保健師教育
Online ISSN : 2433-6890
活動報告
公衆衛生看護学臨地実習のオリエンテーションにおいて実施した実習の留意事項に関する教育実践
―倫理的葛藤事例を用いたケースメソッドの教育的有用性―
市戸 優人本田 光田仲 里江近藤 圭子喜多 歳子
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2022 年 6 巻 1 号 p. 71-79

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Abstract

目的:公衆衛生看護学臨地実習のオリエンテーションにおいて実習態度の留意事項の教育として実施したケースメソッドの教育実践を記述し,学生の評価から教育的有用性を検証することを目的とした.

方法:4年次学生28名を対象に,倫理的葛藤場面を描いた事例を用いたケースメソッドによる教育を実施した.終了後の評価アンケートで教育的有用性を評価した.

結果:教育目的の到達度として,「事例における倫理的葛藤について多角的な視点で捉えることができた」の平均値は4.68±0.48と高かった.教育的有用性として,【物事を多角的に捉える視野の拡大】や【実習に向けたグループダイナミクスの醸成】などが挙げられた.

考察:ケースメソッドは,倫理的感受性を高め,多角的な視点で考える力と対処力を養うとともに,実習グループ内の関係性を醸成する効果があった.以上より,教育目的に沿った学びを深めることのできる有用性の高い教育方法であったと評価する.

I. 背景

看護学臨地実習において,実習前に行うオリエンテーション(以下,オリエンテーションとする)は,学生が実習課題として求められている学習内容と方法を把握することに留まらず,学内で学んだ技術を看護実践に位置付けて理解することを促し,臨地で実習を行うことの意味を強調するために行われる.このオリエンテーションを通した,学生の内的思考過程は,実習目標の到達に向けたレディネス(杉森ら,2009)を整えるために重要な教育的機会でもある.一方,オリエンテーションは,学生が実習に臨むにあたり留意すべき実習態度について,実習前に確認を行う重要な機会にもなっている.

家族形態の多様化が進む本邦において,昨今の学生は,核家族を中心とした世帯人員が少ない家庭環境で育ってきている.このような家庭環境で育った学生は,他者や他世代とコミュニケーションを図り,その場その時に応じた適切な行動を取るという社会的スキルの乏しさ(川田ら,2006)があり,臨地実習へと送り出す教員にとっての不安要素となっている.特に公衆衛生看護学臨地実習では,学生がこれまでに経験してきた医療機関等における実習とは異なり,行政機関や地域の集会所,支援対象者の自宅など,多様な場において実習が展開される.また,支援を行う対象者の健康レベルやライフステージも様々であり,ボランティアや他の専門職など多様な役割を持った人々とも出会う機会がある(野村,2018).このように,公衆衛生看護学臨地実習は,学生にとって高度な社会性が求められる実習であることから,オリエンテーション内で事前に実習態度の確認を行うことが非常に重要である.

さらに,昨今では,実習記録が電子データで取り扱われることが一般的であり,実習における情報管理は,切り離すことのできない課題である.また,スマートフォンの普及に伴い,学生のSNS利用が一般的となる中で,見聞きした出来事や知り得た情報について,リスク等を考えずに興味本位でSNSに投稿するケースが社会的な問題となっている.看護学生においても,9割強がSNSを利用している一方で,ITリテラシー教育経験がある者は6割弱に満たない(小沢ら,2018)とされている.公衆衛生看護学臨地実習では,学生は,自分自身が暮らす地域と異なる土地で,珍しい情景を目にすることもありSNSなどへの投稿欲求の衝動も起こりやすい状況にあると考えられる.そのため,倫理教育の観点から自らの行動を律することのできる姿勢を学ぶ必要がある.

これらの背景から,公衆衛生看護学臨地実習のオリエンテーションで指導すべき留意事項は数多く,一つ一つを列挙して指導するには限界があり,服装や身だしなみなどの基本的な態度に関する事項も多いことから,効果的に教育指導を行うことが難しい.また,学生にとっては,一方的に実習態度の説明を受けることが,お説教を聞いているような感覚にもなり,我が事としてその場面を想像することが難しいと推察される.そこで,本学では,実習における多様な留意事項について,学生自らが問題の核心を捉え,対処方法を考えることができるように,オリエンテーションにアクティブラーニング(小林,2018)を導入した.具体的には,公衆衛生看護学臨地実習で学生が出会う可能性のある倫理的葛藤場面を描いた事例を教材として,学生間が討論を通して考えることのできるケースメソッドを導入した.ケースメソッドは,既存の知識や理解の獲得ではなく,双方向の討議を通して,考え抜いて,自らの拠り所とする知見を編み出す能力や態度を獲得することを学習のゴールとする手法(高木ら,2010)である.実習生としての倫理観を養いながら,適切な行動をとるための思考過程を身につけるにあたり,ケースメソッドは適した方法であると考える.

