2022 年 1 巻 p. 3-9
流下能力評価の基礎となる不等流計算は,既往洪水の再現計算を行いながら各種条件設定を定める.しかし神通川下流部では,既往洪水に対する再現性を十分確保できない事例が確認されており,その課題は出発水位,低水路粗度係数,洪水中の河床低下の3点にあると考えられている.これをふまえて,洪水時の縦断水位観測,河床の3次元測量,河床変動観測および分析を行うことで,洪水中の実態を反映した計算条件の設定に有効であることを確認した.
In the unequal flow calculation, which is the basis of the flow capacity evaluation, various condi-tion settings are set while performing the reproduction calculation of the past flood.However, in the lower reaches of the Jinzu River, cases have been confirmed in which sufficient reproducibility for past floods cannot be ensured, and the problems are thought to be the starting water level, low channel roughness coefficient, and riverbed decline during floods.Based on this, it was confirmed that it is effective in setting calculation conditions that reflect the actual conditions during floods by observing the vertical water level during floods, three-dimensional surveying of riverbeds, and ob-serving and analyzing riverbed fluctuations.
河道改修の基本となる不等流計算の条件設定(出発水位,低水路粗度係数等)は,「河道計画検討の手引き」1に従って行われる.この手引きは,出版された平成14年当初までの知見に基づいて作成されているが,洪水中の河床変動状況は未解明な部分も多いことから,手引きに従って条件設定を行っても,実績洪水の再現性に課題が生じることがある.神通川も同様の課題を有していたことから課題解決に向けた現地観測を実施しており,縦断水位観測や水中の3次元測量,STIV法を前提とした流速観測のほか,従来難しいとされていた洪水中の河床変動状況の観測も試みている.これまでの取り組みの中で,近年の計測技術の向上も相まって,洪水中の河床変動状況の一部を把握するデータを取得できたことから,得られたデータに基づいて洪水中の河床変動状況を考察した.
本報告の主な調査対象区間は,神通川の河口-0.6k~2kの区間であり,セグメントは2-2,河床勾配1/2,500,河床材料は砂,低水路の水深は約4~5m,水面幅は約200mの感潮域である.洪水発生期間(6月~10月)における日々の干満差は最大でも30cm程度であり,潮位変動が小さい特徴がある.
課題解決に向けた観測は図- 1,図- 2に示すとおり,簡易水位計および河床変動観測のための水温計およびリング計を縦断的に設置した.また,流速観測のためのカメラを1箇所設置した.なお,縦断水位観測は2014年,河床変動観測および流速観測は2018年より開始している.
観測機器位置図(2019年)
観測機器位置図(2020年 1.2kまでを拡大)
再現計算における出発水位は洪水痕跡調査をもとに設定する.神通川の一部の既往洪水では洪水痕跡水位が著しく高い場合があり,再現計算の大きな妨げとなっていた.これをふまえて,河口で水位観測を行い,出発水位に関する考察を行った事例を報告する.
観測概要出発水位として洪水痕跡水位を検証する場合,0.2ex1波浪による打上げの可能性,0.2ex20.0kの水位ピークと流量ピークの同時生起性が検証の焦点となる.これを検証するため,水位は0.0k右岸に簡易水位計を設置し,流量は7km地点の神通大橋の流量を使用して検証を行った.
0.0k地点における波浪の打上げ影響に関する考察洪水中の波浪の影響を確認するため,簡易水位計設置後に最も高波浪となった2017年10月洪水を対象に考察した(図- 3).この洪水の0.0kの痕跡水位はTP.2.09mであったが,0.0kの最高水位はTP.1.24mであり,大きな乖離が生じていた.また,0.0kの水位は潮位変動に連動し,波浪の影響を強く受けていることが確認できた.
0.0k洪水痕跡水位とピーク流量の相関性の確認2017年10月洪水における流量ピーク時の0.0kの水位を確認するとTP.0.70m(神通大橋からの流下時間を考慮して読取)であり,洪水中最高水位よりもさらに低かった.これをふまえて,近年の4洪水を対象に0.0kの洪水痕跡水位,ピーク流量値,流量ピーク時の0.0k水位を整理(図- 4)したところ,0.0kの洪水痕跡水位とピーク流量値に相関性は見られなかった.一方,流量ピーク時の0.0k水位とピーク流量値には相関性がみられた.
