目的:公衆衛生看護学の教科書の分析から「感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術」の構成要素を明らかにし,概念を定義づける.
方法:Rodgersの概念分析の手法を用いて,公衆衛生看護教育で使用されている教科書12件の「健康危機管理」に関する章を分析した.
結果:特性として【コミュニティの特徴とリスクに応じて保健指導・啓発を行う】【保健所内外と協働して保健・医療提供体制を強化・管理する】等6カテゴリが抽出された.感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術とは「疫学調査の分析から地域の感染リスクを推定し,保健医療体制を強化・管理する手法を用いて平時の保健師活動で把握しているコミュニティの特性に応じて個々人と地域全体の感染予防と感染拡大防止の対策を講じること」と定義した.
考察:COVID-19への対応を経て付加された技術があり,今後の保健師基礎教育において教授する必要があることが示唆された.
Objective: To identify the components and define the concepts of “Public Health Nursing Skills for Health Crisis Management of Infectious Diseases” through an analysis of public health nursing textbooks.
Methods: Chapters on “health risk management” in 12 textbooks used in public health nursing education were analyzed using Rodgers’ method of concept analysis.
Results: Six categories were extracted as characteristics including [health guidance and awareness-raising matched to community characteristics and risks] and [strengthening and managing health and medical care delivery systems in collaboration with inside and outside public health centers]. Public health nursing skills for health risk management of infectious diseases were defined as “estimating the risk of infection in the community based on the analysis of epidemiological surveys and taking measures to prevent infection and the spread of infection in individuals and the entire community according to the characteristics of the community that are known through the activities of public health nurses during normal times using methods to strengthen and manage the health care system”.
Discussion: The results suggest that there are skills that have been added through the response to COVID-19 and these need to be taught in future basic education for public health nurses.
健康危機管理とは,「医薬品,食中毒,感染症,飲料水その他何らかの原因により生じる国民の生命,健康の安全を脅かす事態に対して行われる健康被害の発生予防,拡大防止,治療等に関する業務であって,厚生労働省の所管に属するもの」と定義されている(厚生労働省,2001).看護基礎教育検討会報告書(厚生労働省,2019)では「大規模災害や感染症等の健康危機管理能力の強化の必要性」が指摘され,看護師等養成所の運営に関する指導ガイドライン(厚生労働省,2019)で保健師教育の基本的な考え方に「広域的視点も踏まえて,平常時から健康危機管理の体制を整備し,健康危機の発生時から発生後の健康課題を早期に発見し迅速かつ組織的に対応する能力を養う」必要性が記載された.2020年よりCOVID-19による未曾有の公衆衛生上の危機が発生し,保健師基礎教育における感染症の健康危機管理教育の強化が喫緊の課題となった.COVID-19のパンデミックにより保健所業務は逼迫し,保健師の84.9%が新型コロナウイルス感染症関連業務に従事したと報告されている(日本看護協会,2022).国は,感染症対応業務に従事する保健師の人員体制を恒常的に強化するため,コロナ禍前(約1,800人)の1.5倍に当たる2,700人に増やせるよう地方財政措置(内閣府,2021)等を行った.今後も行政機関の保健師が新任期から感染症の健康危機管理能力を発揮できる即戦力となることへの社会的要請は大きい.
保健師基礎教育における感染症の健康危機管理教育を強化していくためにも,その基盤となる「感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術」を明確化することが重要である.しかし,COVID-19の感染拡大によって公衆衛生看護に求められる技術は変化・拡大しており,現状に即した概念の明確化が求められると考えた.そのため本研究では,現在発刊されている公衆衛生看護学の教科書で,この概念がどのように用いられているかを分析することで,保健師基礎教育での活用を目指すこととした.本研究で分析対象とした教科書は,COVID-19のパンデミック前後に発行されており,この前後による概念の変化を確認することもできると考えられる.
以上のことから,本研究の目的は公衆衛生看護学の教科書を分析することにより「感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術」の先行因子,特性,帰結の構成要素を明らかにし,概念を定義づけることとする.これにより,保健師の基礎教育において教授すべき感染症の健康危機管理の基本的事項を導き,実践能力を高めるために有用な教育や演習内容について検討することが可能となる.