本活動報告では,公衆衛生看護学臨地実習のオリエンテーションにおいて実習態度の留意事項の教育として実施した,実習で遭遇する倫理的葛藤場面の事例を用いたケースメソッドによる教育について,その教育実践を記述し,学生による評価を用いて教育的有用性を検証することを目的とする.

看護学臨地実習のオリエンテーションにおける実習態度の指導方法は,専門領域別の臨地実習において個々の教員の裁量に任される部分が大きい現状にある.本活動報告は,本学の取り組みを一つの実践例として報告することで,今後の情報共有やさらなる改善に向けた議論の活性化への貢献に期待したい.

II. 方法と対象

1. 対象

2021年度公衆衛生看護学臨地実習を履修する4年次学生28名を対象とした.対象となる4年次の学生は,既に看護師教育における実習を経験していることから,事例で掲示される場面については,現実的におこりうる現象として認識できる準備状況であったと推測される.

2. 用語の定義

1) 倫理的葛藤場面

本稿では,「学生が実習の中で出会う可能性があり,判断や対応を誤れば信頼関係を損ない,時にインシデントやアクシデントに繋がる恐れのある状況」を倫理的葛藤場面と定義する.

3. 実践した教育の概要

公衆衛生看護学臨地実習のオリエンテーションにて,学生が実習における留意事項を自ら考えることができるように,実習で遭遇する可能性の高い倫理的葛藤場面を描いた事例を開発し,その事例を用いたケースメソッドによる教育を実施した.使用する事例は,公衆衛生看護学領域教員のこれまでの教育実践経験を踏まえて,実習でよく出会う場面を題材として,10事例を教材化した(表1).なお,事例の理解が進むように,各事例にイラストを挿入した.

