2025 年 29 巻 1 号 p. 1-6
研究データマネジメント(Research Data Management, RDM)とは,研究の開始から終了までを通して,研究活動で生成・利用するデータの取り扱いを定め,これを実践することを指す.RDMは直接,研究活動の効率化とガバナンスに直結するため,RDMの高度化と組織化の推進には,単に情報システム技術の開発,導入の枠にとどまらず,数多くのステークホルダとの合意形成が重要となる.本稿では,我が国の高等教育研究機関における組織的な研究データマネジメント体制整備の検討過程を,大学ICT推進協議会研究データマネジメント部会(AXIES RDM部会)での活動を中心に紹介する.
研究データ管理,または研究データマネジメント(Research Data Management, RDM)とは,研究の開始から終了までを通じ,データの生成,整理,解析,公開等の方針と手段を明確に定め,これらを実践することを指す[1].既知の情報をデータの形で入手し,これらを元に新しい知見を見出し,さらに共有することは,文系・理系,対象の物理的存在の有無にかかわらず,すべての学術研究に等しく必須の行為である.このようなRDMの重要性が,改めて注目されるようになった要因は,デジタル社会の進展に伴い,計算機とインターネット上で扱うデジタル情報の量が飛躍的に拡大する一方,その流通と蓄積のコストが極めて低下したことによる[2].
デジタル化の進展に伴う研究データの公開・共有(オープンアクセス・オープンサイエンス)と信頼性の維持(研究公正)は,2010年頃より学術を変革する世界的潮流となってきた.特に我が国においては,2013年のG8科学大臣会合以来,「オープンサイエンス」が政策として明確に取り上げられている.その一方,これとほぼ同時期に,大規模な研究不正事案が相次ぎ発覚し,研究公正強化のためのデータ管理強化策が進められることとなった.以後,RDMは「研究者自身が研究活動をより効率的に遂行する手段」,「資金配分機関や政策当局の要請による学術研究活動の可視化」「研究インテグリティ観点からのデータ安全性と信頼性の確保」といった複合的な課題と向き合うこととなった.大学等の学術機関はこれらの要件が衝突する場でもある.その中で,機関に所属する研究者を包括する組織的なRDM体制整備は重要な課題であるものの,情報部門・図書部門といった単独の部署ではなく,部署間連携が必須であり,取り組む対象も膨大である.
筆者らは大学ICT推進協議会において,RDM部会の運営に設立当初より中心的に携わってきた.これまでの活動では,先進事例の収集,発信にとどまらず,国内すべての高等教育機関において実践可能な,コンテンツとしての発信も精力的に実施してきた.本稿では,これらの活動を振り返り,学術機関における組織的RDM支援体制構築に向けた課題の提示と,解決に向けた要点を示す.
大学ICT推進協議会(AXIES)は,国内大学の情報基盤系教職員が中心となり,高等教育・学術研究機関のICT環境の高度化を進めるための場として2010年に設立された.協議会内では,テーマごとに部会を設置し,研究会の開催,調査活動等を積極的に実施している.
研究データマネジメント部会(RDM部会)は,2017年に設置された[3].この背景には,我が国のオープンサイエンスの推進と研究公正強化に対する社会的要請の高まり,国立情報学研究所(NII)のオープンサイエンス基盤研究センターの設置と,NII Research Data Cloudの開発開始等が挙げられる[4].
以来RDM部会は,AXIES年次大会やNIIが主催する学術情報基盤オープンフォーラム等において,情報発信・意見交換の場を継続的に設けている.AXIES年次大会においては,RDMをテーマとする企画セッションが部会設立直前の2016年度大会より開催されている.これまで実施された企画セッションのタイトルと,主なトピックを表1に示す.なお,近年の企画セッションでの講演資料の多くは,部会Webページより閲覧可能としている[5].
