保健師教育
Online ISSN : 2433-6890
研究
保健師学生の保健師採用試験合格までの過程
松本 千晴大河内 彩子
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2024 年 8 巻 1 号 p. 73-81

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Abstract

目的:保健師学生の採用試験受験の決断および合格までの過程を明らかにする.

方法:A大学の保健師教育課程4年生10名に,半構成的面接調査を実施し,質的記述的分析を行った.

結果:採用試験受験の決断において,5カテゴリ【保健師への適性の見極め】【看護師への適性の見極め】【実習指導保健師の職業選択への影響】【職業選択の模索】【親の助言】が抽出された.採用試験の合格までにおいて,7カテゴリ【保健師志望学生特有の就職活動】【受験対策における豊かな支援】【前向きな受験対策】【受験地の選択】【他看護職への進路再考】【合格までの道筋が見える安心感】【自己との対峙】が抽出された.

考察:学生は,採用試験受験の決断や継続の中で,揺れ動く心を抱えながらも,周囲の影響や支援を受けて前向きに行動していた.学生が保健師への適性や,受験地の選択,面接試験に不安を感じた時は,教員の支援が必要である.

Translated Abstract

Objective: This study aimed to clarify the decision of public health nursing students to appear for recruitment examinations and the process of its successful completion.

Methods: A semi-structured interview survey was conducted with 10 fourth year students on the public health nursing course at University A, and a qualitative descriptive analysis was conducted.

Results: Five categories were extracted in the process of deciding to take the recruitment examinations: “determining aptitude for being a public health nurse,” “determining aptitude for being a nurse,” “influence on career choice of public health nurses’ supervising in practical training,” “seeking career choice,” “parental advice.” Seven categories were extracted from the process of passing recruitment examinations: “job search specific to public health nurse student,” “plenty of support in preparing for the examinations,” “positive preparation for the examinations,” “choice of examinations municipality,” “reconsideration of career path to other nursing professions,” “reassurance of recognizing the path to success,” and “confrontation with self.”

Discussion: It was found that the students were positively influenced and supported by their surroundings despite having an undecisive and wavering mind while deciding whether to continue to appear recruitment examinations. Faculty support is needed when students feel uncertain about their aptitude to become a public health nurse, in the choice of examinations municipality, and in the interview process.

I. 緒言

2018年度において,保健師国家試験合格者のうち,保健師として就職した者の割合は,16.3%であった(日本看護協会,2020).この就職率の低さは,看護師,助産師と比べると顕著である(厚生労働省,2019).これには,就職先として保健所や市町村の自治体が約9割を占め(厚生労働省,2019),保健師養成人数に対する採用枠の少なさ(井伊,2010勝又,2010)や,保健師の業務のイメージのつきにくさ(日本看護協会,2020),実習等で多忙な中での就職活動(村中,2023日本看護協会,2020),採用試験の負担感(今井,2010三輪ら,2017)などが関係している.

保健師教育課程が設置されている大学の学生(以下,保健師学生と記す)は,保健師採用試験(以下,採用試験と記す)に合格するまでの過程において,職業選択を幾度となく迫られる(松本ら,2012).1度目は,新規学卒者(以下,新卒と記す)で保健師となるか否か,つまり,採用試験を受験するか否かである.そして,採用試験に受からなかった場合,その度に,受験を継続するか否かを決断しなければならない.

三輪ら(2017)は,講義や実習での未達成感や,採用試験に対する負担感により,保健師としての就職を避ける学生の実態を明らかにしている.また,今井(2010)は,採用試験を受験することを決断しても,試験日程の重なりや採用試験の倍率の高さ,試験問題の難しさなどから,合格するまでの道のりは険しいと述べている.

このような就職活動に挑む保健師学生に対しては,採用試験受験の決断時期や採用試験受験中における手厚い支援が必要だと考える.

一方,採用側は,保健師採用・確保において,「募集人数に対し十分な応募者数が確保できない」,「保健師の業務・活動内容が学生等求職者に十分に伝わっていない」といった課題を抱えている(日本看護協会,2023).

