2023 年 16 巻 p. 18-31
近年社会学においては、調査倫理の重要性が指摘されることが増えている。そこでは、調査対象者の人権の保護・尊重がうたわれているが、調査者がフィールドにおいて弱い立場に置かれうることは想定されていない。本稿では、調査者が弱い立場に置かれる場合の一つとして、調査者が調査対象者から受けるセクシュアル・ハラスメントを対象に、筆者自身の経験を記述する。そして、それが起こる背景にあるフィールドワークの暗黙の規範を検討したうえで、今後の望ましいフィールドワーク教育のあり方について考察する。
フィールドワークにおいてセクシュアル・ハラスメントが起こる背景には、調査者は調査対象者と良好な関係を築き、トラブルがあってもそれを乗り越えて調査を遂行するのがよい調査者だという暗黙の規範があるだろう。それゆえ、トラブルは自らの恥をさらすこととして、語られなくなってしまう。またフィールドで出会う経験は、ジェンダーや人種、社会的地位等によって異なり、ハラスメントが生じやすい属性が存在するが、調査者の属性によって異なる経験が指摘されることはほとんどない。このこともまた、特定のフィールドワークを規範化することにつながっているだろう。
以上をふまえて、今後のフィールドワーク教育においては、調査者がフィールドにおいてハラスメントにあう可能性や、調査者の身の安全をいかに守るかについて、教えられるべきであると主張した。また調査者の属性によって異なる経験が記述され、事例が蓄積されることが、個々のフィールドワークの事情を尊重しつつ、事前に対策を行えるようにするために必要であることも指摘した。