出発水位の設定に対する観測の重要性出発位置で水位観測を行い,洪水中の実態を把握することによって,神通川河口部の洪水痕跡水位は波浪打上げの影響を受けることが明らかとなった.このため,洪水痕跡水位を流量ピーク時の河口水位と捉えて再現計算の出発水位に用いると過大になる場合がある.このため,河口で水位観測を行い,流量と水位の関係を把握して出発水位を設定することの重要性を把握できた.
粗度係数は不等流計算で逆算粗度から設定するが,その検証材料がないことが課題となっている.そこで,神通川下流部で洪水前後の河床の3次元測量を行い,その調査をもとに粗度係数の考察を行った事例を報告する.
観測概要2018年7月洪水の前後に水中の3次元測量を実施した.3次元測量にはスワス式測深機(製品名C3D-LPM,ソフトウェア:HYPACK2015,TINによる内挿補間)を用いた. 図- 5に示す洪水後の測量結果に示すとおり,洪水後の測量では,低水路内に形成されたうろこ状模様を明瞭に確認することができた.また,河口低水路の左岸側に形成されていた河口砂州がフラッシュされている様子も確認することができた.
2017年10月洪水時の流量と0.0k右岸水位の関係
既往洪水におけるピーク流量と河口痕跡水位および流量ピーク時の0.0k水位の関係(※潮位は参考値)
2018年7月洪水前後の水面下地形の変化
秋田ら2は水中の3次元測量を活用して,小規模河床波を把握するとともに,洪水時の粗度係数の把握に向けた報告を行っていることから,これを本検討にも適用して,2018年7月洪水時の粗度係数の推定を行った.
河床波スケールの計測および河床材料調査検討に使用する河床波スケールを計測するため,低水路内に10測線を設け,目視によって縦断波長
吉川・石川3は,河床波の形状特性と水流の抵抗との関係を論理的に整理していることから,この関係式に計測した河床波スケールおよび代表粒径をあてはめ,水深に応じた粗度係数を推定して図化した.また,その図に準二次元不等流計算により求めた2018年7月洪水の下流部の逆算粗度の結果をプロットした.作成した図を図- 8に示すが,逆算粗度は形状抵抗ありの曲線にほぼ沿った位置にプロットされた.この結果から推測すると,当該洪水では,流量ピーク時には形状抵抗なし(平坦河床)の状態に至っていなかったと判断できるとともに,そのときの粗度係数は,準二次元不等流計算で逆算した0.020程度であったと考えることができる.
粗度係数の把握に対する観測の重要性従来の再現計算では準二次元不等流計算で逆算粗度係数を求めるしか方法がなかった.しかし,実態の河床波スケールと代表粒径を把握することで,逆算粗度係数を検証する情報を得ることができた.水中の3次元測量により洪水後の河床地形を把握することは,極めて重要な意味を持っているいることを把握することができた.
逆算粗度係数を算定すると,著しく粗度係数が小さくなることがあり,その際,河床低下の可能性を想像する.しかし,河床低下の観測事例は極めて少なく,実態も分かっていない。これをふまえて,神通川下流部で河床変動観測を行い,洪水中の河床低下に関する考察を行った事例を報告する.
観測概要神通川では,洪水中の河床低下ならびに河床変動状況を把握するため,河床水温計および河床リング計を用いた観測を実施している.
No15測線の河床波スケールの読み取り例
0.0kのコアサンプリング結果(2018年7月実施)
砂堆波長と河床材料に基づく粗度係数の推定
河床水温計とリング計の設置例
河床変動計の設置例(左:水温計 右:リング計)
横山ら4は,筑後川において水温計を活用した河床変動観測を実施している.この事例をもとに,洪水中の時系列的な河床変化を把握することを目的として,神通川下流部の河床に河床水温計を設置した.設置例は図- 9,図- 10に示すとおりである.水温計はOnset社製 MXペンダント温度(MX2201)を使用し,ネグロス電工社製 ダクターチャンネルS-D1Rに10~15cm間隔で配置した.これを5mの単管に抱かせて,潜水作業により河床に埋設した.このとき,河床より上の水温も把握する必要があることから,河床から最低でも50cm程度は露出するように設置した.