これらの課題を解決するためには,主な受験者となる新卒の就職活動の現状について,看護系大学が採用側に情報提供をし,連携を図っていくことが求められる.

以上のとおり,新卒での保健師採用において,学生側,採用側双方に課題を抱えているが,保健師学生の採用試験受験の決断および合格までの過程について,明らかにした研究は見当たらなかった.

そこで,本研究では,採用試験を受験した保健師学生に半構成的面接調査を行い,採用試験受験の決断および合格までの過程を明らかにすることを目的とした.この研究により,看護系大学での就職支援や保健師の人材採用・確保のあり方を提示できると考える.

II. 研究方法

1. 研究対象者

研究対象者は,A大学で保健師教育課程を履修する4年次生のうち,採用試験受験者とした.

現在,保健師教育機関のうち約8割が看護系大学での選択制による養成を行っている(文部科学省,2022).

A大学は2012年度から選択制にて20名(学年定員)を養成しており,保健師教育課程開設時より,毎年自治体保健師の採用試験合格者を輩出している.A大学が所在する県は,温暖な気候に恵まれた全国有数の農業県である.県内には政令市が1市あるが,30弱の過疎地域もある.公衆衛生看護学実習は,県内11保健所の全管轄地域で行われ,3年次2月から4年次8月にかけて保健所実習(1週間)と市町村実習(4週間)が実施される(当時).よって,合格実績や実習地域の幅広さから,A大学を研究対象として選定した.

2. 調査方法

研究協力に同意が得られた学生に半構成的面接調査を行った.研究者1名が個別に面接し,インタビューガイドに従って,1名あたり30分程度とした.対象者の了解を得て,発言内容を録音した.調査期間は2018年3月であった.保健師の採用試験受験の決断および合格までの過程を明らかにするため,インタビュー内容は,1)採用試験受験の決断に影響したこと,2)採用試験の受験を継続する中で経験したことや思ったこととした.

3. 分析方法

分析方法は,質的記述的分析を用いた.本研究は,採用試験受験の決断や継続時の学生の経験や思いを記述し,理解することが目的であるため,質的記述的分析が適していると考えた(グレッグ美鈴,2013).録音データから逐語録を作成し,語りの中で,上記1)と2)に関連した発言を抽出した.前後の発言内容を考慮して要約を作成しコードとした.そのデータ内容の類似性に沿って分類し,抽象度をあげ,サブカテゴリ,カテゴリとした(グレッグ美鈴,2013).

4. 倫理的配慮

強制の下での承諾にならないように十分に留意した.研究の趣旨等の説明は,研究対象者の履修する科目の単位認定者ではない研究者が実施した.対象者が一堂に会する場で,口頭ならびに書面で,研究の目的,自由意思の保証,承諾をした後でもいつでも参加を撤回できる権利を説明し,参加拒否や撤回により不利益を被らないこと,結果の公表意図があることを説明した.その後,研究協力の意思表示があった学生に対して個別で口頭にて同意をとった.同意撤回においても口頭での申し出とし,同意の内容に関する記録を作成した.また,本研究への不参加やインタビュー内容が,対象者の成績に影響しないことを保障するため,研究者が担当する科目の成績が確定後に本研究を実施した.面接は,個室で行った.

なお,本研究は熊本大学大学院生命科学研究部等疫学・一般研究倫理審査会の承認を受けて実施した(承認日:2018年2月28日倫理第1493号).

III. 研究結果

1. 対象者の概要

対象者10名の概要は以下のとおりである.

受験回数は,1回6名(事例1,2,3,4,5,9),2回3名(事例6,7,10),3回1名(事例8)であった.卒業後に就職する職業は,保健師8名(事例1,2,3,4,5,6,7,8),看護師2名(事例9,10)であった.

インタビューの所要時間は16分~36分,平均は23分であった.

2. 採用試験受験の決断までの過程

総コード数27で,サブカテゴリ13,カテゴリ5で構成された.

カテゴリにおいて,【保健師への適性の見極め】【看護師への適性の見極め】【実習指導保健師の職業選択への影響】【職業選択の模索】【親の助言】が抽出された.

