抄録
1990年代に長期の民族誌的フィールドワークが可能になって以来、シベリアを対象とした文化人類学的研究は英米圏や日本で大きく開花し、発展してきた。その軌跡は、社会主義ないしはポスト社会主義の人類学的研究のそれとほぼー致している。社会主義体制からの脱却の文化・社会的再編成の過程で、ナショナリズムの勃興、生産組織の民営化、所有構造の変容、歴史的記憶の様相などが、ベルリンの壁からカムチャッカ半島までを対象として、広く共通して論じられた。だが近年はテーマの拡散が親察され、その拡散ぶりでもって旧社会主義圏は「特殊」な研究領域であることを止めたように思われる。こうした研究動向の変化は、(ポスト)社会主義の人類学とシベリアの人類学との関係を考えさせるものである。本報告では、シベリアを人類学の観点から研究してきた日本語圏・英語圏の論者に焦点を絞り、これまでの到達点を概観し、今後を展望したい。