人間科学
Online ISSN : 2434-4753
研究論文
自閉症の子を成人に育てるまでの母親心理
宇津 貴志伊藤 弥生
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2019 年 1 巻 p. 15-26

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Abstract

自閉症児の母親の長期的心理過程の探索的理解を試みた。先行研究を精査し,①子の発達や将来への不安,②情緒的混乱,③とらわれ,④否認/気にしない,⑤努力/あがき,⑥障害の認知/あきらめ,⑦手ごたえ,⑧安堵,⑨受容という心理変数を用意し,それぞれ三つずつを否定,中間,肯定的心理とした。仮説Ⅰ:①~⑨の流れで展開する。仮説Ⅱ-A:常に肯定・中間・否定の多層的心理が存在する。Ⅱ-B:徐々に肯定的心理が多い状態へ移行する。Ⅱ-C:肯定的感情が多い状態に移行後は発達の節目に否定的感情が強まる。自閉症児の母親8名に半構造化面接を実施した。その結果,仮説Ⅰ:概ね支持されたが,誕生直後から障害が強く疑われる場合には障害告知が『安堵』をもたらし『障害の認知』を速やかに生じさせたことが想定外であった。仮説Ⅱ-A,C:概ね支持されたが,自閉症児とその母親に適したサポートを必ずしも専門家が提供しなかったことがⅡ-Cの特筆点であった。仮説Ⅱ-B:安心できない状態は続き,肯定的心理が多い状態へ移行する時期は定め難かった。

1. 問題と目的

(1) 代表的な親の障害受容モデル

わが国では障害のある子をもつ親の心理過程を理解する際のモデルとして,Drotarら1)の段階説(誕生時のショックから再起にいたるまでの短期モデル)や,Olshansky2)の慢性的悲哀説(段階説とは逆の見解を示す,発達の節目に周期的悲哀が生じるとする長期モデル),中田の螺旋形モデル3)(前二説を包括し,肯定と否定の感情が常に存在し受容に至る全過程を適応過程とみる長期モデル)の3つが頻繁に用いられている。これらのモデルは子の障害の種類を問わず,親の心理過程を理解する際に広く用いられている。自閉症の子をもつ母親の心理過程を理解する際にもこれらのモデルが引用されることがあるが,桑田ら4)は自閉症について確定診断の困難さや障害の疑いから診断までのタイムラグが親の心理的葛藤や育児上の困難さの増大につながると指摘し,障害の独自性を考慮して受容過程をみていく必要があると述べている。さらに,今尾5)は,具体的な単一の「受容・終結」を固定した到達点として定めることによって,弊害がもたらされる可能性について指摘しており,従来のモデルでは自閉症の子をもつ母親の心理過程について十分に捉えているとは言えないと考えられる。

また,自閉症児の親の心理過程に関する研究は,受容過程についての研究(山崎・鎌倉6);夏堀7);下田8);など)だけでなく,親のストレスについての研究(沼澤・菅野9);坂口・別府10);など)など,多数あるが,これらの研究はほとんどが短期的で,長くても子が就学期前期のものである。しかし,夏堀7)は自閉症児は思春期の不調をはじめ,青年期や成人になってもライフステージごとに諸症状が変化することを指摘し,ライフステージを通した研究が必要であると述べている。

そこで本研究では,自閉症の子を持つ母親が体験する「子のライフステージの推移に伴う心理過程」について,面接調査を実施し探索的に理解を試みることを目的とする。なお本研究では,自閉症の子をもつ女性の母親としての心理過程の探索的理解の試みの端緒として,成人期までを対象とする。自閉症に関する診断名としては,現在,DSM-5の「自閉症スペクトラム」とICD10の「自閉症」があるが,本研究では従来から使用され一般的呼称としても認知度が高い「自閉症」を用いることとする。

2. 方法

(1) 予備研究

自閉症の子を持つ母親が体験する「子のライフステージの推移に伴う心理過程」の検討に用いる心理変数の精査と仮説の作成

対象者にインタビューをする際に,「とりあえず聞いてみる」といった無計画な状態で臨むと最終的にうまくまとめられず漠然とした結果しか得られない危惧がある11)ため,仮説的な焦点化された視点を持って臨むことにした。そこで,着目する心理変数の精査と心理過程の流れについての仮説作成を行い,その後,面接調査によって得られたデータを基に仮説を検討するという方法を取った。

