保健師教育
Online ISSN : 2433-6890
事業報告
2021年度教育体制委員会企画夏季教員研修報告大学院の設置に至るプロセスとカリキュラムの実際
教育体制委員会白石 知子西出 りつ子和泉 京子佐藤 千賀子堀井 節子水谷 真由美菅原 京子
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2022 年 6 巻 1 号 p. 27-32

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I. まえがき

教育体制委員会では,読み替えなしの上乗せ保健師教育課程を推進する活動として,毎年夏季教員研修会において分科会を開催してきた.2021年4月現在,大学院教育課程が17課程,大学専攻科が2課程と,年々その数は増加している.2021年4月1日より施行された改正保健師助産師看護師学校養成所指定規則による保健師教育課程の変更申請に伴い,今後ますます上乗せ教育が進むことが見込まれる.そこで今年度の夏季教員研修会では「大学院の設置に至るプロセスとカリキュラムの実際」をテーマに,4月に大学院教育課程が開始されたばかりの3校(国立,県立,私立)の先生方を講師に迎え,大学院化に至るプロセス,工夫されたことやご苦労,カリキュラムの特徴についてご講演いただき,その後のグループワークにおいて上乗せ教育の推進につながる要因と取り組みのあり方や具体策を検討した.

本稿では,2021年8月21日(土)にオンラインで実施した第36回全国保健師教育機関協議会夏季教員研修会の第二分科会の内容を報告し,大学院における上乗せ教育推進に関する示唆について述べる.

II. 分科会の概要

2021年度の活動方針に基づき,本委員会が企画・運営した夏季教員研修会の分科会の概要は次に示す通りである.

【テーマ】

「大学院の設置に至るプロセスとカリキュラムの実際」

【目的】

1)大学院保健師教育課程を本年度から開始した教育機関における設置に向けたプロセスと課題,工夫,カリキュラムの実際を知る機会とする.

2)上乗せ教育推進につながる要因と取り組みのあり方や具体策について参加者が講師とともに主体的に考えて共有する場,さらに保健師教育への新たな視点を得る機会とする.

【開催日時】

2021年8月21日(土)13:00~15:00

【方法】

Web会議システムZoomミーティングによるオンライン開催

【構成】

1)講演:2021年度より大学院での保健師教育を開始された3校に,大学院化に至るプロセスおよびカリキュラムの特徴についてご紹介いただいた.

2)意見交換:Zoomミーティングのブレイクアウトルーム機能を用い5グループに分かれて,「上乗せ教育の推進につながる要因」と「要因に応じた取り組みやあり方の具体策」について意見交換した.各グループには教育体制委員会のメンバーが1名ずつ参加した.

3)全体での共有:代表して2つのグループに意見交換の内容を発表してもらうとともに,各グループから出た主要な質問事項を全体で共有し,講師からの応答を得た.なお,各グループの記録用紙(Wordファイル)は分科会終了前にチャット機能により参加者全員で共有した.

【参加者】

講師と教育体制委員会および当日運営サポートメンバー計9名を除く参加状況は,講演参加33名,グループワーク参加22名であった.

III. 講演内容

1. 修士課程における保健師教育~設置に至るプロセスを中心に~

(講師:長崎大学大学院医歯薬学総合研究科保健学専攻 教授 中尾理恵子氏)

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科は,医学・歯学・薬学の3学部からなる研究科であり,保健師養成は保健学専攻で行っている.保健学専攻には,修士論文コース,助産師養成コース,遺伝看護・遺伝カウンセリングコースがあり,2021年度から開始された保健師養成コースは,多様化する社会において,地球規模(グローバル)の動向や健康課題と,地方・地域(ローカル)の動向や健康課題の相互の関係性および多角的なネットワーク構築といった「グローカル」な観点を持つ人材育成を目指している.

修士課程での保健師教育に至るまでには,まず2012年度に助産師養成コースを修士課程に設置する際,保健師養成の大学院化についても論議した.この時から将来的に保健師養成コースも大学院に設置することについて,学科内での合意形成を開始した.同時に大学院医歯薬学総合研究科および大学本部への相談を開始し,大学院での保健師養成の将来性について関係者の理解を深めた.学内での合意を経て2017年度入学生から学部における保健師教育を廃止した.