| 開催年度 | セッションタイトル | 主なトピック |
|---|---|---|
| 2016 | 多様な学術研究活動を育む全学研究データマネジメント環境の構築に向けて | Dominc Tate氏(英国エジンバラ大)の講演 |
| 2017 | 日本の研究データマネジメント―方針策定と情報基盤開発に向けて | Stephen Abrams氏(米国California Digital Library)の講演 |
| 2017 | 研究・教育資源アーカイブ環境の構築と運用―課題共有とその組織的対応を考える | 大学博物館等におけるデジタルアーカイブ |
| 2018 | 研究データマネジメント環境構築のためのポリシーメイキング | RDM環境構築に向けた課題抽出 |
| 2019 | 研究データマネジメントの組織的行動への展開 | RDMに関する調査アンケート報告 |
| 2020 | 大学におけるRDM支援体制の構築 | ポリシー策定,学内組織化に向けた事例報告 |
| 2021 | 大学での組織的RDMフレームワーク―実践と洗練 | ポリシーガイドラインの公開,RDMシステム導入事例 |
| 2021 | 学術データ利活用につながるバックアップとアーカイブソリューション | ITベンダが提案するストレージソリューション |
| 2022 | 大学における研究データガバナンスを考える | ポリシー,管理計画,人材育成,システム基盤整備事例 |
| 2022 | 大学における研究データの利活用を支える最先端ストレージソリューション | マルチテナントストレージ,ハイブリッドクラウドソリューション |
| 2023 | RDM推進のための学内体制を考える:ポリシー策定・DMP作成・研究データ公開・グリーンOA等に関わる学術支援 | データ公開,グリーンOAに関わる研究支援 |
| 2023 | AI・クラウド時代においてICT管理者・利用者の負担低減を可能とする研究データ管理 | AI・データ科学を推進するデータプラットフォーム |
| 2024 | 研究データ管理(RDM)は研究活動をどう促進するか | 大学・部局・研究者それぞれの視点からのRDM課題 |
表1に示されたセッションタイトルや主なトピックからは,AXIES RDM部会のこれまでの活動が,RDMを支える情報システムの技術的側面ではなく,大学としての組織的な支援体制の在り方に関する議論に重きを置いてきたことがうかがえる.
大学等の学術機関における研究分野は広範であり,研究の進め方も多様である.そのような状況下では,情報システムの統一のみならず,機関が研究活動にどのように関与すべきかそのものを問う議論が必要であるという認識が,部会設立当初から共有されてきた.
RDM部会では,設立直後より海外講師の招聘や文献調査,研究DXやオープンサイエンスに関する草の根的な事例収集などを進め,2019年5月に「学術機関における研究データ管理に関する提言」を取りまとめた[6].この提言では,冒頭の1ページに提言文を掲げた上で,学術機関主導による研究データ管理の「目的・効果」につづき,それを実現するための「方法・機能・維持管理」について整理している.特に後者の「方法・機能・維持管理」に関しては,RDMの推進は研究者と研究データを中心に据えつつも,情報基盤部門だけで完結するものではなく,企画,研究推進,研究公正,図書館,URA,IRなど,複数部門との連携と調整が必要な,組織運営上の課題であることを明確に示している[7].
2.2 「大学における研究データポリシー策定のためのガイドライン」の公開「提言」の策定後,RDM部会ではデータポリシー策定に向けた具体的なアクションプランとして,ガイドラインの作成に取り組んだ.日本における「研究データポリシー策定」は,国立研究開発法人が2020年度末まで[8],これ以外にも機関リポジトリを有する(=学術研究を推進できる)大学等に対しても2025年末までの実施が求められている[9].
国内大学におけるデータポリシーの策定は,2020年3月に公表された京都大学のポリシーに始まる.RDM部会では,こうした大学の策定作業に並走する形で,ワーキンググループ(WG)を組織した.
WGでは,「海外研究機関におけるポリシー構成の調査」,「データポリシーに記載すべき項目」,「機関内におけるデータポリシー策定の進め方」について,詳細な検討を重ねた.これらの成果をまとめた「大学における研究データポリシー策定のためのガイドライン」は,2021年7月に公開された[10].また,WGでは,参加メンバーの大学・機関におけるデータポリシー策定およびRDM環境整備の現状と課題についても意見交換が行われた.これらの議論は,「(付録)大学における研究データ管理体制構築への道のり」として,ガイドラインとともに公開されている.
なお,本ガイドラインでは,具体的なデータポリシーの雛形作成は行わなかった.雛形の利用は一見有用に思われるが,それに頼ることで,学内での合意形成過程が軽視されるおそれがあると考えたためである.全学レベルでのデータポリシー策定の意義は,研究者および研究支援者に対し,研究データの取り扱いに関する基本姿勢を明確にし,行動を促すことにある.特に研究支援者にとっては,自らの業務を把握し,他部門との連携のあり方を定める契機ともなる.したがって,ガイドラインにおいても「提言」と同様,ポリシー策定に至るまでの議論や学内調整の重要性を強く意識づける構成を取っている.
2.3 研究者に対するアンケート雛形の作成と調査提言やガイドラインは,主として執行役員等を交えたトップダウンによる体制整備を進めるためのツールと位置付けられる.これに対し,RDMに関する情報環境の整備に向けて研究者の意向を確認するため,アンケート雛形の作成とその実施にも取り組んだ[11].このアンケートは,名古屋大学で先行して検討・実施されていた内容を参考にテンプレート化したものである.
