2024 年 8 巻 1 号 p. 2-6
保健師教育機関にとって自治体は重要な協働者であり,連携・協働は双方の発展に繋がる.自治体管理期保健師の研修については,教育機関との連携への期待が高まってきている.このような背景から,管理期の市町村保健師に対し,必要な能力の獲得に向けた研修を円滑に企画・実施できるよう, 各都道府県,保健所設置市,特別区(以下,都道府県等)において,地域の看護系教育機関(以下,教育機関)と連携した人材育成体制を構築し,計画的・継続的な人材育成を推進することを目的に,国により「令和4年度市町村保健師の管理者能力育成の推進に向けたアドバイザー支援事業」が実施された.
令和4年度全国保健師教育機関協議会(以下,全保教)夏季教員研修会において「令和4年度 市町村保健師の管理者能力育成の推進に向けたアドバイザー支援事業」について厚生労働省の木全真理氏による説明をいただき,実際に大学と連携して人材育成をされている都道府県の立場から茨城県保健医療部統括保健師の石川尚美氏,自治体支援を行っている大学の立場として山口大学牛尾裕子氏よりそれぞれ取組みをご紹介いただいた.本稿ではその内容を報告する.
厚生労働省健康・生活衛生局健康課保健指導室 木全真理
自治体保健師の管理者能力育成のための人材育成体制,市町村保健師の管理者能力育成推進にあたっての研修の状況,看護系教育機関と連携して実施する人材育成の3点については以下の通りである.
1. 自治体保健師の管理者能力育成のための人材育成体制自治体保健師の研修等による人材育成に関する根拠として,地方公務員法,地域保健法,平成25年局長通知「地域における保健師の保健活動について」がある.この通知において,都道府県等は人材育成の観点から計画的に保健師の教育研修を企画実施することや,計画的な人材確保とともに質の向上を図ること,各自治体の人材育成趣旨に基づき現任教育体系を構築し,研修等を企画実施していくこと,各自治体で保健師の保健活動の総合調整を担う部署に配置された保健師は,人材育成や技術面での指導や調整など統括的な役割を担うことと示されている.
令和5年3月27日には厚生労働省の告示として,「地域保健対策の推進に関する基本的な指針」が改正され,地域の健康危機管理体制を確保するために,保健所に保健所長を補佐する統括保健師等の総合的マネジメントを担う保健師を配置することが示された.統括的な役割を担う保健師(以下,統括保健師)には,組織横断的なネットワークを機能させることで平時の地域保健対策の推進に加え健康危機発生時の迅速な対応を可能とするため,組織を超えたネットワーク構築やマネジメント能力が求められている.
統括保健師の配置状況(令和5年度速報値)は,都道府県100%であるが,都道府県別の市町村統括保健師配置状況は平均68.5%となっている.統括保健師という名称での配置はないが統括に近い立場の保健師を配置する自治体もあり,自治体保健師の人材育成体制の推進のため,統括および統括的立場の保健師と教育機関の連携も重要となる.
2. 市町村保健師の管理者能力育成推進にあたっての研修の状況「保健師にかかる研修のあり方等に関する検討会の最終取りまとめ(平成28年3月)」では,自治体保健師の標準的なキャリアラダーのほか,都道府県による市町村支援や教育機関等と連携した自治体保健師の人材育成推進について示されている.当該検討会では,人材育成における自治体と教育機関の連携に関する全保教の調査結果も紹介され,自治体の研修などに教育機関の教員が参画している実績が示された.当該検討会の報告書では,エビデンスや研究的視点を付加することによる保健活動の質向上への期待,教育機関にとってのメリット,教育機関への多様な連携方法の周知,実習調整会議等の機会を活用し,教育機関と自治体が組織的かつ定期的に協議する場の活用,自治体が主体となり目的目標を共有して連携に取り組むことなどが示された.これらを踏まえ,国による管理的立場にある市町村保健師を対象とした研修が実施されてきた.また,各自治体の実情にあわせて研修を実施できるようガイドラインを開発してきた経緯がある.