表1  倫理的葛藤場面を描いた事例(10事例)
No 事例のタイトル/事例の内容
1 タイトル:「学生さん,ちょっと見てて!」
3歳児健康診査の見学中に,1歳すぎの弟を連れたお母さんから「この子(3歳児)をトイレに連れて行くので,少しの間,弟を見ててほしい」と頼まれました.ですが,この少し前に保健師さんから,「次のお母さんに承諾をとってあるから,一緒に診察に入って見学しても良いですよ」と言われており,もうすぐその親子が診察に呼ばれそうです.
2 タイトル:「友達思いのわたし」
保健師が,健康管理システムの紹介として電子カルテにある職員のがん検診の結果を見せてくれました.その時に「再検査の通知をしているにも関わらず医療機関に受診しないので心配している職員がいる」と話しており,その名前を見ると,友人の父親でした.私は,友人(トモ子)のことを思い,そのお父さんの状況を教えてあげたいと思いました.
3 タイトル:「“微熱あり”でも,今日は本番!」
実習2週目の朝,今日は何度も修正と練習を繰り返して,ようやく完成した健康教育を老人クラブで実施する日.でも,昨日の夜から咳が続いていて,今朝,熱を測ると37.4°Cと微熱だった.少し体がだるいけど,これまで準備してきた健康教育を実施したい!それに,休んでしまうと,グループのメンバーに迷惑がかかるし….
4 タイトル:「悪魔のささやき」
保健センターでの実習も2週目を迎えたある日のこと.昨日はグループメンバーとの打ち合わせや健康教育の教材を作っていたため,家庭訪問のレポート(個人記録)の修正まではできなかった.家庭訪問の予定日は明日だし,「今日のうちに担当の保健師さんに助言を受けるように」と,先生からも言われている…どうしよう.
〈悪魔のささやき〉
「今日は,先生の巡回も無かったはずだし,このまま忘れてたことにしておけばいいよ!」
「レポートは,1回は見てもらっているんだし,修正後は見てもらわなくても大丈夫だよ!」
「手書きのメモ帳を無くしたから,時間がかかって…って言えばいいよ!」
「書いたけど,データが壊れたことにしておけばいいよ!」
5 タイトル:「シゲ子がよくしゃべる…」
実習3週目のある日,帰りの地下鉄の中.明日はカンファレンスが予定されており,私は司会を担当することになっている.本当は,今日みんなで打ち合わせしておくべきだったけれど,3人とも家庭訪問で行動がバラバラだったため,打ち合わせができなかった.カンファレンスまでに次第も作っておかないといけないし…,もう時間もないし….今なら少し話せるかなと思い,メンバーのシゲ子に話しかけた.するとシゲ子は,「この実習で一番勉強になったのは,やっぱり家庭訪問かな~」と言い,訪問先の対象者が認知症だったことや保健師の声掛けに感動したことなど,少しテンション上がり気味で話し出した.
6 タイトル:「汚くないよ」
しょうわ地区老人クラブでの出来事.健康教育の実践を終えて,ほっと緊張も解けたころ,「学生さんもどうぞ,今日はありがとうね」と言って,世話役の80代くらいの女性が冷たいお茶を差し出してくれた.健康教育を終えたばかりで喉も乾いていて,すぐに飲みたい気持ちもあったがぐっと抑え,「ありがとうございます」とお礼を言いながらも手をつけなかった.
すると小さなチョコレートを3個ティッシュにのせて,彼女は言った.
「最近の若い人は,年寄りが触ったものは汚いと思うらしいね.ひ孫がそう言うのよ.汚くないよ(笑),さぁ,どうぞ」
7 タイトル:「実習が終わった後,友達と食事の予定が…」
保健センター実習2日目の朝,今日は3歳児健康診査の見学日.清潔かつ質素,動きやすい服装で参加するようにと指導者さんから言われている.でも夜は,友達の誕生日で,お祝いを兼ねてちょっとおしゃれなレストランを予約してしまった.家に帰って服を着替える時間はない.保健センターに着替える場所もない.でも,誕生会を企画したのは私だし,お気に入りの服を着ていきたい….少しくらい華やかな服を着ていってもいいよね?
8 タイトル:「先生から返事が返ってこない…」
日曜日の朝,来週の実習に向けて記録の整理をしていたときの出来事.月曜日に家庭訪問を行う事例の訪問計画を担当教員に確認してもらっていないことに気が付いた.慌てて担当教員にメールを送ったが先生からの返信がない.日曜日だから見ていないのかも,どうしたらよいだろうか…(焦)
9 タイトル:「行き帰りの時間を効果的に使いたい!」
実習3日目,帰りの地下鉄車内,実習メンバーの1人がスマートフォンで必死に何かを打ち込んでいた.聞くと,今日の訪問記録を忘れないうちに打ち込んでいるとのこと.メンバーは「行き帰りの時間でスマートフォンに記録をすれば,帰ってからの記録が楽になるよ」と話す.確かに,この行き帰りの時間で,少しでもできれば家に帰ってからの記録が楽かも….
10 タイトル:「カフェで記録やらない?」
実習2週目が終わった週末の土曜日,同じグループのメンバーから「今記録をやっているんだけど,一緒にやらない?」と誘いがあった.ちょうど記録に行き詰っていたため,一緒にやることにした.しかし,来るように指定された場所は,近くにあるカフェのテリーズだった.メンバーは,これまでも実習期間中にカフェで記録をしていたことがあり,「記録は匿名化しているし,そんなに個人情報もないから大丈夫,最近のカフェはWi-Fiできるし,コンセントプラグもあるから」と話す.

1) 教育目的

教育目的は,①実習で起こり得る倫理的葛藤場面を描いた事例を用いたケースメソッドによる教育を通して実習生として適切な行動をとるための思考力を養うこと,②実習開始前のオリエンテーションであることも考慮し,学生間での討論を通してお互いの考えを共有しながら学び合う関係性を強化すること,の2点とした.

2) 教育の展開方法

(1) オリエンテーション実施前

倫理的葛藤場面を描いた10事例のうち8事例をディスカッションテーマとともに学生に事前提示し,全ての事例を読んでディスカッションテーマに対する自分の考えをオリエンテーション当日までに準備してくることを学生に説明した.使用する事例は,10事例を開発したが,2021年度の実習はオンラインを併用した実習となったため学生が遭遇する可能性が低い2つの事例(No. 9,No. 10)を除いた計8事例(No. 1–No. 8)を使用した. 以下,本教育で使用した8事例の教育的ねらいを示す.

No. 1の事例は,学生が乳幼児健康診査の見学をしている際に突然,母親から「子どもを見ておいて欲しい」と頼まれる場面である.学生にとっては,自分の見学の機会を優先すべきか,母親の依頼に応えるべきか悩む場面である.教育的ねらいは,行動に伴い生じる責任について考えながら,対象者の安全を優先した判断ができることとした.

