保健師教育
Online ISSN : 2433-6890
講演記事
新型コロナウイルス感染症に対応する保健所保健師の活動の実際
ドキュメンタリー映画「終わりの見えない闘い―新型コロナウイルス感染症と保健所―」から
工藤 恵子髙橋 郁子猪股 久美
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2022 年 6 巻 1 号 p. 8-10

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I. はじめに

2021年の第9回秋季教員研修会は「多様な状況下における保健師教育の質保証と向上に向けて」というテーマで開催された.昨年,この研修会を企画した時には,新型コロナウイルス感染症が終息するであろうという予測で,会場でドキュメンタリー映画「終わりの見えない闘い―新型コロナウイルス感染症と保健所―」(ピース・クリエイト社,2021)を披露し,意見交換を行うという計画であった.しかし予測とは大きく異なり,研修会はコロナ禍のためオンデマンド配信で,意見交換会のみLIVE配信(2021年10月9日実施)であった.本稿では,研修会で紹介したドキュメンタリー映画の場面からみた保健師活動の現状と課題,保健師教育との関連について加筆したものである.

II. 映画の概要

1. 製作の経緯

2020年3月末,新型コロナウイルス感染症の蔓延で,本学の卒業式も中止になった.新年度はどうなるのか先行きが見えない中,臨地実習のことも気になった.そこで大学キャンパスから徒歩15分の中野区保健所を訪ねてみると,保健所内は混乱状態で,実習の話などできるような状況にはなかった.実習が無理なら,せめてこの状況を写真にして学生に見せたいと保健師に伝えたところ「ビデオか何かできちんと記録しておきたい」という返事があった.これが映画製作のきっかけである.

2. 映画の内容

撮影期間は2020年6月から2021年3月で,撮影場所の中心は中野区保健所であったが,保健所と関係する地域の医療機関や高齢者施設,撮影の了解を得られた地域住民の協力も得て訪問場面などを収録した.収録時間は100時間以上に及び,その記録をドキュメンタリー映画として約100分に編集した.

第1波の時期と重なって撮影準備が進められたが,実際に撮影が開始されたのは,すでに緊急事態宣言は解除され,患者発生状況は落ち着き始めたところであった.第1波(2020年4~5月)の状況は,保健師等がその時の様子を振り返って語る形の映像になっている.

中野区の人口は約33万5千人(2020年10月現在),保健所は1か所で,感染症担当を含む7人の保健師が配置されている.4月に入って間もなく,区役所内や保健センターなどに分散配置されていた保健師に兼務発令が出され,保健所に応援に行くという体制がとられた.

続く第2波(2020年7~8月)は,いわゆる「夜の街」が話題となった.中野区は新宿区に隣接しており,その関係者の多くは中野区内にも在住している.感染者数は一時期,東京23区内で最も人口の多い世田谷区(約91万人)に次いで,中野区が2番目になった.またこの時期には,高齢者施設や保育園などでのクラスターも多く発生した.

第3波(2020年11月~2021年1月)は感染者が急増し,自宅療養している陽性者の病状が悪化し,入院先の医療機関を探すことに苦慮する場面がある.

撮影は第4波が始まろうとしていた2021年3月で終了している.年度末,研修会を兼ねて保健師が集まり,1年間の振り返りをする場面が最後になっている.

III. 映画にみる保健師活動

1. 地域住民に向き合う保健師の姿勢

映画の冒頭は,朝のミーティングの場面で,続いて電話で対応する保健師の映像が重なる.保健師が電話で陽性を告知した患者や家族などの相談を受けたり,聞き取り調査を行ったりする場面が随所に出てくる.中には調査を拒否する事例や,家族や職場には自分が陽性であることを伝えられないという事例もある.そのような事例に,保健師も悩んだり,迷ったりしながら対応している.担当する保健師はベテランばかりではない.多くはまだ経験の浅い若手の保健師である.保健師の丁寧な対応に感動したというコメントが,映画を観た学生のみならず,一般住民からも多く寄せられた.マスコミ等で行政の対応が問題であるという報道が多々あったが,地域住民と向き合う保健師の基本的な姿勢は,コロナ禍にあっても変わらないであろう.映像は,このことを再確認するものとなった.

2. 家庭訪問

保健師の地区活動は,当然のことながら所内に限定されるものではない.感染症対策における保健師の活動の多くは保健所の外で行われるものであり,実際に保健師等が積極的疫学調査などで現場に出向いている.しかしながら,この場面をタイムリーに撮影するということは困難だった.感染症の発生は対象者にとっては突然のことであり,混乱状態の中にある.そこに第三者である撮影スタッフが関わることの合意を得ることは難しかった.その時の状況を振り返る形で,高齢者施設のスタッフや家族等が,インタビューに応じる形で登場してはいるが,できれば保健師の家庭訪問の場面を収録したいと考えた.結果として唯一,映画の中に収録されているのは結核患者のDOTSとしての家庭訪問場面である.担当保健師が定期的に訪問していたケースの協力によるものであった.コロナ禍において人との接触を極力避けるということで,電話,オンライン会議やオンライン診療,メールなどのソーシャルメディアの活用など,これらのツールの活用に拍車がかかった.しかし,そのようなときであるからこそ,保健師の活動の中で人と会うこと,訪ねていくことの重要性を改めて問いたい.

