医療と社会
Online ISSN : 1883-4477
Print ISSN : 0916-9202
ISSN-L : 0916-9202
製薬企業の基礎研究
特許データによる日米欧企業の国際比較
姉川 知史
著者情報
ジャーナル フリー

1996 年 5 巻 4 号 p. 49-64

詳細
抄録

アメリカ合衆国特許の出願書類では特許対象の技術に密接に関連する先行特許と専門文献の引用がなされる。特許公告において開示されるこれらの引用情報を利用して,個々の企業の取得特許の質を測定する「特許影響力」,「科学関連性」,「技術サイクル・タイム」といった各種の指標を作成することができる。本研究ではアメリカ合衆国特許を対象とする特許指標のデータベースを利用して,先進国の代表的な製薬企業の基礎研究能力の国際比較を行った。
第1に,当該特許が後続特許によって引用される頻度を表す「特許影響力指標」と「特許取得数」の積である「総技術力」指標によって,世界の製薬企業上位150社を順位づけた。第2に,特許取得者として位置づけた製薬企業の法人格の所在地によって,製薬企業を日本企業,アメリカ企業,ヨーロッパ企業に3分類し,それらの基礎研究能力の特徴を各種特許指標によって検討した。第3に,特許指標相互の関係を検討し,それぞれの特許指標が持つ情報内容を分析した。
また製薬企業の国籍別にいくっかの事実が確認された。第1に,上位150社の「総技術力」に占める日本企業の「総技術力」の割合は全体の1割にすぎず,これは研究開発支出額に占める日本の割合を大きく下回ることが示された。日本企業の基礎研究能力は欧米企業の上位企業にはるかに及ないと言える。しかし,第2に日本企業の「特許影響力指標」はサンプル企業の平均値であるば1前後であり,これはアメリカの上位企業と比較すると低いものの,ヨーロッパ企業とは遜色がないことが示された。したがって,日本企業の「総技術力」の低さでは,個々の「特許影響力指標」の小ささよりも「特許取得数」が少ないという量の問題がより影響していることが示された。第3に,特許出願における専門誌の引用数で見た当該特許の「科学関連性」はアメリカ企業が高く,日本企業は著しく低いことが示された。第4に,特許出願において引用される先行特許の成立後の平均経過期間によって,当該特許の「技術サイクル・タイム」を測定すると,日本企業は欧米企業と同水準にあることが示された。すなわち日本企業は欧米企業に伍して,最近の特許動向を把握した迅速な特許取得を行っている。第5に,アメリカの公的研究機関や大学,小規模企業の「特許影響力指標」,「総技術力」,「科学関連性」の大きいことが示された。このような一群の研究主体は日本には見られない。
一般に指摘される日本の製薬産業の基礎研究の能力の弱さをその産業組織によって表現すると,第1には多数の特許取得を行う欧米の上位企業のような大規模研究機関が存在しないこと,第2には「特許取得数」では小規模であるが,「特許影響力指標」と「科学関連性」の大きいアメリカの一群の研究機関のような存在が日本にはないことで要約される。
以上の試論の結果,特許引用情報を加味した各種の特許指標によって,製薬企業の基礎研究能力が適切に分析されることが示された。

著者関連情報
© 医療科学研究所
前の記事 次の記事
feedback
Top