石川県加賀市のラムサール条約湿地・片野鴨池で越冬するオオヒシクイAnser fabalis middendorffiiは,片野鴨池内ではマコモZizania latifoliaなど抽水植物の根茎やオニビシTrapa natans var. quadrispinosaの果実を採食する.オニビシは一年生の浮葉植物で,4月に発芽して6月以降に盛んに生育し,7月下旬に立葉群落が完成する.7月上旬には開花が始まり,8月にもっとも開花数が多くなるが,8月下旬には排水によって枯死する.2009年から2022年のうち9年間,8月末または9月初旬にオニビシ果実(以下ヒシ果実)を採集し,その密度,大きさ,乾重と葉冠密度を測定した.また,これらに影響を与える気象条件を検討し,さらにヒシ果実の密度,大きさ,乾重や葉冠密度とオオヒシクイ個体数の関係を検討した.本研究において,ヒシ果実の密度については7月の降水量との間に負の相関が認められた.ヒシ果実の乾重は6–7月の日平均気温および日最高気温と,ヒシ果実の大きさは6月,6–7月の月最高気温と,それぞれ正の相関を示した.葉冠数については8月,7–8月の月最低気温との間に負の相関が認められた.秋から冬にかけて記録されたオオヒシクイ個体数は,ヒシ果実の大きさとの間に有意な負の相関を示した.既往の研究と片野鴨池におけるオニビシのフェノロジーから,温度は葉冠完成時期や開花開始時期,デンプンの合成や蓄積速度に影響を与え,結果としてヒシ果実の大きさや重さが大きくなったと考えられた.一方,降水量は,雨雲が日射を遮蔽するために葉冠完成時期や開花開始時期が遅れ,ヒシ果実の密度に影響した可能性が考えられた.オオヒシクイ個体数は,ヒシ果実の大きさとの間にのみ有意な負の相関を示した.この負の相関は,オオヒシクイが小さい果実を選好することを反映しているのかもしれない.片野鴨池においてオオヒシクイの保全を進めていくためには,今後,ヒシ果実以外のオオヒシクイの食物と気象条件の関係を把握するとともにオオヒシクイにとって好適な食物種を把握することも有効だろう.