No. 2の事例は,実習中に閲覧させてもらった住民の健康診断の記録の中に友人の父親の名前を見つけてしまった学生が抱いた葛藤場面である.命に関わる問題でもあり,学生の善意の気持ちと個人情報の守秘義務との間でどのように考え行動すべきか考えることをねらいとした.

No. 3の事例は,健康教育を実施する当日に発熱した学生が抱く葛藤場面である.学生にとっては,実習課題が達成できない不安だけでなく,役割分担をしている他のメンバーにかかる負担も心配する場面であろう.教育的ねらいとしては,自分が感染症を媒介するリスクを考え,体調不良時の連絡と相談の必要性を考えて,行動できることとした.

No. 4の事例は,実習も山場を迎え課題が重なり,計画通りに遂行できなかった時に自分の中に生じてくる甘え(悪魔のささやき)にどう打ち勝つかという葛藤場面である.計画通りに課題を遂行できなかった際に,実習指導者や教員とどのように相談し再調整すべきかを考え,対象者に提供するケアに対する責任を専門職として自覚することをねらいとした.

No. 5の事例は,実習施設への道中でよく起こりうる「障子に耳あり」の場面である.実習での学びを共有することは推奨されることではあるが,適切な場所と相手,タイミングを判断すること,また守秘義務を考慮して情報共有が許される範囲を考えることをねらいとした.

No. 6の事例は,学生という立場と実習におけるルールとの狭間で住民の厚意にどのように応えるべきか悩む場面である.単に「そういうルールだから」ではなく,対象者から物をもらうという行為が与える社会的影響について考え,その場に適した応答を考えることをねらいとした.

No. 7の事例は,実習期間中に学生のプライベートな予定が重複することで生じる葛藤場面である.実習生としての責任ある行為を自覚すること,また執務室においては,学生であっても市民からは一職員として見られることへの考慮を促すことをねらいとした.併せて,実習生としての適切な服装について自ら考え,選択できるようになることを期待した.

No. 8の事例は,学生自身のスケジュール管理の失敗により,指導を受けられずに家庭訪問を明日に控えて焦る学生の葛藤場面である.この事例を通して,学生が主体的に実習を展開するということを具体的に想起できることを期待した.自分ひとりの都合だけで実習が遂行出来るわけではないこと,指導を受けるための日程調整も自ら行動を起こさなければならないこと,スケジュール管理を失敗することで結果として生じる対象者への不利益について考えることを教育的ねらいとした.

(2) オリエンテーション当日

オリエンテーションは,本学のCOVID-19感染拡大防止措置による登校制限に伴い,Teams(Microsoft office)を用いて,2021年5月にオンライン上で実施した.本教育では,ジグソー学習法を活用することで,様々な事例に対する意見交換ができるように工夫した(図1).

図1 

倫理的葛藤場面を描いた事例を用いたケースメソッドによる教育の実施方法

まず,全体に対して本教育の目的と進め方の説明を行った.全体説明終了後に2~4名で構成された実習グループに分かれ,ランダムに割り当てられた異なる事例に対して,実習グループごとに討論を行った.グループ討論のテーマは,「①事例の学生の思いや気持ちを列挙しましょう」,「②この場面,あなたならどのように行動しますか」とした.

実習グループでの討論終了後,ジグソー学習法を活用して,別々の実習グループメンバーで構成されたジグソーグループ(各4名)に分かれて,各実習グループで話し合われた内容を共有し,意見交換を行った.なお,ジグソー学習法では,再度,実習グループに戻って報告を行うことになっているが,メンバー間の関係性は実習として継続されるため,後で共有するよう指示をして,教員からの講評(まとめ)を行った.

3) 教育的有用性の評価方法

倫理的葛藤場面を描いた事例を用いたケースメソッドの教育目的の到達度と教育的有用性を評価するために,オリエンテーション終了後に評価アンケートをWebアンケートシステム(Microsoft office Forms)を使用して実施した.

教育目的の到達度を評価するために,教育目的に沿って,「事例における倫理的葛藤について多角的な視点で捉えることができた」,「事例の場面においてとるべき適切な行動を考えることができた」,「討論を通してグループの学び合う関係性を深めることができた」をそれぞれ5件法(1.非常にそう思う~5.全くそう思わない)で尋ねた.