カテゴリ,サブカテゴリ,コードおよび関連事例の番号は表1のとおりである.表記は【 】カテゴリ,〈 〉サブカテゴリ,“ ”対象者の語り,( )筆者による補足を示している.

表1 

採用試験受験の決断までの過程

カテゴリ サブカテゴリ コード 事例No.
保健師への適性の見極め 公衆衛生看護学実習での実践による達成感 公衆衛生看護学実習を通して,住民の意識や行動の変化に関われることに達成感を得た 6
公衆衛生看護学実習で,地域診断の実践の仕方が分かった 2
公衆衛生看護学実習で,地域のキーパーソンと多く関わることができた 2
自己の看護観と公衆衛生看護の合致 地域で生活している幅広い年齢層の人と関われることが魅力だと思った 6,7
住民の課題の解決のために,予防に働きかけたり他機関とつながることと,自分のしたいことが合致した 2
病院実習での受け持ち患者を通して,難病への興味が増した 7
公衆衛生看護学実習で母子領域に関心を持った 5
保健師活動の楽しさの実感 公衆衛生看護学実習は楽しいと思った 2,10
認知症に関するサークル活動を通して,保健師の仕事の大変さと楽しさを感じた 2
保健師として働く姿の明瞭さ 公衆衛生看護学実習を通して自分が働いた時をイメージした 6,10
自分が望む働き方との合致 ライフワークバランスを考えた 4
安定していて定年まで働ける仕事に就きたかった 7
看護師への適性の見極め 実習で感じた看護師への適性のなさ 病院実習は精神的に追い詰められた 2
病院実習を通して,体力や生活リズムの面から看護師に向いていないと思った 1
病院実習を通して,1つの診療科にしか魅力を感じなかった 4
病院実習で関わった看護師は,自分の理想としていた看護職像と違った 3
実習指導保健師の職業選択への影響 ロールモデルとなる保健師の存在 公衆衛生看護学実習の保健師が学生に親身に指導をしてくれた 2,10
公衆衛生看護学実習で出会った保健師のように,住民から信頼される保健師になりたいと思った 3,6
保健師の指導に対する不服 公衆衛生看護学での保健師の指導に納得がいかなかった 4
思い描いていた保健師像と実習で関わった保健師との違いに戸惑った 4
職業選択における保健師の助言 公衆衛生看護学実習で,複数の保健師から卒後すぐ保健師として働くことを勧められた 8
職業選択の模索 職業選択への迷い 卒後すぐに看護師になるか保健師になるか揺らいだ 2,4,10
保健師になることの考え直し 実習先と志望する自治体の人口規模の違いに着目し,保健師として就職することに思い留まった 4
職業選択を先延ばしにした受験 お試しで公務員試験を受けた 5,10
周りの学生に流されて公務員試験を受けた 10
親の助言 親の助言 親に相談をして,最初から保健師になることを決めた 2
親から受験を勧められた 10

1) 【保健師への適性の見極め】

本カテゴリは,〈公衆衛生看護学実習での実践による達成感〉〈自己の看護観と公衆衛生看護の合致〉〈保健師活動の楽しさの実感〉〈保健師として働く姿の明瞭さ〉〈自分が望む働き方との合致〉から生成された.

“毎日色んな事業を体験できたり,一歳半と三歳児健診も実際やらせてもらったりして,お母さんに.保健師さんがついてみんなさせてくれて.そういうのが楽しくって.”(事例2)

2) 【看護師への適性の見極め】

本カテゴリは,〈実習で感じた看護師への適性のなさ〉から生成された.実習での精神的な辛さや,働き方への不適応感,理想の看護職像と病院看護師の乖離が語られた.

“(病院での看護)展開が早くって.私が思っていた看護師は,患者さんのことを理解して長く付き合っていって,そばに寄り添ってという感じだったんで.(看護師は),ちょっと違うかなというのを(病院)実習でずっと感じていて.”(事例3)

3) 【実習指導保健師の職業選択への影響】

本カテゴリは,〈ロールモデルとなる保健師の存在〉とそれと相反する〈保健師の指導に対する不服〉,新卒での保健師就職を勧める〈職業選択における保健師の助言〉から生成された.