アンケート雛形の構成と質問事項の概要をリスト1に示す.アンケート内容は,研究室または研究者個人が保有する研究データの種類・容量・保存メディアに関する項目のほか,公開を希望するデータの有無や,データ公開において重視する点など,計11項目で構成されている.特に,アンケート冒頭においては,近年のオープンサイエンスや研究公正対応に関する国内外および機関内の動向を説明し,このアンケートが単なる意見聴取にとどまらず,当該機関における組織的なRDMの検討状況を研究者に直接伝えるツールとして機能するよう設計されている.
| A.前文 |
| 1.研究データと研究データ管理 |
| 2.学術機関による研究データ管理を取り巻く状況 |
| 3.本学における研究データ管理(各大学の事情に応じ,修正のこと) |
| 4.アンケート内容,回答結果のとりあつかいについて |
| B.回答者属性(職位,研究分野等) |
| C.アンケート項目 |
| 1.学術機関による研究データ管理について,上で述べたような国内外の動向を知っていましたか? |
2.本学における研究データ保存についての規程で,「研究資料等の保存期間は論文等の発表後10年間」と定められていることを知っていますか? |
| 3.収集・作成した研究データをどのように保管していますか?(PC,研究室サーバー,クラウド,等から複数選択) |
| 4.収集・作成した研究データのバックアップを定期的にとっていますか? |
5.過去10年以内に公表した論文(共著の論文を含みます)について,当該論文の根拠となるデータはすべて保管しており,研究公正上の問題が生じたときにも容易にアクセスできますか? |
| 6.研究データ管理のための環境が本学で整備された場合,その環境で保管したい研究データはありますか? |
| ①(該当する場合)保管したい研究データの規模はどの程度ですか? |
| ②(該当する場合)データのタイプをご記入ください. |
7.これまでに収集・作成した研究データのうち,現在まで公開していないものの,大学が整備する環境があれば,公開可能な研究データはありますか? |
| ①(該当する場合)保管したい研究データの規模はどの程度ですか? |
| ②(該当する場合)データのタイプをご記入ください. |
| ③(該当する場合)差し支えなければ,公開可能なデータの内容を記述ください. |
8.これまでに収集・作成した研究データを既に公開または共有していますか?(一般公開,コミュニティ内のみ,準備中,公開したいが困難,等から複数選択) |
9.(個人や研究室等による管理ではなく,)大学組織が整備した環境で研究データを管理する場合,何に期待しますか.(バックアップの実施,離籍後のデータ保持,データ共有の利便向上,等から1択) |
10.ご自身が収集・生成した研究データを積極的に公開する場合,何に期待しますか?(引用機会の拡大,教員評価への反映,新たなデータ利活用,等から1択) |
| 11.その他,自由記述 |
この共通のアンケート雛形を用いた機関横断的な調査を,先行実施した名古屋大学に加え,京都大学,広島大学,北海道大学,大阪府立大学(当時)において,2019年度に実施している[12].その結果,RDMに関する理解度やストレージ基盤に対する要求項目について,各大学間で大きな差異は見られなかった.この傾向については,アンケートの前文にRDMに関する啓発的な説明が含まれていたこと,さらに,アンケートを実施するという判断そのものが,各大学での研究者が持つRDMに関する理解度が一定のレベル以上に達しているという前提に基づいたものである,といった要因があるとの分析がなされている.
2.4 情報基盤スタッフ向け教材の作成RDMに関する教材開発は,2016年頃より,国立情報学研究所(NII)とオープンアクセスリポジトリ推進協会(JPCOAR)との連携のもとで進められてきた[13].2018年には,図書館等のデータ管理支援者を対象とした「研究データ管理サービスの設計と実践」[14],2020年には「研究者のための研究データマネジメント」[15]が公開された.RDM部会では,後者の「研究者のための~」に呼応する形で,JPCOAR関係者と共同し,「情報基盤スタッフ向けの研究データマネジメント」教材の作成に取り組んだ[16].
この教材の作成にあたっては,まず「研究者のための~」に含まれる内容(スライド総数128枚)から,情報基盤スタッフと協業すべきトピックのみを抽出し(56枚に削減),それらに関連して情報基盤スタッフが提供すべき技術やノウハウを説明する資料を追加する(16枚を追加),という手順を採った.
この方式により,「研究者が直面する課題の解決を支援する」という教材の目的と動機づけが明確に示される[17, 18].例えば,データマネジメントプラン(Data Management Plan, DMP)に関するトピックでは,まず研究者に対し,DMPの意義や記載すべき事項を述べ,その中でデータの保存,共有のためのメディアの選定が必要であることを説明している.これに続き,情報基盤スタッフ向けの資料として,機関内で利用可能なストレージやリポジトリシステムといった情報基盤の候補を提示できなければならない,と研究支援環境としての情報システム整備の位置づけと必要性を説明している(図1).

これらの教材は,改版が重ねられるとともに,学認LMS上で公開されており,確認テストの受講や合格時のデジタルバッジ獲得を通じた到達度の確認・証明が可能となっている[19].
