保健師教育
Online ISSN : 2433-6890
講演記事
茨城県における保健所と市町村の協働―教育に期待されること―
山口 忍入江 ふじこ塙 清美小田倉 里美高橋 くに江
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2024 年 8 巻 1 号 p. 7-13

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I. はじめに

全国保健師教育機関協議会秋季教員研修会を第82回公衆衛生学会総会の前日である令和5年10月30日につくば国際会議場で「茨城県における保健所と市町村の協働―教育に期待されること―」をテーマに実施した.地域保健法においては,保健所は市町村支援をすることが謳われているにも関わらず,連携・協働の活動が少なくなっている現状がある.また,災害発生等健康危機時は,東日本大震災においてもコロナ禍においても両者の連携の重要性があらゆるところで報告されている.本県においては,県と市町村がスクラムを組んで人材育成指針等の策定や人事交流を行っている.

登壇者は,茨城県保健所長会長土浦保健所長入江ふじこ氏,茨城県保健医療部健康推進課課長塙清美氏,同課長補佐小田倉里美氏,茨城県市町村保健師連絡協議会会長日立市保健福祉部健康づくり推進課課長兼統括保健師高橋くに江氏の4名である.茨城県での保健所と市町村の連携協働の現状の振り返りと教育機関に期待することのディスカッションをとおして,教育への示唆を得る機会としたのでその内容を整理し報告する.

II. 茨城県の紹介

茨城県は,北関東に位置し,人口は2,828,848人(R5.4.1),32市10町2村の44市町村で,保健所は,県型保健所9保健所(支所2か所),水戸市保健所1保健所である.広大な平坦地に人口が分散しており,耕地面積,住宅敷地面積が全国一位と広く,県内各地域の繋がりは比較的薄い傾向がある.農業従事者人口は全体の6%を占め,農業産出額は全国第3位である.農業従事者には海外からの労働者が多く従事している.

III. 医療や保健に関わる課題

表1から国内での順位が低いものは医療に関わることなど生活の安心・安全が十分ではないことがわかる.住民の健康状況は,男女ともに平均寿命が短く,被保険者1人当たり国民健康保険医療費も46位と低い状況にあり,医療資源が乏しく,医療サービスへのアクセスが良くないことから,十分な医療が受けられないという現状を反映していると思われる.表から人口10万人当たりの看護師数,医師数,診療所数は少なく,保健師の受け持ち人口数は全国では第4番目の多さ(図1)で,医療や保健の面からは充実していない様子が窺える.広い耕地で人口が分散し,医療資源が乏しい本県においては,保健所と市町村の連携・協働する意義は大きい.

表1 

全国の中の茨城県

出典:茨城早わかり―令和4年7月―(政策企画部統計課普及情報)

https://www.pref.ibaraki.jp/kikaku/tokei/fukyu/tokei/tokeisyo/haya2022/ibahaya.html

図1

茨城県保健師活動領域調査報告によると令和5年度の県保健師は118名,市町村保健師は791名であり,統括の配置率は84.1%と高い.統括保健師補佐の配置は77.3%である.令和5年度の保健師活動領域調査結果を図2に示す.茨城県内の行政保健師数は,市町村保健師も県の保健師も年々増加している.

図2 

出典:保健師活動領域調査(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/139-1.html

ここ数年は新型コロナウイルス感染症対応の影響もあり,茨城県では令和2年度は9人,令和3年度は12人,令和4年度は13人,令和5年度も13人と年々保健師の採用数が増加しており,次年度に向けて,今年度の県保健師の募集は22名と更に増えている.年齢別保健師数は20歳代の若い保健師が占める割合が約3割程度と多くなっているが,40歳代の保健師が1割程度と少なく,中堅期から管理期に向けて層が薄い状況である.市町村はM字型の構成となっており,やはり40歳代の中堅期保健師が少ない.県では,児童相談所や県庁に中堅期保健師の配置が必要な状況もあり,そのため保健所に,中堅期保健師が十分に配置できず,新任期であっても新採保健師の指導保健師にならざるをえない状況がでている.そのため,茨城県では平成29年度から「社会人採用枠」の保健師募集を開始している.

IV. 保健所と市町村の連携と協働

これまで本県で行われてきた県と市町村との連携・協働の取り組みは表2のとおりである.また各保健所は市町村の会議にも出席し,管内市町村の保健事業の質の担保,格差の解消につなげている.

表2 

また保健所において,保健師の人材育成を検討する会議を開催している.管内市町村の統括保健師に加え,保健所によっては実効力を備えるために市町村課長もメンバーとなっている.県内保健師の人材育成は県と市町村が協働で取り組んでいることの一つである.

V. 保健師の人材育成

本県では,平成22年3月に保健師の人材育成体制の構築に向け県と市町村の保健師が協働で「茨城県新任保健師育成ガイドライン(図3)」の作成に取り組んだ.中堅保健師で作成プロジェクトを作り,保健師活動における価値観,経験や実践をディスカッションし保健師活動の基本として私たち保健師が忘れてはいけないとても大事な視点を整理しそれを明文化し冊子を作成した.その冊子は,自分の活動に迷いが生じたときに,立ち返るバイブルとして活用できる貴重なものである(図4).