文部科学省(以下,文科省)への申請準備に向けて,保健師教育の大学院化を遂げた先発大学へのヒアリング,看護学部学生や保健師職が就業している地域関連施設へのニーズ調査を行い,その内容を研究科長や大学本部に報告し協議を繰り返した.2019年度からは募集人員の検討に入った.教育体制の質の担保の観点から,研究指導を担当する公衆衛生看護学分野の保健師専任教員1名に対し2名の学生が妥当とし6名純増を決定した.同時期には保健師助産師看護師学校養成所指定規則(以下,指定規則)の改正が確定したため,改正内容を反映したカリキュラムを検討し,保健師免許に係る単位を31単位,修士課程として30単位の計61単位で構成した.文科省には2020年5月に申請,8月に承認を得て,12月下旬に入試を公表し,2月上旬に追加募集の形で保健師養成コースの入試を実施した.

学内および文科省への説明資料として準備したものは,「構想図(以下,ポンチ絵)」,保健師教育修士課程化に伴う「入学希望者および保健師需給見通し」,「保健師現任教育と実習指導者研修実績」である.「ポンチ絵」は,保健師養成コースの全体像(重要キーワードで特徴を示す),学部から修士・博士課程への進学モデル,修士課程の募集人員増加の理由(社会的な需要),社会および長崎大学の中での保健師養成コースの位置づけ(強化されるべき保健師教育内容と学内他部門・他教育課程との関係性を含む)など複数を用意し,学内説明および文科省への説明に用いた.「入学希望者および保健師需給見通し」には,学部生の保健師志向や大学院進学意向調査,学部選択制保健師教育修了者の就職状況,県内保健師の採用状況・年齢構成・活動分野別の配置状況等,行政に対する大学院修了保健師採用意向,修士課程で保健師教育を開始している他大学院の受験倍率等の調査結果を用いた.

本学の保健師養成コースのカリキュラムの特徴は,修士課程修了に必要な30単位の中に,疫学,保健統計学に相当する科目やヘルスプロモーション特論を位置づけ,国際保健看護学にあたるグローバルヘルス特論や開発協力特論を共通科目として履修可能であること,熱帯医学・グローバルヘルス研究科の科目を2単位まで認めていることである.修了要件30単位の中でも保健師としてのグローカルな観点を重ねて学習できる体制であるため,指定規則31単位の充実化を図ることができた.

臨地実習は1年後期に政令市にて4単位分,2年前期に県型保健所で1単位分を履修する.産業保健や学校保健については演習の位置づけで2年次に臨地にて実習する.

公衆衛生看護学分野にはマル合教員が5名在籍しているが,研究指導は原則として保健師免許を有する3名の専任教員が担当している.研究に関する科目についても1年次から履修し,修士論文は課題研究ではなく一連の研究プロセスを踏んだ研究成果の提出を課している.

2. 公衆衛生看護高度実践コース設置のプロセスとカリキュラム

(講師:愛知県立大学大学院看護学研究科看護学専攻 教授 柳澤理子氏)

愛知県内では,保健師養成課程の増加により自治体での臨地実習受け入れ総量が増大し,学部の保健師学生の実習人数が制限されることになった.そのため2012年から保健師課程を選択制に移行したが,学部教育に生じてきた種々の課題と県立大学としての使命について議論を重ね,教授会での審議を経て大学院化を決議し,2021年から大学院看護学研究科に公衆衛生看護高度実践コースを開設することになった.

研究科委員会で大学院化について検討するにあたり,2015年には本学および東海3県の大学生・短大生・専門学校生に保健師大学院課程に対するニーズ調査を実施した.結果,学部生の2割,短大生・専門学校生の3割が大学院に進学したいと回答し,在学生が大学院に期待するものは実践的かつ高度な知識技術の習得であった.また,統括的立場にある保健師への調査では,保健師教育の大学院化に賛成・どちらかと言えば賛成が6割を超え,2割が将来的に院生を採用したいと回答し,院卒保健師には地域課題に対する政策提言能力,調査研究能力,地域社会全体の健康マネジメント能力を期待していることが分かった.これらの結果より学生の獲得と修了後の就職のニーズはあると判断した.

2016年には公衆衛生看護学コース(選択制)の評価を行い,「カリキュラムの過密さ」に関する学生の訴えや,講義・演習と実習との時間的解離のような「保健師教育上の課題」,看護師課程に特化した授業に参加できないことによる保健師学生の看護技術到達度に関する自己評価の低さなど「看護師教育上の課題」,合否に伴う学習意欲の変化など「選抜試験に関連する課題」が明らかとなった.さらに県立大学の使命について検討し,他大学が今できていないこと,県民と県内保健師にとって有益なことを検討した結果,保健師課程を大学院化し,愛知県の公衆衛生看護を担うリーダーを育てること,また,学部については,複雑で高度な医療現場や在宅・災害等包括的で多様な課題に対応できるように,4年間をかけてしっかりと看護を学習する環境を整えることが使命であるという結論に至った.