3. 看護系教育機関と連携して実施する人材育成令和4年度より実施している都道府県等と看護系教育機関が連携した人材育成体制を構築するための,「市町村保健師の管理者能力育成の推進に向けたアドバイザー支援事業」において,自治体による管理期保健師研修の事前相談から企画・実施までのプロセスに沿った教育機関との連携方法と内容の整理を行い,ハンドブックを作成した.ハンドブックの活用にあたって,自治体向け説明会を開催した.
令和5年度はハンドブックの内容を検証し洗練させていく予定で,検証に協力可能な自治体を募集していること,自治体から教育機関に相談が寄せられた際には協力をお願いしたい.
前年度の実施内容と成果は次の通りで,課題については引き続き検討することとなっている.
1) 看護系教育機関と連携して実施した研修・市町村の管理期の保健師育成に関する課題の整理
・課題に沿った管理者能力育成のための研修プログラム作成
・研修の強化方法の検討
・今後の,管理期も含めた人材育成計画の立案など
2) 連携して行った研修の成果・自治体:管理期を含めた自治体保健師の人材育成体制の見直しの機会や,客観的且つ俯瞰した研修計画の立案や評価方法の検討
・看護系教育機関:自治体保健師の活動等の実態に即した基礎教育の方法の検討
3) 今後の課題・管理期を含めた自治体保健師の人材育成計画の立案
・看護系教育機関の自治体保健師の研修実施への連携経験の共有や研修プロセスに沿った連携支援
・研修教材の支援など
今回のハンドブックは,都道府県等の統括保健師を対象とした調査(令和4年度)で挙げられた,研修の企画実施が困難,教育機関の連携が得にくい,テーマに沿った依頼先教育機関がないなどの課題に対応して作成している.
ハンドブックの要点
1)自治体と教育機関に分け,連携のプロセスごとの内容を解説
それぞれの役割が不明確な状態では連携が困難であるため,研修前の相談から企画・実施後までのプロセスに沿って,役割に応じた連携のポイントを提示した.また,地域や自治体の実情を踏まえた連携についても記載した.
Step 1では,教育機関側は自治体の現任教育の方針や課題,求められる能力等の情報収集や,研修の目的・内容を確認することが重要となっている.
Step 2以降も同様の構造で示している(ハンドブック参照).
2)企画・実施の際は演習も含め検討し,実施後は評価とともに計画を見直すことを提示
3)管理期研修と並行した人材育成体制検討について説明
4)自治体と教育機関との連携例の紹介
最後に,令和5年度はハンドブックを活用した研修の実施,自治体等への調査,ハンドブックの検証,自治体保健師の人材育成体制全体の強化を行う予定であり,教育機関の協力をお願いしたい.
茨城県保健医療部健康推進課 統括保健師 石川尚美
茨城県では国の指針発出やガイドライン作成とほぼ並行して県内の保健師人材育成と県内大学との連携を行ってきたので紹介させていただく.
1. 保健師人材育成の連携体制の状況茨城県内には,5つの看護大学がある.県庁には,看護系大学,関係団体,市町村等の委員で構成される茨城県保健師等人材育成推進検討会を設置し,人材育成や保健活動の推進に関することを検討している.人材育成研修や指針の策定等では県内の市町村保健師が加入する市町村保健師連絡協議会とも連携している.
県では平成19年から保健師の人材育成のあり方検討会を開催し,茨城県立医療大学や保健所,市町村保健師,茨城県看護協会等と保健師の人材育成に取り組んできた.
2. 取り組みの実際新任期保健師と指導保健師の育成から取り組んだ.指導保健師の年代にあたる県内中堅保健師によるガイドライン作成チームが,経験と実践を通して獲得した技術や知識を振り返り,価値観や思いを文書化し作成した「新任保健師育成ガイドライン(H22)」は10年以上経過した現在も活用されている.