2.5 他団体との連携大学における組織的なRDMの推進には,学内の複数部門との連携が求められる.その方法論の提供のために,RDM部会では,関連する団体と連携した活動を進めている.
2.4節で紹介したJPCOARの研究データ作業部会との間で合同の連絡会を組織し[20],両団体に共通する課題の発見と解決を進めている.特に,大学における研究データポリシーの策定事例の提供を継続しており[21],国内におけるポリシー策定の促進に貢献している.また,2020年度から隔年で実施している「研究データ管理の取り組み状況調査」[22]は,JPCOARを中心に,科学技術・学術政策研究所(NISTEP)も含めた協力で実施している.
大学におけるRDMへの関心が高まるにつれ,様々な団体において関連するセミナーやシンポジウムが開催されるようになった.その一方で,セミナー等の講演は一過的で,後々参照されにくいという課題がある.この解決策として,RDM部会の主催はもちろん,他団体が開催するイベントについても積極的に共催,協賛し,その講演内容を事例報告としてアーカイブする企画を開始している[23].具体的には,情報科学技術協会の協力のもと,会誌「情報の科学と技術」[24]に原則毎号,RDM事例報告を掲載する取り組みを進めている.
2.6 RDM情報環境整備に向けた課題我が国の大学において,RDM支援を明確な目的としたストレージ基盤の整備は,2020年頃から具体的な事例が見られるようになってきた.その契機としては,従来の大規模計算基盤の拡張[25]の他,NIIによるGakuNin-RDMの本格的なサービス提供開始[26],COVID-19流行下における商用クラウド利用の拡大,さらにオープンアクセス加速化事業[27]の採択など,複数の要因が挙げられる.RDM部会では,機関毎の取り組みやストレージ基盤技術の動向について,情報収集と発信を継続的に行っている.
全学的な情報環境整備に当たっては,「利用目的の範囲内で構成員に等しくサービスを提供できること」が重要である.さらに,RDM支援のためのストレージに関しては,「機関としてRDM支援を永続的に実施できること」という要件が加わる.そのため,容量・セキュリティ・アクセス速度などの機能要件と維持にかかるコストを適切に評価する必要がある.さらに近年では発展が著しい,AIによるデータ利活用やデータ安全保障といった新たな課題も顕在化してきている.とりわけ小・中規模の大学における,RDM用ストレージの運用体制や費用算出の検討プロセスを指し示す参照モデルの提示は,依然として重要な課題であり,その具体化がRDM部会には強く期待されている.
本稿では,我が国の大学における組織的なRDM環境整備の進め方について,AXIES RDM部会での活動を中心に紹介した.RDMは「データ」という語を含むため,しばしば情報基盤部門の所掌と見なされがちである.しかし,全学的な環境整備を進めるには,多様な研究者の行動変容を促すとともに,研究者と機関の責任範囲,さらに機関内での業務所掌を明確にする必要がある.情報基盤の整備はまさしく情報部門の担当である.しかしその上での法令等に従った適切なデータの取り扱いについては,法務部門や倫理審査担当の専門的な知見が不可欠である.また,図書館は論文のオープンアクセス対応以来,デジタル学術情報の公開・流通において主体的な役割を担っている場合が多い.さらに,データ管理を含め包括的な研究の進め方についてはURAによる伴走,支援が望まれる.これらの他,RDMを支援するために必要な能力,機能とそれを負うべき部署については「RDMスキルマップ」として整理が進められている[28].
冒頭でも述べたように,研究データマネジメントは研究活動における不可欠な要素であるが,その実践方法は研究者・研究対象によって大きく異なる.こうした研究者視点の実践と,機関による一律的なガバナンスとの間には,「研究支援」を銘打ってもしばしば緊張関係が生じる.しかしながら,異なる研究スタイルを理解し,共存させる枠組みを整え,シナジー効果とともに新たな学術知を発信することは,大学の本質的な機能(コアビジネス)の一つに違いない.
組織的RDM体制の確立には,ポリシー・戦略から,規程・ルール,情報環境,ニーズ把握,支援人材,持続的発展といったさまざまなスコープをフレームワークとして矛盾なく連携させることが不可欠である.このようなフレームワークはいくつかの国で取りまとめが進められている[29, 30].今後も,RDMに関する情報基盤整備にとどまらず,研究者の活動を支える支援体制のあり方について,国内外の実践事例を収集・発信し,さらにそれを組織の実際の行動へと結びつけるための積極的な活動が期待される.
本稿の特に第2節で取り上げた成果は,AXIES-RDM部会およびJPCOAR研究データ作業部会の関係者による継続的な議論と共同作業の積み重ねによって得られたものである.ここに記して感謝の意を表する.