修了要件は修士課程の30単位に加え,指定規則の31単位に独自の1単位を加えた計62単位である.科目は,共通科目,他領域の専門科目,公衆衛生看護の専門科目で構成される.共通科目では,専門看護師コースの学生と共に,フィジカルアセスメントを必修とし,薬理学または病理学のどちらか1科目を選択必修としている.他領域の専門科目では感染看護論,家族看護学,家族社会学,カウンセリング論などから6単位以上を履修する.専門看護師コースと共通の科目が多い.公衆衛生看護の専門科目の特徴は,政府統計やビッグデータを扱う応用疫学や,老年看護専門看護師コースと共通の老年保健福祉政策論などがある.実習は8単位で1年後期から2年前期にかけて行い,総合研究は4単位(課題研究)であり1年後期に研究計画の発表を行う.

受験生の関心は高く,特に県内大学の保健師課程の選抜に漏れた卒業生の希望者が多い.今後の課題としては,長期履修生の実習調整,基礎教育における卒業研究の取り組み経験の違いへの対応,大学院での国家試験対策と,学部生の保健師への関心をいかに高めるかなどがある.

3. 岐阜保健大学大学院看護学研究科看護学専攻修士課程(保健師コース)の概要

(講師:岐阜保健大学大学院看護学研究科看護学専攻 教授 船橋香緒里氏)

本学は,1989年に医療専門学校として看護学科の設置認可を受け,その後,2007年に岐阜保健短期大学看護学科を開設,2019年には岐阜保健大学として看護学部を開設した.学部開設当初より将来構想として,保健師・助産師は上乗せ教育で行うことを計画しており,2021年に看護学研究コース,保健師コース,助産師コースの3コースからなる看護学研究科を開設した.看護学部の完成年度以前に開設したのは,前身の岐阜保健短期大学看護学科の卒業生の進学先として,保健師・助産師教育課程を設置し地域に貢献するためである.完成年度前の設置について文科省への説明に苦慮したが,学園長,学長ともに看護学教育に理解が深く,上乗せ教育の実現に至った.

保健師コースのアドミッションポリシーは「地域のマネジメント力を高め,地域住民の健康増進に寄与したいと考えている者」であり,定員は5名である.教育課程は,研究科目,共通科目,専門科目,保健師コース専門科目の4科目区分で構成され,大学院修了要件としての30単位以外に,保健師免許に係る33単位の計63単位を取得する.疫学保健統計,保健医療福祉行政論は共通科目とせず,保健師コース専門科目として独立している.保健師国家試験受験資格に係る履修科目は,2022年度施行の指定規則に準じている.保健師コースの担当教員は5名である.共通科目の中には,看護科目群と周辺領域科目群があり,更に周辺領域科目群には,フィジカルアセスメント特論,臨床薬理学特論,病態生理学特論を選択科目としておき,履修を推奨している.

大学院での上乗せ教育のメリットは,学生のモチベーションが高く,少人数教育のため「保健師像」をつかんでもらいやすいこと,また,看護師免許を有する学生のため学習機会における実践が可能であることが挙げられる.保健師コースのディプロマポリシーにおいて,多職種や市民との協同や保健師として健康問題や危機管理の対応ができることを掲げているが,このたびの新型コロナウイルス感染症禍において,看護師経験のある大学院生は,岐阜県庁内のコールセンター等にて支援活動を実施した.事前に,教員の経験に基づき活動のポイントを教授した上で支援に参加し,定期的に学内に戻っては教員との振り返りを行っている.これは履修単位とは別に行っている活動だが,学生自身の実践経験を増やすとともに,大学院としての地域貢献にもつながっている.

本学ではシミュレーションセンターを設置し,モデル人形によるシミュレーション教育にも力を入れているが,同施設を地域開放型の活動の場として,地域の母子や高齢者が参加する教室や多文化理解のための交流会などを実施してきた.現在は新型コロナウイルス感染症対策のため実施できていないが,地域貢献とともに学生にとって実践可能な学習の場として今後の活用を実現したい.

IV. グループワークでの意見交換の内容

5つのグループで話し合われた内容を記録用紙から抽出したところ,「上乗せ教育推進につながる要因」および「その要因に応じた取り組みのあり方や具体策」として次のような意見交換が行われていた.