河床リング計河床リング計5)の設置例は図- 9,図- 10に示すとおりである.河床リング計はJFEスチール社製 jfe-sgpを潜水作業により河床に埋設し,リングはシーケー金属社製 CK鋳鉄製合フランジを使用した.なお,河床水温計を用いた観測は事例が少なく,水温から判断する河床低下量の妥当性を確認するため,水温計の上流側に河床リング計を2本併設した.2019年6月洪水後の観測結果によると,河床リング計に流下物を多数補足していたことから,結果的に河床リング計が河床水温計に対するゴミ除け機能も発揮したと考えられる.
配置計画河床水温計と河床リング計の配置は,図- 1,図- 2に示したとおりである.2019年は,それまでの検討から,河床変動が大きいと想定される0.0k~1.0k区間に河床水温計を配置した.2020年は,より広い範囲で河床低下量を捉えることを目的として,河床水温計の数量を減らして,河床リング計をメインに配置した.
設置に関する関係機関との協議設置の事前協議として,海上保安庁伏木海上保安部,富山県富山港事務所に必要書類を提出したほか,富山県水産漁港課の助言により,とやま市漁業協同組合(海面)四方本所および岩瀬支所,富山漁業協同組合(内水面)に事前説明を行った.
設置作業2019年,2020年で設置数量に差はあったものの,作業の慣れによる効率化もあり,設置に要した日数は表- 1に示すように,変わらなかった.
データ回収および撤去データ回収や撤去に要した日数は表- 2のとおりである.2019年は中間データ回収を1回実施し,機器の撤去は11月後半以降に実施したが,冬が近づくにつれて悪天候が続いたことで,撤去に5日を要した.一方,2020年は中規模の洪水発生に伴って機器が曲がったり(図- 11),河床に埋没していたり,1m以上低下しているリングを捜索するなど,洪水後の観測に10日を要した.
2019年の観測データからの考察2019年の年最大流量は6/30に発生した1,708m3/sであり(平均年最大流量は2,000m3/s:神通大橋地点),大きな洪水のない年であった.しかし,この洪水後に中間データ回収を行い,河床変動観測データの考察を行った.0.2k地点の観測データと考察結果を図- 12に示す. 0.2k地点の水中の水温計はNo19(洪水前河床よりも明らかに上に設置されていたもの)であったが,最初にこの水温低下が始まっている.これは塩水くさびの流出によるものと考えられ,流量が900m3/s程度になるまでに塩水くさびは流出したものと推測できる.その後,河床付近の水温計No17の水温が急激に低下し,さらに河床下に埋まっていたNo16以下の水温も,No17に追随して低下していることが分かる.洪水中の最大河床低下量を水温データから判読すると,最大で90cm程度低下したと判断できた.この妥当性を確認するため,水温計周りの3つのリング低下量を確認したところ,最大で約70cm低下していたことから,水温計による河床低下量の解釈も概ね妥当と判断している.
ここで,水温データを参考に,洪水前後測量から判断した場合の河床低下量を想定すると,洪水前河床位はNo17,洪水後河床位はNo16と判断できるため,そのときの河床低下量は水温計1個分の河床低下で,10cmとなる.これより,今回の河床水温観測は,洪水中の河床変動を捉えたばかりでなく,1,700m3/s程度の小規模洪水であっても,大きな河床変動が生じていることを確認することができた.ただし,今回の観測方法では,平坦河床に至ったかを判断することはできないほか,特に洪水後期の水温上昇期の解釈が難しく,再堆積過程を判読することも困難であった.横山らが適用した筑後川の河床は細砂以下であったが,中砂~粗砂の多い神通川では間隙水の影響も大きく,水温による河床位の推定には限界があるものと考えられる.
これらの観測結果をもとに,現時点で想定した洪水中の河床変動状況を模式的に示したものが図- 13,図- 14である.図- 5で示した2018年7月洪水前後の河床変化もふまえると,洪水時は塩水くさびの流出後に河床変動が始まり,小規模河床形態が形成されると考えられる.洪水後期は塩水くさびの侵入に合わせて河床変動が停止している可能性が推測されるが,詳細は分からない.
なお,水温計やリング計に伴う河床低下は,河床変動が生じたことを表しているものの,この低下量を「小規模河床波の波長高さ」と捉えるか,「河床低下」と捉えるかを現時点で明言することはできず,今後解明すべき実態の一つとなっている.