1) 着目する心理変数の精査

着目する心理変数について先行研究を基に精査した。自閉症の子を持つ母親の心理過程を長期的な視点から検討した研究は見当たらなかったが,近接領域での研究として前盛12)の研究が挙げられる。この研究は,自閉症児と同様に子育てに重大な苦労が伴う重症心身障害児を育てた母親の心理過程を長期的な視点から描き出そうとしたものであり,本研究において参考になる点が多いと考えられる。そのため,前盛12)の重症心身障碍児者の親の障害受容過程の心理変数(図1)を土台とした。さらに,Drotarら1)の段階説や自閉症児者の親の研究である夏堀7)の研究,従来否定的な意味として捉えられていた『否認』の『気にしない』というポジティブな面について指摘した今尾5)13)14)の研究に加えて,一般的な母親の心理についても考慮に入れて変数を精査した。なお,この作業は,筆者と臨床心理士2名,臨床心理学専攻の院生1名とで行っている。得られた九つの心理変数を表1に示す。

図1

前盛12)の障害受容モデル

表1 着目する心理変数

A:情緒的混乱の程度は相当に幅広いため,自閉症の子の母親の子育ての過酷な状態を示すために,GAF60以下と定義し,面接時にこの定義を念頭に母親から話を聴取し,この定義に当てはまるかを確認した。

中田3)は,親が子の障害を受容していく過程について,親の内面には障害を肯定すると気持ちと障害を否定する気持ちの両方の感情が常に存在する,と述べるが,子育てにおける母の心理過程は常に肯定と否定だけとは考え難く,『努力』などのようにどちらともいい難い中間的なカテゴリーも必要ではないかと考えた。そこで,肯定と否定に加えて中間を追加し,九つの心理変数について,【受容】【安堵】【手ごたえ】の三つを肯定的感情,【とらわれ】【情緒的混乱】【子どもの発達,将来に対する不安】の三つを否定的感情,【障害の認知/あきらめ】【努力/あがき】【否認/気にしない】の中間的感情の3群に分けた。なお,今尾5)13)14)が指摘した否認の「気にしない」という肯定的な側面のように,二つの側面を有すると考えられるものは一つのブロック内で二つに分けた。これはどちらが良い,悪いという性質のものではない。

2) 心理変数の動きについての仮説作成

1で示した心理変数の動きについて仮説を作成した。仮説の作成は,代表的な障害受容過程の理論であるDrotarら1)の段階説,Olshanskyら2)の慢性的悲哀説,中田の螺旋形モデル3)と,本研究の重要先行研究と考えられる,重症心身障碍児者の親の障害受容過程研究の前盛12),自閉症児者の母親の心理過程の研究である夏堀7)を主として,段階説的理解の立場をとらない障害受容研究の最新の知見である今尾14)も加えて検討して行った。

a.仮説Ⅰ:心理変数が展開する流れ

告知前から発達に関する『不安』を抱えており,子の発達や将来に対する不安は一生消失しない。告知後,『混乱』が起こる。一旦混乱が落ち着いた後も,状況により『混乱』状態になり得る。障害を受け止めていく中で『とらわれ』や『否認/気にしない』という様々な心理を体験する。必要な現実的『努力/あがき』を繰り返す中で子を育てることに対して『手ごたえ』や『安堵』を経験する。そうすることで,受容とまではいかないが,事実として子の『障害の認知/あきらめ』が可能になる場合もある。極めて好条件の場合は『受容』の状態にもなるが,『受容』後も,状況によっては否定的な気持ちが高まり,『受容』状態とは言えなくなることもある。

b.仮説Ⅱ:心理変数の3群(肯定中間否定)の動き

A. 慢性的悲哀説・螺旋形モデルと同じく母親の中には肯定・中間・否定の多層的心理が存在する。

B. 段階説と同じく徐々に肯定的心理が多い状態に移行する。

C. 肯定的感情が多い状態に移行した後は慢性的悲哀説と同じく発達の節目に否定的感情が強まる。

本研究では以上の仮説を検討し,自閉症の子を持つ母親が体験する「子のライフステージの推移に伴う心理過程」の理解を探索的に試みる。

(2) 本研究:自閉症の子をもつ母親への面接調査

1) 調査協力者

子どもが成人期にあるカナー型の自閉症者の母親を対象とし,2013年7月~10月に面接調査を行った。対象者は筆者がスタッフとして従事する自閉症児者や精神障害者への支援施設の理事ら二人と,その二人から紹介された協力者,その協力者から紹介された協力者という形で募り8名となった。

