医療と社会
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巻頭言
特集論文
特集 「行動経済学,ナッジの医療分野への応用」
  • 鈴木 亘, 後藤 励
    2025 年35 巻1 号 p. 5-10
    発行日: 2025/04/28
    公開日: 2025/05/24
    ジャーナル フリー
  • 印南 一路, 黄 辰悦
    2025 年35 巻1 号 p. 11-24
    発行日: 2025/04/28
    公開日: 2025/05/24
    ジャーナル フリー

    健康医療介護政策分野におけるナッジの研究・活用が今後増えることを期待して2つのことを論じた。1つはナッジの歴史的発展過程である。一般にはナッジは行動経済学の政策への応用と捉えられているが,行動経済学自体の元になったのは認知心理学に基づく行動意思決定論であり,実際の人間の意思決定の系統的なエラーを明らかにすることによって,合理的経済人の仮定を再考させることになった。ナッジを行動経済学の応用と単純に捉えるのではなく,より広範な行動インサイトとして捉えれば,社会心理学,感情心理学,デザイン論を含む行動科学全般の政策への応用と考えることができる。そして,このように考えることが,ナッジ・行動経済学の将来の発展にもつながる。

    もう1つは,ナッジの研究や政策を行う上での実践知の提供である。ナッジ介入を含む複数の介入実験研究に携わってきた経験に基づき,研究や政策に活かせる実践知を共有した。エビデンスベースドポリシーに資するよう,フィールド実験,オンライン実験の長所短所を考慮すること,因果関係の推定が可能になるような実験デザインを採用すること,特に複数のナッジを同時検証し,統制群については慎重な検討をすること,行動変容ステージごとの効果検証が必要なこと,分析に当たっては計量経済的な手法を併用すること,今後はナッジの長期効果やサンクコスト効果を考慮した検討が必要なこと等を論じた。

  • ナッジの利点と限界,そしてその克服
    竹林 正樹
    2025 年35 巻1 号 p. 25-34
    発行日: 2025/04/28
    公開日: 2025/05/24
    ジャーナル フリー

    本稿はナッジによる健康行動促進とその限界や克服方法をテーマに,先行研究を交えて考察することを目的とする。多くの人は認知バイアスに影響されるため,健康の大切さを理解していても行動を先送りする傾向がある。このような人たちが健康行動できるように支援する手法としてナッジがある。ナッジの利点として「エビデンスに基づき相手に合った介入方法が推定可能」「高い費用対効果」が挙げられる。一方,「ナッジは隠匿的」といった批判が寄せられ,さらに「ナッジでは行動定着できるほどの効果が期待できない」といった弱みがある。これらの問題に対しては「ナッジの内容の明示」「ナッジと情報提供の組み合わせによるヘルスリテラシー向上」によって解決が期待される。

    食行動改善においては,デフォルト変更が最も効果が高いが,倫理的議論が生じやすい。これに対し,ナッジと情報提供を組み合わせた上でコミットメントを促すことが有効と示唆される。身体活動は開始までのプロセスが長いため,ボトルネックが生じやすくなる。これに対しては,健康アプリによるヘルスリテラシー向上で克服できそうだ。体重測定のようなセルフモニタリングは肥満予防に高い効果があると報告されているが,ナッジを用いた事例が少なく,研究の蓄積が求められる。

  • 行動変容を支援する新たなアプローチ
    辰巳 陽一
    2025 年35 巻1 号 p. 35-48
    発行日: 2025/04/28
    公開日: 2025/05/24
    ジャーナル フリー