概念は時間や状況に応じて変化するという哲学的基盤に基づくRodgers(2000)の概念分析の手法を用いた.COVID-19のパンデミックというこれまで経験したことがない社会背景のなかで健康危機管理に関する公衆衛生看護技術の概念は変化していると考えたからである.Rodgers(2000)の概念分析は,データ収集する範囲を定め文献を選定し,文献の質的分析により概念の使われ方の特徴を示す「特性」,概念の前に生じる「先行要件」,概念が生じた結果として生じる「帰結」の3つの枠組みを明らかにする.また「特性」の内容が真の定義を構成するとされているため,分析した結果をもとに「感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術」の概念を定義した.
2. データ収集方法「感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術」がどのように扱われているのか検討できるよう,公衆衛生看護教育で使用されている教科書をハンドサーチし,2022年1月の時点で入手可能であった12件の「健康危機管理」に関する章を分析対象とした.
3. 分析方法対象文献ごとに「感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術」に該当する箇所を抽出し,コーディングシートに入力し,特性,先行要件,帰結ごとにコード化した.コード化は,本文の意味内容を損なわないように留意した.抽出したコードを,意味や内容の共通性や相違性に基づいてカテゴリ化し,抽象度を上げた.分析の解釈の妥当性と信頼性を担保するため,概念分析に精通する専門家のスーパーバイズを受け,概念分析を熟知した研究メンバーと意見交換しながら進めた.
4. 関連する概念Rodgers(2000)の概念分析では,分析する概念に関連する表現を確認することとされている.本研究に関連する概念として「公衆衛生看護技術」がある.公衆衛生看護技術とは,先行研究の定義(麻原ら,2010;岩本ら,2021;厚生労働省,2019;日本産業技術教育学会,2021;岡本,2020;佐伯,2022)を参考に,本稿では「公衆衛生看護の知識を用いて,社会・文化及び多様性を考慮し,様々な条件を調整しながら状況に応じて健康支援とそのしくみを創造することにより健康被害と生活への影響を最小化するための目的意識的な行為」と定義した.
分析の結果,「感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術」の特性として6カテゴリ,先行要件として3カテゴリ,帰結として3カテゴリが抽出された.特性は抽出されたコードが1,058コードと多かったため,抽象化のプロセスで初めに抽出したコードを一次コードとし,意味内容の共通性の視点でまず二次コードを作成した上でカテゴリ化した.概念図を図1に示し,抽出されたカテゴリを【】,サブカテゴリを《》,代表的な一次コードを「」で示し,各カテゴリの内容を記述する.特性については,原則として対象文献の記述に近い一次コードで記述し,二次コードを示す場合は〈〉で示す.
「感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術」の概念図
感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術の特性としてとして抽出されたのは,【平時から健康危機発生を予測して活動する】【疫学調査の分析から地域のリスクを推定し,対策を講じて評価する】【コミュニティの特徴とリスクに応じて保健指導・啓発を行う】【保健所内外と協働して保健・医療提供体制を強化・管理する】【個々人の感染予防と拡大防止のための保健行動を促す】【患者・接触者が回復するまで継続的に支援する】であった(表1).
保健師基礎教育における「感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術」の特性
* 2021年以後に出版された教科書の記述が8割以上を占めたサブカテゴリ
「日ごろから地域に感染症情報を発信し,地域の感染症対策の拠点となる活動を行うことが,発生時の迅速な把握と対応につながる」(尾島ら,2020)ため,平時から「健康危機を視野に入れた地区情報の把握・整理」(牛尾ら,2021),「コミュニティの力量の把握」(末永,2021),「健康危機管理の観点から感染症集団発生時の対応マニュアルを作成しておく」(平野ら,2016)等《平時から地域の特性を把握し,危機発生に備える》,「行政情報を周知する機会等に参加して顔の見える関係を築く」(石田ら,2022),「重症患者の入院病床の確保計画を策定しておく」(牛尾ら,2021)等《危機発生を見越した地域の体制整備》をする技術が抽出された.
