2020 年 4 巻 1 号 p. 39-41
教育体制委員会は,保健師教育機関における教員体制・環境の充実と整備に関して,教育課程の調査や評価に関する活動を行うとともに,教育体制のあり方を検討する役割を担うため,2016年度に新設された.委員会設置初年度より,読み替えなしの上乗せ保健師教育課程を推進する活動として,夏季教員研修会において委員会企画の分科会を開催してきた.初年度は,大学院における保健師養成課程が複数の教育機関で始まった時機を捉え「上乗せ保健師教育課程での学び-修了生・現役生の語りより」をテーマに,大学院における保健師教育課程の教育内容や学生の学びの経験の共有を図った.2017年度は,委員会活動方針に教育体制の課題を明らかにするとともに,指定規則28単位読み替えなしの保健師教育課程の推進策を練ることを掲げ,「28単位読み替えなしの上乗せ保健師教育課程のカリキュラムの実際」をテーマに中核と多様性について確認し運用上の課題から上乗せ教育推進について検討を行った.2018年度は,「上乗せ保健師教育課程に向けたプロセスの実際」をテーマに上乗せ保健師教育課程により保健師教育を行っている教育機関における,指定規則28単位を読み替えずに構成する教育課程作成の具体的なプロセスを共有した.その上で「学内での調整」「カリキュラムの作成」「文部科学省への設置申請の準備」に関する相談会を実施し,上乗せ保健師教育課程への移行への具体的な方略の示唆を得ることができた.
4年目となる2019年度は,2018年度の分科会参加者へのアンケートにおいて要望の多かった,実習に着目し,「上乗せ保健師教育課程の実習の実際」をテーマに企画した.
本稿では,2019年8月19日(月)13~15時(於:国際医療福祉大学 東京赤坂キャンパス)に実施した研修の内容を報告し,2017年度の研修を踏まえた上乗せ保健師教育課程の推進への示唆について述べる.
2019年度の活動方針に基づき,本委員会が企画,実施した夏季教員研修のテーマ,目的,構成,および参加者数は次に示す通りであった.
【テーマ】「上乗せ保健師教育課程の実習の実際」
【目的】上乗せ保健師教育課程で行われている実習の具体的な内容を共有するとともに,現行の保健師教育課程での実習上の工夫点や課題について理解を深め,上乗せ保健師教育課程の推進について考える機会とする.
【構成】
1.発表:上乗せ保健師教育課程を行っている,2つの大学院の実習の実際について,情報を共有した.
2.意見交換:8グループに分かれ,現行の保健師教育課程での実習上の工夫点や上乗せ保健師教育課程の実習に取り組むための課題について,それぞれの立場から意見交換した.
【参加者】51人(事前申込46人,当日参加5人)
2つの大学院ともに育成する保健師像のもとカリキュラムを構成し,実習においては,指定規則を上回る6単位を実施していた.各大学院からは,実習内容や実習時期,実習の特徴,実習の工夫と課題,今後の展望,学生の学び等について発表された.
1. 神戸大学大学院(開設:2016年度)(発表者:和泉 比佐子氏)
保健師教育課程の特色は,「高度な実践力を発揮し保健行政をリードする保健師の育成」と「グローバルな視点を備え世界をリードする保健師の育成」である.
総実習単位6単位の内訳は,行政実習4単位,産業実習1単位,管理実習1単位である.
1年次の対話・討論,課題解決型学習等,学際的協働による教育等を特徴とした講義,地域・海外での演習,実例の検討,実践中心の演習を基盤に,2年次に実習を実施している.
産業実習は,企業の健康管理部門にて5月に実施している.実習内容は,オリエンテーション,産業医の講話,健診の見学,保健指導の実施,学生が立案した事業所の健康増進計画についてのプレゼンテーションである.
行政実習は,県内の保健所や市の保健センター,政令市にて7,8月に実施している.実習内容は,各種保健事業への参加,保健指導の実施,学生がアセスメントした健康課題についてのプレゼンテーションである.実習の特徴は,包括アセスメントとして,学生が事前に推定した健康課題の1つについて,関連する保健事業等の日程調整をしながら,情報収集して健康課題を特定し,その対策を立案することである.
管理実習は,県庁や政令市の衛生行政の統括部門にて11月に実施している.実習内容は,オリエンテーション,公衆衛生看護管理についての講義・見学,研修・会議への参加である.実習の特徴は,学生が行政実習で立案した健康課題解決のための対策の中から保健事業を1つ取り上げ,課題解決のための具体的内容を盛り込んだ保健事業の展開について,保健師や関係する事務職にプレゼンテーションを行うことである.またその内容についての実現可能性について,現実的な意見を得ていることである.
学生からは,「座学で聞いていたことが,実習を経験することで自分の知識やスキルとして身につく」,「既存の資料だけでなく,自分で足を運び,目で見て,耳を傾けて生活者としての視点を持つことが,地域の強みや特性を生かした保健師活動につながる」,「住民や当事者の持つ力も引き出しながら地域のケアシステム構築が重要である」等の声がある.現場からは,「看護師の免許を有しているために単独訪問や保健指導を実施させることが可能である」,「地域のデータが整理されることで健康課題についての背景や対処力が明確化される」,「健康課題に対する対策について現場でも活用できる」,「保健師が学びや刺激を受ける機会となっている」等の声がある.
