2011 年 4 巻 p. 42-58
本稿は、マニラ首都圏のボクシングジムの日常分析を通じて、ボクシング実践の中に現出する貧困の内実を明らかにするものである。ボクシングが貧困と関係する競技であることは、既存の研究でも度々指摘されてきた。しかし、そこで議論されるボクシングと貧困の関係は、一般的通念を超え出るものではないことも論じられてきた。本稿では、これまで〈ボクシングと貧困〉という図式で論じられてきたこの主題を、〈ボクシングの中の貧困〉という図式から論じ直し、そこからフィリピンの貧困層出身の若者がボクシングに身を投入する論理を取り出すものである。その論理に迫るために、本稿では「対象化された貧困」という概念を設定した。事例として取り上げたボクサーたちにとって、貧困とはかつての暮らしの社会経済的位置を示すものではなく、ジムでの身体訓練を中心とした日常生活の中で遡及的に見出されるものであることを論じた。それは裏から言えば、ボクサーたちが現在の地点から振り返った過去の貧困を備給することで、ボクシングジムの日常が成立するということでもある。本稿は、社会学の研究において、貧困を社会経済的範疇にのみ留めおくのではなく、それが諸個人へと受肉された様態、言うなれば存在的範疇へと引き延ばして考察する視点を打ち出す試みでもある。