また,教育目的の到達度を評価するために,学生が倫理的葛藤場面の状況を適切に捉えることができたかを,「事例の学生がおかれた倫理的葛藤の状況に対する理解についてグループ内で話し合われた内容を記載してください」の自由記述で尋ね,適切な行動まで議論できたかを,「適切な行動を考える際にグループ内で話し合われた内容を記載してください」の自由記述で尋ねた.

教育的有用性を評価するために,「ケースメソッドを教材として活用した感想」を自由記述で尋ねた.

なお,評価アンケート内のケースメソッドとは,本教育において実施した倫理的葛藤場面を描いた事例を用いたケースメソッドを指す.

4. 分析方法

量的データは,記述統計を行った.自由記述のうち,「事例の学生がおかれた倫理的葛藤の状況に対する理解についてグループ内で話し合われた内容を記載してください」と「適切な行動を考える際にグループ内で話し合われた内容を記載してください」の2つから得られた記述からは,学生の作業(思考)過程を確認できる代表的なデータを抽出して表2に整理し,教育目的の到達を質的に評価する資料とした.「ケースメソッドを教材として活用した感想」で得られた自由記述は,教育的有用性を評価するために,設定した教育目的の観点で,質的帰納的に分析した.分析手順は,データを注意深く読み込みコード化し,コードの意味内容や類似性を考慮しながら,カテゴリー生成を行った.

表2  各事例の倫理的葛藤に対する状況理解や適切な行動についてグループで話し合われた内容
事例No 多角的な視点で捉えることができたMean 倫理的葛藤の状況理解について
グループで話し合われた内容
(代表的なデータ)
適切な行動を考えることができたMean 適切な行動について
グループで話し合われた内容
(代表的なデータ)
No. 1 4.00 ・見学の機会を頂いている状況であり,頼みを引き受けたい思い,頂いた学習の機会を大切にしたい思いなどの葛藤がうまれる.
・お母さんが焦っており,学生に「弟を見ていてほしい」と言い残してトイレに行ってしまう状況も考えられ,その場合には弟の安全を見守る責任が生じる.
4.00 ・弟の見守りを断るのではなく,周囲にいる職員や実習指導者などに事情を説明して見守りをお願いするなどの行動が必要である.
・見守りを引き受け,診察の見学の時間になったら弟を放置して診察の見学に行ってしまうということは決してしてはならない.転倒・転落などの重大な事故に繋がる可能性がある.
No. 2 5.00 ・守秘義務を守らねばならないという立場であり,万が一情報を漏らしてしまった場合には自身の単位取得ができなくなるなどの不利益があることも考えられた.
・言わないという選択肢を取ると,知っていながら助けられない心苦しさや,悪化してしまった場合の自責感などを感じることになるのではないかと考えた.
4.75 ・先生や保健師に相談し,自分が何らかの行動をとることができないかを話し合うと良いのではないかと考えた.
・直接的に友人に情報を伝えるのではなく,「私の父親も検診に行って良かったって言ってたよ」などと間接的な促しをするという行動も可能なのではないかと考えた.
No. 3 4.67 ・みんなで頑張って練習を重ねてきたからやり遂げたい,我慢すれば行けるかな,でも熱がある状態で行って対象者の方に迷惑をかけるかもしれない.
・メンバーに対しては,(健康教育の)練習したのに役割が変わってしまって申し訳ない,評価の時にうまくグループに参加できないかもしれない.
5.00 ・日々の体調管理と練習の中で,全員で流れを把握し,役割が変わったとしても実施できるように普段から練習しておく.
・適切な行動としては,まずはメンバー,先生に連絡して休むこと.そして,前日から体調が良くないことをメンバーに伝えることや役割の調整を行う.
No. 4 5.00 ・記録を修正しなければいけないのは理解しているが,やることが多くて時間が足りないために修正できない状況であることも理解できる.
・修正できなかったことに後ろめたさがあるため,少しでも悪い印象を与えないために理由を考える気持ちも理解できるが,どのように説明するかが大事なのではないかと考えた.
4.67 ・間近に迫っている家庭訪問の計画よりも健康教育の準備をするのは優先順位を間違えている.この場合,修正点を直すことは出来ていないが,こういった修正を加える予定であり,それを踏まえてアドバイスを貰いたいと正直に保健師さんに言うことが最も良い選択なのではないかという結論に至った.
No. 5 5.00 ・カンファレンスについて話し合う時間がないけどここは地下鉄だ…という気持ちとテーマ決めくらいなら地下鉄でしても大丈夫かもしれないという気持ちの葛藤.
・友達が実習の内容を公共の場で話してしまっていることを止めないといけないという気持ちと自分が話を振っておいて止めづらいという気持ちの葛藤.
4.50 ・個人情報を公共交通機関で話すのはまずいため,友人の気分を害さないように注意しながら話を止める対応をとることにした.
・カンファレンスの打合せを公共交通機関で行おうとすること自体難しいため,~中略~ 予定確認程度にとどめておく必要があると感じた.
No. 6 4.75 ・相手はきっと善意でチョコレートをくれているはずなので,それを断って悲しませてしまうのではないか.
・規則上頂き物は貰えない.でも断ると汚いということを肯定しているようになってしまう.
4.25 ・感謝の気持ちを伝え,「汚いから断っているのではない」ということ誠心誠意説明したうえで断る.
・実習の規則によっていただけないことを誠心誠意説明することが重要であるという意見になった.
No. 7 4.50 ・自分から企画した友達の誕生日会だから予定を変更することや,当日の予定をキャンセルすることが申し訳ないという気持ちがあるのではないか.
・息抜きをしたい気持ちやせっかくのお出かけで友達もかわいい格好で来ることを考えると,薄化粧で地味な格好で出かけるのは女の子として恥ずかしい気持ちがあるのではないか.その反面,お気に入りの服で行って実習の指導者の方に迷惑をかけたり注意されることは避けたい.
4.25 ・実習では言われたとおりの服装で行き規律を守る.
・誕生会の日にちをずらす.誕生日をお祝いする気持ちが大切なので,友だちだったら仕事終わりでも,きれいな服じゃなくても理解してくれると思うので,事情を説明して実習の服装のままで行く.ちょっと遅れていくと伝えて着替えてから参加するという様々な方法が考えられた.
No. 8 4.25 ・気が付いたのが日曜日ということもあり,先生のプライベートの時間にメールを送っても良いのか,もしくは次の日にそのまま実施するかという葛藤があるという状況であると理解した. 4.75 ・家庭訪問の計画はとても重要な計画であるため,そのまま実施するのは危険であるので指導は受ける必要があるということになった.指導を受けることが重要であるため,朝にメールをした後,返信がない場合は先生に電話をかけるという案も出た.また,メールの返信が来ない間は,グループメンバー間で訪問計画の確認を依頼し,指導を受けるまでにできるだけ質の高いものにするという意見も出た.

