抄録
1991年以来、論者は保育所低年齢児のかみつきに関する調査を行ってきた。この調査を行った背景は、臨界期にある低年齢児が増加する保育所でかみつきが頻発し保育者を脳ませるとともに早期の解決が求められていたからである。この調査の結果の一部については昨年本誌で発表したが、本研究ではかみつき場面における保育者の対処について検討するとともに、これを通して今日求められる保育者の受容的態度の問題点を明らかにしたいと考える。1,181例の対処事例を検討してあらかじめ設定した対処の類型にしたがって、各対処の割合を求めてみると、「注意」をはじめとした指示的対処が大半を占めるとともに、求められる受容的対処が著しく少ないことが明らかとなった。次に受容的対処がこのように少ないのには何らかの必然的な要因があるか否かを、いくつかの角度から分析した。しかし、受容的対処が少ないことについて、何ら言及に値する外的要因を児いだすことはできず、問題は保育者自身にあることが明らかとなった。他児を傷つけかねないかみつき行為に直面した保育者は、何よりも善悪の価値の問題にとらわれ、それが受容的態度を意識の片隅へ追いやってしまうのではないかということである。受容と価値判断・評価とが矛盾し相容れないものであることはこれまで臨床心理学の一部が教えるところであったが、まさしくこのことがかみつきへの対処の中で明らかとなった。今日の保育所が多様な保育需要に対しての包容力を期待されればされるほど、保育者もまた、子どもとその子どもを保育所に託す保護者への共感的理解が求められるようになっている。受容的態度はまさしく今後の保育指針のひとつである。保育者がより高い次元でこうした受容的態度を身につけるためには、どれほど緊迫した事態であろうとも、価値判断・評価という指示的態度を乗り越えるという課題を本研究は提起した。