    医療安全の目的は,予防可能な患者への危害をなくし,医療に伴う不必要な危害のリスクを許容可能な最小限まで低減することであるが,一方で,ヒトが持つボトルネックの存在ゆえ,ただ厳格なルールを現場に強要しても,医療現場を行動変容に導き,医療事故を回避することは難しい。医療における患者の行動変容を支援する手法として,近年,行動経済学/ナッジの概念の有効性が議論されている。ナッジは,人々の選択の自由を尊重しつつ,環境や選択肢を工夫して自然な行動変容を促す手法であるが,患者の医療への適切な動機付けを主眼とした行動経済学は「医療行動経済学」と呼ばれている。一方で,医療安全の視点から,行動経済学を医療安全に適用する場合には,現場の意思決定の特性を考慮したアプローチを選択し,医療者の適切な医療安全活動への行動変容を目的とするため,安全のルールを強制する「古典的医療安全管理」に対して,本稿では,「行動医療安全学」と呼ぶこととする。行動経済学の実践的なアプローチであるナッジの例として,「デフォルト設定」「コミットメント」「社会的比較」「損失フレーム」などが知られているが,今後,AIやICTを活用し,ナッジの効果をさらに高める可能性が示唆されている。行動経済学の理論は,医療安全の課題を解決するための強力なツールとなり得ると考えられるが,本稿では,医療現場の特性に応じた適切なナッジ介入の設計が,医療の質と安全性を向上させる鍵となること議論したい。

  • 片野田 耕太
    2025 年35 巻1 号 p. 49-59
    発行日: 2025/04/28
    公開日: 2025/05/24
    ジャーナル フリー

    「ナッジ」とは,行動経済学の分野で提唱された概念で,「人々を強制することなく,望ましい行動に誘導するようなシグナルまたは仕組み」と定義されている。こうすれば健康に良い(あるいは悪い)ことはわかっているけど行動に出ない,という場面は保健・医療の分野でよくあり,行動経済学的な考え方が保健・医療の分野で注目されるようになったのは必然だと言える。本稿ではがん検診,国の健康計画である「健康日本21」の栄養・食生活,身体活動,たばこ対策の分野での「ナッジ」の活用例を紹介する。がん検診では検診の案内,申込,受診,精密検査受診などのフェーズで「ナッジ」の実践事例があった。栄養・食生活ではスマートミールの提供,身体活動ではアプリや多面的地域介入,たばこ対策では検診・健診等の場での短時間禁煙介入などで「ナッジ」の考え方に沿った実践事例があった。これらの事例が今後の保健・医療活動に役立てられることを期待する。

  • 八木 麻未, 上田 豊
    2025 年35 巻1 号 p. 61-70
    発行日: 2025/04/28
    公開日: 2025/05/24
    ジャーナル フリー

    子宮頸がんは女性に最も多く見られるがんの一つである。子宮頸がんの主なリスク要因は,ハイリスク型ヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染で,子宮頸がんのほとんどは,一次予防であるHPVワクチン接種と二次予防である子宮頸がん検診(前がん病変の早期発見と早期治療)によって予防可能である。

    日本では,2010年に中学1年生~高校1年生の女子を対象にした公費助成,2013年に小学6年生~高校1年生の女子を対象にした定期接種が開始されたが,接種後に生じたとされる多様な症状に関する報道があり,厚生労働省は2013年6月に積極的な接種勧奨の一時差し控えを発表した。これは8年5ヵ月継続され,2021年11月にようやく積極的な接種勧奨の一時差し控え終了が発表された。2022年4月より実質的な積極的な接種勧奨の再開とキャッチアップ接種が開始された。

    2013年度以降,接種率が激減しHPVワクチンはほぼ停止状態となった。我々は,娘へのHPVワクチン接種の意思決定は主に母親が行っていることから,母親の意思決定プロセスについて検証を行った。HPVワクチンを「接種しない」意思決定においては,利用可能性ヒューリスティックや確率荷重関数などが影響し,「接種する」意思決定においては近しい人の行動を見たことによる正の「同調効果」などが影響すると考えられた。

  • 吉田 沙蘭
    2025 年35 巻1 号 p. 71-79
    発行日: 2025/04/28
    公開日: 2025/05/24
    ジャーナル フリー