分析は,実習を担当する教員で検討を重ね,妥当な結果であることを確認した.

5. 倫理的配慮

本活動報告の調査においては,公立大学法人札幌市立大学倫理委員会(承認番号:No. 2107-1,承認年月日:2021年7月20日)の承認を得て実施した.評価アンケートは,無記名で実施し,自由意志による提出を保証した.また,評価アンケートの内容には,実習その他の科目の成績等に影響するものは含まれていないことを伝え,不都合等がある場合は,教員まで申し出るよう依頼した.

III. 結果

1. 倫理的葛藤場面を描いた事例を用いたケースメソッドの教育目的の到達度評価

評価アンケートは,28名から回答があった(回収率100.0%).

教育目的の到達度の評価について,「事例における倫理的葛藤について多角的な視点で捉えることができた」の平均値は4.68±0.48,「事例の場面において取るべき適切な行動を考えることができた」の平均値は4.54±0.51,「討論を通してグループの学び合う関係性を深めることができた」の平均値は4.86±0.36であった.グループで話し合われた倫理的葛藤の状況に対する理解やその状況下における適切な行動については,事例ごとに表2に記述した.

2. 倫理的葛藤場面を描いた事例を用いたケースメソッドの教育的有用性

「ケースメソッドを教材として活用した感想」で得られた全ての自由記述をデータとし,倫理的葛藤場面を描いた事例を用いたケースメソッドの教育的有用性を検討する観点から分析を行った.分析の結果,48コードが抽出され,11サブカテゴリー,5カテゴリーが生成された(表3).以下,カテゴリーは【 】,サブカテゴリーは〈 〉で示す.

