2025 年 29 巻 1 号 p. 275-281
オープンサイエンスの国際的な動きを契機に,学術機関における組織的な研究データマネジメント(RDM)の推進が強く求められている.しかし,大学等においてRDMに関する十分な知識や経験を有する専門人材を配置することは容易ではない.本論文では,RDM支援者向けチャットボットの設計と開発について述べる.生成AIを活用した回答生成のために,講演会での質疑応答記録などを活用する.回答の信頼性,開発コストの低さ,応答のリアルタイム性の観点から,独自データベースとWeb検索を組み合わせたシステム設計とする点に特徴がある.開発したシステムによる回答の生成例を示すとともに,他のドメインへの展開可能性について論じる.
研究データマネジメント(research data management, 以下RDM)とは,研究データ,すなわち,研究活動で生成または使用された情報を適切に取り扱うことをいう[1].
・外付けハードディスクやNAS(network attached storage)に研究データを定期的にバックアップする.
・研究グループのWebサイトやGitHub1)などの公開プラットフォームで研究データを公開する.
などはRDMの典型的な行動であり,これまでも研究者や研究グループによって実行されてきた.近年は,オープンサイエンスの国際的な動き[2]を契機に,より効率的で安全な研究データマネージメントの実践が課題となっている.
・研究データの保管や共有には,学術機関が提供するストレージ基盤を用いる.
・研究データの取扱いは,学術機関が定めたデータポリシーやガイドラインに従う.
など,学術機関による組織的なRDMの推進が強く求められている[3–5].
大学等が組織的にRDMを推進するための施策としては,ストレージ基盤の整備やポリシー・ガイドラインの策定に加え,研究者向け支援サービス2)の運営が挙げられる,その際には,サービス運営の担当者を配備する必要がある.しかしながら,大学の現状では,
・組織的RDMの支援は,研究推進,産学連携,図書館,研究IR,情報基盤など分野が広範に渡るものの,各分野に精通する専門人材を確保することは容易ではない.
・支援サービスの運営を,在籍する事務職員が担うことも多く,職員の異動が頻繁に生じる環境下では,担当者が十分な専門性を備えることは難しい.
という課題がある[1].この解消のため,RDM支援担当者の経験や知識を補う情報環境の整備が望まれる.
本論文では,学術機関における組織的なRDMに関わる問い合わせに回答する生成AIチャットボットの設計と開発について述べる.大学等におけるRDM支援サービスの担当者を主な利用者として想定している.担当者はチャットボットを活用することで,RDMに共通する概念や知識,また,大学におけるRDM推進のための実践的ノウハウを容易に参照できる利点がある.
生成AIチャットボットが参照する情報源としては,RDMに関する一般的な手引きのほか,大学が策定したルールやガイドラインに加え,RDMに関するイベントでの講演や討論の公開記録などを使用する.イベントでは,聴講者が抱く様々な質問について,講演者ならではの見解が示されることが多く,このような記録は,チャットボットユーザの質問に対して的確な回答を提示する上で有用な知識源となり得る.
開発した生成AIチャットボットの動作例を図1に示す.システム設計の特徴は以下の3点にまとめられる.

1.回答生成で用いる情報源を効率的に整備するため,開発者が用意した情報を格納するVectorDB,及び,インターネット上の情報を利用するWeb Searchを組み合わせている.
2.システム開発コストを軽減するため,生成AIの導入に加え,情報源から取得した情報をコンテキストとして利用する Retrieval Augmented Generation(RAG)[6]を使用している.
3.リアルタイム性を備えたユーザインタフェースの実現のため,ストリーミングレスポンスの機能を導入している.
本論文の構成は以下の通りである.まず2 章で,システムの概念を整理する.続く3 章では,本システムの構成について論じる.4 章では,質問を受け取ってから回答を提示するまでの流れを説明し,5 章では,システムの動作例と利用者の評価を示す.6 章で,本システム設計の汎用性について述べる.
大学等において研究データマネジメントの推進を支援するために開発されるチャットボットは,少なくとも以下の3つの要件を満たす必要がある.
要件1:提示する回答が的確であること
RDM支援担当者にとって有用なツールとして選択されるためには,システムが高い信頼性を備えていることが求められる.回答の的確さは,信頼されるチャットボットに必須の要素である.
要件2:開発・維持コストが小さいこと
大学では,サービス運用に十分な資源(資金や人員など)を確保することが容易ではないため,システムの開発・維持に要するコストを軽減することが求められる.
要件3:応答がリアルタイムであること
チャット形式のシステムが継続的に活用されるためには,応答の正確さに加えて対話性が重要であり,ユーザの質問に即応できるユーザインタフェースを備えることが求められる.
本論文で提案する生成AIチャットボットシステムの概要を図2に示す.本システムは,情報源,回答生成部,フロントエンドの3つの要素から構成される.このうちフロントエンドは,ユーザがブラウザを介して利用するアプリケーション部分であり,ユーザから受け取った質問の送信,及び,回答生成部が生成した回答の提示を担う.回答生成部は,回答に必要な情報を情報源から取得する.

