人間科学
Online ISSN : 2434-4753
実践報告
サポーター主導型プロサッカークラブ支援組織における持続可能なソーシャルビジネスのマネジメント:松本山雅後援会YELL事業の事例
福田 拓哉
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2021 年 3 巻 p. 80-88

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抄録

本研究は,松本山雅FCの支援組織である山雅後援会の「Yell事業」に着目し,その持続可能な社会的事業の特徴と運営方法を分析したケーススタディである。分析の結果,この事業は直接的な参加者をはじめ,サービス利用者である住民や行政までもが経済的かつ社会的な価値を享受できる枠組みがその成功要因であることがわかった。その背景には,この事業への参加がクラブの経済支援と障害者の社会進出や環境負荷の低減につながるというストーリーが広く地域社会で共有されるに至った努力の過程が存在する。

Abstract

This study focuses on the “Yell project” operated by the Yamaga Supporters Association, which is a support organization of Matsumoto Yamaga FC, and is a case study that analyzes the characteristics and management of its sustainable social projects. As a result of the analysis, it was found that the success factor of this project is a framework in which direct participants, local residents and governments who are service users can enjoy economic and social value. Behind this lies, there are the process of efforts that led to the widespread sharing of the story that participation in this project will lead to the club’s financial support, social advancement of persons with disabilities and reduction of environmental impact.

1. 研究の目的

本論文の目的は,Jリーグに加盟する松本山雅FCの支援組織である山雅後援会注1)の「Yell事業」に着目し,その持続可能な社会的事業の特徴と運営方法を明らかにすることである。Yellとは,「Yamaga-Eco-Logy Link」を略したもので,資源物回収を主とするエコ(環境保全)活動を通じて松本山雅FCとホームタウン地域の人々にYELL(応援)を送ることを表している1)。この活動は,①ホームゲームで発生するゴミの完全分別回収,②スタジアム内外での資源物回収,③障害者の就労支援・社会参加の機会提供,④ホームゲームで発生するゴミ処理費用のクラブ負担無償化,⑤事業収益を活用したクラブの財政支援,という5点から構成されており,地域住民である後援会員が松本山雅FC,協力企業,行政,一般市民とともに2013年から実施している(図1)。端的にいえば,地域のゴミ処理問題,障害者の社会参画といった社会課題を,サポーター組織が地域とともに事業を通じて解決しながら,支援するクラブの経済支援と社会的価値の向上も同時に果たすものである。表1に示すとおり,その実績は年々増加している。

図1

山雅後援会「Yell事業」の枠組み

(出所:山雅後援会公式サイト;https://yamaga-kouenkai.com/yellより転載)

表1 山雅後援会「Yell事業」の実績
年度  回収した資源ゴミの量 資源ゴミの売却益 障がい者施設への委託費 クラブへの寄付金額
2012年 315,000円 2,000,000円
2013年 441トン 259,716円 628,250円 2,500,000円
2014年 1,932トン 2,470,168円 927,072円 3,300,000円
2015年 2,309トン 1,995,233円 1,643,040円 4,000,000円
2016年 3,010トン 895,391円※1 1,677,016円 3,500,000円
2017年 3,480トン 1,429,457円 1,469,092円 3,800,000円
2018年 3,988トン 1,823,527円 1,531,110円 5,000,000円
2019年 4,264トン 1,144,135円 1,833,780円 5,000,000円

※1:10ヶ月間分の集計

(出所:松本山雅後援会資料から筆者作成)

今日,解決が求められている社会的課題に対して慈善活動ではなく,ビジネスとして関わっていく事業体はソーシャル・エンタープライズと呼ばれるが2),上記の活動を鑑みると山雅後援会はこれにあてはまるだろう。また,近年Jリーグは自らを社会課題の解決に向けたプラットフォームと認識し,企業や行政との共同によるソーシャルイノベーションを巻き起こすための社会連携活動(通称:シャレン!)を開始したが3),山雅後援会のように持続的なソーシャルビジネスをサポーター組織が中心となって展開する事例は管見の限り他になく,極めて希少なものといえる。そして,このYell事業はサッカークラブの経営を支えるだけでなく,住民たる参加者同士の相互交流を促したり,事業参加を通じた企業同士のマッチングを図ることにもつながるため,他クラブ・他競技への横展開が期待される。これは後述のとおり地方創生や,地域運営組織の活性化と増加を政策目標に掲げる行政にとっても望ましい動きであるといえよう。