2) 【疫学調査の分析から地域のリスクを推定し,対策を講じて評価する】「第一報受理の時点では,感染症か,集団発生か等,わからない場合が多いが,この時点で把握した情報が初動対応に影響する」(牛尾ら,2021)ため,「第一報受理の時点で必要な情報を可能な限り収集する」(平野ら,2016).「目の前の症例がPHEICに該当する事象ではないか,気づき,判断する」(石田ら,2022)ことにより《感染症の集団発生を探知する》.「患者調査は,特徴を知るために,時・場所・人の要素を念頭に置く」(牛尾ら,2021)ことに留意しながら「調査は,入院・療養先への訪問,電話などにより行う」(石田ら,2022)等〈感染動向に応じて調査手法を選択〉し「感染源・感染経路の探索と二次感染者の早期発見を目的に,接触者に症状や行動,患者との接触状況などの聞きとり調査を行う」(尾島ら,2020)等《患者調査をして感染経路を探る》.「対象集団の中に窓口となる者をつくり協力を得て効果・効率的に情報収集する」(牛尾ら,2021)ため《コミュニティとの支援関係を構築し調査の準備を整える》ことができたら「調査をもとに濃厚接触者を選定してリスト化する」(鳩野ら,2022)ことを経て《接触者調査を実施して必要な保健指導を行う》.「施設の見取り図や給水・排水・換気等の図面,周辺地域の地図,業務記録,配食記録,調理手順書など」(春山,2020;春山,2022;平野ら,2016)や「手技や配置,管理方法等,集団発生前の状況も含めて観察」(春山,2020;春山,2022;平野ら,2016)する等《集団感染が発生した施設や地域の環境調査を行う》こともある.「発症者数の経時変化をあらわした発症曲線(流行曲線)を描く」(尾島ら,2020),「患者の発生場所を地図上に示す(地図化)」(牛尾ら,2021)「発生率などを一覧表にしたり,グラフ化する」(春山,2020;春山,2022)等《情報を可視化してリスクアセスメントする》.「被害の拡大防止のために,法令に基づく原因対策を迅速に実施する」(尾島ら,2020)等《発生要因を明らかにして予防対策を迅速に実施する》,「潜伏期間を考慮した一定期間,症例定義に合致する新たな事例がみられないことを確認し,集団発生の終息を判断する」(尾島ら,2020)等《収束を判断するための情報整理》,「一連の活動を,関係した医療機関,市町村,集団発生施設等と振り返る」(牛尾ら,2021),「経緯をまとめ,整理・蓄積し,新たな危機対応に反映させる」(石田ら,2022)等《対策・対応を評価する》という一連のPDCAのサイクルのプロセスが抽出された.
3) 【コミュニティの特徴とリスクに応じて保健指導・啓発を行う】「宿主の感受性対策として予防接種を勧奨する」(春山,2020;春山,2022)等,平時から年齢等に応じて《予防接種に関して適切に保健指導する》ことや「市民や関係者の認知をふまえて,リスクに直面している人が被害を避けることができるように情報を提供」(尾島ら,2020)する等《リスクコミュニケーションを図る》こと,「保育施設や高齢者施設における感染症発生時の対策や集団感染時の保健所への報告,手洗い,マスク着用などの予防対策について検討」(尾島ら,2020)する等《コミュニティの特徴を踏まえた保健指導を実施する》技術も抽出された.また「説明会の開催や,電話・インターネット・チラシ・広報誌などの多様な経路を活用」(尾島ら,2020)し,「適切で迅速な情報提供を図り,住民の理解と協力を得る」(牛尾ら,2021)ことや「住民による適切な予防対策が行われるようにする」(尾島ら,2020)ことが「人々の不安を軽減しパニックを防ぐ」(牛尾ら,2021)ことにつながる等《ポピュレーションアプローチにより正しい理解と感染拡大防止行動の普及を図る》.「新しい生活様式はこれまで保健師が重視してきた“つながりをつくる”“つながりを活かす”ことを困難とする」(春山,2022)等〈生活様式の変化に伴う地域の健康課題の変容を認識する〉ことや,「次なる社会で引き起こされる健康課題を予測しながら予防策に着手」(石田ら,2022)する等《生活様式の変化に伴う新たな健康リスクの予防策に着手する》技術も抽出された.また被災者や避難者が発生した場合,「避難所で有症者が出たときのために,有症者用のスペースを確保し,症状のない人と区別する」(石田ら,2022)等《パンデミック下の災害発生時は感染予防に配慮する》ことも技術の一つであった.
