日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
他臓器浸潤を伴う副腎腫瘍
菊森 豊根今井 常夫
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キーワード: 副腎腫瘍, 他臓器浸潤
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2012 年 29 巻 2 号 p. 113-117

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抄録

【はじめに】他臓器浸潤を伴う副腎腫瘍は内分泌外科においては最もchallengingな外科治療の対象の一つである。最も慎重な対応が必要なものはIVC浸潤を疑う症例である。浸潤の評価方法,術中のIVCに対する処理の方法など検討項目は多岐にわたる。

【対象と方法】1998年から2011年の間に行った副腎(副腎原発ではないが,副腎腫瘍と鑑別が困難であった症例も含む)に対する初回手術422例中,術前画像検査で他臓器浸潤を疑われた20例を対象に診断結果,術式,予後などを検討した。

【結果】病理診断の結果は褐色細胞腫(傍神経節腫を含む):7,皮質癌:3,平滑筋肉腫:3,脂肪肉腫:2,その他:4であった。右10例,左10例。IVC浸潤診断に対して血管内超音波(IVUS)とCT/MRIの感度はともに100%であったが,特異度は後者が明らかに低かった。合併切除臓器(重複有り)は右では肝:4,IVC:3,右腎:1,左では左腎:4,膵脾:2,脾のみ:1。予後:褐色細胞腫は1例以外無再発,肉腫は1例が術後早期に現病死。皮質癌は2例が遠隔再発。

【考察および結語】治癒切除可能であった症例では比較的良好な予後が得られており,周囲臓器の合併切除を含めた積極的な治療方針が重要と考えられた。浸潤が疑われる場合,バイパスなどの準備や血管外科医・消化器外科医との連携など,周到に準備を整えておくことが,手術を安全に行う観点から重要と考えられた。

はじめに

他臓器浸潤を伴う副腎腫瘍は内分泌外科領域においては気管浸潤を伴う甲状腺癌とともに最もchallengingな外科治療の対象である。右側では下大静脈(IVC),肝臓,右腎臓,左側では膵臓,左腎臓,脾臓が浸潤を受ける主な臓器であり,このうち術式の決定を最も慎重に行う必要があるのがIVC浸潤を疑う症例である。外科治療の適応の評価方法,IVC浸潤の評価方法,術中のIVCに対する処理の方法など検討項目は多岐にわたる。

対象と方法

1998年から2011年の間に名古屋大学医学部附属病院 乳腺・内分泌外科で行った副腎(副腎原発ではないが,副腎腫瘍と鑑別が困難であった症例も含む)に対する初回手術422例中,術前画像検査(CTなど)で他臓器浸潤を疑われた20例を対象に診断結果,術式,予後などを検討した(表1)。

表1.

症例のまとめ

症例提示:40歳代女性(表1 No. 20症例)右褐色細胞腫で紹介。図1aのごとく腫瘍は下大静脈背面より左右腎静脈,門脈,肝臓への浸潤が疑われた。しかし,浸潤は肝静脈合流部より尾側に留まっていることより,IVC合併切除は肝臓の血行遮断なしで遂行可能であると判断し消化器外科医とともに手術を施行した。

図 1 .

症例20の術前・術中画像

a:不正な形状の一部造影される腫瘍が下大静脈,左腎静脈を圧排している。境界が不鮮明なため,浸潤を疑われた。b:腫瘍摘出後の術野写真。主要な血管を犠牲にせずに摘出可能であった。

結果

全20例の病理診断結果は以下の通りであった。褐色細胞腫(傍神経節腫を含む):7,副腎皮質癌:3,平滑筋肉腫:3,脂肪肉腫:2,その他:4。左右別では同数であった。診断方法について血管内超音波検査(IVUS)はIVC浸潤に対する感度,特異度とも100%であったのに対して,CT/MRIは感度は100%であったが,特異度が29%と低かった。合併切除臓器(重複有り)は右では肝:4,IVC:3,右腎:1,左では左腎:4,膵脾:2,脾のみ:1。

予後:症例10は手術時より肝転移を有しており現病死,症例12は術中迅速病理で悪性リンパ腫と判明し切除中止,その他は症例19が肉眼的非治癒切除に終わった以外は肉眼的には治癒切除が可能であった。治癒切除が可能であった症例中で褐色細胞腫は1例(No.2症例,肝再発をきたし,再切除後無再発)以外無再発,肉腫は1例(No.3症例)が術後早期に現病死。副腎皮質癌は2例(No.1,6症例)が遠隔再発をきたした。症例20は,図1bにあるように主要な血管を犠牲にすることなく完全摘出が可能であった。

