2014 年 7 巻 p. 134-151
本稿の目的は、第一に「ひきこもり支援」にありがちな「支援する/される」という二分法的な関係性に「ひきこもりの当事者的な〈支援〉」がどのように対処しようとしているのかを明らかにすること、第二に実際の〈支援〉活動、特に「ひきこもりの自助グループ」がどのように営まれているのかを明らかにすることである。
本稿では第一の課題に対し、「専門家的な支援」が「古い生き方」への再適応を志向していることに対して、「ひきこもりの当事者的な〈支援〉」は身体をもって「新しい生き方」を示していること(第4節1項)、ただ「当事者同士」という実践はともすると二分法的な関係性へ回帰しがちな危ういところで営まれていること(第4節2項)を見た。
第二の課題に対しては、実際の〈支援〉は、「当事者の声」の必要性という認識から自らの語りと身体を呈示することを通じて一般的な「ひきこもり」像や「社会参加の仕方」を問いつつ、たとえ「就労」や「結婚」をしていたとしても「ひきこもり問題」となりうる可能性を示すものとして営まれていること(第5節1項)、「ひきこもりの自助グループ」の参加者は、その場の状況に応じてその場における役どころが分化・変化させられること、自助グループは発達論的な価値観でもなく、また自己物語の共有でもなく、ただ語りと身体によって共同性が構築されることによって逐次的に達成されていること(第5節2項)を明らかにした。