全国保健師教育機関協議会国家試験委員会(以下,委員会)注1は,保健師国家試験の質の向上を目的に活動している.具体的な活動内容には,保健師国家試験に関する調査と,保健師国家試験問題の作問に関する研修がある.本稿では保健師国家試験問題の作問に関する取り組みについて,2024年8月の夏季教員研修会で報告した内容を中心に述べる.
国家試験問題は,保健師助産師看護師法第二十四条に基づいて置かれた保健師助産師看護師試験委員によって作成される.保健師助産師看護師それぞれの国家試験は,それぞれの出題基準に則して作問される.保健師国家試験と助産師国家試験は各110問,看護師国家試験240問,合計460問の作成のためには,まず約3倍数の作問を行いそこから出題内容を精査・推敲しながら取捨選択して必要な出題数に整えるという膨大な作業が行われる.この作問に全国の保健師助産師看護師および教育関係者が関与できる方法として,厚生労働省は国家試験問題の公募を行っており,厚生労働省のホームページから公募問題を登録するためWEB公募システムと呼ばれている.これは数多くの問題がプールされることにより,ここに登録された問題から試験委員の方々が出題する問題のヒントを得て作問する,というシステムを目指したものである.この制度が理想とするのは,何千題ものプール問題から試験委員が出題基準に沿ってまんべんなく問題を選び,ブラッシュアップを行って国家試験問題を作成していく,という流れを作ることである.
この問題の登録を行うためには,事前に養成校ごとにIDとパスワードを申請して取得し,そのIDを用いてWEB公募システムにログインを行う.保健師助産師看護師問題すべて同じところからログインし,登録の際に保健師国家試験問題を選択する.登録できる内容は,①試験問題,②視覚素材,③状況設定問題のもととなる情報(匿名化された事例やデータ,状況等)である.このシステムが運用されることにより,国家試験や登録者にもたらされる効果には,「様々な実践の場で活動している看護師等からの意見が反映される」「実践能力を的確に評価できる問題の素案が提供される」「新人研修についての理解が促進される」「実践現場における継続教育として有効である」の4点が示されている(厚生労働省,2024).
保健師助産師看護師国家試験のWEB公募システムは2004年から開始した.その翌年の2005年8月の時点で保健師の登録問題数が86題と非常に少ない状態だという指摘が,夏季教員研修会で厚生労働省の方からあった.このことをきっかけに,全国保健師教育機関協議会(以下,全保教)では,WEB公募システムへの登録数を増やすために様々な取り組みを行ってきた.
まず,2006年にWEB公募システムの理解に関する調査が行われた.結果として,会員校の多くの方がWEB公募システムについては知っている,ログインできるパソコンやネット環境もある,しかしWEB公募システムへの登録には至っていない,ということが明らかになった.そこで,2006年から2007年にかけて,夏季教員研修会,秋季教員研修会において,国家試験問題の作問に関する研修会を実施し,作問に関する知識の普及に取り組んだ.
また,WEB公募システムへの登録を推進するため「あなたの作った問題が国家試験に出るかも(でるかも作戦)」というネーミングで全国の会員校に作問を呼びかけた.集まった問題を委員会でブラッシュアップして登録を行っていた.この時期は,ブロック研修やブロック内の地区研修でも国家試験問題に関する研修会が行われ,委員長をはじめ,委員が講師を務めていた.
当時を思い起こすと,スライドや資料で示された過去問題についての解説から,実際に出題された国家試験問題に課題があることは理解できるが,ブラッシュアップと呼ばれるその推敲・改変まではとてもできず,作問に関する知見豊かな教員にかかると魔法のように問題が変わっていくことに驚いた記憶がある.しかし,年数と経験を重ねることにより,当時の知見豊かな教員の方々に何歩か近づいてきたように思う.現在の委員会の国家試験問題作問の力量はこれまでの取り組みを継承してきたものであるといえる.
2006年以降,研修会が開催されるたび,研修会資料に国家試験問題の作問に関する内容が組み込まれていたが,2012年にはこれまでの資料から冊子体を作成し「保健師のための国家試験作問マニュアルI~人々の健康と生活をまもる力を備えた保健師を育成するために~」を発行した(以下,マニュアルI).この冊子は会員校に1冊ずつ配布し,2冊目以降は1冊1000円で販売した.マニュアルIとしていたのは,出題基準の改定と,解説に用いる過去問題やデータが古くなることなどから,数年おきに改訂が必要と認識していたからであった.