4) 【保健所内外と協働して保健・医療提供体制を強化・管理する】「初動の方針や役割分担を決め,活動体制を構築する」(平野ら,2016)等《健康危機対応に即した行政組織の体制整備》を行う.「感染症担当以外の保健所内職員との協働が不可欠」(牛尾ら,2021)であり「外部の人的資源として,他の部署,本庁,管内の市町村,自治体間の応援派遣,任期付非常勤職員,IHEATなどを受入れる」(石田ら,2022)等,《保健所内外との協働体制の構築》を試みる.「住民の理解と協力を得ながら活動していく」(平野ら,2016)ことはもちろん,「開催する感染症対策会議に,児童福祉課・教育委員会・高齢福祉課に参加を依頼」(尾島ら,2020)する等自治体内部,「医療機関や医師会,市区町村,学校・教育委員会,事業所,地方衛生研究所,その他の関係機関・組織に速やかに連絡を入れ,関係者から情報入手するとともに,保健所の活動経過を報告」(春山,2020;春山,2022)し,《関係機関と連絡・協働体制を構築する》.そして「入院ベッドの確保」(牛尾ら,2021)「検体や感染者の搬送」(平野ら,2016;石田ら,2022;牛尾ら,2021)等「医師会等を通して情報を医療機関に迅速に伝え,医療の確保および感染の拡大防止の観点から,速やかに医療体制を整える」(平野ら,2016;牛尾ら,2021)ような《保健所管轄地域の医療提供体制の調整》技術が抽出された.
5) 【個々人の感染予防と拡大防止のための保健行動を促す】平時の感染症対策にも共通するが,「手袋を外した後は,ただちに手を洗い,乾燥させる」(春山,2020;春山,2022),「水道がない場所などには速乾擦式手指消毒剤を置く」(春山,2020;春山,2022)等の《手洗いと手指消毒に関する保健指導》,「マスクやゴーグル(眼鏡)の着用により,鼻や眼の粘膜を不用意に触ることを防ぐ」(牛尾ら,2021)等の《個人防護具の使用に関する保健指導》を行う.流行している病原体の感染経路に応じて「2次感染予防のため,咳やくしゃみをするときはティッシュなどで鼻と口を覆う」(春山,2020;春山,2022)等《咳エチケットに関する保健指導》,「水洗トイレの取っ手やドアのノブなど,菌の汚染されやすい場所を逆性石鹸や消毒用アルコールなどを使って消毒する」(牛尾ら,2021)等《衛生的な環境を保つための保健指導》,「利用者の排泄物や血液・体液を適切に処理し,手袋などは使い捨て製品を使用する」(春山,2020;春山,2022)等《排泄物・血液・体液の処理に関する保健指導》のように適切な指導内容を選定する.「汚染経路を正確に把握し,汚染の広がりを遮断する」(尾島ら,2020),「汚染区域にある物は区域外に持ち出さない」(春山,2020;春山,2022)等《家庭や施設のゾーニングに関する保健指導》と,流行している感染症に関する「正確な情報の提供と発信」(牛尾ら,2021)により「家族や周囲の人々が感染予防策を講じられるように」(春山,2020;春山,2022)《患者・接触者に対して感染症と2次感染予防策を説明する》技術が抽出された.
6) 【患者・接触者が回復するまで継続的に支援する】「感染リスク者の早期発見」(平野ら,2016;牛尾ら,2021)に努め,「有症者の受診相談」(石田ら,2022)により「医療に確実に結びつける」(春山,2020;春山,2022)よう《接触者を早期発見し確実に検査に結び付ける》.また入院適用とならなかった「自宅療養者や濃厚接触者の健康観察」(石田ら,2022)で「症状悪化時の入院調整」(石田ら,2022)を行う等《患者を適切な医療に結び付ける》.「患者や家族がかかえる様々な混乱を受けとめ,その後のPTSDにも配慮しながら相談を進める」(尾島ら,2020)ことも含めて《患者・接触者が抱える不安への支援》を行う.「個人情報を保護する」(荒賀,2021;春山,2020;春山,2022;牛尾ら,2021),「人権擁護・倫理的配慮を行う」(荒賀,2021;平野ら,2016;尾島ら,2020;牛尾ら,2021)等《患者・接触者の人権に配慮し偏見・差別を予防する》ことにも留意して「患者・家族一人ひとりの心身の回復について,影響が生じた生活面も踏まえて継続して支援する」(牛尾ら,2021)等《患者・接触者の生活への影響を配慮しながら継続的に支援する》.