“実際に自分の足を運んで住民の人と関わって,信頼される職種,すごく大事だなというのを改めて感じて,自分もそういう保健師になりたいなと思った.”(事例6)

“自分たちのアセスメントと現場はこんなに違うんだ.私たち間違っていたのかなっていう.結局,具体的な(指導)内容もあまり聞けず.(保健師は,地域の課題に)気づいているのに(それに対する活動は)やらないんだと思って.そこが不思議で.”(事例4)

4) 【職業選択の模索】

本カテゴリは,卒後すぐに保健師と看護師どちらで就職するかで揺らぐ〈職業選択への迷い〉および〈保健師になることの考え直し〉〈職業選択を先延ばしにした受験〉から生成された.

“自分は保健師に向いていないじゃないかって途中で思ったんですけど.(中略)よくよく考えたら自分は政令市を受けたくて,実習地は町で.(業務)内容が違うのかもしれないと思って.受けるのもその町(実習地)じゃないし.受けたいと思った市の(就職)セミナーを受けてから判断しようって.”(事例4)

“なんか他の人とだいぶ熱意が違って.落ちたら養護教諭の予定で.優先順位は,養護教諭,保健師,看護師だったので.”(事例5)

5) 【親の助言】

本カテゴリは,〈親の助言〉から生成された.学生は,親に相談した結果,新卒で保健師になることを決断したり,親から勧められて採用試験を受験したりしていた.

3. 採用試験合格までの過程

総コード数52で,サブカテゴリ23,カテゴリ7が抽出された.

カテゴリにおいて,【保健師志望学生特有の就職活動】【受験対策における豊かな支援】【前向きな受験対策】【受験地の選択】【他看護職への進路再考】【合格までの道筋が見える安心感】【自己との対峙】が抽出された.

カテゴリ,サブカテゴリ,コードおよび関連事例の番号は,表2のとおりである.