水温計 | リング計 | 設置日数 | |
---|---|---|---|
2019年 | 6箇所 | 3本×6箇所=18本 | 4日 |
2020年 | 3箇所 | 2本×13箇所=26本 | 4日 |
中間データ回収 | 機器撤去 | |
---|---|---|
2019年 | 2日 | 5日 |
2020年 | 10日 | 3日 |
2020年7月洪水後に引き上げた水温計の例
2020年7月洪水後に引き上げた水温計の例
洪水中の河床変動の分析(2019年6月洪水 0.2k地点)
2020年は7月8日にピーク流量3,892m3/s(暫定値)の中規模洪水が発生したことから,これをもとに河床変動観測データの考察を行った.この年は図- 11で示したように水温計が折れてしまったことから,リング計の低下量を用いて考察を行った.なお,この考察は「リング低下量」=「河床低下量」と仮定した場合の考察である. 図- 15は0.4k地点に設置したリング計の低下状況である.右岸側の2本のリング計は洪水後河床高よりそれぞれ41cm,55cm低下していた.左岸側の2本のリングの
洪水中の河床変動状況の時間変化イメージ
洪水中の河床変動状況の推定(横断イメージ)
2020年7月洪水後のリング計の計測結果(0.4k地点)
リング低下量の面的な展開と,洪水中の河床高の推定
うち1本は流出したが,もう1本は洪水後河床高より139cm低下していた.このように各観測地点で洪水後河床高からのリング低下量を整理し,GISにプロットして平面的に補間することで,平面的なリング低下量を求めた.この低下量を洪水後の3次元測量から差し引き,洪水中の河床高を推定した結果を図- 16,図- 17に示す.
次に,推定した河床低下断面の妥当性を確認するため,0.0k右岸の簡易水位計の時刻水位および時系列の流速観測結果(STIV法で表面流速を求めるため,低水路内に等間隔の検査線に設けてそれぞれ流量を算定し,単純横断平均した流速)を活用して,0.0kの流量検証を行った.図- 18は0.0kの洪水後測量断面を用いる場合と,本検討で推定した 河床低下断面を用いる場合の流量の違いを比較したものである.図- 18によると,推定した 河床低下断面を用いた流量は,神通大橋地点のハイドログラフと酷似していることが分かる.
この結果より,今回推定した河床低下断面は流量収支の側面から妥当性を確認できたことから,リング低下量を河床低下量として表現することの可能性を見出すことができた.
洪水中の河床低下の把握に対する観測の重要性今回実施した河床水温計による河床変動観測は観測の限界も見られるものの,洪水中の時系列的な河床変動実態を把握する重要なデータを取得することができた.一方,河床リング計は,河床低下量の絶対値を把握する方法として有益な方法であることを把握できた.
これらの観測を行うことで,これまで想像しかできなかった洪水中の河床変動実態を,具体的なイメージとして表現できたことは有益であったと考えている.
本調査は神通川下流部を対象に,不等流計算の再現精度向上にむけた取り組みとして,出発水位,粗度係数,河床低下の3点に着目して調査,検討を行い,以下の成果を得ることができた.また,洪水前,洪水中,洪水後の観測が,洪水中の実態を把握するうえで極めて重要な情報を与えてくれることを認識することができた.
リング低下量を活用した洪水中の河床高の推定(0.0k)
0.0k地点の河床低下断面(推定)の妥当性確認
本稿は,河口域を対象とした洪水の再現計算における適切な条件設定について多様な現地観測を通して検討したものである.特に,不等流計算における妥当な出発水位,粗度係数について検討を深めた.河床変動観測においては,現象をより深く理解できるように,洪水中の河床土砂移動を模式化して整理した.
この結果,河床低下と小規模河床波の関係が曖昧であることなど,さらに解明すべき点も明らかになってきている.このため,今後も観測と考察を継続することで,洪水中の実態把握に結び付くものと考えている.
なお,今後の調査で実感した特徴や留意点を挙げれば,以下のような事項が挙げられる.これを参考に今後も調査を継続していく予定である.
謝辞:河床変動調査結果の解釈や,洪水中の河床変動の考察にあたり,東京都立大学の横山勝英教授には,大変丁寧にご指導頂きました.また,河床変動の現地観測においては,海洋プランニング株式会社の寺尾弘氏,有限会社測地開発の野口仁志氏、有限会社中央航測の小栗保二氏をはじめ,多くの方にご尽力頂きました.ここに記して感謝申し上げます.
日本工営株式会社 河川水資源事業部 河川部 (〒102-8539 東京都千代田区麹町5-4) E-mail: a5996@n-koei.co.jp (Correspoinding Author)
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