2018 年 11 巻 p. 112-130
本稿では、植民地主義が実践され、それが暴力と認識されることなく、むしろ成果として、人びとに受け入れられ一般化するポストコロニアルの現実について考えることをテーマとしている。
鹿島花岡訴訟の和解を事例とし、戦後補償裁判の原告側として協働関係にあった中国人原告とその代理人弁護士という二者関係において顕現する植民地主義を、植民者(弁護士)の植民地主義的心性に焦点を当てて分析する。鹿島花岡訴訟の和解は、中国人の戦後補償裁判における最初の裁判訴訟の最初の和解として知られており、同時に和解の受け入れを拒否する原告が出たことでも知られている。
弁護士が植民地主義を実践できるのは、それが許容される社会となっているからであり、そこで社会化された人びとが弁護士をも含み、植民地主義的心性を内面化しているからである。そこでは、中国人原告を資源化し、利用しつくす植民地主義の実践が容易になされるだけでなく、実践された植民地主義がその社会で一般化されて普及するという悪しき循環が形成され、ポストコロニアルの現実が継続していく。
本稿ではつぎの三つを課題とする。一つは、戦後補償裁判において被害者・中国人が加害者・鹿島に求める被害の回復についてである。二つは、中国人原告に対してなされた弁護士らの植民地主義の暴力についてである。三つは、戦後補償裁判という過去の加害の責任を問う場でなされた植民地主義について議論することである。