2) 調査方法

平田15)は末期がん患者の心理過程の研究の中で,患者から語られた話を形にし,それを媒介として対話する「こころの図」を考案している。この「こころの図」は調査者が調査対象者と一緒に作ることが大きな特徴である。平田は,患者から一連の心理過程が語られた後で「こころの図」を作成し,患者に見せながら,出来事やその時の気持ち,持続期間などについて確認し,その時の体験や支えになったものを明確にした。その後,事前に立てた仮説を活用して,「心理過程の図」を作成している。図2に平田が作成した「心理過程の図」を示す。

図2

平田15)が作成したあるがん患者の心理過程の図

この調査法は仮説検討的に体験プロセスを明らかにする手法として適している16)と考えられたため,本研究ではこれを若干修正の上,全2回の半構造化面接を実施し,「こころの動き図」を作成した。面接1度目には「こころの動き図シート」を用いて母親が否定的に捉えている体験を青のペンで,肯定的に捉えている体験をピンクのペンで記入しながら面接を進め,最後にその体験の影響度を特大・大・中・小の四段階で尋ねた。面接の導入では「○○さんが生まれてから現在までの経過と,ご自分の○○さんに対する気持ちやこれまで育ててこられた思いについて語ってください」という教示を行った。面接時には,子を産んでから現在までの経過,診断告知,将来的な見通しなどについても聞き漏らしが無いようにした。なお,その際には予備研究で精査した心理変数との関連を意識しながら聴くこと,苦労だけではなくよい面もバランスよく聴くことを念頭においた。一度目の面接終了後,「こころの動き図」の整理を行い,二度目の面接時に間違いがないかの確認後,聞き漏らしていた点についても質問をした。

3) 詳細な分析対象とするケースの選定と分析方法

8名分の「こころの動き図」を分析した結果,自閉症の子を持つ母親が体験する「子のライフステージの推移に伴う心理」という従属変数に対する独立変数として,「子の状態」および,家庭外の主な育ちの支援の場である学校などの「周囲の対応」の二つが大きいことが見いだされた。

①自閉症の子の障害のレベル,②子の障害のタイプ,③自閉症児の母親心理に大きな影響を与える要因である「子の状態」と「周囲の対応」についてケースマトリックスを作成し,自閉症の子をもつ母親心理としての代表性を高めるよう,①子の障害のレベルをそろえること(療育手帳記載の障害レベルが最重度のA1であるケースに統一),②子のカナー型自閉症タイプが特定のものに偏らないこと,③自閉症児の母親心理に大きな影響を与える要因である「子の状態」と「周囲の対応」が特殊でないことの3つの観点から,詳細分析の対象とするケースを4つ選んだ。

この4名分についてケース間比較がしやすいよう,「子の状態」と「周囲の対応」という二つの視点から「こころの動き図」のエピソードを整理し,「要約版こころの動き図」を作成した(図3,図4:実際に用いた「こころの動き図」と「要約版こころの動き図」には個人情報が多く含まれているため,本稿では倫理的観点から各図のイメージを示す図の提示にとどめた)。「要約版こころの動き図」を基に予備研究で精査した項目からなる「心理変数の動き図」を作成した。本研究では,この「心理変数の動き図」を基に仮説の検討を行う。これの作業は筆者と臨床心理士2名,臨床心理学専攻の院生1名で検討した。

図3

こころの動き図

図4

要約版こころの動き図

3. 結果

ここでは,詳細分析の対象とした4名の心理変数の動き図とケース概要を紹介する(資料1,2,3,4)。

資料1

Aさん心理変数の動き図

資料2

Bさん心理変数の動き図

資料3

Cさん心理変数の動き図

資料4

Dさん心理変数の動き図

4. 考察

(1) 仮説Ⅰ「心理変数が展開する流れ」の検討

仮説Ⅰは「告知前から発達に関する『不安』を抱えており,子の発達や将来に対する不安は一生消失しない。告知後,『混乱』が起こる。一旦混乱が落ち着いた後も,状況により『混乱』状態になり得る。障害を受け止めていく中で『とらわれ』や『否認/気にしない』という様々な心理を体験する。必要な現実的『努力/あがき』を繰り返す中で子を育てることに対して『手ごたえ』や『安堵』を経験する。そうすることで,受容とまではいかないが,事実として子の『障害の認知/あきらめ』が可能になる場合もある。極めて好条件の場合は『受容』の状態にもなるが,『受容』後も,状況によっては否定的な気持ちが高まり,『受容』状態とは言えなくなることもある。」というものであった。