3. 分散配置とジョブローテーション

映画の初めの方に,新型コロナウイルス感染症に保健所の保健師だけでは対応しきれず,他の部署に分散配置されている保健師56名に兼務が発令されたという説明がある.映画の中にも,様々な所属の肩書の保健師が登場する.混乱状態の保健所に応援としてやってきた保健師が,「無我夢中だった,大変だったけど大変とも思えなかった」「衝撃的な映像で,すごい緊張状態が続いた」など,その時の状況を振り返っての発言する場面がある.

保健師の分散配置は以前から議論されてきたことである.特に特別区は,政令市や保健所設置市と同様,都道府県の保健所業務と市町村のヘルスに関する業務をすべて担っている.保健師の所属は同じ自治体ではあるが,配属される部署は保健所,保健センターにとどまらず,多岐にわたっている.新任期のみならず,中堅期の保健師であっても,感染症対策の業務が未経験であるものもいた.保健師のキャリアアップには,ジョブローテーションも重要であるとされている(厚生労働省,2016).しかし多数の部署に配置されている現状で,どのようなローテーションが可能であるのかを検討していかなくてはならない.

なお,保健師を含む保健所職員等のメンタルヘルスケアは非常に重要な課題ではあるが,他の機会に譲ることとし,ここでは言及しないことにする.

IV. 保健師教育への課題

2020年,コロナ禍で臨地実習が困難な中,東京都特別区では保健師の実習を最低でも3日は受け入れるということを決めた.本学の実習はちょうど第2波と重なったが,中野区との協議で3日間の実習の中の1日を保健所で行った.その一部は映画の一場面として収録されている.臨地でのオリエンテーション等,実習の一部は教員が担った.実習場所も保健所内に限定され,短い時間で十分な実習であったとはいえない.それでも,電話相談を行う保健師の隣で,相談の内容を聞きながら体験できる実習は貴重であった.コロナ禍の影響が続くであろうこれから先の臨地実習を最大限効果的に行う工夫は,今後の課題である.

基礎教育を終えて卒業を迎え,国家試験に合格すれば,4月からは新人保健師として現場で働くことになる.卒業後の現任教育は,現状では職場のOJTと,一部はOff-JTによって実施されている.学生から新人保健師になり,個々の保健師にとっては基礎教育と現任教育は連続したものであるが,教育する機関は異なる.先に述べたジョブローテーションの課題とも関連し,現任教育を見据えた基礎教育のあり方,あるいは基礎教育から現任教育への連続性は,臨地実習の機会が十分に得られなかったコロナ禍の時期のみではなく,これから継続して考えていかなくてはならないことであろう.

加えて,コロナ禍で保健所は,多くの業務委託や人材派遣会社からの派遣看護師の活用を必要に迫られて取り入れてきた.しかし,保健師の業務の何を委託して,どのようなことなら派遣職員が担うことが可能なのか,このような体制が保健所機能強化につながっているのかの検討は必要である.

人材派遣と関連し,第5波の時には,教員も含め,保健師等の資格をもつ人材を登録するようにという依頼があった(厚生労働省,2020).看護教育に携わる教員は多忙である.コロナ禍では所属教育機関内の感染予防対策や,職場によってはワクチンの職域接種なども担わなくてはならない.保健師として地域で何かできることはないのかという気持ちはありつつも,教員として,所属機関の一員として業務もある.教員が人材バンクに登録しても,どれだけ実働が可能であるのかは疑問が残る.もし教育と並行して現場の実務を担うことが必要となり,それが有効であるのなら,根本的な体制の構築を図ることが不可欠である.

V. おわりに

映画製作には多くのスタッフが関わる.監督やカメラ,音声などの撮影スタッフ,音楽や編集などの技術スタッフなど,いずれも作品となった映画の中には一切登場しない.改めて,一つの作品が,これらプロフェッショナルの仕事の集大成なのだということを知った.この映画が,これからの保健師活動や保健師教育について考える一つの素材となることを期待する.

そして映画製作には多大な資金が必要である.全国保健師教育機関協議会,そして会員校のみなさんのご協力で映画が完成したことについて,感謝の念に堪えない.

文献
 
© 2022 一般社団法人 全国保健師教育機関協議会
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