表3  倫理的葛藤場面を描いた事例を用いたケースメソッドの教育的有用性
カテゴリー サブカテゴリー(コード数)
倫理的葛藤場面の自分事としての気づきと対応の準備 実習生である自分に起こりうる問題に気づく(6)
色々なことを想定して対応を考える(7)
自分の考えや行動を見つめ直し倫理観を磨く機会 自分の考え方や傾向を見つめ直す機会(2)
判断や行動を振り返り倫理観を磨く必要性の認識(1)
物事を多角的に捉える視野の拡大 自分の意見が正しいわけではないということの気づき(4)
倫理的場面について多角的視点で捉えることの気づき(12)
ジグソー学習法による意見交換を通した学びの深化(4)
専門職としての倫理観の醸成 大切にすべき本質を捉えること(4)
医療を学ぶものとして誠心誠意対応すること(3)
実習に向けたグループダイナミクスの醸成 活発な意見交換を通したグループの活性化(3)
安心して話し合えるグループの関係性の構築(2)

【倫理的葛藤場面の自分事としての気づきと対応の準備】では,実習で出会う可能性のある倫理的葛藤場面に関する検討をとおして,〈実習生である自分に起こりうる問題に気づく〉ことができ,〈色々なことを想定して対応を考える〉ことができていた.

【自分の考えや行動を見つめ直し倫理観を磨く機会】では,倫理的葛藤場面における判断や行動を深く考えることで,〈自分の考え方や傾向を見つめ直す機会〉となり,実習を前にして,〈判断や行動を振り返り倫理観を磨く必要性の認識〉にも繋がっていた.

【物事を多角的に捉える視野の拡大】では,様々な考えを有する他者との討論を通して〈倫理的場面について多角的視点で捉えることの気づき〉や〈自分の意見が正しいわけではないということの気づき〉を得ることができていた.また,教育手法として活用した〈ジグソー学習法による意見交換を通した学びの深化〉も感じていた.

【専門職としての倫理観の醸成】では,事例に対する適切な考えや行動を深く考えることで,〈大切にすべき本質を捉えること〉の重要性を認識し,〈医療を学ぶものとして誠心誠意対応すること〉への気づきを得ることができていた.

【実習に向けたグループダイナミクスの醸成】では,意見を述べやすい倫理的葛藤場面を描いた事例を用いたケースメソッドによる〈活発な意見交換を通したグループの活性化〉があり,意見交換をとおして共感などが生まれることで,〈安心して話し合えるグループの関係性の構築〉に繋がっていた.

IV. 考察

1. 実習態度の留意事項に対する教育として実施したケースメソッドの教育的有用性

今回のオリエンテーション内で実施した倫理的葛藤場面を描いた事例を用いたケースメソッドによる教育では,具体的な事例について我が事として考え,他者と討議し,実習における望ましい態度について考えられるように教育的機会を提供した.教育目的の到達度評価では,「事例における倫理的葛藤について多角的な視点で捉えることができた」の平均値が4.68±0.48,「事例の場面において取るべき適切な行動を考えることができた」の平均値が4.54±0.51と,多くの学生が教育目的に到達することができていた.グループにおける具体的な討論内容も,各事例の教育的ねらいに即した議論が展開されており,教育目的に沿った学びを深めることのできる教育内容と展開であったと評価できる.

本教育を受講した学生は,【物事を多角的に捉える視野の拡大】や【倫理的葛藤場面の自分事としての気づきと対応の準備】など,課題に対する適切な態度や対応まで,広い視野で多角的に捉えることができていた.学生が思考を巡らせ,考えを深めるプロセスを通して,適切な実習態度まで涵養できる本教育におけるケースメソッドは,留意事項を口頭で確認する一方通行型のオリエンテーション教育と比較し,実習前の学生が適切な実習態度を学ぶ手法として効果的であると考えられる.

一般に臨地実習要項に記述されている留意事項には,医療機関等の実習施設で実習を行うにあたり遵守すべき事項が細かく記載されていることが多い.これらの留意事項に関する教育は,オリエンテーションで教員が説明する形式で行われることが多く,記載されている態度や行動がなぜ求められるのか,学生が意識して考える機会は設けられていない.実習における留意事項を確認することは,看護実習生として取るべき望ましい態度や行動を心得るだけではなく,医療職として遵守すべき重要な倫理性を養う教育的機会でもある.細川ら(2008)は,看護学部教員が在宅看護学実習前に身に着けさせたい実習態度の一つとして,医療人としての倫理性の遵守を報告しており,訪問看護ステーションの実習指導者も教員と同様に倫理性の遵守を重視している(千葉ら,2010).また,看護学生は,臨地実習で様々な道徳的問題に直面している(指方ら,2012)ことが明らかにされている.このことからも,臨地において倫理を必要とする場面に気づき,学びを得るためにも,倫理的葛藤場面を教材として実習前に教育を行う有用性は大きいと推察される.