以上の経験をもとに,この病態に対する術前評価方法,治療法(主に外科的治療について),術後管理などを中心に当科における経験を交えて概説する。

術前画像検査

IVC浸潤の評価方法として古典的には静脈造影が行われていたが,感度・特異度ともに,他の診断法に劣るために現在はほとんど行われていない。造影CTは機材の進歩により解像度の向上が著しく,周辺臓器への浸潤の評価も同時に行えるために基本的な手段となっている。しかし腫瘍によりIVCが極度に圧迫されている場合は内腔を描出できず,浸潤の有無の評価が不可能の場合がある。IVCの圧迫が著明である場合,側副血行路が発達するが,この検査により部位や発達程度が評価できる。MRIはIVCの評価に関しては造影CTを凌駕するものではないが,周囲の臓器への浸潤を評価する場合にCTのいわゆるpartial volume effectによる不明瞭な境界が明瞭に描出でき,浸潤を否定できることがある。 IVUSは細径の超音波プローブをIVC内へ挿入し,内腔より高い周波数の超音波を用いて高解像度の画像を得られる方法である。IVC壁は高エコー(echogenic band)として描出でき,浸潤がある場合はこのbandが途絶する(図2)。以前われわれはこの検査法によるIVC浸潤の評価の有用性を報告した[]。血管穿刺が必要であることや,圧排が非常に強い場合にはプローブの挿入が困難であることなどにより適応がある程度限られ,最近では体外超音波検査にその座をほぼ譲り渡した。

図 2

a:血管内超音波検査における下大静脈(IVC)と肝臓。中央に超音波プローブがあり,IVC壁は矢印で挟まれた高エコー帯(echogenic band)として描出される。b:IVC浸潤例 矢印で示される腫瘍によるechogenic bandの途絶が見られる。c:矢印で示される腫瘍によりechogenic bandの途絶が見られる(矢頭)。

体外超音波検査は機材の進歩により深部にわたる高解像度の画像が取得できるようになってきている。リアルタイムに画像が観察できる点が長所であり,特にIVCの肝静脈合流部周辺の観察にその長所が発揮される。その他の術前画像検査としてはPET-CTが遠隔転移の評価のために行われる。Gaシンチグラフィーも以前は行われていたが,現在はPET-CTに取って代わられた。褐色細胞腫に対しては原発巣の評価,遠隔転移巣,多発病巣の検索目的にMIBGシンチが行われる。222MBqの高用量の123Ⅰ MIBGシンチが保険適応となり,より高感度,高鮮鋭度な検査が行えるようになった。広義の画像検査に含まれるCTガイド下針生検は術前画像検査で切除が可能と判断された場合は通常は適応とはならない。しかし,周囲への浸潤が高度であり,周囲臓器の合併切除を行ったとしても根治性が望めない場合,PET-CTなどで遠隔転移を示唆された場合などでは,診断を確定する目的で施行することがある。特に両側副腎腫瘍や他のリンパ節腫大など悪性リンパ腫の可能性がある場合は施行することが望ましい。

治療法

術前準備:側副血行路が発達している場合,術中出血が多量になる可能性が高く輸血の準備を充分にしておく。褐色細胞腫の場合はαブロッカーによる前処置を水分摂取とともに充分に行っておく。腎臓摘出が予想される場合は分腎機能(レノグラム)の評価が必要である。腸管の前処置(経口腸管洗浄剤服用)は通常行っていないが,大腸切除の可能性がある場合は行う。術中バイパスが予想される場合は右腋窩やそけい部などバイパスに使用する血管周辺の除毛が必要である。血行再建,肝切除などが予想される場合は血管外科医,消化器外科医,麻酔科医と十分な術前検討を行っておく。

アプローチ:良好な視野を確保するために開胸開腹により術野を展開する。第7肋間で開胸することが多い。片肺換気は不要である。開胸する肋間は体型・腫瘍の大きさ・位置・どこを一番良い視野にしたいかによって異なり,第5から第8肋間のあいだで症例ごとに適切な高さを選択する。中腋窩線から正中に至る皮切を置くと臍より5センチほど頭側で正中線に至る。さらに良好な視野を確保する場合は正中で縦に臍下へ皮切を延長する。