そこで本研究では,ソーシャルビジネスや地域運営組織に関する研究をレビューした上で,山雅後援会のYell事業を分析し,サポーター主導組織による持続可能なソーシャルビジネスの成功要因を明らかにすることとした。研究手法は,本研究の目的達成には個別具体的な事象のダイナミクスの理解が必要なことから,ケース研究が妥当と判断した4)。そのため,現地視察,関係者へのヒアリングといった1次資料とあわせ,各種報道や論文といった2次資料を用いて事象の三角測量的検証を行うケース・スタディの手法5)を用いた。なお,ケースの分析は下記の視点から進めた。

・事業の参加者と運営の枠組みはどのようなものか

・事業の成り立ちと乗り越えてきた課題はどのようなものだったか

・どのようにサポーターや市民が参加しやすい状況を構築したのか

・Yell事業から他のプロスポーツ組織はどのような示唆を得られるか

2. ソーシャルビジネスおよび地域運営組織の持続性に関する課題

地域運営組織とは,「地域の暮らしを守るため,地域で暮らす人々が中心となって形成され,地域内の様々な関係主体が参加する協議組織が定めた地域経営の指針に基づき,地域課題の解決に向けた取組を持続的に実践する組織」と定義され,『「地域課題を共有」し,「解決方法を検討」するための「協議機能」 と,「地域課題解決に向けた取組を実践」するための「実行機能」を有する組織』と位置付けられている6)。端的に言えば,町内会に代表される自治会や,教員と保護者によるPTA,NPOやボランティア団体がこれに該当する7)。その数は,2016年10月時点で全国に3,071組織である8)。本研究の対象である山雅後援会は,ホームタウンの「人づくり」・「まちづくり」・「未来づくり」に貢献することをビジョンに掲げる松本山雅の支援組織であり,多くの地域住民や地元企業から構成されるとともに,行政との連携も図りながら会員はボランティアとして活動しているため,この定義にあてはまる組織といえるだろう。

近年,我が国では地域運営組織を地域社会のソーシャルビジネス主体に位置づけようとする動きが多数見られているが9)~11),一方で組織運営上の課題も多く指摘されている。その最たるものが活動の持続性であり,地域住民の当事者意識の醸成,地域住民を主体とした組織の設立,行政や多様な組織との連携,活動内容の深化,そして資金の確保が求められている12)

ソーシャルビジネスに取り組む事業者が抱える課題もこれに類似しており,その上位5つは「人手の確保」(49.0%)「従業員の能力向上」(41.9%)「売り上げの増加」(35.4%),「行政との連携」(29.3%),「運転資金の確保」(27.1%)となっている13)。この結果から,ソーシャルビジネスの多くが抱える課題は,人材に関するものと事業および資金に関するものであるということがわかる14)

この観点からYell事業をみれば,2013年から継続している事業であること,年々その事業規模が拡大していること,多様な組織との連携に基づき後援会員の主体的な運営がなされていることから,上記の課題を乗り越えられていることが理解できる。

3. Yell事業の仕組み

(1) 運営の枠組み

先述の通り,Yell事業は資源物の回収で得られた収益を基に,公式戦開催時に発生するゴミ処理費用を賄うとともに,松本山雅FCへの寄付金を創り出すものである。資源物回収の舞台は,公式戦開催時の松本山雅FCのホームスタジアム「アルウィン」と,松本市・塩尻市・伊那市・安曇野市・山形村の計17箇所に常設された「もったいないBOX」である。アルウィンでの公式戦には古紙回収コンテナが設置されるため,サポーターは試合観戦の際に資源ゴミを出すことが可能になっている(図2)。また,「もったいないBOX」とは,小型家電,段ボール,金属類,古着,古紙の5品目の資源ゴミを回収するためのコンテナで,住宅地近辺のものを除き誰でも365日24時間無料で利用することができる15)。そのため,地域住民にとっては極めて利便性の高いものとなっている注2)