    医療場面では,さまざまな治療や療養の選択が行われる。近年,患者と医療者が共に意思決定の過程を共有する,協働意思決定という考え方が重視されており,治療選択に対して患者自身が主体的に参加することを求められる場面が増えてきている。このことは患者の自立尊重という側面で重要である一方で,複雑な医学的な情報を処理しながら時として自身の生命に関わる重大な選択をしなければならず,患者にとっては負担の大きな作業でもある。このような意思決定の難しさを軽減するアプローチとして,行動経済学の活用が考えられている。治療選択場面を取り上げた研究としてはこれまで,シナリオを用いた質問紙による仮想実験を用いて,ナッジの効果を検証する研究が重ねられてきた。また最近では,実臨床場面での無作為化比較試験を用いた実証的な研究も増えつつある。こうした研究からは,多様なナッジの効果が検証されている。特にデフォルト設定を活用した研究が複数行われており,その有用性が示されている。同時に,医療における意思決定にナッジを用いた介入を行うことの倫理的な課題も抽出されている。例えば,「明らかに望ましい」選択肢が存在しないような意思決定課題において,患者の選択を一方に誘導することの倫理性や,ナッジを用いることそのものが患者に与える侵襲などについて,考慮することが必要である。本稿では,医療における治療選択場面に行動経済学の考えを応用した研究を示しながら,その効果と課題について解説する。

  • 山田 ゆかり, 福間 真悟
    2025 年35 巻1 号 p. 81-92
    発行日: 2025/04/28
    公開日: 2025/05/24
    ジャーナル フリー

    行動経済学研究において高齢者はナッジによるサポートを必要とする集団であることが示唆されるが,高齢者の意思決定を支援するナッジ理論はこれまで十分に開発されているとは言えない。筆者らは,後期高齢者を中心とした住居型コミュニティにおいて,高齢者の技術受容の課題を考慮したタブレット利用環境を構築し,ナッジメッセージがタブレット利用行動にもたらす影響を無作為化比較対照試験にて検証した。具体的にはタブレットの利用を促進する性質の異なる2種類のナッジメッセージ(締切強調・損失強調メッセージ,コミットメントナッジ)を介入とし,介入後16週間を観察期間とした。その結果,それぞれのナッジメッセージの特性に応じた効果が認められたことから,行動経済学における従来の知見が後期高齢者にも適用可能であることが示唆された。また,この効果は男性高齢者によって牽引されたものであったことから,観察されたナッジメッセージの効果はナッジする「行動」の特性に大きく依存したことが示唆された。高齢者の介護予防を目指したナッジを効果的に活用するには,高齢者の視点にたち,関心をひきつける活動をどのように提案するかが重要であり,その上でナッジメッセージを適切に組み込むことで,より高い効果を期待できる。

研究論文
  • 中島 龍彦, 縄手 雪恵, 山本 哲也
    2025 年35 巻1 号 p. 93-101
    発行日: 2025/04/28
    公開日: 2025/05/24
    [早期公開] 公開日: 2025/04/12
    ジャーナル フリー

    【目的】

    本研究では健常高齢者の「緑茶」に関与する嗅覚機能についての特徴を明らかにすることである。

    【方法】

    対象は,地域在住高齢者および若年者132名であり,Mini-Mental State Examination-Japaneseが27点以下の者,嗅覚機能低下を示す疾患の罹患者および薬物服用者,介護保険サービス利用者を除外した。方法は,カード型嗅覚同定検査(OE),「独自の日常においの自覚アンケート」のOEに関する12嗅素の自覚率を比較検討した。また,「緑茶」に関するOE項目(みかん,バラ,香水)を比較検討した。

    【結果】

    対象者を高齢者群66名,若年者群66名に分類し比較した結果,高齢者群の方がOE総得点,正答率において有意に低かった。一方,「独自の日常においの自覚アンケート」のOEに関する12嗅素の自覚率では,高齢者群の自覚が有意に高かった。「緑茶」に関するOEの項目では,高齢者群の方が「緑茶」の成分に類似したみかん(リナロール)とバラ(ゲラニオール)について,正解数と不正解数の乖離が大きく,年齢とOEの得点にて負の相関が示された。

    【結論】

    認知症予防の手立てとして「緑茶」を用いた介入が注目されており,本研究では,高齢者の「緑茶」に関する嗅覚機能の特徴を検討した。結果,高齢者群は,加齢による嗅覚機能の低下があり,「緑茶」の香りに関与するゲラニオール,リナロールの嗅覚が低下しているものの,その成分の自覚は高い特徴を示した。このため,嗅覚を刺激する介入で日本人に馴染みのある「緑茶」を用いることは,嗅覚機能の維持および改善効果の手段として期待できる。

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