2018 年 11 巻 p. 6-24
本稿は、本島等元長崎市長の「天皇にも戦争責任はあると思います」との発言に対し、全国から送られてきた手紙を用いて、手紙の差出人が昭和天皇の戦争責任や天皇制について言明する際、差出人たちがどの様な側面に着目し、どの様な言説化を行っているかを明らかにしている。本稿では、昭和天皇の危篤から死去という一連の「特殊」な状況下において、天皇の戦争責任や天皇制に対して差出人たちがどのような心情を抱いていたのか、を究明している。
本分析では、クラスター分析とオッズ比を用いて、各クラスターへの言及と属性 及び態度との関連性を分析している。さらに、1つの手紙の中での複数クラスターへの同時言及に着目し、そうしたクラスター複合が含意する天皇ないし天皇制に対する人びとの微妙な心情を考察した。その結果、天皇制と国民は相互に歩み寄ることで「天皇制」というシステムを互いに受容しやすい関係性へと変容していった。 戦後における天皇制や天皇の存在は、決して「危険な存在」ではなく、彼ら/ 彼女らにとってはむしろその存在に「安心感」をおぼえている。他方において、人びとの中にある天皇や天皇制の「戦争責任問題」は決して看過できない問題であり、一方において責任を追及しつつも天皇を擁護する、という差出人たちの天皇や天皇制に対するアンビバレントな意識から、天皇や天皇制に対する人びとの複雑かつ多面的・多層的な心情を明らかにした。