図2

松本山雅FCホームゲーム会場に設置された「もったいないBOX」

(出所:2019年11月23日筆者撮影)

事業の中核である資源物の回収・処理・売却を担当するのは,長野県松本市に本社を置く「株式会社しんえこ(以下,SYNECO)」である。同社は2002年2月に設立され,資源物のリサイクルを本業とする従業員60名,資本金1億円の中小企業であり,松本山雅FCのスポンサーも務める。試合会場では,古紙回収とは別に試合運営を通じて生まれるゴミの完全分別が行われているが,この作業はSYNECO社員の指導に基づき下部組織であるボランティア団体「TEAM VAMOS」のメンバーがゴミの分別を担当する(図3)。また,捨てられたペットボトルからキャップやラベルを取り除く作業には障害者も加わる。

図3

松本山雅FCホームゲーム会場に設置された「もったいないBOX」

(出所:2019年11月23日筆者撮影)

なお,試合会場と「もったいないBOX」を通じて得られた資源物は,収集運搬業務を担当する有限会社丸信商会によりSYNECO松本本社と,安曇野市のPLAZAあづみ野に運ばれ,それで分解される(図5)。分解作業はSYNECOのグループ企業で,障害福祉サービス事業を手掛ける「株式会社アストコ16),注3)」の従業員である障害者が担当する。

その他の協力組織や企業は,自社の敷地内に「もったいないBOX」を設置する支援を行っているが,自社のゴミ処理の利便性が向上したり,費用負担が軽減されたりするだけでなく,例えば「道の駅今井恵みの里」や,複合テーマパークである「安曇野スイス村」(図4)などのように,ゴミの処分をフックとする誘客の機会を得ている。行政は,Yell事業を後援することで利用者に安心感を与えると同時に,市民サービスの向上を図りながら歳出を削減するという行政目標の達成に役立てている。通常,塩尻市では行政による一般住宅向けの資源物(その他金属)の回収は月に1回であり,朝8時30分までにゴミステーションに出さなければならない17)。ふとんやじゅうたんなどの可燃粗大ゴミをクリーンセンターへ持ち込む場合も,10キログラムあたり150円の処理費用が必要となる。また,焼却炉の投入口が小さいため,回収した資源物を分解したり,新規の焼却炉の建設を検討したりする場合がある注4)。いずれも市民の負担が大きく,行政にとっても長い時間と大きな費用が発生するため,Yell事業の活用は両者にとっても合理的なものとなっている。実際,新井氏提供資料によれば,松本市内の資源物回収において,「もったいないBOX」経由の量が行政サービスのものを2018年に上回ったという(図6)。

図4

安曇野スイス村に設置された「もったいないBOX」

(出所:2019年11月24日筆者撮影)

図5

SYNECO PLAZAあづみ野の様子(左下は施設内を案内する新井所長)

(出所:2019年11月24日筆者撮影)

図6

松本市における資源物回収場所の内訳推移(赤:行政,緑:SYNECO)

出所:新井氏提供資料

松本山雅FCは,この活動の広報を担当することで,サポーターを中心とする市民に事業への参画を促している。そのリターンとして,ホームゲームでのゴミ処理代が無料になると同時に,事業収益の一部が後援会を通じて寄付金としてもたらされる。後援会は活動全般に参加することで,会員相互の交流促進,まちづくりへの貢献,クラブの多面的支援といった組織の目的達成につなげている。また,SYNECOにとっても,『スタジアムだけじゃなく,町中でも子供達が当社の作業車を見かけると,「もったいないBOXだ!」と呼んでくれるんですよ。この地域で大きくなったら利用してくれるでしょうし,多くの方から認知され,見られることによって従業員のモチベーションも向上しました。これも松本山雅FCや山雅後援会との連携のお陰であり,当社だけではこれだけの広がりはなかったと思います』とSYNECO PLAZAあづみ野所長の新井通夫氏が述べるように,企業イメージと従業員のモラル向上,そして事業自体の広がりという大きな効果が得られている注4)

