抄録
本稿は,Lambeth Psalter の注解が示す語順に着目し,動詞先行の強い傾向や,それ
に伴う副詞などにかかわる諸問題から,注解者の文法的意識を探るものである。
Lambeth Psalter は11世紀イングランドで作られたラテン語の詩篇の写本であり,行
間に古英語語彙注解に加え,統語注解が付されていることが特徴的である。統語注
解は,ラテン語で書かれた原文に対して,どのような語順で単語を見ていけば古英
語話者にとって理解しやすいかを指示するものである。この統語注解のシステム自
体は,Robinson (1973) や O’Neill (1992) などによってすでに明らかにされてきたが,
この統語注解が示す語順の特異性について考察するものは,山内 (2004) を除いては
ほとんどない。Lambeth Psalter の注解が指示する語順は単に古英語文法に拠るもので
はなく,いくつかの点で特有の規則性を示している。その一つが「規則的に動詞が
先行する語順」であり,これを明示することが本稿の目的の一つである。この動詞
先行の語順は,読者にとって確固とした指針を与える一方で,þa や þonne などの古
英語単語を含む節においては,古英語散文一般にみられる語順との齟齬も示してい
る。古英語の þa や þonne といった語は,接続詞としても副詞としても用いられるも
ので,古英語散文においては,これらの語が接続詞と副詞どちらとして用いられて
いるかを語順によって区別する方法が確立されている。これは主に動詞の位置を差
別化することによる方法であるが,一方 Lambeth Psalter の注解においては,動詞が
先頭に位置する語順を一貫しているため,同様の方法を採ることができない。これ
に際して注解者は,副詞の位置を差別化する手法や,語彙注解において不変化詞 þe
を用いるという手法によって解決を試みている。これらの方策はいずれも Lambeth
Psalter を通して有意に多用されており,こうした注解上の工夫から,注解者が特定
の文法的課題とその解決に対して殊に意識的であったことを見出すことができる。