2. 先行要件感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術の先行要件として抽出されたのは,【活動の根拠となる法令や計画を理解する】【平時から感染症に関する専門知識を修得し,役割を理解する】【事業継続計画等を策定し,対応能力向上を図る】であった(表2).
「感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術」の先行要件
カテゴリ | ||
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サブカテゴリ | 該当文献 | |
活動の根拠となる法令や計画を理解する | ||
感染症対策の根拠法令とモニタリングの仕組みを理解する | 牛尾ら,2021 | |
感染症対策に関する指針や要綱を策定し更新内容を理解する | 石田ら,2022;末永,2021;牛尾ら,2021 | |
平時から感染症に関する専門知識を修得し,役割を理解する | ||
平常時から専門知識の修得や調査研究を推進する | 石田ら,2022;尾島ら,2020;牛尾ら,2021 | |
感染予防行動に関する知識を修得する | 春山,2020;春山,2022;平野ら,2016;石田ら,2022 | |
病原体の特性に関する知識を理解する | 牛尾ら,2021 | |
感染症の健康危機に関する保健師の役割を理解する | 平野ら,2016;石田ら,2022;牛尾ら,2021 | |
感染症に関する危機発生時の保健所の役割を理解する | 石田ら,2022;牛尾ら,2021 | |
事業継続計画等を策定し,対応能力向上を図る | ||
保健医療計画の策定に関与する | 伊藤,2018 | |
平時より危機発生を想定した事業継続計画を策定する | 荒賀,2021;平野ら,2016;石田ら,2022;尾島ら,2020;牛尾ら,2021 | |
対応能力の向上のために訓練を行う | 石田ら,2022;尾島ら,2020;末永,2021;牛尾ら,2021 |
「保健所の各種法令に基づく健康危機管理業務」(牛尾ら,2021)の表として平常時と緊急時の対応例が示されている通り,「感染症法:予防計画の策定,感染症発生動向調査等」「予防接種法:定期の予防接種」「検疫法:消毒等の予防措置」「狂犬病予防法:犬の登録」等《感染症対策の根拠法令とモニタリングの仕組みを理解する》ことと,「都道府県は予防計画を定める」(牛尾ら,2021),「基本方針が変更された場合には,予防計画に再検討を加え,必要時変更する」(牛尾ら,2021)等《感染症対策に関する指針や要綱を策定し更新内容を理解する》ことが感染症の危機管理に関する公衆衛生看護技術の実践に先んじていた.
2) 【平時から感染症に関する専門的知識を修得し,役割を理解する】「医師の届出・連絡,施設からの相談,動向調査での通常と異なる発生情報,住民からの相談が第一報となり得る」(尾島ら,2020)ことを理解しておく等,《平時から専門知識の修得や調査研究を推進する》だけでなく,「保健師は防護具を適切に扱えるように日頃から訓練しておく」(春山,2020;春山,2022),「患者などとその家族,周囲の人々に,手洗いの重要性を説明し,実行できるようにする」(春山,2020;春山,2022)等《感染予防行動に関する知識を修得する》,「『新型』であるため基本的に免疫を有している住民が少なく,強い感染力を有している」(牛尾ら,2021),「一方で,狂犬病ウイルスのように,多くの哺乳類が感受性をもつ感染症もある」(牛尾ら,2021)等《病原体の特性に関する知識を理解する》,「情報収集と整理,相談対応と受診調整,検査の実施,入院調整,積極的疫学調査,健康観察,業務遂行のためのマネジメントなど多岐に及ぶ」(石田ら,2022),「感染症担当でなくても,対人支援を担う専門職として,疫学調査や患者・接触者などへの相談対応の応援に入ることになりやすいことを心得ておく」(平野ら,2016;牛尾ら,2021)等《感染症の健康危機に関する保健師の役割を理解する》,「監視業務等を通じて健康危機の発生を未然に防止する」(牛尾ら,2021)等《感染症に関する危機発生時の保健所の役割を理解する》ことが抽出された.
3) 【事業継続計画等を策定し,対応能力向上を図る】「生活圏域における救急医療体制の充実」(伊藤,2018)等《保健医療計画の策定に関与する》こと,「健康危機発生時を想定した組織および体制の確保」(尾島ら,2020;牛尾ら,2021),「人材の確保」(尾島ら,2020)等《平時より危機発生を想定した事業継続計画を策定する》,「マニュアルに基づき訓練する」(石田ら,2022)等《対応能力の向上のために訓練を行う》技術も先行因子であった.