平成22年には「地域における保健師の活動について(平成15年10月10日付 健総発第1010001号)」をもとに「茨城県保健師人材育成指針」を策定した.この指針では県の保健師が目指す保健師像を明らかにし,階層別研修会の実施,統括保健師配置についても明記した.「地域における保健師の保健活動に関する指針(平成25年4月19日付 健発0419第1号)」を踏まえ,平成27年には「茨城県保健師活動指針」を策定し,本県の保健師は地域に責任を持つ保健活動を目指し,この活動を通じて住民及び地域全体の健康の保持増進に努めることとし,人材育成について体系的に実施することとした.平成30年3月には「保健師に係る研修のあり方等に関する検討会 最終とりまとめ~自治体保健師の人材育成体制構築の推進に向けて~(平成28年3月)」を受け,「茨城県保健師人材育成指針 第2版(平成30年3月)」を作成し,キャリアラダーの活用を開始している.活動指針と人材育成指針を並列の位置づけとし,人材育成と保健活動の推進を一体的に捉えている.策定にあたっては,茨城県保健師人材育成推進検討会や指針策定ワーキング部会の体制を組み,いずれも,大学や研究機関の先生方の協力を得た.このすべてのプロセスに県と市町村の保健師が参画し一緒に取り組んできたことが特徴である.
これらを可能とした背景には,保健所と市町村が相互理解と資質向上のために実施してきた保健所管内業務研究会により顔の見える関係が構築されていたこと,一緒に学び高め合うという思いが一致したことがある.また,当時,茨城県は国立保健医療科学院の長期研修への保健師派遣,県立大学の教員研修としての厚生労働省看護研修研究センターへの保健師派遣などを行い人材育成に力を入れていたことも影響していると考える.
茨城県では,県内保健師が新任期から管理期までのすべての研修を受講できるよう,受講管理を行っている.研修プログラムにおける講師等は,県や市町村保健師が人を変え務めることとし,人材育成の一環としている.そして,当初より人材育成体系の中に教育研究機関を位置づけている.
令和5年度開催の管理期研修では,県庁の統括保健師,統括保健師補佐による茨城県の人材育成の考え方や,キャリアレベルごとの役割などを茨城県保健師人材育成指針第2版などに基づき説明している.県内大学教員には研修会の講師やファシリテーターを依頼している.
有事に求められる保健師の役割と平時の保健活動については,令和4年度から管理期研修受講者のみでなく,統括保健師及び統括保健師補佐にも案内し,オンラインで広く学べるようにした.研修をきっかけに,災害時保健活動マニュアルの見直しや訓練の実施につながっている.
今後は,県・市町村保健師の役割の違いを踏まえた研修の検討や,実際に管理期保健師として現場で働いている保健師への追加研修の検討が必要となっている.
3. 教育機関との連携について看護大学に依頼している主な講義の内容 は,新任期では,個別保健指導の基本,地域アセスメントの基本,中堅以降では指導保健師としての学びや地域アセスメントと事業の連動,地域ケアシステム構築を見据えた保健活動などである.これらのテーマで,いずれも事前課題による職場内研修と人材育成研修の連動で進めている.
教育機関との協働の成果として,教員と保健師間で顔の見える関係が構築され,実習受入などがスムーズになり,共同研究や学会発表,地域活動への学生や教員の協力,大学講義への自治体保健師の協力,実習・インターンシップの受け入れ,大学が開催する就職説明会への参加などが挙げられる.また,大学の教員が人材育成研修に参加することは,卒業生の状況の把握とその後の新任期保健師の支援にもつながっている.
人材育成研修実施前後のアンケートでは,新任期では「家庭訪問においてアセスメントの重要性が認識できる」「地域の健康課題を明確にできる」,管理期では「管理期にある自己課題とこれから取り組むことを説明できる」などの項目で大きく成果が示された.
現在の体制になるには多くの先生方の参画があり,今後も顔の見える関係を大切にして関係機関を含めた協働を進めていきたい.
山口大学教授 牛尾裕子
令和4年度管理者能力育成推進アドバイザー支援事業に参画,また,令和3年度に山口県が実施した市町村保健師管理者研修にも参画した経験から,教員が管理者能力育成研修に関わる経験について紹介する.
日本看護協会保健師職能委員会の保健師に求められる看護管理のあり方の検討報告(2004)で公衆衛生看護管理の機能が示され,その後,2009年の指定規則一部改正で保健師教育内容に公衆衛生看護管理が明記された.2014年からは公衆衛生看護管理が国家試験出題基準の項目になり,保健師基礎教育で公衆衛生看護管理を教授することが求められるようになった.