表2 

採用試験合格までの過程

カテゴリ サブカテゴリ コード 事例No.
保健師志望学生特有の就職活動 実習と同時進行での受験 実習後に短期集中で長時間試験勉強をするのが大変だった 2
実習と採用試験を並行して進めることがつらかった 1,3,10
他学部の公務員志望者より,試験勉強ができないことに焦りを感じた 2
長期戦の就職活動 他看護職より長期戦の就職活動になるのがきつかった 1
専門科目以外の試験科目 教養科目の試験勉強が大変だった 4
受験対策における豊かな支援 教員とキャリア支援課による面接支援 公衆衛生看護学の教員から専門的な視点で面接カードの添削を受けた 2,10
学内のキャリア支援課の面接支援を受けた 2,8
面接対策は教員とキャリア支援課の両方から支援を受けた方が良い 3,7,8
先輩からの直接的・間接的支援 先輩のアドバイスを参考にして受験地を決めたり,試験勉強に取り組んだ 1,2
直接尋ねられる先輩がいなかったが,合格者体験記のおかげで試験対策ができた 7
ともに受験する仲間の存在 保健師志望のクラスメイトと連絡を取り,情報共有をしたり励まし合った 2,7
保健師志望の友人と一緒に勉強をしたので,モチベーションを保つことができた 3
家族の支え 家族の精神的サポートが大きかった 4
保健師の姉のアドバイスを受けながら,就職活動を進めていった 8
公的な若者就労支援サービスの活用 面接対策にジョブカフェも活用した 8
前向きな受験対策 公衆衛生看護学での学びの発揮 公衆衛生看護学実習をしながらの専門科目の試験勉強は覚えやすかった 3
公衆衛生看護学実習後の面接試験は自信を持って受けることができた 1,2,5
演習・実習や福祉系サークル活動での学びが面接試験や小論文試験で活かされた 2,4
計画的・戦略的な受験対策 採用試験を受験することを想定して,3年次から試験勉強を始めた 3,4
教養科目は数的推理と判断推理を徹底的に勉強した 2
受験地ではない自治体も参考にして試験対策を練った 7
試験日が重ならない限りで複数受験をした 7,8
受験地の選択 都道府県と市町村の業務や勤務形態の比較 市と県のどちらを受験するか迷った 2,7
広域的に見ることや政策に関わりたいと思った 1,2,3,7
異動があることが,自分の性格や考えに合っていると思った 3,7
受験候補地の情報収集と分析 多くの自治体を調べて受験地を決定した 4,8
働きたいと思う自治体の選択 自治体の計画が市民目線で書かれていて,この自治体で働くことに魅力を感じた 8
就職説明会で新任期教育プログラムを提示されて,自分の保健師として成長するプロセスが想像できた 4
給与面や福利厚生に納得がいかない自治体は受験しなかった 4
自分の住みたい地域や環境をふまえて,受験自治体を決めた 4
就職説明会で出会った若手保健師が,説明が上手で印象的だった 3
採用試験担当の職員の対応が優しく,この自治体で絶対に働きたいという思いが強くなった 8
地元志向 地元という理由で受験地を決めた 2,8,9,10
地元の健康課題の解決に貢献したいと思った 9
親の意向 親の想いを汲んで,受験地を決めた 4,10
他看護職への進路再考 他看護職も視野に入れた就職活動 保険をかけて病院のインターンにも参加した 4
不合格が続き,迷いが出てきて看護師も受験した 8
不合格の場合は,養護教諭特別別科に進もうと思っていた 5
家族のことを考慮した進路再考 家族のことを考慮して,地元ではない自治体の受験は断念した 9
合格までの道筋が見える安心感 同じ境遇の先輩がいる安心感 合格体験記を読んで,先輩も自分達と同じ境遇で就職活動を乗り越えたことが分かり,安心感を持った 7
自分と同じように長期間の就職活動をした先輩の話を聞けず,心細かった 8
自分と同じ自治体を受験した先輩がいなかったので心配になった 7
採用試験への対策が分かる安心感 合格者体験発表会や合格者体験記で,採用試験の内容や勉強方法,今後の流れのイメージがついた 2,3,8,10
不安が残る面接対策 面接カードの書き方は,インターネットを頼ったが自信がなかった 7
面接の予行練習をしても不安な気持ちが残った 8
保健所実習が未経験のまま,県の採用試験を受けるのは不安だった 3,10
自己との対峙 他学生の進路が決まる中での動揺 不合格だった時の精神的ショックは大きかった 8,9
1回目の受験で合格していく人達を見て,焦る気持ちが強かった 6
他の学生達の就職先が決まる中で,自分は何をしているのか分からなくなっていった 8,9
保健師になりたい強い思い 自分には保健師になりたい強い気持ちや目的があることに気づいた 6,8
公衆衛生看護学実習の経験が受験のモチベーションにつながった 7
自分の選んだ進路でやり遂げる覚悟 保健師なるために,長期戦になっても頑張ろうと心に決めていた 6,8

1) 【保健師志望学生特有の就職活動】

本カテゴリは,〈実習と同時進行での受験〉〈長期戦の就職活動〉〈専門科目以外の試験科目〉から生成された.

“試験勉強は結構きつかったですね.実習始まる前に参考書とか買っていたんですけど,実習始まったら全然勉強できなくて.残り少ない期間で学校にずっと残って勉強しました.”(事例3)

2) 【受験対策における豊かな支援】

本カテゴリは,〈教員とキャリア支援課による面接支援〉〈先輩からの直接的・間接的支援〉〈ともに受験する仲間の存在〉〈家族の支え〉〈公的な若者就労支援サービスの活用〉から生成された.

“専門の教員の方が,保健師のことは分かると思うので.キャリア支援課は企業向きなので.やはり,(教員による指導は)ありがたかったです.”(事例2)

“赤ファイル(合格体験記)様様ですよ.先輩によって受けている自治体が違うので,書いている内容が違ったり,志望理由とか,そこも参考にして,どのように面接にもっていくのかとかは考えたりしました.”(事例1)

3) 【前向きな受験対策】

本カテゴリは,〈公衆衛生看護学での学びの発揮〉〈計画的・戦略的な受験対策〉から生成された.