3. 帰結感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術の帰結は【健康危機発生による人々への影響が最小化される】【地域社会が危機状態を脱する】【感染症の健康危機管理の対応力が改善・強化される】の3つのカテゴリが抽出された(表3).
「感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術」の帰結
カテゴリ | ||
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サブカテゴリ | 該当文献 | |
健康危機発生による人々への影響が最小化される | ||
人々への影響が最小化される | 春山,2020;春山,2022;平野ら,2016;石田ら,2022;牛尾ら,2021 | |
地域社会が危機状態を脱する | ||
健康危機による被害から回復する | 荒賀,2021;石田ら,2022 | |
病原体と共存する | 石田ら,2022 | |
感染症の健康危機管理の対応力が改善・強化される | ||
感染症のモニタリングを継続する | 牛尾ら,2021 | |
活動評価を行い,組織の感染症対策の改善・強化を図る | 荒賀,2021;石田ら,2022;尾島ら,2020;末永,2021;牛尾ら,2021 | |
健康危機対策の対応経験を報告する | 荒賀,2021;石田ら,2022;尾島ら,2020;末永,2021;牛尾ら,2021 | |
関係機関との連携体制が強化される | 尾島ら,2020;牛尾ら,2021 |
緊急かつ総合的な対応により「患者・家族等に与える負担・生活への影響が最小限となる」(春山,2020;春山,2022;平野ら,2016;牛尾ら,2021),「防ぎうる死と二次健康被害の最小化」(石田ら,2022)等《人々への影響が最小化される》.
2) 【地域社会が危機状態を脱する】「住民の混乱している社会生活が健康危機発生前の状況に復旧」(石田ら,2022)する等《健康危機による被害から回復する》場合と,「病原体の変異などにより,拡大期に複数回戻る」(石田ら,2022)時期を経て「季節や免疫力低下など,一定の状況下で限局的に流行する」(石田ら,2022)等《病原体と共存する》場合がある.
3) 【感染症の健康危機管理の対応力が改善・強化される】「患者サーベイランスにより流行状況を監視していく」(牛尾ら,2021)等,《感染症のモニタリングを継続する》ことは健康危機発生前と変わらず行われる.それ以外に,「経緯をまとめ,整理・蓄積し,新たな危機対応に反映させる」(末永,2021),「ある手順においてミスをおかしたとしても,その次の手順などで対応が行われ,健康被害につながらないようにする『フェールセーフ』の体制の整備」(尾島ら,2020)等《活動評価を行い,組織の感染症対策の改善・強化を図る》,「情報の蓄積」(荒賀,2021)や「類似の現場で同様のことがおこらないような予防策を講じる『横展開』を進めていく」(尾島ら,2020)等《健康危機対策の対応経験を報告する》,「既存の会議を活用して,関係者と課題を共有し,再発防止に向けた取り組みの組織的検討を行う」(尾島ら,2020)等《関係機関との連携体制が強化される》ことが抽出された.
4. 2021年以後に出版された教科書の記述が8割以上を占めたサブカテゴリ分析した12冊の教科書のうち,COVID-19の感染拡大とその対応に関する記述が含まれると思われる2021年以降に出版されたのは5冊であった.この5冊から抽出された二次コードのみで構成されたカテゴリはなかった.しかし,サブカテゴリのレベルでは,《生活様式の変化に伴う新たな健康リスクの予防策に着手する》《パンデミック下の災害発生時は感染予防に配慮する》は5冊から抽出された二次コードのみで構成されていた.《保健所内外との協働体制の構築》は6つの二次コードのうち5つ,サブカテゴリ全体の8割が5冊から抽出された記述で構成されていた.これらのサブカテゴリを表1に*で示す.
《生活様式の変化に伴う新たな健康リスクの予防策に着手する》は,「新しい生活様式はこれまで保健師が重視してきた“つながりをつくる”“つながりを活かす”ことを困難とする」(春山,2022)等からなる〈生活様式の変化に伴う地域の健康課題の変容を認識する〉,「健康危機を乗り越えた先の新たな生活を見据えて,次なる社会で引き起こされる健康課題を予測しながら予防策に着手できるように備える」(石田ら,2022)等からなる〈新たな健康リスクに対応する〉で構成されていた.