以下では,2 章で列挙した3つの要件を満たすという観点から,各構成要素の機能について詳細を述べる.
3.1 情報源RDMに関する質問に適切に応答するためには,専門的な知識や見解を情報源として蓄積し,必要に応じて参照する必要がある.本システムでは,この要件に対応するため,VectorDBとWeb Searchの2つの情報源を組み合わせて使用する.
3.1.1 VectorDBRDMに関する体系的な手引きや大学のガイドライン,関連イベント等での質疑応答の記録を活用するため,VectorDBを利用する.VectorDBは,テキストをそのメタデータと共にベクトルとして保存するデータベースである.通常は,テキストを複数のチャンク(意味的なまとまり)に分割し,各チャンクがベクトル化され保存される.本開発では,手引きやガイドラインは節や項などをチャンクとして,また,質疑応答の記録は,質問とその応答の対をチャンクとして扱い,ベクトルで表現する.
RDMに関連する文書のみを情報源として使用することにより,主要な質問に対応した情報が含まれやすくなることに加え,ユーザ質問とVectorDB内データとのベクトル間類似度に基づく意味的検索の実行により,質問に対して的確な回答の生成が見込まれる(要件1).
3.1.2 Web Search情報源としてVectorDBを導入することには,上述の利点がある一方で,以下に示す欠点がある.
1.データベースの開発コスト:様々な質問に的確に回答するために,広範な領域に渡る関連テキストを網羅的に整備する必要があり,開発コストが大きくなる.
2.データベースの維持コスト:RDMの知識の拡充やルールの改訂に適時対応するには,関連テキストを頻繁に更新する必要があり,維持コストが大きくなる.更新が遅れれば,回答性能の低下を招く.
これらの欠点を補うために,本システムでは,VectorDBを補完する情報源としてWeb Searchを導入する.Web Searchでは,検索したいURLを受け取り,そのURLにアクセスしたときのHTMLをMarkdown形式に変換した結果を返す.様々なWebサイトを参照することで広範な情報にアクセスでき,また,Webサイトの運営者による最新情報へのアップデートも見込まれるため,Web Searchを補完的に利用することで,システム構築や維持のコストを軽減できる.(要件2).
一方で,Web Searchは,Webサイト上の情報を利用するため,正確でない情報が含まれやすいという欠点がある.本システムでは,システム管理者がインターネット上のドメイン一覧を設定することで,Web Searchの参照先を特定のURLに制限する機能を実装している(図3).この機能により,生成AIが回答を生成する際に用いる情報が,信頼できるWebサイトのものに限定されるため,Web Search導入の欠点を排除できる(要件1).

回答生成部では,情報源から与えられた情報とユーザからの質問をもとに最新の生成AIを用いて回答を生成するRAG[6]を利用する.情報源として,3.1 節で述べたVectorDBおよびWeb Searchから取得した情報を利用するが,回答生成に要する時間を短縮するため,Web Searchの利用は必要な場合に限定している.
回答の生成に使用するプロンプトを図4に示す.必要に応じてWeb Searchを利用する機能を実装するために,function calling3)を使用した.