以上のように,Yell事業は関わるもの全てにメリットが生まれる社会的事業になっている。しかし,これは過去7年に渡って積み重ねられてきた試行錯誤の結果である。そのため,他クラブがこれを応用するためには,その成り立ちと乗り越えてきた課題を理解する必要があるだろう。

(2) 事業の成り立ち

山雅後援会専務理事の風間敏行氏によれば,Yell事業のきっかけはクラブの特徴と成長にあるという注5),18)。そもそも松本山雅FCは,1965年当時に結成された長野県選抜の選手を中心に結成されたクラブであり19),2004年に将来のJリーグ入りを目指し創設されたNPO法人アルウィンスポーツプロジェクトを運営母体として再出発したクラブである。そのため,名古屋グランパスにおけるトヨタ自動車,ガンバ大阪におけるパナソニックのように責任企業としての大資本を持たない。北信越フットボールリーグ2部時代の2005年からエプソンがメインスポンサーとなりクラブを支え続けているが,収益の確保と経費削減はそうしたクラブよりも比重の高い課題といえる。実際に,Jリーグへの昇格可能性が見えてきた2011年までは,JFLでの公式戦ホームゲームであっても経費削減のため観戦者にゴミの持ち帰りをアナウンスしてきたという注5)

しかし,チームの成長にあわせて観戦者が増加し始めたことで,スタジアムで回収されないゴミが周辺のスーパーやコンビニエンスストアなどに持ち込まれるようになってしまった。また,クラブがJ2昇格を果たした2012年からはアウェイサポーターも急激に増えることとなり,「遠くから折角いらっしゃる皆さんにゴミのお持ち帰りをお願いするのは忍びない」という運営側の気持ちも芽生えるようになった注5)

そこで,2012年シーズン途中からスタジアムでのゴミ回収を実施するようになったのだが,ここで新たな問題と直面することとなった。それがゴミの分別と処理費用の問題である。このノウハウがクラブにも後援会にもない中で,集めたゴミをすべて焼却処分に回した結果,その費用が年間で約200万円に達したという注5)。資金に余裕がないクラブにとって,この追加費用は大きな負担となったことから,翌シーズン以降の削減が課題となった。そのため,この時点では2013年シーズンからホームゲームでのゴミ分別回収が後援会で決定された注5)。この分別回収にはより多くの人手が必要となる。そのため,後援会では予てより検討していたボランティア活動への障害者の受け入れにおいて,この作業の適応性が検討されるようになった。

時を同じくして,2012年11月にSYNECOの先代社長である春山孝造氏より,山雅後援会専務理事の風間氏に面会の依頼が入った注4)。当時のSYNECOは,2011年創業の株式会社エンビプロ・ホールディングスの参加に入って間もない時期であり,地域との関係構築方法を検討していた。そのため,春山氏からの相談内容は松本山雅FCの支援を通じた地域貢献の可能性とそのあり方であった。その際,風間氏がクラブと後援会が上記のゴミ処理問題を抱えている現状を伝えたところ,春山氏は2011年より市内で開始した「もったいないBOX」による資源回収と,同社のゴミ処理および障害者の雇用によって蓄積されたノウハウを組み合わせたスキームを提案したのであった。風間氏も,検討中であったボランティアの障害者受け入れに,このスキームと企業姿勢が適応すると判断し,松本山雅FCに対するSYNECOのスポンサーシップという枠組みを活用してYell事業が2013年3月から開始されることとなった。