IVC合併切除:術前画像診断でIVCに浸潤を疑われている場合,狭い範囲の場合であれば周囲から慎重に剝離を進めてサイドクランプをかけ,安全に腫瘍を切除できることがある。浸潤部がある程度以上の面積があると予想されるときは,浸潤部位の中枢・末梢側のIVC,さらに左右の腎静脈などを全周性に剝離,テーピングし,血行遮断に備えるほうが安全である。血行を遮断し,慎重に静脈壁から剝離を進める。褐色細胞腫では画像所見では絶対浸潤があると思っても,手術をしてみると剝離できることがある(図1)。IVCが高度に狭窄し側副血行路が発達している場合,側副血行路を温存できればIVCは合併切除したままで問題ないが,腫瘍摘出のために側副血行路も切除が必要なことが多い。血行再建の必要性,どのような手順で血行遮断し腫瘍を摘出するか,血行再建の手順など,術前・術中に血管外科医と適切なコミュニケーションをとることが重要である。消化器外科・血管外科・麻酔科など,複数科の協力のもとで手術を進行する際は,複数科のチームの中で内分泌外科医や泌尿器科医がリーダーシップを発揮し円滑に手術が遂行されるよう心がけることが大切である。特に褐色細胞腫の場合,中枢・末梢両側をクランプすると心臓へ環流する血液が減少するだけでなく,腫瘍からのカテコラミンの流血中への流入が遮断され血圧降下が増強されることがある。消化器外科医や血管外科医はあまり経験しない事象なので,このような可能性をあらかじめ麻酔科も含めて周知しておくとあわてずに済む。血行遮断により血圧が降下し心拍出量が維持できないと判断した場合は,下半身から上半身へのバイパスを考慮する。われわれはアンスロンカテーテル(ヘパリンコーティング)を用いて末梢側IVCと腋窩静脈(あるいは心房)との間をバイパスする方法を採用している[]。アンスロンカテーテルによるバイパスには全身のヘパリン化が不要であり,術中の出血量の低減に有効である。IVCの再建法としては,浸潤が狭い範囲のみの場合は,内腸骨静脈を用いたパッチが可能であるが,広い場合はリングつきのゴアテックス製の人工血管を用いる。

IVC以外の合併切除:膵尾部および脾臓の合併切除は一般的な方法に準じて行う。腎静脈に浸潤していて剝離が不可能な場合(異所性褐色細胞腫でしばしばある),精巣/卵巣静脈より中枢であれば左腎静脈は合併切除してもかまわない。腎臓からの血流は精巣/卵巣静脈を通して還流するからである。精巣/卵巣静脈より末梢側で浸潤を受けている場合や腎動脈が剝離不可能な場合は一旦摘出し異所性に移植する場合もあるが,片側であれば対側腎機能が良好であれば腎臓摘出も特に問題にならない

摘出を断念するかどうかの判断:褐色細胞腫の場合,悪性であってもカテコラミン高値による循環器系合併症を回避すれば長期生存を期待できるので,Debulkingの意味でも摘出を試みる。肉腫,副腎皮質癌の場合は完全摘出が不可能な場合,予後不良なため血管置換が必要と判断されるような症例では慎重な対応が必要である。悪性リンパ腫の診断は副腎腫瘍(後腹膜腫瘍を含む)の診断において,常に念頭においておく。画像所見より術中肉眼所見のほうが明らかに進行していて簡単に切除できない場合は,悪性リンパ腫の可能性を考慮して迅速病理検査に提出し,悪性リンパ腫の疑いがあるということを病理医に伝える。悪性リンパ腫と判明した場合は血液内科医に連絡し,新鮮標本をなるべく大きな組織片として採取しておく。

術後管理

摘出が遂行できれば,通常の副腎腫瘍の術後管理に準じて行う。IVCを人工血管で置換した場合も,血液流量が充分保たれていれば特に抗凝固療法の必要はない。術後の病理結果で副腎皮質癌と診断された場合はミトタンによる補助療法を行う[]。それ以外の腫瘍については有効な補助療法は報告されていない。肉腫に対しては,切除部位に対する術後外照射の有効性について一定の報告は無い。経過観察は特に定められたものはないが3〜6カ月毎程度にCTで腹部などの評価をする。褐色細胞腫の場合はCTに加えて,尿中VMA,メタネフリン,ノルメタネフリンのクレアチニン補正値が蓄尿を要さず外来で簡便に行える。経時的に増加する場合は再発を示唆する。

まとめ

治癒切除可能であった症例では比較的良好な予後が得られており,周囲臓器の合併切除を含めた積極的な治療方針が重要と考えられた。浸潤が疑われる場合,バイパスなどの準備や消化器外科・血管外科・麻酔科との連携など,周到に準備を整えておくことが,手術を安全に行う観点から重要と考えられた。

【文 献】
 

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