本教育におけるケースメソッドによる教育実践は,実習態度の留意事項に関する教育内容ではあったが,学生にとって【自分の考えや行動を見つめ直し倫理観を磨く機会】となり,実習に向けた【専門職としての倫理観の醸成】に繋がっていた.看護学生の道徳的感受性は,高学年になるほど高くなる(小沢ら,2018)とされる一方で,実習経験の中で同じような倫理的場面の遭遇を重ねることで倫理的問題として意識し難くなる(指方ら,2012)ともされている.また,村松ら(2019)は,看護学部4年生を対象とした調査で,9割の学生は倫理的問題場面を倫理的に問題があると感じていたのにも関わらず,解決に向かうことなく,心残りになっていたことを報告している.学生が直面する可能性のある多様な倫理的葛藤場面を深く考える機会を設けることは,倫理を必要とする場面を捉える力を養うことに繋がると考えられる.

今回,公衆衛生看護学臨地実習に臨むための実習態度の留意事項を教育するために倫理的葛藤場面の事例を用いて,ケースメソッドによる教育を実践したが,実習以外の公衆衛生看護教育においても,既に教育的手法としてケースメソッドが用いられている事例があり,有効性も報告されている(渡邉ら,2017).倫理的葛藤場面を用いて実施した本教育におけるケースメソッドは,倫理観の醸成や課題解決能力の獲得が期待できる有用なアクティブラーニング手法であり,実習に向けた教育のみならず,様々な教育場面において活用可能な手法である.

2. ケースメソッドを通したグループの学び合う関係性の醸成

教育目的の到達度の評価項目である「討論を通してグループの学び合う関係性を深めることができた」の平均値が4.86±0.36であったことから,本教育のねらいどおり,実習に臨む前にグループの学び合う関係性を強化することができたと考える.本教育におけるケースメソッドで使用した事例は,実習で起こりうる可能性のある場面を検討して開発したことから,学生が場面を捉えやすく,活発なグループディスカッションが生まれ,学び合う関係性の構築に繋がったものと考える.ケースメソッドを用いた研修や教育プログラムは,医療現場におけるシームレスなケアの実践力を向上させ(小木曽ら,2020),多職種ネットワークの推進にも効果的である(次橋,2015)ことが報告されている.臨床における多職種連携等においても効果的であることが示されていることから,臨地実習に臨む看護学生のグループメンバー間の関係性やレディネスの強化においても有効であると考えられる.

今回の教育では,事例の事前配信により個人の検討時間を設けた上でグループワークを設定するなど,思考が活性化するように展開を工夫したことも,個々の深い学びの機会となり,グループの活性化や関係性の強化に効果的であったと考える.また,教育手法としてジグソー学習法を取り入れたことは,様々な他者との協調学習が効果的に促され,【物事を多角的に捉える視野の拡大】に繋がったと考える.倫理的課題には正解がないことから,自身の活動を常に客観的に見つめ,他者との関わりの中で答えを見つけ出すことが必要(岡野,2020)である.学生がより高い倫理観を得るためにも,他者との協調学習が展開されるような,アクティブラーニング手法を活用した効果的な教育をデザインすることは有用である.

V. おわりに

オリエンテーションにおける実習態度に関する教育手法として倫理的葛藤場面を描いた事例を用いたケースメソッドによる教育は,学生の倫理的感受性の向上や多角的な視点で考える力が養われるとともに,実習に向けたグループの学び合う関係性が築かれるなど,多様な側面で有効な教育手法であると示唆された.公衆衛生看護活動を担う保健師は,9割近くが過去3年以内に平均20件以上の倫理的課題に遭遇しているという報告がある(岡本ら,2020).公衆衛生看護は,様々な健康レベルと多様なライフステージにある対象者に対して,多くの関係機関と連携しながら支援を行うことから,多様な倫理的課題に遭遇することが多い.今回の経験は,将来,地域で公衆衛生看護活動を行う保健師を目指す学生にとって,様々な物事を倫理的に捉えて対応を考える素養を身につけるための経験にもなったと考える.

なお,今回の対象者は,公衆衛生看護学臨地実習に臨む看護学部保健師コースの4年生であり,専門的知識や実習等による経験が蓄積されている最終学年の学生である.そのため,学部生の中でも倫理的感受性の高い集団であったと推測される.この実習態度に関する教育が低学年の学生においても有効であるかどうかは,慎重に検討する必要がある.

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