《パンデミック下の災害発生時は感染予防に配慮する》は,「避難所に行く場合は体温計やマスク・消毒液の持参を呼びかけ,平常時より早めに情報を発信する」(石田ら,2022)等からなる〈パンデミック下の災害発生時は感染予防に配慮する〉で構成されていた.
《保健所内外との協働体制の構築》は,「個々の健康調査は健康危機状態の推移を示すデータでもあるため,これにより保健師の仕事量を予測する」(鳩野ら,2022)等からなる〈情報を集約・管理して地域全体の健康状態を掴み,業務量を予測する〉,「人的資源の確保により,保健所が機能を維持し続ける体制を整備する」(春山,2022)等からなる〈業務継続に向けた組織横断的な体制整備〉,「組織体制を改変して応援者を受け入れ,効率よく業務を振り分ける」(石田ら,2022)等からなる〈組織内の受援体制を整え,振り分ける業務を整理する〉,「各都道府県が市町村と協定を締結するなど市町村の保健師などが管轄保健所などのCOVID-19業務に協力する」(春山,2022)等からなる〈組織外からの重層的な増援に対応する〉,「必要人員の算定や応援受け入れの判断」(石田ら,2022)等からなる〈先を見越した人員体制の確保や業務の見直し〉の他,5冊の教科書以外のコードとして抽出された「必要に応じて環境監視員,食品衛生監視員と協働し,食品や環境から検体の採取を行う」(尾島ら,2020)等からなる〈衛生監視員と協働体制をとる〉で構成されていた.
5. 「感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術」の定義分析の結果から,感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術とは「疫学調査の分析から地域の感染リスクを推定し,保健医療体制を強化・管理する手法を用いて平時の保健師活動で把握しているコミュニティの特性に応じて個々人と地域全体の感染予防と感染拡大防止の対策を講じること」と定義する.
COVID-19への対応を経て,感染症の健康危機に際しては《保健所内外との協働体制の構築》をする技術を強化し,新たに《生活様式の変化に伴う新たな健康リスクの予防策に着手する》,《パンデミック下の災害発生時は感染予防に配慮する》技術を駆使していたことが示唆された.これらの技術は,今後の保健師基礎教育においても教授する必要があると考える.
COVID-19の感染拡大に際して,平時の体制では対応しきれず,厚生労働省は保健所体制を整備するための事務連絡を複数回発出した(厚生労働省,2020;2021).そこでは,①保健所業務が逼迫しても,全庁体制の整備(保健所外の本庁職員の動員等)が不十分な保健所があった.②全庁体制の基準が定められておらず,保健所と本庁との意思疎通も不十分だった.③BCP(業務継続計画)は作成されていたが,大規模自然災害時のみを想定していた.④保健所業務逼迫時に,優先すべき通常業務の選択がなされず,従来業務とCOVID-19対策を兼務する職員が疲弊したことが課題とされた.このことからも,従前のように〈衛生監視員と協働体制をとる〉だけではなく,危機発生時の体制整備に際して業務量を予測しながら業務の効率化を図り組織管理の視点で増援に対応する等《保健所内外との協働体制の構築》の必要性が示されている.またCOVID-19への対応に追われる期間にも大雨,大雪,土砂災害が発生している現状から,健康危機が複合的に生じることを見越して《パンデミック下の災害発生時は感染予防に配慮する》技術も求められる.そして感染症の健康危機によって人々の生活様式が変容した場合,保健師は《生活様式の変化に伴う新たな健康リスクの予防策に着手する》技術を駆使する必要が生じる.
2. 保健師の基礎教育において教授すべき感染症の健康危機管理技術の基本コロナ禍では「新任期の保健師であっても感染症対策の最前線に立たざるを得ない」(堀ら,2022)ことが報告されている.そのことを念頭に置き,基礎教育で【平時から健康危機発生を予測して活動する】ことを前提としつつ,【疫学調査結果の分析から地域のリスクを推定し,対策を講じて評価する】【コミュニティの特徴とリスクに応じて保健指導・啓発活動を行う】【保健所内外と協働して保健・医療提供体制を強化・管理する】【個々人の感染予防と拡大防止のための保健行動を促す】【患者・接触者が回復するまで継続的に支援する】技術を教授する必要性が示唆された.