以下では,回答生成部について,回答の生成における工夫点,及び,情報源の使い分けによる生成の効率化について述べる.
3.2.1 コンテキストを利用した回答の生成回答の生成時にはユーザからの質問だけではなく,過去の対話履歴,及び,情報源からの情報をコンテキストとして加えるRAGを利用する.また,信頼できる回答生成のため,情報源から得られた情報に従って回答を生成するための指示を加える.
3.2.2 情報源の使い分けによる性能と低コストの両立VectorDBから十分な情報が得られている場合は,必ずしもWeb Searchを行う必要はなく,回答生成にかかる時間を考慮すると,Web Searchの利用は必要な場合のみに制限されることが望ましい(要件2,3).本システムでは,回答生成時にWeb Searchによる情報の追加を要するか否かを生成AIが判断することにより,必要でないWeb Searchを回避できる設定とする.
3.3 フロントエンドフロントエンドは,ユーザがチャットボットシステムに触れる唯一の構成要素であり,その応答は,回答の品質と並んで重要な要素である.
本節では,ユーザ体験の向上,特に回答のリアルタイム性の向上(要件3)のために行った工夫点について述べる.回答のリアルタイム性を考える上で,Time to First Byte(TTFB)レイテンシが重要な指標となる.TTFBレイテンシはユーザが質問を送信してから最初のレスポンスを受け取るまでの時間である.TTFBレイテンシが短いほど,ユーザーの待ち時間が少なく,システムは高いリアルタイム性を有していると言える.
3.3.1 ストリーミングレスポンスへの対応ストリーミングレスポンスとは,一部の準備が整った時点で部分的なレスポンスをクライアントに送り返す技術である4).これに対応することで,全ての回答が生成された後に回答を表示するのではなく,一部の回答が生成された時点で,次々と回答を表示していくことができる.本システムでは,回答全体を一括で提示するには,生成に多大な時間を要するため,この機能の導入は,TTFBレイテンシを大きく低下させ,リアルタイム性の向上に寄与する(図5).

Web Searchは回答性能を向上させる一方で,追加の処理が必要となるため,回答速度の低下につながる.そのような場合にもTTFBレイテンシを最低限に抑えるために,Web Searchを使用した場合には,まずリクエストされたURLを即座に表示する(図6).Web Searchの使用で回答生成が遅れる場合でも,応答のリアルタイム性の低下を回避できる.

本章では,システムがユーザの質問を受け取ってから回答を提示するまでのフローについて述べる.図7に,ユーザから質問を受け取ってからシステムが回答を提示するまでのフローを示す.まず,ユーザの質問をベクトル化し,VectorDBから関連するテキストを取得する.次に,回答生成部内の生成AIが,Web Search実行の必要性を判断する.必要と判断された場合は,リクエストされたURLの内容を追加して,再度,追加のWeb Searchが必要かを判断する.不要と判断された場合,または,Web Searchの回数が上限を超えた場合,回答を生成し,フロントエンドに送信する.