“たぶん私,集団討論で受かってると思うんですけど.学生たちが主体的になって健康教育を作ったり,意見交換,質疑応答を結構多めにしたり,司会・進行を自分たちでしたり,グループワークもめっちゃ多かった.(集団討論後の個人面接で高評価を受けて)大学でちゃんとグループワークやっててよかったって.”(事例4)

“公務員試験,数的(推理)とかそういう一部の計算問題とかは,(3年の)9月くらいからやっていた.”(事例3)

4) 【受験地の選択】

本カテゴリは,〈都道府県と市町村の業務や勤務形態の比較〉〈受験候補地の情報収集と分析〉〈働きたいと思う自治体の選択〉〈地元志向〉〈親の意向〉から生成された.

“仕事内容的に興味があるのは県っていうのもあるんですけど.一番の理由は,異動があるから.同じ環境でずっといるよりは,環境の変化がある方が私には向いているかなと思って.”(事例7)

“(最後は)県内全部(受験地を)探したりしたので,行きたいところに行けた.(初めから)どこに行きたいかっていうのを自分で調べていればよかったんですけど.(1回目の受験は)地元だからっていう理由で決めたりとか.あんまり市町村のことを知らずに,付け焼刃でやっていたこともあって.”(事例8)

“(保健師の)成長プログラムが,まるで病院のように出来上がっていて.自分がどのように成長していった方がいいのかが,はっきり分かっていると進みやすいじゃないですか.こういう風に取り組んでいくと,ここではこういう保健師になって住民に関わるんだなっていうのが,結構その(就職)セミナーとかパンフレットを見た時にざっくりでも想像できたので.”(事例4)

5) 【他看護職への進路再考】

採用試験受験前に,他の看護職での就職も検討していた者は,〈他看護職も視野に入れた就職活動〉をしたことを語った.また,受験継続を断念した者からは,〈家族のことを考慮した進路再考〉の語りが得られた.

“地元,家族優先で考えたってところが,(1か所目の採用試験に落ちた後に)他のところ(自治体)を受けなかった理由にはなるのかな.”(事例9)

6) 【合格までの道筋が見える安心感】

本カテゴリは,〈同じ境遇の先輩がいる安心感〉〈採用試験への対策が分かる安心感〉〈不安が残る面接対策〉から生成された.

“先輩方が,来てくださって話されるじゃないですか.どういう理由で(受験地)を選んだとか,どういう勉強をしたかとか,どういう(試験)内容だったかというのは,(採用試験を)受けた人しか分からないから.そういう体験が聞けるのは良い.私の中でイメージとか理由というのがすごく大事なので.”(事例10)

7) 【自己との対峙】

本カテゴリは,〈他学生の進路が決まる中での動揺〉〈保健師になりたい強い思い〉〈自分の選んだ進路でやり遂げる覚悟〉から生成された.この語りは,主に複数回受験者で聞かれた.

“2次試験の面接対策で,何で保健師になろうと思ったのかとかを考えていた時に,自分を振り返る時間がすごく長くて.自分には明確に保健師になりたいという気持ちや目的があることを改めて感じて.そういう気持ちも強くあったので,(受験の)継続につながったのかなと思う.”(事例6)

IV. 考察

1. 採用試験受験の決断までの過程

本研究の対象学生は,公衆衛生看護学実習と病院実習を通して,【保健師への適性の見極め】と【看護師への適性の見極め】を行い,保健師の方へ適性を感じた場合に,採用試験を受験していた.そして,そこには,【実習指導保健師の職業選択への影響】があった.さらに,学生の中には,【職業選択の模索】をする姿が見られ,【親の助言】も影響していることが推察された.

【保健師への適性の見極め】において,学生は,保健師への適性を,〈公衆衛生看護学実習での実践による達成感〉や〈保健師活動の楽しさの実感〉などから感じ取っていた.これは,清水ら(2015)の研究結果である「実習達成感は看護職の職業的アイデンティティと関連がある」と一致し,保健師としての「役割」実践の成功体験が,保健師としての適性への自信に直結すると考えられた(白鳥,2009).