システム(著者注釈:組織やチームなど)が,想定された条件や想定外の条件の下で要求された動作を継続できるために,自分自身の機能を,条件変化や外乱の発生前,発生中,あるいは発生後において調整できる本質的な能力のことをレジリエンスという(Hollnagel et al., 2010).システムをレジリエントなものにするために必要な4つの能力は,事象に対処する能力(responding),進展しつつある事象を監視する能力(monitoring),未来の脅威と好機を予見する能力(anticipating),そして過去の失敗・成功双方から学習する能力(learning)であり,それぞれ「どのように対処すべきかを知っている」「何を注視すべきか知っている」「何を予期すべきか知っている」「何が起こったのか,経験からどのように学習すべきか知っている」能力である(Hollnagel et al., 2010)とされている.日本産業技術教育学会(2021)は技術教育を「技術に関わる資質・能力を育成することを目的とする教育」と定義しており,健康危機管理に関わる公衆衛生看護技術教育においても前述の4つの能力を育成する必要があると考える.
これまでも取り扱われてきた記述疫学,エピカーブの作成等,陽性者の数値を提示してリスクを推定する演習は,感染症対策の基礎的な知識として確実に習得するよう意識づけることは言うまでもない.桝田ら(2019)は,保健師課程の地域診断カリキュラムにGeographic Information System(以下,GIS:地理情報システム)を活用した後に学生のレポートを分析した結果,『保健師としての視点・考え方を理解する』,『視覚化により,人口や社会資源の分布(動態)を把握する』,『地域の潜在的・顕在的課題と地域の強みを明らかにし,健康課題を特定する』等の学びを得られたことを報告している.GISは地図情報であり,高齢者施設・保育施設・事業所等,ハイリスクな対象が集まる施設や人が集まり集団発生しやすいエリアを視覚化しやすい.今後は,基礎教育でも感染症に“対処”するための記述疫学やエピカーブの情報分析に加えて,情報を可視化してリスクアセスメントするためのGISを導入することで,“監視”と“予見”を連動させて思考する機会を提供することが可能となると考える.例えば健康危機が発生したと想定して感染拡大防止策を強化すべき場所と方策を検討する,平時の取組として有効な防止策を検討する機会を設ける等である.このような学習は,状況を模擬的に再現し,看護に必要な情報の収集とアセスメント,そして,アセスメントに基づいて問題を明確化し一部技術の提供ができることを目指す(阿部,2018a;2018b)シチュエーション・ベースド・トレーニングであると考えられる.シミュレーション教育の中でもシチュエーション・ベースド・トレーニングは,与えられた状況下での課題を解決していく問題解決思考やチーム連携の強化など実践に活かせる学習が可能であるとされている.新任期であっても組織管理の機能と役割を発揮する可能性を見越して,あらゆる緊急事態(All hazard)に対応するために標準化されたマネジメント概念でありマネジメントツールとしてアメリカで発展してきたIncident Command System(ICS:緊急時総合調整システム)やBusiness Continuity Plan(BCP:事業継続計画または業務継続計画)の概要を基礎教育で取り扱うことも有効であると考える.
3. 本研究の限界本研究では,保健師基礎教育への活用を主眼におき公衆衛生看護学の教科書の記述を分析した.今後はさらに実践に即した概念を導くために,文献検討結果も含めて分析を進めていく必要がある.
概念分析の結果,感染症の健康危機管理に関する公衆衛生看護技術とは,「疫学調査の分析から地域の感染リスクを推定し,保健医療体制を強化・管理する手法を用いて平時の保健師活動で把握しているコミュニティの特性に応じて個々人と地域全体の感染予防と感染拡大防止の対策を講じること.」と定義された.また,COVID-19への対応を経て,感染症の健康危機に際しては《保健所内外との協働体制の構築》をする技術を強化し,新たに《生活様式の変化に伴う新たな健康リスクの予防策に着手する》,《パンデミック下の災害発生時は感染予防に配慮する》技術を駆使していたことが示唆された.
分析の過程で国際医療福祉大学大学院の田代順子特任教授の助言をいただきましたことに感謝申し上げます.本研究は,全国保健師教育機関協議会健康危機管理対策委員会の活動の一部として実施しました.