2017年度に国家試験委員会で改訂に取り組み,2018年3月に「保健師国家試験問題作成ガイド(実践編)~保健師国家試験出題基準平成30年版に準拠して~」を作成した(以下,作問ガイド).マニュアルIは冊子体であったが,冊子販売には送料が生じること,経費の面から増刷が困難であることなどの課題があるため,作問ガイドはPDFファイルで全保教ホームページに掲載した.そのため,会員校の教員なら誰でも手にすることができるようになった.作問ガイドへのアクセス方法は文末に示した注2.
2020年からの新型コロナウイルス感染症対策により,夏季教員研修会がオンラインによる開催となった.そこで2022年8月には国家試験問題の作問をテーマに第3分科会を担当した.通常分科会はどれか1つしか参加できないが,この時の第3分科会は全ての方が受講できるよう「国家試験問題作問チャレンジ~入門編~」をオンデマンド動画で配信した.この動画は2024年の夏季教員研修会でも一部改編して活用している.
2006年から開始して積み上げてきた国家試験問題の作問とWEB公募システムへの登録推進活動であるが,近年のWEB公募システムへの保健師国家試験問題の登録数には課題がある.2005年に86題と非常に少ない状態である,という指摘を受けたことから取り組みを開始しているが,近年の投稿数は1桁とか,10~20数題ととても少ないのが現状である.2005年時点に比べると養成校の数は倍以上に増加しており,教員数は大きく増加しているのだが,登録数の低迷は国家試験問題作成への取り組みへの関心が薄れていることの表われであるといえるだろう.委員会では活動の1つとして毎年登録問題を作成して登録を実施している.例年総会に合わせて実施される春季教員研修会において,厚生労働省医政局看護課より保健師国家試験問題の登録数の報告があるが,その登録数は委員会から登録した数とほぼ一致するのである.全保教で長年に渡って取り組みを行いながら,近年は全くというほど会員校によって取り組まれていない要因の1つには,委員会の活動不足,力不足があると反省する.夏季教員研修会以外にブロックや地区単位での研修を企画することを期待し,理事会で呼びかけを行っているが,例年同じ地域からのみ依頼がある状態で,拡がりが見られない.しかしながら,例年保健師国家試験実施後の出題内容調査の参加校は多く,幅広い意見が寄せられていることから国家試験問題への関心度は一定の高さを保っていると考えられる.保健師助産師看護師国家試験の試験委員を歴任された教員も多数いることから,一定の作問技術を有する教員は多く,その作問技術の継承を各養成校で行うことも期待しながら,その先のWEB公募への登録へと進めていきたい.
もし,各会員校の教員が,1校あたり3題の登録を行うと仮定すると,2024年8月現在の会員校は244校のため,732題,1校あたり5題の登録では1,220題登録できることになる.2024年の夏季教員研修会には170名申し込みがあり,それぞれが1題~2題の登録を行うことで約300題の登録が叶うことになる.今後毎年このように登録を行っていくと,数千題の登録問題がプールされ,それらを活用して保健師国家試験が作られることとなり,保健師国家試験問題の質向上が期待できる.そして過去問題の質向上になり,保健師基礎教育の底上げに寄与できる.国家試験問題の作問技術は,日々の教育における試験問題作成に直結すること,各教員のもつ実務経験や,実習等で接した事例から作問していくことなども,基礎教育の底上げにつながると考える.厚生労働省の試験委員も,大半は基礎教育に従事している教員が務めていることから,国家試験問題の作問技術を持つ教員が増えることは,将来試験委員となる方々を養成することとなり,国家試験問題作問がより良くなることに繋がっていくのである.
委員会ではこれまでよりいっそうWEB公募システムに多数の国家試験問題が登録できるよう,全国の保健師教員と共に取り組んでいきたいと考えた.作問に用いる様式も改良を重ねて毎回ガイドを参照しなくとも取り組めるよう工夫した.実践的な問題を作問するための教材も揃えてきた.2024年度は前述したオンデマンド動画の入門編を視聴した上で受講する「実践編研修」を3回実施した.毎回受講者に合わせて内容を工夫して行ったため,以下に今年度実施した研修について記す.毎回委員4~5名がスタッフとなり,参加者数は委員を除いた数である.