図3
図4

平成22年6月には,平成15年度に国から出された「地域における保健師の保健活動について」の通知を基に「茨城県保健師人材育成指針」を作成した.この指針の策定体制は図5に示すとおり市町村と協働で作成をした.指針では,茨城県の保健師が「目指す保健師像」を明らかにし,階層別研修等を実施することを明文化した.平成25年4月に国が発出した保健師の保健活動に関する指針を踏まえ,平成27年12月に「茨城県保健師活動指針」を策定し,それには統括保健師を配置することを記載した.本県の保健師は「地域に責任を持つ保健活動」を目指し,これら保健活動を通じて,住民及び地域全体の健康の保持増進に努めることとし,人材育成については体系的に実施することを保健師の合意のもと決めていった.さらに,平成30年3月には,国の最終とりまとめを受け,「茨城県保健師人材育成指針(第2版)」を作成した.この指針では,保健師の個別性に着目し,個々の能力に応じた人材育成推進のためのキャリアラダー及び業務経験等を通した体系的な人材育成の体制構築推進のためのキャリアパスを導入した.

図5

また,能力向上のために必要な現任教育体系等の基本的な考え方を示した.茨城県保健師活動指針と茨城県保健師人材育成指針は,並列の位置づけとし,人材育成と保健活動の推進を一体的にとらえて活用することとしている.本県指針の特徴は,県庁が事務局となり,県と市町村の保健師が協働で作成している点である.

VI. 市町村保健師連絡協議会の紹介

市町村に勤務する保健師の活動に必要な専門的技術技能の啓発と研究を行い,また保健師相互の連絡と協調を密にし,住民の健康と保健衛生の向上に寄与することを目的に,昭和35年に発足し,昭和54年の名称変更を経て,設立63年になる.県内44市町村で会員数は775名,水戸,日立,土浦,筑西の4ブロックにわけ,会長,副会長,ブロック長,教育委員等で構成される.協議会の事業として,全体研修,ブロックごとの研修や情報交換を実施しており,課題の共有が図られ解決の足掛かりになっている.また,全国研修会等に参加する際の費用の支援を行っており,県内自治体内のみではなく全国スタンダードを意識した活動を期待している.

また,県と連携した取り組みとして,保健師等階層別人材育成研修や,県と県立医療大学が行うキャリアラダー調査研究への参画(表3)は,指針に基づく保健活動の推進につながっている.さらに,保健所と管内市町村における統括保健師会議を年2回程度,県及び全市町村における統括保健師会議を年1回,保健師等階層別人材育成研修(表4)でのファシリテーターの担当,そして,平成19年度から始まった県と市町村の人事交流(図6)では,保健所業務を知り多角的な視点を身に着けるなど,人材育成につなげている.

表3
表4
図6

業務に追われ多くの課題がある中,保健所と顔が見える関係性をもち,タイムリーな情報交換を行い,互いに育ちあい,育て合う環境づくりを県に期待する.

VII. 保健師に期待すること・課題

保健所長の立場からは,総合的なマネジメントを担い組織横断的なネットワーク機能を備えた統括保健師を期待している.令和5年3月に「地域保健対策の推進に関する基本的な指針」が出され統括保健師に期待される機能が明示された.入江保健所長は,保健師に求められる力として,従来は「高いコミュニケーション能力」「優れた観察力・洞察力」「状況を見極め臨機応変に対応できる能力」であったが,これからさらに「調査研究や課題解決に必要な論理的思考力」「組織の中で企画調整力を発揮するために必要な高い文章力」「情報通信技術(ICT)を活用する能力」と示した.統括保健師にはますます,これらの能力が必要となる.地域の課題の抽出に研究的に取り組むために理論的に事業を創り展開する能力向上のために大学院教育を含めて教育機関には教育をお願いしたい.

VIII. 協働を進めるために教育への期待

登壇者間で意見交換がされ以下の意見があった.

1.地域保健の活動に,分析的視点と研究的視点をもって一緒に活動に関わること

2.県内にある5大学の教員と意見交換,人材育成に関わる機会をもちお互いが分かり合う機会を創る.

3.県と市町村での指針策定での学習会等作成している際に,第三者的な立場で意見や助言をする機会をもち顔が見える関係になる.

4.大学に自治体の保健師が講義に出向くなど現場の声を伝え,また大学の教員が自治体保健師と地域保健活動を一緒に創っていく活動ができるような関係性が創れるといい.

5.入職して浅い新任期保健師を対象に,教員が保健活動の工夫を伝えたり,悩んでいることについて相談にのるなど,自治体と連携した人材育成の機会があるといい.

IX. まとめ

茨城県の保健所長は今後も県と市町村の関係が充実していくことを期待しており,統括保健師の役割の重要性を示した.両者の連携・協働のために,教育機関には地域保健活動に関わること,人材育成の会議,研修,新任期保健師の相談に関わることが期待されていた.茨城県内保健師の課題としては人材育成が挙げられ,教育機関を含むオール茨城で取り組んでいくことの必要性が示された.

X. 謝辞

本秋季教員研修会の開催においては,北関東ブロック理事埼玉県立大学の教員3名,茨城県内5大学教員9名で実行委員会を組織し数度の打ち合わせを重ね実施に至った.多大なるご尽力を頂いたことを心より感謝申し上げます.

 
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