自閉症児の親は障害の告知前から不安を抱えていることが知られている。本研究でも,告知前からの不安が語られたが,誕生直後は比較的障害の徴候が弱く生後1~2歳ごろから不安を感じた,自閉症児の母親に多いケース(Aさん,Bさん)と,障害の徴候が強く誕生直後から不安を抱えたケース(Cさん,Dさん)とに分かれた。この2タイプでは心理変数が展開する流れが大きく異なったため,二つに分けて考察する。

1) 生後1~2歳ごろから不安を感じたケース(Aさん,Bさん)の心理変数が展開する流れ

仮説との違いは,①告知前に『否認』が起こる,②告知後『混乱』と『とらわれ』が同時に起こる,③『手ごたえ』や『安堵』が『障害の認知』と相互に関係しながら高まっていくという3点である。

①これらの事例のように誕生直後に目立った自閉症の兆候がなかった場合,成長に喜びを感じられる場面もあったりして乳幼児期に強い不安が感じられず,診断告知時までは『否認』をする。

②告知後,それまでの不安が弱く子育ての喜びもあったが故に『混乱』や『とらわれ』が強く,特に『とらわれ』が続く。

③様々な『努力/あがき』を続けていく中で子育てに対する『安堵』や『手ごたえ』を感じ始め心に余裕が生まれると,徐々に『障害の認知』が進み,逆に『障害の認知』ができることで子育てのわずかな出来事も肯定的に感じられるため,『手ごたえ』や『安堵』が進む。がん患者の心理過程について平田15)は,病気を受け入れていくためには,ある程度症状が落ち着いて受け止める余裕があることと,告知時に症状が自覚されているかが重要であることを指摘したが,本研究でも同様の現象が見られたと考えられる。

2) 誕生直後から不安を抱えたケース(Cさん,Dさん)の心理変数が展開する流れ

誕生直後から不安を抱えた2ケースは,著しく不安が強いケースと不安が中程度のケースがあったが,心理変数の流れがかなり異なったため分けて考察する。

a.誕生直後からの不安が中程度のケース(Cさん)の心理変数が展開する流れ

仮説との違いは,①告知前に『努力』や『否認』が起こる,②告知後比較的早期に『障害の認知』が起こり,『とらわれ』が起こらない,③『受容』が起こらないの3点である。

①なんとか異常の原因を突き止めようと『努力』するが,確定的な診断が出る年齢ではなく,『否認』する気持ちが起こる。②告知後は『否認』していただけに強い『混乱』を起こすが,一方でもしかしたらという思いも持っていたため,すぐに『障害の認知』が起こり,『とらわれ』が起こらない。③子についての不安は一貫してあり,『受容』には遠い状態にある。

b.誕生直後からの不安が著しいケース(Dさん)の心理変数が展開する流れ

仮説との違いは,①告知前に『努力』『混乱』が起こる,②告知されたことで『安堵』が起こると同時に『障害の認知』が起こり『とらわれ』が起こらない,③『受容』が起こらないの3点である。

①明らかで重篤な自閉症の兆候が認められ,子の誕生後直後から不安が高い場合には,不安が中程度の場合と同じく,子の異常の原因を突き止めようと『努力』をする。しかし,確定診断が出る年齢ではないため,何が起こっているかはっきりせず『混乱』する。②正体が分からないことで,『不安』になり『混乱』していたため,診断告知されたことで子の状態が理解可能なものとなり,『安堵』を感じ,『障害の認知』にもすみやかに移行する。③子についての不安は一貫してあり,『受容』には遠い状態にある。

3) どの事例にも共通して見られた特徴

本研究では『受容』にわずかではあるが至ったと思われるのは1ケースのみであり,その1ケースも子の状態の悪化によって否定的な気持ちが高まり一時的に『受容』状態ではなくなった。このことからも今尾5)13)14)が述べるように,受容をゴールとすることは必ずしも現実と合致するものではないと思われる。なお,インタビュー後の事実ではあるが,本研究でわずかながら『受容』に至ったとされたAさんも子の不調が強くなり,『不安』が高まったと聞いた。

4) 仮説Ⅰの検討結果のまとめ

誕生~乳児期の障害兆候の程度で二別された。障害兆候が軽微なタイプがほぼ仮説通りである一方,障害が強く疑われるタイプでは,誕生時から『混乱』や『努力』が見られ,告知は一定のショックを与えるがむしろ不安な状態に説明をつけ『安堵』をもたらし,『障害の認知』を速やかに生じさせるという想定外の流れが認められた。また両タイプとも受容がゴールとは言えなかった。

