卵黄の加熱物に硫化水素嗅のすることは皆よく知っていることであるが,加熱により硫化水素を発生するある物質が卵黄の高分子画分に付随しているようである。この物質の還元作用が鼠癩菌の増殖を支持しているのではないだろうか。鼠癩菌の増殖と還元剤の影響を見ると,最小栄養培地に還元剤を加えた場合には(表7,8)それほど著明な増殖促進作用はみられなかったが,Kirchner寒天培地に還元剤を加えたときはチオグリコレートとチステインと還元グルタチオンに増殖促進活性がみられ,ジチオスレイトールとメルカブトエタノールはむしろ阻害した。最小栄養培地に還元剤を加えた場合は滅菌による加熱操作がさけられないために還元剤の失活がおこるのかも知れないが,チオグリコレート培地は通常オートクレープ滅菌しているので,加熱不安定のみとは断定できない。キルヒナー寒天培地にチステインを加えた場合はとくに増殖がよく1%小川卵黄培地に匹敵する程の増殖を見た試験管もあった。
抗酸菌の中で増殖のために還元剤を必要とするのは鼠癩菌のみで,鼠癩菌のチトクローム系がin vivo菌,in vitro培養菌とも他の培養抗酸菌と異なっていることとあわせて,鼠癩菌の独特な性質と云えるであろう。

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