さらに,【実習指導保健師の職業選択への影響】があると推察された.学生の中には,〈ロールモデルとなる保健師の存在〉を語る者がいる一方で,〈保健師の指導に対する不服〉を唱え,実習が不消化に終わったと語る者もいた.実習時の保健師の言動に対して,学生が好感を持つか,不快感や反感を持つかが,職業選択に影響すると言える.白鳥(2009)も,「否定的な感情をもたらすような体験は,学生の自己評価を低下させ,適性への不安にもつながる」と指摘している.本研究においても,〈保健師の指導に対する不服〉を唱えた学生は,その後,〈職業選択への迷い〉が生じ,【職業選択の模索】をすることになった.しかし,就職活動時に,実習地と受験地の人口規模の違いに着目し〈保健師になることの考え直し〉が起こり,最終的には採用試験を受験した.学生が,実習を通して,思い描いていた保健師像に差異を感じた場合は,その不均衡を解消でき,自己や職業に関する考え直しを支援するような教員の役割が求められる.

看護師の実習指導が就職先の選択に影響を与えることは明らかになっている(松井ら,2019中村ら,2017)が,そもそも実習地が就職先となる可能性が低い保健師学生にとって,保健師の実習指導は,保健師そのものになるか否かの職業選択に影響を与える.教員は,タイムリーに,学生が保健師活動や保健師の指導をどのように受けとったかを確認し,実習後には,学生の職業選択の意向を聞くことで,実習の不消化感や保健師との関係などによって生じた保健師への適性への不安を軽減できる可能性がある.

2. 採用試験合格までの過程

本研究の対象学生は,他の看護職を志望する学生や他学部の学生とは異なる【保健師志望学生特有の就職活動】に耐えていた.学生によっては,複数回の【受験地の選択】や【他看護職への進路再考】が生じる中で,【前向きな受験対策】に取り組んでいた.合格するまで受験を継続できた背景には,【合格までの道筋が見える安心感】や【自己との対峙】,【受験対策における豊かな支援】があることが明らかになった.

【自己との対峙】は,複数回受験の学生で多く語られた.〈他学生の進路が決まる中での動揺〉を感じながらも,受験を進める中で,〈保健師になりたい強い思い〉や〈自分の選んだ進路でやり遂げる覚悟〉を持ったことが,受験継続の推進力になっていた.

【合格までの道筋が見える安心感】については,採用試験を経験した先輩の存在が大きい.布花原ら(2018)は,卒業生保健師との交流会により,在校生が「同じ大学で学び,自分たちが今抱えている課題を既に経験し克服しているという信頼感や安心感」を得られたとしているが,A大学における採用試験に合格した4年生との交流や合格体験記にも,同様の効果があると考えられた.

また,このカテゴリの中で,〈不安が残る面接対策〉が抽出されたことは,採用試験において,面接対策が要になることを表している.これには,本研究の対象学生が,保健所実習を未経験のままで採用試験を受験することが関係している.そこで,【受験対策における豊かな支援】の〈教員とキャリア支援課による面接支援〉の強化が有効になる.学生は,就職活動中の道具的サポート源として教員の割合が高い者ほど,進路決定に確信を持ち,情緒的サポート源として,教員,就職課の割合が高い者ほど,進路決定における浮動性(進路が定まらずに揺れ動いている状態)が低い(風間ら,2016).教員の面接指導は,この道具的サポートと情緒的サポートの両方の役割を担うことができ,キャリア支援課と一緒に就職活動を支援することで,学生の進路決定における不安や揺らぎを軽減することが期待できる.

【前向きな受験対策】については,学生は,先輩たちからの情報を活かし,〈計画的・戦略的な受験対策〉をしていた.さらに,“実習中の専門科目の試験勉強は覚えやすかった”や“公衆衛生看護学の授業や実習での学びを,採用試験の小論文や面接,集団討論で活かした”と,採用試験において〈公衆衛生看護学での学びの発揮〉をしたことを語った.保健師教育課程に進んだ学生に対しては,早期から就職活動に対する意識づけ行うことで,【前向きな受験対策】に取り組むことができると考える.