本章では,まず,本システムの回答性能を示すために,生成された回答例と利用者の所見を提示する.続いて,本システムの開発過程で実施したセキュリティ対策について述べる.
5.1 回答の生成例実際に開発した生成AIチャットボットで生成された2つの回答例を表1に示す.
| VectorDB に保存されている内容だけで回答可能な質問 | |
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| QAシステム | ユーザー |
| こんにちは 質問をどうぞ |
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| 大学での研究データ管理のための取り組みの事例を教えて | |
| エディンバラ大学の取り組みがあります.エディンバラ大学では,2011年に全体に向けたデータ管理ポリシーを策定し,研究データがそのライフサイクルを通じて最高の水準で管理されることを明記しています.また,研修の実施,データ管理基盤の提供,データ管理計画の作成,個別の相談対応など,研究データのライフサイクルに合致した包括的なサービスが提供されています.これにより,研究者のサポートを強化し,研究力の向上につながっています. | |
| 回答にWeb Searchが必要な質問 | |
|---|---|
| QAシステム | ユーザー |
| こんにちは 質問をどうぞ |
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| 名古屋大学のRDMに関する最近の活動は? | |
| [https://rdm.nagoya-u.ac.jp/]を検索中… [https://rdm.nagoya-u.ac.jp/news/]を検索中… 名古屋大学では,最近以下のようなRDM(研究データ管理)に関する活動が行われています: 1. **研究データエコシステム東海コンソーシアムのセミナー**が開催され,研究データ管理に関する最新情報や課題共有が行われています. 2. **学術情報基盤オープンフォーラム**において,地域の力を活かした研究データ管理の未来について講演が行われました. 3. **大学における研究データポリシーの策定**に関する研修会も実施され,関係者への情報提供と意識向上が図られています. これらの活動は,大学および地域における研究データ管理の推進に寄与しています.詳しい情報は名古屋大学のRDMに関する公式サイトを確認することをお勧めします. |
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表1の上部は,VectorDB内の情報のみで回答可能な質問とその回答例である.この例では,Web Searchを利用することなく,適切な回答を生成できており,回答生成部においてWeb Searchの必要性を適切に判断できている.
一方,表1の下部は,Web Searchを使用しなければ回答できない質問とその回答例である.最新の情報に関わる質問であるため,VectorDBには回答に必要な情報が含まれていないものの,Web Searchが必要であると判断し,該当情報を掲載する適切なサイト(https://rdm.nagoya-u.ac.jp/news/)に到達することで,正しい回答を生成できている.
5.2 利用者の所見本システムは,大学におけるRDMサービス支援担当者を主な利用者として想定している.そこで,本学におけるRDM支援業務に関わる部署において,サービス開発を担う教員2名,運営を担う職員2名,運営を補佐する大学院生2名の計6名を対象に,システム利用に基づく所見として,以下の3つの観点からの意見,及び,全般的な感想を個別に求めた.
1.回答の的確さ
2.提示する回答の品質(丁寧さや分かりやすさなど)
3.広範な質問への対応
職種による意見の違いは見られず,総じて以下の意見が示された.1. の点では,回答に誤りはほとんど認められなかったものの,固有名詞の提示において厳密さを欠く場合があるとの指摘があった.これは,生成AI特有の現象であるハルシネーションに起因するものであり,実運用に際しては回答の正確性が保証されない旨を利用者に明示する必要がある.2. の点では,まず結論を示したのち複数の事例を箇条書きで示す,という回答構成が多用されるなど,漠然とした問いにも手堅い回答が提示されるとの感想であった.3. については,RDM推進に関する悩み相談等に対して適切な回答を提示するなど,問いの多様性に対応できている一方で,ニッチな情報を求める問いへの対応には課題があるとのコメントがあった.
以上のように,いくつかの課題はあるものの,いずれの利用者からも本システムはRDM支援担当者向けツールとして有用であるとの評価が得られた.
5.3 セキュリティ対応本システムにおけるセキュリティ対策として,以下のデータについて取扱いに配慮する必要がある.
1.情報源としてVectorDBに保存されたテキストデータ
2.システム利用にともない生じるログデータ
1.のテキストデータに個人情報あるいは機密情報が含まれる場合には,特別な対応を要する.まず,イベント等での質疑応答の記録には,発言者など個人を特定し得る情報が含まれる可能性がある.本システムの開発においては,これらのデータを情報源として利用する際に,発言者名などを削除する処理を施している.一方で,対象とする質疑応答は公開イベントにおけるものであり,その記録は主催者等の検査を経ているため,機密情報は含まれていない.
2.のログデータについては,利用者の質問をデータベース等に蓄積する仕組みは設けておらず,漏洩を防ぐための対策は不要である.
大学においては,RDM以外にも分野横断的な専門知識や迅速な対応が求められる場面が多く存在する5).チャットボットを用いた質問応答システムは,このようなニーズに応えるとともに,効率的かつ継続的に支援を提供する手段となり得る.
本論文で述べたシステムを他領域に適用する際に改変が必要となるのは情報源,すなわち,VectorDBとWeb Searchのみである.VectorDBに登録するデータは別途準備する必要があるが,既存の手引書や大学のガイドライン等が利用できる.また,Web Searchに必要となるのは,アクセスを許可するドメインの一覧のみである.以上より,本システムの設計は他領域への展開に容易に対応可能な汎用性を備えているといえる.
本論文では,大学におけるRDM推進を担う支援者を主たる利用者と想定した生成AIチャットボットの開発について述べた.本システムは,以下に示す設計を採用することで,チャットボットに求められる要件を満たしている.
・VectorDBを使用することで,ユーザの疑念に対して的確な回答を提示できる.
・WebSearchを使用することで,広範な質問に回答するための情報源を低コストで整備できる.
・ストリーミングレスポンス機能の導入により,質問に対してリアルタイムに応答できる.
本論文で述べた生成AIチャットボットシステムは,本学におけるRDM推進の支援に試験的に利用されている6).
本研究は,一部,文部科学省「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」の支援を受けたものです.本事業の「ルール・ガイドライン整備チーム」においてご議論いただいた東京大学の南山泰之氏,名古屋大学の田中幸恵氏,本システムの試用にご尽力いただく名古屋大学の茂木光志氏,システム評価にご協力いただいた教職員ならびに院生の皆様に感謝いたします.また,大学RDMの関連イベントの利活用についてご議論いただくAXIES研究データマネジメント部会の幹事団諸氏に感謝いたします.