〈その1〉実践編オンライン研修(国家試験委員会企画・会員校教員が参加)
会員校に案内を周知して参加者を募った.参加者は8名であった.第111回保健師国家試験で課題のあった問題について解説を行い,グループに分かれてそれらのブラッシュアップに取り組んだ.
〈その2〉実践編対面研修(A大学企画・自校および県内校教員が参加)
A大学では前年度に入門編の研修会を企画して実施していた.今回の受講者には前年度の参加者が半数以上含まれていた.経験豊富な行政保健師の参加もあり,参加者は9名であった.前半に第111回保健師国家試験で課題のあった問題について解説を行い,後半はブラッシュアップに取り組んだ.ブラッシュアップの素材は,前半で示した問題を用いたグループと,自ら作問した問題を用いたグループがあった.
〈その3〉入門・実践編対面研修(B大学企画・自校および県内大学の教員およびB大学所在地の自治体保健師が参加)
B大学の看護師教員,助産師教員を含み,他大学保健師教員および自治体の保健師も参加した.参加者は19名であった.国家試験問題作問の基本について解説した後,グループに分かれてブラッシュアップに取り組んだ.保健師国家試験問題だけでなく,助産師国家試験問題,看護師国家試験問題からも教材を作成していたため,それぞれの職種の国家試験を目指したブラッシュアップを行うことができた.
これら3回の研修会の参加者の感想はいずれも「国家試験問題に対して難しいと感じた理由が理解できた」「国家試験問題に対してもやもやした思いが晴れた」というものであった.保健師教員からは「出題内容調査で確認する着眼点が分かった」という声もあった.「日々の教育に活かせる内容である」「楽しかった」という声が多かった.研修会の時間内に問題作成を完了することはできなかったが,終了後にも取り組みを継続して作成した問題をWEB公募システムに登録するよう勧めている.
国家試験問題作問研修のうち特に実践編研修は,教員になって日が浅い方から経験豊かな方まで,一緒に楽しく取り組むことができるものである.また,教材の工夫により看護師教育・助産師教育の教員も共に取り組むことができる.
委員会では依頼に応じて研修会の講師を務める所存である.今後各地で国家試験問題作問に関する取り組みが企画されることを大いに期待している.
WEB公募システムによる登録問題を進めるにあたり,出題基準項目に対してまんべんなく登録されていることが望ましい.初めて作問に取り組む場合,主題として出題基準「対象別公衆衛生看護活動論」の親子保健,成人保健を選ぶことが多くなる.教員になって日が浅い方は,実務経験から事例を念頭に置いて作問する,または事例を作問の素材として登録するところから始めて欲しい.一方で,経験豊かな教員で,特に「公衆衛生看護学概論」「公衆衛生看護管理論」「保健医療福祉行政論」をご担当の方は,ご担当科目に則した主題で登録していただくと全体のバランスが良くなると考える.そして,学校保健と産業保健の実務経験を有する教員は,行政保健師経験者よりも少ないことからぜひその分野での作問を含めて欲しい.「健康危機管理」も事例の登録を期待する科目である.
近年は委員会からの登録がほとんどであるため,委員会では主題が偏らない工夫を行って登録を行っている.今後,目標である数千題の登録を目指すにあたり,会員校全体で協力して出題基準の各項目に登録できるような工夫を検討し,提案していきたいと考えている.
国家試験とは,国が法律に基づいて個人の能力や知識,技術を判定する試験である.保健師助産師看護師国家試験では,新人看護職の業務に必要な知識と技術を問うもの,医療現場や保健医療福祉の場における最新の知識や技術が反映されているもの,教育課程の年限において学修者が到達可能なレベルであることなどが求められる.膨大な学修内容である看護学について如何に国家試験で問うかという基本的な課題に,看護職全体が向かい合い取り組むことができるのが,WEB公募システムであると考える.これからも基礎教育のゴールである国家試験の質向上に向けて全保教全体で取り組んでいきたい.国家試験問題の作問研修の企画は,ブロック,地区,都道府県,会員校または教員有志など,どのような単位でも構わないため,ぜひ委員会まで声をかけて欲しい.会員校からの依頼には積極的に応えていく所存である.