つまり,Yell事業は松本山雅FCの発展によって発生したスタジアムのゴミ処理問題,後援会下部組織であるボランティア団体での障害者受け入れといったクラブ内部の課題と,SYNECOが抱えていた地域社会との関係構築という課題が適切なタイミングで出会った結果,生まれたのである。

(3) 乗り越えてきた課題からみる継続の要点

2013年シーズンよりYell事業が開始され,今日までその規模を発展させてきたが,その過程にはいくつか乗り越えなければならない問題があった。新井氏によれば,それは主に①「もったいないBOX」の設置に対する住民からの反対や,②意図的に投入される対象外のゴミ,③廃棄物処理を扱う同業他社への対応,④資源物価格の相場変動,⑤SYNECO親会社からの理解獲得,といったスタジアム外での出来事であった注4)

1つ目については,ゴミの匂いや廃棄・回収に際しての騒音に関するものであった。これには,SYNECOが「もったいないBOX」設置付近の住民に対し,収集物に匂いを発するものが含まれていない点の説明や,住宅街にほど近い設置場所については夜間の回収を停止するといった措置を講じた。2つ目については,他の事業者による産業廃棄物や,対象外の生ゴミが意図的に投入されるケースが発生した。前者に対しては,産業廃棄物に残る記録をたどることで当該事業者を特定し,話し合いによって和解する手段を取ったが,特に悪質だった1件のみ警察に通報することになった。後車に対しては,「これをゴミに関する地域の方のお困りごとや,この取り組みが人の羨む良いサービスに発展したことの現れと捉え,ここで止めることなく責任を持ってSYNECOで処分しました。そうすることで地域の信頼と評判が高まるだろうと考えたからです。その代わり,ともにYell事業を開始した松本山雅FCと後援会にも費用を折半してもらいました」と新井氏が語るように,声を大きく上げることなく,クラブや後援会とともに黙々と対応したのである。このように対応したことで,「もったいないBOX」の設置場所は徐々に拡大し,その取扱高は大きく増加した。

そうなると,同業他社によるYell事業への参入意向が高まってくる。実際にいくつもの企業が新井氏に参入を打診してきたという。その際,新井氏は全ての業者に対して共同参画を提案している。同時に,SYNECOの社員のみならず,自らも毎試合松本山雅FCのホームゲームでボランティアとともにゴミの分別・回収作業を行っている旨を告げているが,これを重荷と感じるためか,先の話に進んだ企業は現時点で存在しないという。これが3つ目の対応である。

4つ目については,社会状況の変化によって資源物の価格は大きく上下する。そのため,価格下落時には回収した資源物の売却価格が公式戦のゴミ処理費用に到達しない可能性も出てくる。その場合,不足分はSYNECOが負担する取り決めになっている。これにより,本業の一環としてYell事業に取り組むSYNECOのみならず,スポンサーでもある支援企業の利益に貢献しようというクラブと後援会からのコミットメントも引き上げられる構図になっている。

5つ目については,SYNECOと親企業との関係に関するものである。親会社であるエンビプロ・ホールディングスは静岡県に本社を置く東証1部上場企業であるため,連結対象企業はその社会貢献性のみならず,株主価値の最大化に向けた収益性も厳しくチェックされる。Yell事業の社会性に関しては,初年度の事業終了後にSYNECOがグループ全体の場で報告したところ,高い評価が得られたという。事業性に関しても同様の評価であったが,先に述べたとおり,資源物の価格は社会情勢に応じて大きく変化する。場合によっては単年度赤字に陥ることもあるため,SYNECOは当該事業をフックとした松本山雅FCとのスポンサー契約期間を3年にすることでクラブと親会社の両方から承認を得ている。これにより,事業性の短期的な悪化による親会社からの撤退指示リスクを軽減するとともに,Yell事業に対するクラブからのコミットメントを引き出している。