2. 国際医療福祉大学大学院(開設:2018年度)(発表者:臺 有桂氏)
保健師教育課程の目指すものは,「高度な公衆衛生看護実践職の修得」と「現在の社会問題に対応できる能力の涵養」である.
総実習単位6単位の内訳は,行政実習4単位,多様な場での実習2単位である.
1年次より,①小グループでの協調学習等で学びあいをしかけ,②場面設定をして実践力の向上をはかり,③多様な場・人々・職種に触れることで人々の健康や生活を衛る意義を理解させるために学内外のリソースを活用するなど,様々な教授方法を行っている.その後の2年次に実習を積み上げている.
行政実習は,特別区保健所にて5,6月に実施している.実習内容は,地域診断,健康教育の実施,各種保健事業の見学等である.実習の特徴は,学生が保健師に対し保健事業の事業化についてインタビューを行い,事業化へのプロセスについて理解を深めることができることである.また,公衆衛生看護管理者にインタビューを行い,管理的業務を担う保健師の活動の実際についても学ぶ機会を得ていることである.
多様な場の実習は,①産業,②地域包括支援センター,③児童心理治療施設・入所型,④医療型障害児入所施設/療養介護の4つの場で7~10月に実施する実習のことである.学生は,その中から2つの場を選択し実習を行う.児童心理治療施設・入所型では,特別支援学級等において養護教諭としての学びを得るとともに,多職種連携による児童や家族のケアを体験する.医療型障害児入所施設/療養介護では,重症心身障がい児のライフヒストリーを通して,地域生活への移行支援や地域連携の在り方を学ぶ.
学習の工夫として,学生が主体的に実施できない実習項目があった場合でも,別の方法を模索し,学生が疑似体験できるような仕組みを作ったことである.その一つとして,保健師へのインタビューがある.保健師の経験から語られる,様々な状況下での保健師の考えや判断を聞くことは,保健師活動を知ることにつながる.地域包括支援センター等の場での実習では,実習指導者が必ずしも保健師ではないため,実習施設と大学の事前のコミュニケーションを密にしている.それにより,個別支援だけの実習ではなく,集団や地域を捉えることができるような実習内容を実習指導者と共に検討することができている.
今後の課題として,実習施設に対して実習の目的だけでなく,大学院での保健師教育の目的を理解してもらうことである.学部の実習との違いや共通点を分かりやすく伝え理解を得ることは,さらに充実した実習を行うことにつながると考えている.
今後の展望として,高齢者の継続家庭訪問を行いたいと考えている.そのため,民生委員との連携について模索しているところである.
2つの大学院からの発表を受け,各教育機関での実習を振り返りながら意見交換が行われた.
上乗せ保健師教育課程を行っている教育機関からは,公衆衛生看護学の実習を積み重ねることで,日々学生が成長していく姿が実感できるとの発言があった.一方,上乗せ保健師教育課程を行っていない教育機関からは,限られた実習期間の中で継続家庭訪問を行うことの難しさや学生の主体性を引き出すことの困難さが語られた.
実習施設との協働に関しては,各教育機関が掲げる実習目的をいかに理解してもらえるかが,どのような実習を展開できるのかにつながるのではないかという意見が出された.また,保健師教育課程が多様化していることを踏まえ,実習施設の保健師や教員が体験してきた内容も様々であると考えられるため,教育機関がどのような実習をしたいのかを明確に実習施設に伝え,相互の役割について検討し,実習指導者と共に実習の在り方を考えていくことの必要性についても話し合われた.
より良い実習にするためには,実習施設と教育機関が共に実習効果を感じられることが重要である.そのためには,実習を通して学生の学びが深まるだけでなく,実習施設側にも役立つような具体的な実習の成果物を共有する等の工夫も必要であるとの意見が出された.
2019年度夏季教員研修会での教育体制委員会企画の分科会では,「上乗せ保健師教育課程の実習の実際」をテーマに,大学院における実習の実際について共有し,各教育機関での実習を振り返るとともに,上乗せ保健師教育課程について考える機会となった.事後に行ったアンケートの結果(回答者36人)では,発表については「とてもよかった(18人)」,「よかった(17人)」,「ふつう(1人)」と回答した.その理由の自由記載には,「上乗せ保健師教育課程の必要性がわかった」,「実習での教員の役割がわかった」,「実習調整や実習方法の具体的なイメージがついた」等の意見が寄せられた.意見交換については,時間設定が短いという意見が複数あったことから,実習における参加者の関心の高さがうかがえ,意見交換の機会の重要性を実感した.
今後も指定規則の単位読み替えなしの上乗せ保健師教育課程の実践内容を共有する等の機会を設け,上乗せ保健師教育課程を推進する活動を行っていきたいと考える.