要旨:本研究は東京湾の沿岸で行われていた生業の非経済的な価値について検討したものである.東京湾はわが国経済の発展の基盤となる臨海工業地帯や首都圏にふさわしい都市の形成を目的とした埋立等の沿岸開発が大規模に行われた.そのためにかつての江戸前文化を代表した海苔養殖や漁業などの生業は衰退した.経済が成熟化し,都市社会のコミュニティ再生や新たな豊かさが模索される現在,東京湾の自然の非経済的な価値(精神的・文化的価値など)を明らかすることが重要となっている.本論文では,かつて生業に従事した人々の暮らしの資料収集整理・聞き取り調査を行い,生業に従事した人々の発言やその活動について,稼ぎという経済的な目的以外の非経済的な価値の存在について考察した.その結果,東京湾の生業は自然と人々とが互いに関わりながら生計を維持する(経済的価値)とともに,生業を通じて人と人がつながるコミュニティや地域社会文化が形成され,自然との関わりそのものに生甲斐などの非経済的価値を明らかにし,こうした関わりを現代社会に即して再生することが求められていることを考察した.