4. 考察

事例を振り返ると,Yell事業の成功の要点は,ゴミ処理というイベントや日々の生活で必ず発生する「困りごと」を舞台に,松本山雅FC,山雅後援会,SYNECOが互いの課題をそれぞれの強みによって打ち消し合うだけでなく,障害者の社会参画や行政・市民・協力企業の利便性向上といった価値を生み出す構図に設計できたことを指摘できる。そして,その背景にはクラブの規模や成り立ち,図7にみられる後援会の理念と活動方針,企業の本業を通じた社会貢献への姿勢が組み合っていることが理解できる。仮に,松本山雅FCが責任企業を持つ資金的に潤沢なクラブであったならば,後援会も含めて年間200万円というゴミ処理費用を気に留めることはなかったであろうし,クラブ経営へのサポーターや地域住民の参加度合いも今よりも低いものになっていただろう。同様に,後援会の下にボランティア団体がなかったり,そのボランティア団体が毎試合熱心に活動していなかったり,その熱心な活動に障害者を受け入れようという方針がなかったりしたら,Yell事業の構想は生まれなかったであろうし,仮に生まれていたとしてもサポーター・住民参加型事業の発展や継続性は担保されなかったのではないだろう。同じく,SYNECOの地域に対する想いと,CSV注6),20)的な事業のあり方,そして試合会場でのボランティアと一緒に汗を流すという取り組み姿勢がなかったら,適切なタイミングでクラブと後援会に出会うことはできなかったであろうし,「もったいないBOX」はサポーターや市民の参画や共感を引き出すことはできなかったであろう。

図7

アルウィンに掲げられた山雅後援会のスタンスと実績

(出所:2019年11月23日筆者撮影)

5. 結論とインプリケーション

本研究の目的は,山雅後援会のYell事業を分析し,サポーター主導組織による持続可能なソーシャルビジネスを可能にする要因を明らかにすることであった。この目的に立ち返り,以下では本研究の結論と,そこからのインプリケーションを述べる。

(1) 結論:Yell事業の持続可能性はどのように担保されているのか

Yell事業の持続可能性は,日常生活や企業活動に必要不可欠な「ゴミ処理」を基軸とし,松本山雅FC・山雅後援会・SYNECO・協力企業・行政・市民といったそれぞれの参加者が経済的かつ社会的な価値を享受できる枠組みによって担保されている。また,この事業はクラブ全体の収益力がリーグ戦の順位と強い相関関係にあるJリーグにおいて21),地域のシンボルであり強くあってほしいと願う松本山雅FCの経済支援をホームゲームでのボランティア活動や日々の生活を通じて実践でき,それが同時に障害者の社会進出や環境負荷の低減といった社会的支援にもなるというストーリーになっている。これはサポーターやスポンサーをはじめ,広く地域社会からの参加や賛同を得る上で極めて重要な点であろう。

後援会は,そうした熱心なサポーターの活動拠点であり,試合時のボランティア活動はクラブとの重要な接点でもある。実際に筆者が2019年11月23日開催の公式戦を視察したところ,後援会専務理事の風間氏とボランティアスタッフは,多くのクラブスタッフとも連動し,声を掛け合いながら来場者に対して最高のサービスを提供するという目標の下で生き生きと熱心に業務にあたっていた。また,試合後の締めのミーティングでは,松本山雅FC代表取締役社長の神田文之氏以下,重役をはじめとするクラブスタッフが当日のボランティアスタッフと試合運営の振り返りを行ったり,次の試合に向けた課題を整理し合ったり,明るく談笑したりする姿が数多く見られた。いうまでもなく,ボランティアはサポーターでもあり,地域住民でもあるため,クラブと地域との関係を促進する後援会の存在は経済支援以上の価値あるといえるだろう。

この点に関して新井氏は,「そもそも松本山雅FCの地域との関係性と,それを支える熱心なサポーターの参画が得られていることがYell事業成功の秘訣です」と述べている注4)。先に述べたとおり,SYNECOはYell事業初年度終了後のグループ全体の報告会で高い評価を得た。このことから,グループ内の別企業が同様の取り組みを他クラブで展開することとなったのだが,当該クラブでは山雅後援会のような熱心なサポーター組織との協業に至らず,事業は失敗に終わったという。この点は,Jクラブにおける事業の根源が何であるかを物語っているといえよう。

