抄録
戦前の政党の地方組織は主に県議会議員らが中心となって組織されていった。島根県の民政党の場合は,政治家の後援会と組織的にも人員的にも重複していたことが特徴であった。戦前の地方組織には,両者の間で実質的な差異はなかったものの,二つの組織を備えることでより多くの有権者の支持を集めようとしていたのである。また,組織の幹部人事は党派の区別だけでなく,出身地域も考慮に入れたものとなっていた。支部長の後任人事は難航することがあったが,その時は県出身の内閣総理大臣である若槻礼次郎が人事を調停して支部内の対立の表面化を回避した。選挙では人物中心型の第一区と支部中心型の第二区に選挙区が類型化されていた。注目すべきは第二区で,1930年と1932年の総選挙では民政党支部組織が中心となって候補者を擁立して選挙を行った。このことから,今後の戦前の政党組織をめぐる選挙研究はこうした選挙区ごとの違いを踏まえる必要がある。