20年以上前に保健師教育を受けた当時は公衆衛生看護管理という言葉はなかった.保健師基礎教育で公衆衛生看護管理を教えることになった時には,教授内容や方法を悩み,管理者能力育成研修に関わらせていただける機会は貴重だった.
山口県では,令和3年度地域保健総合推進事業「市町村保健師の人材育成体制構築支援事業」の一環として市町村保健師管理者能力育成研修をガイドラインに基づいて実施することが前年から決まっていた.ガイドラインによる研修は連続する2日間で,対象は市町村保健師で管理者(課長補佐級以下)または次期管理者(係長級以上)である.参加者は2つの事前課題に取り組み,講義とグループワークを組み合わせ,政策の動向,管理者としてのリーダーシップとマネジメントに関する内容研修を受講する.
ガイドラインには地元の看護系大学教員が研修の企画段階から参加することが示されており,山口大学に異動した最初の年に連携の声かけを頂き,講義の一部(根拠に基づく事業施策の展開)とグループワークのファシリテーターを担当した.研修プログラムには講義内容などの見本があり,それを元にアレンジして実施することができる.
県内市町からの受講生は意欲的で研修の機会を喜んでいた.組織を越え同じ管理的立場で管理的課題に取り組む研修は過去になく,この研修によって繋がりができたことの意味も大きかったようであった.後半には管理者としてのマネジメントの在り方として自自治体の10年後の姿を思い描き,管理的立場になった自分がどのようにマネジメント機能を果たしているかを考えグループワークを実施する.10年後を描き,同じ立場同士で意見交換をすることが好評だった.教員側としては,実習でお世話になる市町の管理的立場の保健師と親しくなれ,市町の状況を知るきっかけになりとてもよかった.
令和5年度の事業では,この管理期保健師研修を自治体と教育機関とが連携して継続的に実施できるようにするためのハンドブック作成に取り組んでおり,そのために実施したヒアリングから一部紹介する.
1) 教育機関との連携のきっかけ学生実習の受け入れ,他の研修の講師依頼からの関わり,学会の勉強会や元自治体の職員など以前からの関係性,人材育成の検討会への参画,教育機関からの申し出などが挙げられていた.
2) 連携のメリット大学として俯瞰した視点から助言が得られること,教育と実践両方向からの良い関係づくりにつながること,研修の手法など人材育成担当者の質向上,科学的根拠に基づいた助言,ロジカルに整理する支援,人材育成組織と連動した経年的な企画評価の助言,基礎教育と現任教育を連動させた体制づくりなどが挙げられた.
3) 教育機関への自治体からの期待調査分析などによる保健師人材育成の評価,こうした職場外研修の成果を職場内での研修に組み込みフィードバックしていく仕組みづくりなどの検討も一緒に行うことを期待して連携されていた.
ヒアリングに参加して,自治体側の現状を外部から知る立場として地元の看護系教育機関が人材育成の評価や検討に参加するということへの期待は大きいと感じた.
管理期研修は他の階層別研修に比べ大学側も自治体側も連携の方法や教え方について悩まれることと思われる.しかし,すでに作成されている研修ガイドラインを活用して一緒に研修の企画を検討していくので難しくはない.一緒に研修ニーズを調査,分析することには教育機関側の強みを生かせ,また,自治体の現状を知る良い機会になる.講義内容は,学内の講義内容と重なる部分もあり,研修企画者と相談して調整することができる.
今回のヒアリングを通して,自治体側が研修を企画する際に,大学のホームページなどから教員の情報を得ていることがわかった.教育機関側として我々が提供できる資源や教員の研究テーマなどをホームページで積極的に発信していくことも連携にとって重要なのではないかと考える.
自治体保健師の管理期研修における自治体と教育機関の連携について,夏季教員研修会の講演内容を報告した.本事業には,全保教も委員として参画している.全保教および教育機関としてできることについて検討し,保健師の現任教育,基礎教育を通じた質の向上を目指して地域の自治体と教育機関の連携を推進していくことが会員校に求められている.