【受験地の選択】については,学生の中には,県と市どちらを受験するか迷う者がいた.これには,受験日の設定や,出願の時点では一部の実習が未経験であることが関係していると考えられる.しかし,学生は,〈都道府県と市町村の業務や勤務形態の比較〉を行い,どちらが自分に合っているかを考えて,受験地を決めていた.4年生の夏以降に公衆衛生看護学実習が実施される看護系大学もあり,学生は,都道府県・市町村の仕事の違いを十分に把握しないまま,受験先を決めている場合もある(日本看護協会,2020).自治体の就職説明会で,都道府県・市町村の業務や勤務形態の違いを具体的に説明することにより,学生は自分の目指す看護や希望する業務・勤務形態が実現できる方を適切に選ぶことができると考える.また,学生は,〈受験候補地の情報収集と分析〉により,どの自治体を受験するかを吟味することで,自身の受験地の選択に自信を持つことができていた.就職時の情報源としては,募集要項とホームページが主流である(日本看護協会,2023)が,それら自治体の情報へのアクセスのしやすさや情報の質や量も,その自治体を受験するか否かを左右すると考えられた.特に,地元ではない自治体を希望する学生や複数回受験の学生は,〈働きたいと思う自治体の選択〉をしており,自治体の方針,教育体制,働く職員,給与や福利厚生,居住環境を判断材料とし,受験する自治体を決めていた.これらは,看護師志望学生を対象とした就職の選択基準とほぼ同様の結果であった(大井ら,2009大桐ら,2021渡邉ら,2020).特に,教育体制は,看護師と比較して判断していた.新規採用保健師の満足度には,「プリセプターが設置されている」,「キャリアラダーを活用した研修の受講経験」等の教育体制が整っていることが影響するといわれている(小川,2023).また,“就職説明会で出会った若手の保健師が印象的だった”と語った学生は,近い将来になりたい・なれそうな保健師に出会ったことで,その自治体での自身の成長を想像し“採用試験担当職員の方が優しかった”と語った学生は,保健師以外の職員の対応も見て,その自治体で働くイメージを強固なものにしていったと推察された.以上のことから,学生が働きたいと思う自治体を言語化できるように,教員がサポートすることで,学生は自信を持って受験地を選択し,受験を継続できると考える.

日本看護協会の調査(2023)で,就職先検討の条件として,保健師の6割が「出身地・居住地・家族や親族がいる地域」であることをあげているが,本研究の対象者も同様に〈地元志向〉にあり,地元に採用枠がある場合,その自治体を受験していた.〈親の意向〉については,介入の強弱があると考えるが,本人の希望ではなく親が勧めた地元の県を受験した学生は,〈実習と同時進行での受験〉のつらさや保健所実習未経験による〈不安が残る面接対策〉も影響し,採用試験の途中で辞退していた.また,地元の採用試験が不合格となり,家族のことを考慮して【他看護職への進路再考】をし,地元の看護師としての就職に切り替えた学生もいた.廣森(20182021)は,地方の福祉系大学生のキャリア選択においては,親子関係と地域移動の折り合いがあり,学生は親の意向を察し地元に残ることを明らかにしている.今回の研究では,〈地元志向〉の背景まで把握することはできなかったが,〈親の意向〉が〈地元志向〉に関連し,〈地元志向〉が時には,受験継続の断念に影響する可能性も推察された.

3. 本研究の限界

本研究は,A大学の学生を研究対象者としており,A大学のカリキュラムや,A大学が所在する自治体の実習および保健師の影響を受けているため,他の看護系大学でも,学生が同じような過程を踏むと断定することはできない.

新卒での職業選択は,生涯に渡るキャリア構築の一部分にすぎない.新卒時には看護師で就職したが,その後保健師に転職した者の職業選択の過程も明らかにすることが今後の課題である.

謝辞

本研究にご協力いただいた10名の学生の皆様および,研究の遂行にあたり,多くのご助言をくださいました熊本大学名誉教授の上田公代先生に心より感謝申し上げます.

本研究において開示すべき利益相反はない.

文献
 
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