(2) 仮説Ⅱ「心理変数の3群の動き」の検討

仮説Ⅱは,肯定・中間・否定の3群の心理変数の動きの全体的傾向の把握を目的としたため,下位のケース群にわけず4ケース全体の動きから検討を行った。

1) 仮説Ⅱ-Aについて

仮説Ⅱ-Aは「慢性的悲哀説・螺旋形モデルと同じく母親の中には肯定・中間・否定の多層的心理が存在する」であった。

本研究で得られた4ケース全てにおいて,今回設定した肯定・中間・否定の心理変数が概ねすべての時期で確認できた。

2) 仮説Ⅱ-Bについて

仮説Ⅱ-Bは「段階説と同じく徐々に肯定的心理が多い状態へ移る」であった。

『障害の認知』には就学前後までには到達し,就学期あたりから徐々に肯定的な感情が増加し否定的な感情が減少する傾向はどのケースでも見られ,最初に大きな『混乱』を受けた時に比べると徐々に安定した状態へ移行するとようである。一方,こだわり行動・パニック・癇癪の悪化のような子の不調(全ケース共通),教員の理解の薄さなど周囲の無理解(Bさん,Cさん,Dさん)によって肯定的感情が減少し否定的感情が増加した。また,子が極めて不調になった場合には(Bさん,Dさん),最初の『混乱』に匹敵するほどの否定的な感情状態にもなった。このように,肯定的感情に移行する時期は定め難かった。これは,自閉症が日常的な心身のケアを必要とする障害であるために,子の状態や適切なサポートの有無が,母親の心理に直結するためであろう。肯定的心理が多い状態への移行については,時期よりも子の状態や周囲からの適切なサポートの有無という視点で捉えた方が適切なようだ。

3) 仮説Ⅱ-Cについて

仮説Ⅱ-Cは「肯定的感情が多い状態に移行した後は慢性的悲哀説と同じく発達の節目に否定的感情が強まる」であった。

肯定的感情が多い状態に移行後の否定的な感情の強まりは,思春期などの発達の節目を中心とする子の症状の変化(全ケース共通)と,それに対していかに適したサポートが得られるかどうか(Bさん,Cさん,Dさん)によるようだ。サポートに関して,幼稚園(Cさん)や特別支援学校(Bさん,Dさん)で必要なサポートを得らなかったと感じ,否定的な感情が強まったことを指摘した母親もいた。自閉症の子や母親への適したサポートは現状として必ずしも専門家が提供できているとは限らない。その時のその子にあった適切なサポートが行われるよう社会的整備が急がれる。

4) 仮説Ⅱの検討結果のまとめ

仮説Ⅱ-Aはほぼ仮説通りであった。仮説Ⅱ-Bについては,就学前後には『障害の認知』には達するものの子の状態や適切なサポートの有無により安心できない状態は続き,肯定的心理が多い状態へ移行する時期は定め難いことが示された。仮説Ⅱ-Cもほぼ仮説通りであったが,特筆点として,自閉症児とその母親に適したサポートは,現状として必ずしも専門家が提供できているとは限らないことを指摘した。

(3) 本研究のまとめと今後の課題

1) 本研究のまとめ

本研究は,自閉症の子を持つ母親が体験する「子のライフステージの推移に伴う心理過程」の探索的理解を試みた。障害児の母親の心理過程の先行研究を元に着目する心理変数を精査し,①子の発達や将来への不安,②情緒的混乱,③とらわれ,④否認/気にしない,⑤努力/あがき,⑥障害の認知/あきらめ,⑦手ごたえ,⑧安堵,⑨受容という9つの心理変数を用意し,それぞれ三つずつを否定,中間,肯定的心理とした。仮説Ⅰ:①~⑨の流れで展開する。仮説Ⅱ-A:常に肯定・中間・否定の多層的心理が存在する。Ⅱ-B:徐々に肯定的心理が多い状態へ移行する。Ⅱ-C:肯定的感情が多い状態に移行後は発達の節目に否定的感情が強まる。以上の仮説を元に(仮説検証でもなく仮説生成でもない)仮説検討的スタンスで臨んだ。