(2) インプリケーション

Yell事業のようなサポーター組織による持続可能なソーシャル・ビジネスを展開する上では,その採算性を前提とした上で,まずクラブの費用や地域に対するスタンスが重要になる事がわかった。この活動の中心が,サポーター組織や地域社会との共創関係を求めているか,またそのための仕組みを持っているかが成否の分かれ道の1つ目であるといえよう。次に,事業運営に直接関係する参加者がそれぞれの強みを組み合わせることによって相互の課題を解消できる枠組みであることが重要になる。そうすることで,困難に対しても協力姿勢が揺るがなくなることが理解できた。3点目が,地域住民の参加が容易であり,日々の生活の利便性も向上する枠組みにすることである。シーズン中,Jリーグの公式戦は主として2週間に1度週末に行われる。この頻度とタイミングであれば,年に数回程度ボランティアに参加することも重荷にならないだろう。また,「もったいないBOX」のように行政サービスよりも利便性の高いものを提供することで,住民の利用や理解も得られやすくなる。最後は,利便性や経済性だけでなく,社会的効果も同時に生まれる仕組みを創ることである。Yell事業は,地域のシンボルであるクラブの支援につながるだけでなく,経済性と社会性を同時に生み出すことで自分たちの地域の発展に貢献できるという枠組みになっている。このように,地域の多様な組織が連携してCSV事業を展開するという観点はこの取り組みの基本といえるだろう。

さて,1993年のJリーグ誕生以降,BリーグをはじめNPB(日本プロ野球機構)までもが地域貢献や地域との共生を打ち出しているが,持続可能なソーシャル・ビジネスは未だ確立されていない。また,日本全体で地域運営組織の活性化が求められている現在,広く感動や価値,目標を共有できるスポーツを土台にこれを組織し,企業や行政など多様な参加者とともに主体的に事業に取り組むことがその源泉になりうるだろう。つまり,Yell事業は我が国のプロスポーツのみならず,地方の活性化という観点からも参考にすべき事例といえるだろう。

謝辞

本研究の実施に際し,SYNECO PLAZAあずみ野所長・新井通夫氏,山雅後援会専務理事風間敏行氏,特待非営利活動法人松本山雅スポーツクラブ理事長の青木雅晃氏に多大なるご協力を賜った。ここに記して感謝申し上げる次第である。

付記

本研究は,令和元年度および令和2年度KSU基盤研究(K072247,K072108)の助成を受けたものである。なお,本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない。

注1)  2010年10月30日発足。2020年9月10日時点での会員数は法人会員192(入会金5,000円,年会費30,000円),個人会員694(入会金2,000円,年会費10,000円),サポートショップ194にのぼる。詳細は,文献・資料1を参照されたい。

注2)  小型家電類は2019年から,古着は2020年より受け入れを中止している。また,一部処分料金が必要となっているも存在する。詳細は,文献・資料15を参照されたい。

注3)  2013年株式会社エコミットとして長野県松本市に設立。2016年10月,社名を株式会社アストコへ変更。詳細は文献・資料16を参照のこと。

注4)  2019年11月24日に実施したSYNECO PLAZAあずみ野所長・新井通夫氏および山雅後援会専務理事風間敏行氏へのインタビューに基づく。

注5)  2015年2月7日に新潟市内で開催されたNPO法人アライアンス2002らが主催する「第2回サッカー楽会」での風間氏の講演に基づく。詳細は文献・資料18を参照されたい。

注6)  2011年にハーバードビジネススクール教授のマイケル・ポーター氏と研究員のマーク・クラマー氏によって提唱されたCreating Shared Valueという概念を指し,事業を通じて社会課題を解決する取り組みを意味する。詳細は文献・資料20を参照されたい。

文献・資料
 
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