学内関係者(幹部・学部・学科教員および上乗せ教育に関わる教員)が抱える懸念を払拭しながら共通認識や合意形成を進めていくことが課題である.そのためには,現状の課題を整理し,説得力のあるデータを収集して資料化する.上乗せ教育を先行する機関への情報収集を行い,根拠データを示しながら現状の課題と上乗せ教育のメリットや必要性を説明する.その際に,保健師教育課程だけでなく看護師教育課程にとってのメリットも検討し,看護師教育の充実化もアピールする.更にそれらが大学のビジョンにも適応していることについて,関係者と共通認識・合意形成することが大切である.

学内関係者の懸念として,上乗せ教育にかかわる教員の負担感が予測されるので,上乗せ教育のメリットを共有し不安を除去する.その他の学科教員の理解を得るためには,看護師教育の検討の場にも積極的に参加し,全体の教育方針や方向性を検討する機会を逃さず課題を共有する.特に幹部が懸念する受験生減少や上乗せ教育開始後の院生の獲得については,先行大学院の情報やニーズ調査の根拠データを示す.保健師教育課程が学部教育から撤退することによる教育内容の不足に関する懸念には,地域・在宅看護論等での具体的な対応を示す.しかし学部生の保健師への関心を高めることは課題であり,学部で担当する科目を通してロールモデルを示し,保健師の魅力を伝えることは必須である.

は,各グループの記録用紙の内容を教育体制委員会にて整理,統合したものである.「上乗せ教育推進につながる要因」の記入欄への記載内容を実線,「要因に応じた取り組みのあり方や具体策」の記入欄の内容を点線で示し,注目された課題を太線や網掛けで表した.

図 

記録用紙から抽出した上乗せ教育推進につながる要因と具体策

質疑応答では,3つの代表的な質問を取り上げ,講師や一般参加者から意見を得た.

「申請時のポイント」:文科省への説明資料の作成のために,入口・出口調査を実施し根拠を示す資料を作る,自学の教育コースの強みを明確にしデータ化して示す.

「大学院受験者のリクルート方法」:学部内の看護師教育において役割を担い保健師の魅力を伝える.学外に対しては,新型コロナウイルス感染症拡大時期であるからこそオンライン説明会に力を入れた.周知方法の一つとして全保教のブロック別のメーリングリストを活用した.

「大学院の実習先の確保」:県庁が中心となり県内の実習の調整が行われる.県庁が中心となって教員参加の会議で県・市町の調整を決定する.教員が地域に出向き,保健師に相談後に保健事業や子育て広場,まちの保健室等の参加者に継続訪問や大学に来ていただくことの承諾を得て実習する.学生が研究のために市町に通う中で見つけた題材から健康教育につなげる.

V. 事後アンケート

実施後のアンケートはGoogle Formで行った.グループワーク終了後に案内したためグループワーク参加者22名のうち18名から回答を得た(回収率82%).職位別には,教授・准教授10名(56%),講師・助教8名(44%)であり,5名(28%)が既に上乗せ教育が始まっている機関に所属し,上乗せ教育開始時期がほぼ決定している機関に所属している参加者が7名(39%)だった.複数回答で尋ねた参加理由の上位3つは,大学院保健師教育課程のカリキュラムの詳細を知りたい(10名),上乗せ教育に至るプロセスを知りたい(9名)上乗せ教育に向けた具体策を知りたい(8名)であった.

講演については「良かった(15名)」「やや良かった(3名)」,グループワークについては「良かった(10名)」「やや良かった(6名)」「ふつう(2名)」と回答した.感想は,「大学院開設に向けた努力のプロセスがよくわかった」「エビデンスとなる調査を大学(入学者・在学生・卒業生)と保健師に実施し,大学と大学院の各ビジョンが明確化されている」「実習施設確保のために教員が地域へ出向いており,地域とつながることが重要であると再認識できた」などであった.

今後,上乗せ教育に関して知りたい内容(複数回答)の上位3つは,保健師課程の教育内容(12名),修了生・在学生の学び(10名),保健師教育課程の評価(8名)であった.

VI. あとがき

新型コロナウイルス感染症対策で求められるような,健康危機管理能力やマネジメント能力の獲得には,保健師教育課程の上乗せ化が必至であるが,そのためには盤石な看護基礎教育の体制が必要となる.保健師教員は,看護師教育課程の基盤づくりにおいて,地域・在宅看護論での地域看護学教育の質を担保し,他領域の教員からの信頼を得ることで,高度実践能力を備えた保健師の育成を実現できる.今回の保健師助産師看護師学校養成所指定規則の改正に伴う変更申請時に,保健師教育課程の上乗せ化を検討したが実現できなかった大学もあり,教育体制委員会としては,教育課程が多様な会員校の課題に応じた研修や情報共有の場を今後も提供していく必要がある.

 
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