2018 年 11 巻 p. 91-111
本稿の目的は、森崎和江『慶州は母の呼び声』をテキストとして、植民地朝鮮を理解することである。森崎和江は『慶州は母の呼び声』の執筆を通じて、彼女の創作活動の核となる「植民二世」という自称を得た。森崎和江において「植民二世」とは、「連帯」と「侵略」を同時に生きた者として位置づけられる。表裏一体の「連帯」と「侵略」を分析するため、本稿では酒井直樹の帝国的国民主義という概念を用いた。酒井が論ずる植民地体制は、普遍主義と特殊主義の共犯的な関係によって成立する。そして、構造的な問題として体制翼賛型少数者が現れる。「植民二世」は、生まれながらにして普遍主義を享受し、被支配者の尊重を通じて特殊主義を強化する、すなわち植民地体制を正当化するしか選択肢がないという意味において、帝国的国民主義を体現する存在であった。このような矛盾に満ちた「植民二世」の生が描かれる一方で、『慶州は母の呼び声』は「異質さの発見と承認」の物語でもある。森崎和江は、朝鮮のなかに異質さを発見し、その背後に広がる世界を感知し、承認する。朝鮮を実体化せず、出会ったままの姿で伝えようとする森崎和江の筆致は、特殊主義に回収されることなく朝鮮と対話する通路が、植民地朝鮮にかろうじて存在していたことを示す。