a.仮説Ⅰについて

ほぼ仮説通りに上記の①~⑨の心理変数の流れで展開したが,障害兆候が誕生直後から障害が強く疑われる場合には,障害告知が『安堵』をもたらし『障害の認知』を速やかに生じさせたことが想定外であった。一方,障害兆候が強いかどうかに関わらず,受容がゴールとは言えなかった。将来に不安を抱え子の症状も変化する中では『受容』に到達することが難しく,一旦達したとしても,子の状態やサポートの有り様によっては受容を維持できなかった。今尾5)13)14)は障害に関わる心理過程において受容を到達点とする問題を指摘したが,自閉症児者の母親にも同様であると言えよう。

b.仮説Ⅱについて

仮説Ⅱ-Aについてはほぼ仮説通りであった。仮説Ⅱ-Bについては,就学前後には『障害の認知』には達するものの,子の状態や適切なサポートの有無により安心できない状態は続き,肯定的心理が多い状態へ移行する時期は定め難いことが示された。仮説Ⅱ-Cについてもほぼ仮説通りであったが,注目すべき点として,子に適したサポートは専門家が提供できているとは限らず,よいサポートであってもその子にとって一貫してよいとも言えないことが分かった。自閉症という重篤な障害の子を持つ母親にとって専門家が適切に機能することは極めて重要なことである。一方,自閉症の全ての子に適切に対応できる専門家の育成は一朝一夕にできるものではなく,社会的整備が急がれよう。

c.本研究のその他の成果

障害児の親の心理についての研究では,○○障害児の親の心理として一つにまとめることが多いが,本研究の特記点の一つは,自閉症の子の母親の心理過程を明らかにするにあたり,子の中核症状(コミュニケーション能力の問題・こだわり行動・感覚過敏・多動)によってタイプわけの上,整理したことにある(資料1~4)。このような子の障害のタイプ別の母親の心理の具体的なあり方は,ベテランの専門家や子が大きくなった母親にはわかりきったことだろうが,初心の援助者や子が幼い母親にはわからず,援助や子育てに臨むに当たり是非欲しいものである。実際には同じタイプの子も多様だが,自閉症児の子育てやそのサポートに臨む際の最初の地図として有用であろう。

本研究では,仮説を検討し図示を活用する調査面接研究法15)16)を用いた。この方法は,研究者にとって,説得力を持った優れた知見を導きやすいという利点があるが,協力者にとっても,話しやすい・わかりやすいという利点がある。図示することで,何について話しているかを明確に話しやすく,何を話したかチェックする作業もわかりやすい。研究倫理の観点からも重要だと考えられる。

2) 本研究の限界と今後の課題

本研究の限界と今後の課題として以下の7点があげられる。まず,調査対象者の数の問題である。4群に分けて分析したが,それぞれの群の人数が少なく,分類の妥当性も検討すべき点があろう。二点目として,調査対象の時期の問題がある。本研究は,自閉症の子を持つ母親が体験する「子のライフステージの推移に伴う心理過程」の探索的理解の第一歩として,子が成人に至るまでを追った。しかし,成人後の生活の場の問題,親の老後・没後の生活の問題など新たな不安の高まりが予想される。子が成人した後も調査する必要がある。三点目として,調査協力者の限定性の問題がある。本研究の協力者は,当然ながらインタビューに答えられる状態にあった。実際にはインタビューに応じられない,慢性的悲哀に近い母親も存在しよう。四点目には,障害児の親の長期の心理として取り上げる変数の妥当性の問題がある。従来,障害児の親の心理の研究で取り上げられた変数は,ショック直後の心理を描く変数であった。本研究ではこれらの変数を母親の長期的な心理過程を描くのに用いたが,変数の妥当性については精査が待たれる。五点目には,面接者の特性の影響の問題があげられる。筆者は調査を依頼した施設のスタッフとして従事しており,この関係性ゆえに答えられたもの,答えられなかったものがあろう。また,筆者と協力者は親子ほど年が離れており,子どものような年齢の相手には言わない,親としての心理も予想される。六点目には,回顧法の限界がある。診断直後の混乱についてなど回顧法だからこそ触れられた心理もあると思われるが,忘却や,記憶が変化している可能性は大いにある。七点目として,図を用いた調査面接の適切性の問題があげられる。今回新たな方法として試みたが,本方法の適切性は今後検討の余地がある。

付記

本研究は2014年に九州産業大学に提出した修士論文および「日本自閉症スペクトラム学会第13回研究大会」での報告に加筆修正を加えたものです。本研究に温かくご協力してくださった皆様に心より感謝申し上げます。

文献
 
© 2019 九州産業大学
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